結束バンドのアー写撮影の後、俺は危機感を覚えていた。
普段は家族以外と交流のない俺にとって、結束バンドは唯一友人という関係になれる可能性がある人達だった。虹夏の友達というのもあるが、バンドの都合でスターリーにて顔を合わせる機会が多いことも理由の一つだ。
アー写というバンドの大切なものを任されたと浮かれていた。俺個人を認識して頼ってくれているのだと思った。それが勘違いであると撮影中の様子で確信した。
撮影を頼んだのは虹夏で、他のメンバーは当日まで知らなかったようだった。ということは、虹夏以外は俺個人に対して頼ろうという気持ちがあった訳ではないことになる。
それは、撮影中のどこか気まずそうな態度だったり、会話や目線を避けたりしていたことからも察せられる。そして虹夏も、バンドの方が大事なのかあまり俺と会話しなかった。兄離れなのか、それとも…嫌われたのか。あまり考えたくない。あんなことはもうしたくないし。
まぁ、嫌われたということではないのだろう。他のメンバーも、友達の兄っていう存在との距離感が掴みにくい…とかだろうか。嫌悪というよりは困惑といった雰囲気だったし。
よく考えてみれば当然の反応だ。俺だって姉さんの元バンドメンバーと話せと言われたら困るだろう。大体の人は年上というだけで妙に固くなってしまうもので、年上側が気にしないとしても簡単にはいかない。
そんなことをわかっていても勘違いしてしまうのは、どうしようもない陰キャ男子の性だ。…俺ってまだ男子って自称して言いのだろうか。大学卒業した社会人なんだが。
それはさておき、友人になれそうな結束バンドと距離があることを認識した俺は、結束バンドと積極的に関わることに決めた。
六月のまだジメジメとした梅雨時の日であった──
──そして現在、七月が終わりを告げようとしていた。この間、特に何もなかった!
どうしてこうなった。自分でも良くわからない。自分から動くと決めたはずだったのだが。原因を一つずつ紐解いていこう。
まず、どうして友人になろうとしたのか。友人になれそうだからってことではなく、友人が欲しいと思った理由の方だ。
細かい理由ならいくつか挙げられるが、一番はやはり虹夏だろう。なんだかんだで虹夏が一番大切なので、できるだけ虹夏と一緒にいたい。友人になり結束バンドと関わる時間が増えることは、虹夏との時間が増えることと同義だ。
しかし、ただ関わるだけではいけない。それをアー写撮影のときに思い知った。もしあの時俺から会話に入れていたら、虹夏とも会話出来ていたはずだ。
後は純粋に結束バンドが面白いからとか、何故か他の人よりは緊張しないとか──ぼっちちゃんのギターが気になる…とか。ぼっちちゃんの初バイトのときに一瞬聞いたあれが、妙に頭に残っている。
それは置いておくとして、友人になろうとした始まりは再確認出来た。それを踏まえて、これまでを振り返ってみよう。
虹夏とは特に変わらず。家では今まで通りに過ごし、スターリーでは会話が減った。虹夏が結束バンドと練習しているからだ。ここが友人になろうとした大きな理由なので、変わっていないということは失敗している証拠になる。家での様子で嫌われていないことがわかるので、ここは我慢の時だ。
リョウについても変わらず。虹夏の幼馴染で難易度が低そうに思えるが、リョウは一人でいるのが好きなタイプなので意外と難易度が高い。それに、普段あの態度でありながら打たれ弱いところもあるので、五万のことをまだ気にしてるらしい。同年代相手には踏み倒すこともあるらしいので、俺を怖がって変に長引いてる気もするのだが…何か怖がられるようなことをしただろうか?思い当たるところはないのだが。
ぼっちちゃんも特になし。向こうが陰キャすぎて会話が成立しない。いきなり世間話は難しいだろうと思って、仕事の話で会話を試みたのだがそれでも無理だった。話しかけた時点でビビって声が出せなくなっている。あれでどうやって生活してるのだろう。褒めると返事をすることがあるのだが、大体その後自分の世界に入ってまた会話出来なくなる。俺は諦めることを学んだ。
最後は喜多さんだが、こちらは俺が無理だった。友人になるには、あまりにも陰陽の差がありすぎた。いつの間にか交換していたロインにて定期的に写真が送られてきたり、会話する度に後光が差していたり、まるで『ロイン交換したらそれはもう友達だよね!』みたいな態度で接してくる。俺から友人になりたいとか言っといてなんだが、もうちょっと段階踏んでほしい。俺の精神衛生上良くない。
以上を振り返って思うことは…俺が悪かったかもしれない。特に自分から逃げてるところとか。完全に俺の問題である。
状況の改善のためには、俺が陽を克服して喜多さん経由で行くのが良いだろうか。せめてぼっちちゃんと会話出来れば…リョウにも怖がられてる様子だし、これも俺に何かあるのかもしれない。何かはわからないが。
今後どうするか──なんて考えながら掃除をしていると、虹夏の大声が聞こえてきた。
「三十路なのにいまだにぬいぐるみ抱かないと眠れないくせに~!」
「まだ二十九だ!!」
何やら姉さんと喧嘩しているらしい。穏やかじゃないですね。
俺が言えたことではないが、姉さんはシスコンとツンデレを拗らせているので、姉妹喧嘩は珍しいことでもない。それを仲裁するのも、今となっては慣れたものだ。
二人とも本心ではお互いが大好きなので、何もしなくても明日には元通りになる場合もある。お可愛い人達だ。
虹夏が『バーカバーカ』と言いながら走り去って行くのが見えたので、姉さんに事情を聞くことにした。
「姉さん、何があったの?」
「あぁ…別になんでもねぇよ。ライブ出せって言われたから、オーディションやれって返しただけ」
「へぇ…」
多分それだけじゃないんだろうな。どうせまたツンが発動して言わなくていいことまで言ったんだろう。まぁ今回は何もしなくて良さそうだな。
結束バンドの練習に立ち会ってはいないので、四人の演奏をちゃんと聞くのは初めてだ。
「オーディション、楽しみだな」
「……そうだな」
あ、デレた。こういうところを虹夏にも見せればいいのに。……これ本当に俺が言えたことじゃないな。
そしてオーディション当日。俺とPAさんで姉さんを挟むように座り、三人で聞くことになった。
ステージ上に揃った結束バンドは、雰囲気が変わっていた。緊張はしているし、不安だって伝わってくる。でもそれ以上に──あの時と同じ眩しさを感じる。
「じゃあ『あのバンド』と『ギターと孤独と青い惑星』って曲、やりまーす」
喜多さんの宣言から、演奏が始まる。ドラム、ギター、ベースと音が入り、歌声と共に重なる。
その演奏は、完璧とは言えないのだろう。それぞれに指摘できる点はあるし、他のバンドと比べたらキリがない。それでも、前回のライブとは大きく違っていた。
特に変わったのはぼっちちゃんだ。やはり前回は無理に合わせようとしたが為に、あのようなギターになったのだろう。本気のぼっちちゃんはもっとやれる。それにこのギターはあの──
気付けば、演奏は終わっていた。これがオーディションであることを忘れる程に聞き入っていた。完璧ではないし、もっと上手い演奏を知っている。それでも、目を焦がす眩しさに惹きつけられた。
「…いいよ。合格」
「結束バンドらしい、良い演奏だった」
姉さんの判定に続いて、感想を述べた。何か言うつもりはなかったのだが、想像を超える演奏に思わず言葉が出てきてしまった。
顔を見合わせて喜ぶ三人の横で、ぼっちちゃんが突然蹲って吐いた。…吐いた!?
急いで駆け寄ってぼっちちゃんの容態を確認し、吐物を片付ける。…なんかこうしてるとあのベーシストを思い出すな。吐物の片付けなんか慣れたくなかった…
吐物を処理して戻ってくると、何故か白い靄のようになっているぼっちちゃんを一瞥して一息ついた。元気そうで良かった。
すると、横にいたPAさんが姉さんに話しかけた。
「店長、本当は最初からあの子たち出す気だったんでしょう?ずっと一枠空けてたじゃないですか。何であんな意地悪な事したんです?」
「…納得できなかったら出す気はなかったよ」
一枠空けてたんだ。行動はデレてるけど言葉はツンのまま。こういうとこ可愛いよな。虹夏はもちろん好きだけど、やっぱり姉さんも好きなんだよな。
「……身内の私が厳しくして、バンドを育ててあげたほうがいいじゃん。あと弟が甘やかしすぎてるし」
「そんなことない…こともないか」
姉さんが言葉でもデレ始めたと思ったら、俺に攻撃が飛んできた。でも良く考えたら攻撃になってないし、否定することでもなかった。可愛い妹を甘やかすのが兄の仕事だから仕方がない。
「こうゆうのってシスコンっていうんですっけ?」
「お前それ以上喋ったらクビにするからな」
「シスコンを受け入れると楽になるよ」
「お前は本心を受け入れろ」
「うぐっ!」
今度はちゃんと攻撃だった。割と攻撃力高めのやつ。PAさんが不思議そうな顔してるのでやめてください。追求してこなくて良かった…
泣いているぼっちちゃんに話しかけるため近づく。喜多さんが『泣くほど嬉しいのね…!』とか言っているが、あれは恐らくチケットノルマに絶望しているのだろう。このタイミングで話しかけるのは気が引けるが、どうしても気になることがある。
「ぼっちちゃん、この後少しいいかな?話したいことがあるんだけど」
「……えっ?」
場所を移して二人きりになった。他の人に聞かれるのを嫌がる可能性があったからだ。ぼっちちゃんはやはり怯えているが、会話は出来そうな様子。オーディション終わりで気分が上がっているからだろうか。
「さっきの演奏、良かったよ。前回から随分と上手くなってた」
「そっそうですかね…へへ……」
「少しだけ、ソロのギターを聞かせてほしい」
「…えっ?あっ……はっはい…」
やはりオーディションのときよりも上手い。プロと比べても劣らない程の実力。ぼっちちゃんのギターと、記憶の中にあるあのギターを比べる。ずっと感じていた既視感。さっきのオーディションで思い当たったそれ。
「やっぱり、ぼっちちゃんがギターヒーローなのか」
「………………えっ?…あっいや…ちが…ち……」
「誤魔化さなくていいよ。イメージと違ったから気付くのが遅れたけど、よく見れば同じギターでピンクジャージだし。心配しなくても誰にも言うつもりはないよ」
「あっその…えっと……はい…ありがとうございます……」
顔面崩壊する程に慌てさせてしまったが、なんとか認めてくれた。そうか…ぼっちちゃんがギターヒーローだったのか。
『guitarhero』は、とある動画投稿サイトにて所謂『弾いてみた』を投稿している人だ。再生回数はかなりあるし、登録者も伸び続けている。界隈で結構な有名人だ。そして、その正体がぼっちちゃんであると判明した。
俺がギターヒーローを知ったのは本当に偶然だった。虹夏も姉さんもバンドの方に行って、家で一人動画投稿サイトを眺めていたときのこと。その頃よく聞いていた曲を、まだ登録者の少なかったギターヒーローが弾いていて、深く考えることもなく動画を再生した。
そして、心が揺れた。まだ今ほどの実力があった訳ではない。特別な曲だった訳でもない。それなのに、何故か心が動かされた。無意識にベースを見てしまう程に。一瞬でも、俺に失ったはずの音楽へ手を伸ばさせた。
たった一本の動画で、俺は"ヒーロー"を見つけた気がした。この人が、いつか俺に音楽を取り戻させてくれると。
そんな人が今目の前にいて、虹夏とバンドを組んでいる。なんという奇跡だ。
「俺は、ギターヒーローのファンなんだ。だからって訳じゃないけど、これからも結束バンドを応援する。きっと君たちは素晴らしいバンドになれるはずだ。…あの星に届く程輝くバンドに」
「……私、オーディションまでずっと考えてたことがあるんです。私がどうしてバンドやってるのか。最初は違ったんですけど、今はこの四人で人気者になりたい…バンドをしていたいって思ったんです。そして今、お兄さんの気持ちを受け取りました。だから、約束します。結束バンドの星に届く輝きを、お兄さんに見せるって」
そこまで言って、ぼっちちゃんは顔を上げた。初めて目が合った。その目は、その表情は、どうみても俺の"ヒーロー"だった。
「そうか…じゃあ、楽しみにしてる。頑張れよ。まずはライブからだな」
「……あっ…ライブチケット……」
「先に言っておくと、俺は仕事しながら見るからチケットは買わないぞ」
「あっ……あああぁぁ………」
さっきのかっこいいヒーローはどこへ行ったのか、絶望した表情のまま溶けてしまった。これに見慣れた自分が怖い。ぼっちちゃんはもっと怖い。
溶けたぼっちちゃんをどうにかまとめて、結束バンドの下へ向かった。いつか必ず輝く、あのバンドへ。