天使の兄で、魔王の弟   作:神谷九十九

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喜多ジョイン

 

 今朝はいつもより早く目が覚めた。ベッドから出ないまま少し昨日のことを思い返す。

 昨日は随分と姉さんに甘えてしまった。唯一俺の本心を知っているのもあるが、何でも受け入れてくれると信じられるからどうしても甘えてしまう。

 虹夏にも打ち明けられたら楽なんだろうけど、八年も兄を演じ続けているとどうにも難しい。虹夏を信じられないわけではないが、僅かに残った可能性に怯えて言い出せない。

 姉さんのときは、打ち明けたんじゃなくてバレたって感じだったからなんとも言えない。だからってまた“あんなこと“をして虹夏に本心を察してもらうなんてできない。

 何か勇気を出すきっかけがあれば…仮面を超えて俺の心を動かす“ヒーロー“がいれば…なんてな。どうやらまだ頭が覚めていないらしい。顔を洗ってこよう。

 せっかく早く目が覚めたし、久しぶりに俺が朝食を作ってみようかな。

 

 

 

 

 朝食を作ることにしたが、実はそんなに得意というわけでもない。苦手でもないが。流石に姉さんみたいに料理で怪我はしない。

 とりあえず白米と味噌汁は用意するとして…冷蔵庫見て決めるか。

 えぇ…と……焼くだけでできるやつにしよう。朝食だしそんなに凝ってなくても大丈夫だろう。

 味噌汁用の鍋に水を入れて火にかけて、沸騰するのを待っている間に米を洗う。何回か水を入れ替えて洗い終えたら炊飯器へ。丁度良く沸騰しているので味噌汁の具材を入れる。

 ソーセージを焼こうとフライパンを取り出したところで足音が近づいてきた。

 

「ふぁ~…あれ、お兄ちゃん?おはよ~」

「おはよう、虹夏。なんだか早く目が覚めたから、今日は俺が朝食を作るよ」

「そうなの?ありがと~じゃああたし洗濯機回してくるね」

 

 寝起きなのに頑張ってるな…毎日大変だろうに。明日からもう少し早く起きて手伝おうかな。

 いや、寝起きの虹夏をみたいとかじゃなくて。確かに欠伸してる虹夏はすごく可愛いけども。純粋に大変そうだから手伝いたいってだけで。…俺は誰に言い訳してるんだ?

 止めていた手を動かす。フライパンに油を引いて、火は中火にしておく。冷蔵庫からソーセージと、ついでに卵を取り出して食器棚からは人数分の皿を出す。温かくなってきたフライパンにソーセージを入れる。この肉が焼ける音は結構好きだ。

 いい具合に焼けたら皿に並べて、熱されたままのフライパンに今度は卵を入れる。そして、フライパンに蓋をする。こうすると黄身がピンク色になるのだ。なんでかは知らないし、色以外に何が変わるのかも知らないけどなんとなくやってる。

 ここで味噌汁の具材がいい感じに柔らかくなったので、味噌を溶かしていく。少し溶かしては味見をして、丁度いい濃さにしていく。…良し、これくらいでいいだろう。

 鍋の方の火を止めて、フライパンの蓋をとる。こっちもいいかな。フライパンの方も火を止めて、目玉焼きを皿に移していく。冷蔵庫にあったカット野菜を適度に盛って完成。

 顔を洗ってきたのか、すっかり目が覚めた様子で戻ってきた虹夏に皿を運んでもらっている間に、器を取り出して味噌汁を入れていく。タイミング良く炊けた白米も茶碗によそって朝食の用意は終わり。

 起きてきた姉さんと一緒に席についた。いただきます。

 

「ん、まあまあだな」

「おいしい!お兄ちゃん意外と料理できるね~」

「ありがとう。久しぶりだったけど、おいしくできてて良かった」

 

 姉さんは昨日俺が弱ってるのを見て甘やかしてくれたが、もうツンツン期に入ってしまった。その点虹夏は素直に褒めてくれる。どちらもおいしいって思ってくれているのがわかるので、作った甲斐があって嬉しい。

 昨日のおかげなのか、今はいつもより自然に笑えている気がする。

 

 

 

 

 昼。家で特にすることもなかったので、早めにスターリーに来て仕事を始めることにした。普段は手が回っていない空調の掃除や、姉さんがたまに計算ミスをしている経理の確認など、いつもの仕事以外にもやることはある。

 サーバーにドリンクの補充をしていると、虹夏とリョウが一緒に来た。今日も仲が良さそうで何よりだ。

 

「お兄ちゃんこの後買い出し行く?エナドリ買ってきて欲しいんだけど」

「エナドリ?何で?」

「あたしもわかんないけど、ぼっちちゃんからロインが…」

「…まぁいいか。じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃ~い」

 

 エナドリか…見せてもらったメッセージの感じだと、別に買わなくてもいい気はするが。でもまぁ虹夏が買った方がいいと判断したなら買うしかないだろう。

 どのエナドリがいいんだろ…やっぱり名前は赤いのに缶は青いあれかな。個人的には電源ボタンが書いてあるやつが好きだけど。…なんでもいいか。

 

 

 

 

 張りきって買いすぎた…重い……買い出し分もあるのになんでこんな買ったんだ。これが虹夏への愛の重さか。

 この疲れた腕で機材を運ぶのは大変だな…なんて考えていると、スターリーに帰ってこれた。

 

「お兄ちゃんおかえり~わぁ!いっぱい買ってきたね!」

「ただいま」

 

 出迎えてくれた虹夏が何も言わずに袋をひとつ持ってくれた。こういう気づかいを当たり前にできるのが虹夏のいいところだ。

 ここで、遠くに見覚えのあるピンク色が見えた。ぼっちちゃんだ…よな?隣に誰かいるぞ。ちょっとアレな子かと思ってたけどちゃんと友達いたのか。

 虹夏もぼっちちゃんに気付いたようで、エナドリを片手に近づいた。…まさか、ぼっちちゃんに負けた?虹夏の中では既に俺よりぼっちちゃんが上にいるのか?

 そんなくだらない妄想で項垂れていると、虹夏の叫び声が聞こえた。

 

「あー!!逃げたギターー!!!」

「あひいいいぃぃぃぃ!!!」

 

 え、逃げたギター…ってあの?見たことなかったけどあんな子なんだ。

 あひぃはよくわかんないけど元気そうで良かった。リョウとか線香あげてたし。なんでぼっちちゃんといるんだろ。

 俺が虹夏たちに追いついたところでリョウも来た。そして、逃げたギターの子はリョウを見るなり涙を浮かべた。かと思ったら突然土下座してとんでもないことを言い出した。

 

「!!あああ…あう……リョウせんぱい……何でもしますからあの日の無礼をお許しください!どうぞ私を滅茶苦茶にしてください!!」

「誤解を生みそうな発言やめて!」

 

 ん?今何でもって…じゃなくて。なんだこの子。もしかして逃げたこと気にしてるのか。

 道行く人がざわついてるので、そそくさとスターリーに戻り詳しい話を聞くことにした。

 

 

 

 

 で、聞いた話とその後のことをまとめると、この赤い髪の逃げたギターさん──喜多さんは、ギターを弾けるという嘘ついて結束バンドに入ったが本番で逃げた。そしてそのことをずっと気にしていた。超ロックだなこの子。

 だが虹夏たちはぼっちちゃんに会えたし別にいいやといった感じ。こちらもロックである。いや心が広いと言った方がいいか。

 それでは気が済まない喜多さんは罪滅ぼしを望んだ。そこに姉さんが臨時バイトを提案。何故か姉さんが持っていたメイド服を着て仕事開始。

 手際がよく愛想もいい喜多さんは即戦力となり、受付を任された。それに対して劣等感を抱いたぼっちちゃんがゴミ箱に入り、“きた“というダイイングメッセージを量産している。

 と、こんな感じだ。いやどんな感じだ。ダイイングメッセージを量産するってなんだ。まぁでもこれもロックか…?いやいや違う違う。落ち着け。最近毒されてきてるぞ。

 喜多さんにドリンクを教えてほしい、という言葉で簡単に復活したぼっちちゃんは喜多さんと共にドリンクの方へ行った。

 あのあわあわしてたぼっちちゃんが教える側になるとは…成長したものだ。…ドリンクの方騒がしいな。成長してるのか?大丈夫か…不安になってきたぞ。

 

 

 

 

 バイト終了後。帰ろうとする喜多さんをぼっちちゃんが引き止めた。引き止め方はちょっとあれだけど。

 

「あっ……このまま帰って…ほっ本当にそれでいいんですか…」

「私、結束バンドには入れないって。皆真剣にやってるし…私は一度逃げ出した人間だもの」

 

 あぁ…そういうやつか。これは邪魔しちゃいけないな。姉さんの隣に座って一緒に眺めていよう。

 

「あっあっあのさっき喜多さんに手当してもらった時、指の先の皮が硬くなってました。かっかなりギター練習してないとそうならないはずです…逃げ出したって言ってるけど、本当は練習してたんですよね……本当はバンド続けたかったんじゃないですか…?」

 

 へぇ…そうだったのか。ぼっちちゃんもよく見ているな。言葉はつっかえてばかりだが、必死に説得しようと頑張っている。いつものぼっちちゃんの様子を考えれば相当勇気を出しているのだろう。………勇気か。

 

「もっもしかしたら、楽器を弾くのは人より苦手なのかもだけど…どっ努力の才能は人一倍あるから大丈夫です…」

「あたしも喜多ちゃんに、このバンド盛り上げるの手伝ってほしいな!」

「伊地知先輩…」

 

 虹夏も説得に加わる。やっぱり優しくていい子だ。微笑ましく見守っていると姉さんに睨まれた。なんでだ。

 

「ギターが増えたら音が賑やかになるし、ノルマも四分割」

「素直な言い方しなよ!」

「…先輩分のノルマ、貢ぎたい!!」

「爛れた関係が爆誕しそうなんだけど!!」

 

 台無しだよ。感動の場面だったのに。

 リョウは相変わらず金と音楽しか頭にないし、喜多さんはリョウへの愛が重すぎる。

 え?俺も虹夏への愛が重いって?失礼だな。純愛だよ。

 

「あっ私も喜多さんとバンドしたいです…きっ喜多さんもバンド好きってわかったし。もっもう一回結束バンドに入りませんか…ひっ一人で弾くより、皆で弾くのは楽しいですよ…」

「後藤さん……うん、頑張る。結束バンドのギターとして」

 

 皆で弾く方が楽しい。ぼっちちゃんの実感が込められている。本気でそう思っている、心からの言葉なのだろう。

 …俺も確かに楽しい瞬間はあったな。そうだ、楽しかったんだ。あの日に全て失ってしまったけど、音楽が好きで楽しんでいたのは確かなんだ。…なんだか関係ない俺まで感化されてしまった。

 この後、結束バンドがパリピバンドであるという謎の誤解を解いたり、ぼっちちゃんを褒められて承認欲求が満たされたりと、いつもの空気に戻っていた。

 

「でも私、いくら練習しても本当にギター弾けなかったの…何かボンボンって低い音がするのよね…」

「えっそれベースじゃ…」

 

 このまま平和な雰囲気で解散かと思われたが、何やら不穏な様子だ。いやでもまさかギターの練習にベースを使うなんてことあるわけ……

 

「あはは、私そこまで無知じゃないって。ベースって弦が四本のやつでしょ?」

「弦が六本のとかもあります…」

「それ多弦ベース」

「ローンあと30回残ってるのに…あひゅう……」

「喜多ちゃあああああん!!!!」

 

 あっ……初心者故の悲しい事件だ……手を合わせておこう。南無南無。お、虹夏も手を合わせてる。お揃いだね。

 ん?リョウがベースを買い取ろうとしている。金持ってないだろ。

 

「これで私は所持金が底を尽きたので、草でも食べて生きていきます」

 

 やっぱり無いのか。まったく…流石に虹夏の幼馴染が草食って生きていくのは見過ごせない。ベースなのはあれだが…触るだけだ。問題はないはず。

 

「女子高生が草食って生きるなんて言うもんじゃないだろ。俺が買い取るからちゃんとご飯食べなさい」

「ベースはもう私のもの。私が草を食べるのが許せないならご飯奢って」

 

 こいつ……まぁ草よりはましか。年上にも遠慮しないこの図々しさはどこからくるのだろうか。

 ご飯の度に呼び出されるのは面倒くさいので、この場で五万円ほど渡した。

 

「ご飯以外に使わないように。草食べるなよ」

「これで新しいベースを…」

「おいこら」

「あいたっ」

 

 軽くデコピンしておいた。楽器が好きなのはいいが限度ってものがあるだろう。というか五万円じゃ大したベースは買えないし。

 

「そういえばこちらの方は…?」

「え!?」

「お兄ちゃん自己紹介しておいてよ~」

「伊地知先輩のお兄さん?」

 

 あれ、喜多さんに認知されてなかった。しまった、眺めるのに夢中で挨拶してないことに今気付いた。

 

「あ~虹夏の兄です。歳は二十三で…自己紹介って何言えばいいんだ?」

「お兄ちゃん…そんなだから友達いないんだよ」

(お兄さんが私と同類!?)

 

 なんかぼっちちゃんにすごい見られてる。なんか同類とか思われてそう。友達いなくても俺には虹夏と姉さんがいれば充実してるから問題はない。実質リア充。

 その後、キターン!という謎の音と共に喜多さんが発光(幻覚)し、気付いたら連絡先を交換していたが、陽のオーラを浴びた俺は意識が朦朧としていてよく覚えていない。

 

 

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