天使の兄で、魔王の弟   作:神谷九十九

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伊地知リスタート

 

 ライブ当日──天候、豪雨。

 昨日、結束バンドの皆とてるてる坊主を量産していたのだが、願いは届かずに台風が届いてしまった。室内のものは無事だが、外に吊るしたてるてる坊主達は、今やお化け屋敷並の装飾になってしまった。PAさんがビビりながら入ってきたから片付けよう……

 てるてる坊主を外して戻ってきたら、机に突っ伏してる姉さんに、PAさんがハンカチを差し出していた。姉さん泣いてるのか。結束バンド頑張ってたもんな。姉としても店長としても思うところがあるよな……

 もちろん俺だって悲しいが、結束バンドならこれくらいの逆境引っくり返してくれると信じている。どんなライブをするのか期待できるくらいには。

 とりあえず慰めようと思って、姉さんの頭を撫でてみた。ノールックで鳩尾を殴られた。何故だ…ぐふぅ……

 

「そういえば、さっきから"それ"…なにしてるんですか?」

 

 PAさんが床に置かれたダンボールを指して聞いてきた。俺がさっきまで弄っていたものだ。殴られてることについては触れないんですね……

 

「ぼっちちゃんのダンボールを改造してます。前回は全身箱の中に入ってて、何やってるかわからない状態なのでただの置物みたいになってたんですよ。なので今回は腕と足が出るようにしようかと」

「それぼっちちゃん本人に言わなくていいんですか…?」

「昨日言いましたよ。ついでに採寸もその時に。まぁ腕の高さと太さだけですけど」

「えぇ……」

 

 PAさんにドン引きされた。いいと思うんだけどなぁ…マンゴー仮面。尖ってるから多分ロックでしょ。

 ちなみにオーディションの時はいらないと言われた。スターリーの人達の前なら無くても頑張れるとのこと。嬉しいことを言ってくれたものだ。最後吐いてたけど。

 

「店長はいいんですか?」

「あ?いいだろ別に。ロックだろ。多分」

「…なんか最近ぼっちちゃんに甘いですよね」

「あぁ…確かに姉さん気に入ってるかも…」

「二人ともですよ」

 

 …………え?

 

 

 

 

 完成目前だったマンゴー仮面を仕上げたり、室内のてるてる坊主も片付けたり、掃除をしたりと店の準備をしてる間に結束バンドメンバーが揃った。

 各々チケットを売った友達やら知り合いやらに連絡をとったらしいが…どうやらこの台風の中では来れそうにもなく。沈んだ空気を浄化した天使の様な妹と、便乗しようとして滑った哀れな陰キャという一幕ができた。

 なんてことをしてる間に、客入りの時間になったのだが──

 

「ぼっちちゃんきたよぉお~~」

「あっお姉さん…」

 

 ──なんで第一号が廣井さんなんだ。いやまぁ悪いことはないんだが。

 というかこの酔っ払いよく来れたな。台風の中来るの大変だろうに。タオルくらいは渡してやるか。こういうちょっとしたサービスがリピーターを増やすのだと思う。多分。知らんけど。

 

「えっお前ぼっちちゃん目当てで来てたの?」

「そうだよぉ…あれぇ?後輩くんいってないのぉ??」

「廣井さんと飲んだことだけ話しました」

「えっ知り合いなんですか…?」

 

 あの日、帰ってから廣井さんと飲んでいたことを話した時点で怒られていて、路上ライブの話が出来なかった。虹夏はぼっちちゃんのチケットが売れないことを心配していたので教えようと思っていたのだが、タイミングを逃して忘れて今に至る。

 昔の話をしたことは、姉さんにだけ伝えている。リョウに言ったことも。ここに関しては姉さんを一番頼りにしているから。その調子で虹夏にも話せと言われたが…まだ勇気がない。せめてベースが弾けるようになってからなら……

 

「私の大学の時の後輩。…そういやお前なんで弟のこと後輩って呼んでんの?大学違うだろ」

「あぁ~後輩くんにも同じこと言われたぁ…仲良いね~」

「そうですかね…」

「なんでお前は嬉しそうなんだよ」

 

 姉さんと仲が良いとか言われたら嬉しいに決まってるだろ。水もサービスしてあげよう…この酔っ払い酒くせぇな。今すぐ帰りのタクシーサービスしてやろうか。せっかく見直したのに酒くさいだけで好感度一気に下がった。株かな?

 

「ね~ね~今日のライブの打ち上げするよね~居酒屋もう決めた?美味しい場所知ってますよぉ~」

「お前、しばらく会わないうちに面倒くさい奴になったな」

「飲み会覚えたての大学生に通ずるうざさがありますね」

 

 そのうざい酔っ払いを一人で相手してた俺をもっと褒めて。

 …と、ぼっちちゃん目当てで来たのにぼっちちゃんが全く会話に入れない状況の中、新たなお客様がやってきた。すかさずタオルを渡して招き入れる。廣井さんじゃなかったら迷わず渡しますとも。お客様は神様ですから。お客様は大学生くらいの女性二名だった。

 

「ありがとうございます…あ!ひとりちゃん」

「あっえっ来てくれたんですか!?」

「もちろん!私たちひとりちゃんのファンだし!」

「台風吹っ飛ばすくらいかっこいい演奏、期待してますね!」

 

 ファン……ファン!?ぼっちちゃんいつの間にファンなんて…あ、路上ライブか。確かによく考えればチケットノルマ五枚だから、廣井さんに売っただけじゃ足りないしファンもできてるか。廣井さんにギターの実力を引き出されたなら尚更。

 しかし、まさか結束バンド四人での初ライブより前にファンを作って連れてくるとは…ぼっちちゃん、恐ろしい子!…まぁ俺もファンといえばファンだけど、身内だからノーカンで。

 ぼっちちゃんの成長に後方腕組みしていると、何やらぼっちちゃんの様子がおかしいことに気付いた。

 

「うへへ…ぐふふ……ファン…ふふ」

「えっこんな人だったっけ?」

「人違いかも……」

 

 うわ。滅茶苦茶にちゃにちゃしてる……嬉しいのはわかるがドン引かれてるぞ。人違いを疑われるって相当だな。普段がこんなんだから、ギターの時のギャップが余計にかっこいいのかもしれないが。

 

「私のファン…!」

「「人違いでした!!」」

 

 疑われるどころか人違いになっちゃったよ……

 

 

 

 

 しばらくして、本番直前。結束バンドはステージの方へ行ったので、俺は廣井さんと姉さんと並んで見守ることにした。ちなみにマンゴー仮面は虹夏に却下された。解せぬ。でも虹夏には逆らえない。解せる。

 この時間になっても客は少ない。やはり台風の影響で来れない人が多いみたいだ。あるいは、他のバンドのファンだから最初の方は見ないという層もいるか。客の少なさが、結束バンドのパフォーマンスに影響しないと良いのだが…まぁ大丈夫だろう。

 人違いだなんだと言っていたファンの二人は先頭で待機してくれているし、客が少ない分緊張もしなくて済んで、むしろいつもより良い演奏が期待でき──

 

「ねぇ。一番目の結束バンドって知ってる?」

「知らない。興味なーい」

「観とくのたるいね」

 

 ──は?……いや、落ち着け。珍しいことでもないだろう。結束バンドに言われたから取り乱しただけだ。落ち着け。お客様は神様だろ………よし。

 多分、今のは結束バンドにも聞こえてた。"音には感情が乗る"…これは、ちょっとまずいかもしれない。

 

「初めまして!結束バンドです。今日はお足元の悪い中、お越し頂き誠にありがとうございます~!」

「あはは、喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎ~!」

「「……………」」

「……あっうっ、じゃあ早速一曲目いきます~」

 

 あぁ…MCもダダ滑りで、表情が固いし雰囲気も暗い。このままじゃ演奏も………だめだな。オーディションの方がまだましなレベルだ。

 本気でバンドをやりたいなら、ここで求められるのは逆境を引っくり返す演奏だ。興味が無かったはずの人を無理矢理振り向かせる演奏。全力の結束バンドならそれができるはずだ。

 だが、勢いのないままに一曲目が終わってしまった。このままではいけない。何か俺にできることはないか?今この場で俺が何か──

 

「やっぱ全然パッとしないわ」

「早く来るんじゃなかったね」

 

 ──あいつらそろそろ……いや、だめだ。確かにマナーはなってないが、この演奏を聞いただけならあって当然の反応だ。

 俺がこの場でできる何か。考えて、ステージを見て……やめた。あの目は、あの表情は、あの時の──

 俺はただ、このライブが最高のものになるという確信を得て、信頼を込めてステージを見た。この目に焼き付けるために。

 

 

───紛れもない"ヒーロー"の姿を

 

 

 静寂も、雰囲気も、この場の全てを吹き飛ばす音の暴力。ギターヒーローの本領発揮。観客も、バンドメンバーも釘付けにされる圧倒的なギターソロ。誰もが他の何もかもを忘れて、ただ音を聴く人形と化す。

 ギターソロに合わせて合図が鳴り、二曲目が始まる。一曲目とは明らかに違う演奏。逆境を引っくり返した結束バンドの本物の実力。

 想像以上だ。凄い。素晴らしい。これだ。この景色が見たかった。かっこ良くて、輝いていて、楽しそうで、憧れずにはいられない。

 あぁ……ベースが弾きたい。思えば初めて弾いた時もそうだった。姉さんのバンドに憧れて、どうしようもなく弾きたくなって。それでベースを始めたんだ……姉さんの隣に立つために。

 

「ちょっといいじゃん……」

「ね…」

 

 はは…本当に無理矢理振り向かせてる。でも、こんな演奏をされたらそうなるしかない。

 姉さんの方を見れば、見事などや顔をしていた。多分俺も似たような顔をしているだろう。廣井さんが写真を撮ってた。後で送ってください。

 二曲目が終わり、不安そうに虹夏の方を見るぼっちちゃんに、満面の笑みで返す虹夏。良かった……良かったなぁ。虹夏の笑顔が見れて。

 三曲目が始まる。最後の曲だ。これなら、この音に乗った感情なら──

 

「姉さん……俺、今ならベースが弾ける気がする」

 

 この日のライブは、大成功に終わった。

 

 

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