魔法少女とは何か尋ねれば、混沌の魔女はまるで教師のように、私に教えた。
「魔法少女とは世界を守り、救うために戦う子供たちのことさ。少女と言っているが、男の子の魔法少女も存在している」
私は生徒のように挙手し、質問する。両腕に包帯が巻かれていることに今更気がついたけれど、痛みはなく、動きに支障もなかった。
「世界を守るって、何から守るんですか?」
混沌の魔女は誇らしげに答えた。
「何もかもからさ。代表的な敵は、君も見た魔族。あれは我々魔道士の成れの果てなのだから、同胞である我々が駆除するのは当然と言えば当然だがね」
「他にもいるんですか?」
「残念ながらね」
指を折って数えながら、一つずつ挙げていく。
「君にも耳馴染みのあるであろうものから順に、まずは宇宙人。しかし彼らは魔法少女以外にも、僕のような魔女や、一部の一般人も撃退している」
「次に魔族に堕ちていないながらも人々に害をなす魔道士。魔法少女はゼロと言っていいが、魔女には珍しくない。ごく稀だが魔法使いにもいないこともない」
「次に人間。魔道士の命を狙う人間はどれだけ偉かろうと殺しなさい。これは僕が魔法少女達に最初に教える道徳だ」
「最後はその他諸々。隕石とか自然災害とか飢餓とか疫病とか、世界が危ぶまれるようなら現象であっても倒さなくちゃいけない」
世界は君達魔法少女の努力と犠牲を基礎に成り立っている。そう言う混沌の魔女は悲しげで、でもどこか誇らしげだった。
でも私には、納得できない。
「全部、魔法少女だけが戦うんですか?」
「その質問に”ノー”と答えるための努力をしている者は人間にも魔道士にも珍しくない」
私の疑問、ではなく不満への回答は、後ろ向きなイエスだった。
「これは完全な言い訳だが、魔法少女という存在は一人一人が強大だ。例えば──始まりの魔法少女。彼女のやった破壊跡を知らぬ人間はいない。魔法少女の存在を今日知ったばかりの君でも、知っているだろう?」
始まりの魔法少女、というワードには馴染みないが、誰もが知る破壊跡というものには、私にも心当たりがあった。
百何十年か前から
半分だけビー玉のようになった地球は、今にも壊れてしまいそうだったのが印象深い。
「始まりの魔法少女は地球の半分を犠牲に、世界を救った。彼女の敵は人類絶滅の魔族。一瞬でも活動すれば人類を滅ぼしかねない敵を殺すためには、地球ごと凍らせるしかなかったのだろうね」
「……世界を救うために、地球を犠牲に」
「魔道士には魔法少女の他に、魔法使いと魔女がいるけれど、魔法少女の魔法出力は桁が違う。それこそやろうと思えば、君にだって地球を滅ぼす程度のことはできるだろうし、大抵の魔法使いや魔女では地球はおろか、町一つすら壊せるか怪しい。……例外はいるけどね」
「……例えば、あなた、とか」
「自慢じゃないが、そうだ。僕は魔女でありながら、君達で言うところの邪神でもある。そういう存在が魔道士になることもあり、強大な力を持つ魔法使いや魔女もいるから、全て魔法少女に任せっぱなしというわけでもない」
今更ながら、そんな危険人物と対面してて私は大丈夫なのだろうか。自分の命を惜しむわけではないが、それでも不安になる。
恐怖を誤魔化すように、私はあまり興味のないことを尋ねた。
「その魔女と、魔法使いと、魔法少女って、そもそも何が違うんですか」
「何もかもが違う」
と、愉快そうに返された。
けれどすぐに、反省したようなしおらしい態度で答える。
「危機を前にした時、魔法少女は目覚める」
「師に習い、名を継ぐことで真の魔女となる」
「道を極め、それでも先に踏み出したものは魔法に至る」
読み上げるような文言は、私の頭にはすっぱりさっぱり残らない。
混沌の魔女は見透かしたように、言う。
「君が戦う必要はないよ。世界なんて、命をかけてまで守ってやるようないいものではないんだ」
「…………」
私は何も言えない。
「君が戦わずとも、世界に救世主は満ち足りている」
「…………」
私は何も言い返せない。
「世界に救われる価値はない。地球に守られる価値はない」
「…………」
私には何も言えない。
「だけど、意地になって世界を見捨てる必要もない」
「…………」
私に言いたいことは、ない。
「君を生かしてしまった責任は取ろう。死にたいというなら痛みも苦しみもなく死なせよう。生きたいというのなら法律も法則も歪めて君を生かそう。…………君が少しでも、この世界を、この
私は、答えない。
「気にすることはない。急ぐ必要もない。君はまず、誰かと話すべきだ」
僕のような人でなしではない、誰かと。誰とでも。混沌の魔女はそう言って、病室の扉に手を掛ける。
「僕としたことが、目を覚ましたら呼ぶよう言われていたのを忘れていた。すまないが少しばかり、席を外すよ」
そう言ってこの場を後にする混沌の魔女の背中は、やっぱり暗い黒色だった。