音無が鬼道の妹であるという事実を知って、わかりやすく混乱していた九鬼であったが、雷門から出てしばらくして、怒りが再燃してきた。
影山のことである。
九鬼は雷門のことをこの上なく気に入っていた。
雷門は帝国との練習試合以降、めきめきと実力をつけ、おそらく全国区でも通用するほどの強力なチームとなっていた。九鬼は現在の雷門について、先ほどちらりと盗み見た程度でこそあるが、全員が生き生きと、サッカーに真摯に向き合っている姿を見た。
あそこまでひたむきにサッカーに向き合い、努力して報われているチームを、九鬼は見たことがない。応援したくなる。
そのようなわけで、九鬼は雷門のことが大好きなわけだが、彼らと戦うことを邪魔するグラサン掛け機が存在していた。
あの影山とかいうど阿呆を今日こそ叩きのめすのだ、と息巻いて帝国に戻ってきた九鬼は、手始めに鬼道を探すことにした。
会食の時間と受け渡しの時間が被っていたのはわずかな時間。おそらく帰ってきているだろう。どちらも外せない用事であったために、雷門側に九鬼が出向く結果となったが、結果得られた情報は大きかった。
「鬼道ォ、ちょっと来い!」
「な、なんだ!?」
鬼道邸からちょうど戻ってきたのだろう、制服姿で歩いていた鬼道を発見。彼の首根っこを掴むと、引きずりながら総帥室へ向かう。
初めはわけもわからず抵抗していた鬼道であったが、九鬼から事情を聞くと九鬼と同じような心持ちに変わり、音無の話を聞いてすぐに微妙な表情になった。
「お前……なんて言い方をしてくれたんだ……」
目的のために今は嫌われていてもいいと思っていたために、頭を抱える鬼道を放って、九鬼は総帥室に、自動ドアが開く時間すらもどかしいといった様子で乗り込む。
「影山ァ! てっめェどういう了見だ、ごらァ! 雷門のバスに破壊工作だァ? たかだか中学生のサッカー大会、しかも地区予選で大量殺人やらかす気かこんタコォ!!」
「……どういうわけか、説明してくださいますよね?」
突然の来客に驚いた様子もなく、影山は椅子をクルリと九鬼たちに向け、言った。
「君たちも偉くなったものだな。この私に、意見するようになるとは」
「そりゃそうするわ! アホかあんた!? 超えちゃいけないライン知らんのか!?」
「勝利以外に優先すべきことなどない」
「倫理!」
ずんずん総帥室に入り、影山に怒る九鬼。にべもなく告げる影山にさらに眉を釣り上げた。
「敗北にだって価値はある! 確かに公式戦での敗戦はきついが、帝国はどうせ全国行きは決まってる! 最後に勝ちゃいいだろが!?」
「あなたのやり方はどう考えても行き過ぎです!」
九鬼と鬼道が必死に抗議するも、影山は足を組み、肘置きに肘を置いた状態から微動だにしない。
怒りのボルテージが上がった九鬼は、それに、と続ける。
「万が一円堂たちになんかあったらどうする!? 間違いなく、あいつらのうち何人かは将来プロにもなれるような素質あんだぞ!? どう考えても日本サッカー界の黄金の卵!! 帝国のことしか目ェついてないのか!?」
「私の勝利こそ価値がある」
「今年いくつゥ?」
「あなたはどこまで……!?」
いよいよ頭の血管が切れそうなほど怒りすぎてかえって静かになり始めた九鬼と、血が出そうなほど拳を握りしめる鬼道。余裕の表情だった影山だが、次の言葉に顔色をわずかに変えた。
「あいつらは、間違いなく今、第一線で活躍していたプレイヤーを押し退けられる新星だぞ? 現在を過去にできる存在なんだぞ!?」
「黙れ」
背中に氷をいれられたかのように、九鬼たちの怒りをかき消す、静かながら鋭い影山の一言。影山は立ち上がり、ツカツカとこちらに歩み寄ってくる。
次に向けられた視線は、こちらを通して、『何か別の男』を憎悪するかのようなものであった。九鬼たちの背中を冷たい汗が流れる。
「安心しろ。冬海に出した命令は、『雷門中を決勝戦に出られないようにしろ』というものだ。そこから何があろうと、私にたどり着く証拠はない」
「貴様たちは、私に従えばいいのだ」
***
鬼道と九鬼、二人の間に沈黙が落ちる。
鬼道は、己の力がとても卑小なものに見えてしまっていた。自分たちの勝利は、偽りに固められており、自分の実力も、鬼道財閥を継ぐものとしても、偽物のように感じてしまっていた。
しかし、九鬼は違った。彼は今こそサッカーエリート街道を進んでいるが、中学以前の生活はまるで違った。鬼道と生き方が違っていたことが、今回の件で改めて九鬼の中に一つ芯を定めさせるきっかけとなったのだ。
「……鬼道、今までの帝国学園と当たったチームで、うちが不戦勝になったチームを洗い出してくれねぇか?」
「……九鬼?」
「もう正直、今となっちゃ遅いと思う。けど、真実くらいは追ってもバチはあたらねぇ。……それに」
九鬼は目を閉じ、肩を震わせながら目を開いた。
「はは、さっきの総帥、怖かったな……手が震えてる……。……けどさ、ここで折れちまったら、何も知らないまま終わっちまった人たちに申し訳がたたねぇ……!」
手の震えは止まった。
「鬼道……! 『サッカープレイヤー』九鬼夏樹として、俺から強い選手と戦う機会を取り上げようとした総帥は許せねぇ! が! それ以上に、『帝国学園ストライカー』九鬼夏樹として! あいつの行動を許せるわけがねぇ!!」
鬼道もまた、ゴーグルの下で決意を固める。
「……あぁ、そうだ。俺は『鬼道財閥御曹司』鬼道有人であるが、それ以前に『帝国学園キャプテン』鬼道有人だ! チームに報いることが、俺のやるべきこと……! これでもし俺たちが負けても、失格になっても! 悔いはない……!」
二人は、改めて、正々堂々と雷門中に『挑む』決意を固めた。
***
次の日。九鬼は雷門中に向かっていた。帝国の練習はサボる形となってしまったが、あの男と今、顔を合わせれば、自分の中で譲れない何かが捻じ曲げられてしまうと直感した九鬼は、鬼道に相談し、冬海なる人物に命じた破壊工作を止めるために、とある人物に連絡した後、雷門に向かうことにしたのである。
「……」
悔しい気持ちはある。
サッカーのことで、自分に関わることなのに、自分では解決ができないというジレンマ。そこから逃げるように、直接対決ができないから外から、遠回しに解決しようとすることしかできない無力さ。
それらを感じながらも、九鬼は止まることをよしとしない。帝国のエースストライカーは、影山ではなく、帝国に報いるために、この工作を止めることを決めたのだ。
案出しこそ自分も行ったが、大体の筋書きは鬼道が考えてくれた。あとはアドリブ込みでどうにかするのが九鬼の仕事となる。
連絡していた人物と合流すると、雷門中に駆け込み、雷門中部室へと向かう。話だけは土門から聞いていたその古臭い部室をみて、そこから遠くないところで、円堂たち雷門中サッカー部、そして見知らぬ大人、少女の姿を見て、そしてその多くが土門を見ていることから、最悪の状態であることを悟った。
「ちょま、ちょっと、待ったあああああっ!!!!」
その突然の来訪者に驚いたのはもれなく全員。雷門中サッカー部の面々も、その場にいた理事長の娘、雷門夏未やマネージャーたち。冬海サッカー部顧問も、土門も、もれなく乱入者の九鬼に驚いた。
息を切らし、大粒の汗をかいているが、間違いなく帝国学園エースストライカー九鬼夏樹なのだから。
土門飛鳥、冬海卓、九鬼夏樹。雷門中に、いるはずのない帝国関係者が三人も揃っている事態に、雷門中のサッカー部一年生などは今にも目を回しそうだ。
「九鬼!? どうしてここに……!?」
いち早く持ち直したのは、キャプテンの円堂守。先日勝負した少年が、スパイなどという行為を容認し、加えてバスに破壊工作などしないと信じきっていたからこそ、持ち直せたのだ。
続いて豪炎寺や、二年生の風丸、夏未が九鬼を厳しい眼差しで見つめる。彼らは円堂と違い、九鬼を疑っているのが見てとれた。
九鬼はそれらに、態度で示した。
「すまない! 帝国学園サッカー部は土門の件を了承していた! スパイというのは、俺たち全員が容認した上での役目なんだ!!」
頭を下げた九鬼に驚いたのは円堂だった。九鬼がそのような正々堂々とはいえないようなやり方を認めるとは到底信じられなかったからだ。
が、それを問いただす前に、夏未が口を開いた。
「冬海先生のことは?」
「……影山総帥の指示だ。俺も昨日聞いて総帥室に乗り込んでキレ散らかしてきた。……特に事態が解決したわけじゃねぇけど……」
あの影山にキレ散らかせる胆力に冬海が目を剥いていたが、続いて円堂が九鬼に詰め寄る。
「九鬼! なんでスパイなんてことを認めたんだ! 俺たちなら正々堂々戦えるだろ!?」
その言葉を聞いた九鬼は、顔を上げる。そして、土門をチラリと横目に見たあと、円堂を見る。
「……帝国は、組織だった連携力が何よりも重要だ。それを発揮するには、御影専農をも上回る情報収集がキーになる。俺はそれを知っているから、スパイ行為もその一環なんだろうって納得してた」
九鬼は続ける。
「確かにスパイ行為は『俺個人』には必要ない。が、常勝無敗が普通の『帝国学園』には必要だ。帝国学園を背負ってる俺に、それを止める権利はない」
もちろん、本人が辞めたいならそれを尊重すべきだとは思うが。と、土門を見ながら付け加える。
「九鬼さん……」
「鬼道は帝国での勝利が第一だから、認めてくれなかったけどな。ま、鬼道にはマネちゃんの近況でも伝えりゃ納得してくれんだろ!」
豪快な笑い声を上げる九鬼。しれっと雷門中メンバーが知らない情報を暴露された音無は顔を青ざめさせ、それを詰めようとした二年生の目金を遮ったのは、冬海だった。
「バカな!?」
胡乱げな目線を向ける九鬼に、凄まじい剣幕で詰め寄る冬海。
「総帥が、下した命令を変えるわけがない! 私に下した『雷門中を決勝に出すな』という命令が──」
「ふぅ。よし、自白したな。ここの責任者は?」
「は?」
思ったよりも筋書き通りに進んでホッとしている様子の九鬼の言葉に素っ頓狂な声をあげる冬海。夏未が手を挙げると、九鬼は下手人、冬海の腕を捕まえて夏未の前に立たせる。
「どうみても生徒にしか見えんが……?」
「私はここの理事長の娘。私の言葉は理事長の言葉と思ってくれて構いません。冬海先生、あなたには雷門中を辞めてもらいます」
そんなのありか……? と戦慄する九鬼の横で、冬海は少し項垂れていたが、せいせいしたと言った表情で顔を上げると、なにやら捨て台詞を吐き捨てながら雷門中から去っていった。
冬海の姿が見えなくなった後、九鬼は改めて雷門中に向かって頭を下げる。
「今回は、本当に迷惑をかけた。まさか総帥がここまでやるとは思わなかった。帝国学園を代表して、謝罪する」
「九鬼!? そんな、お前は俺たちのために動いてくれたじゃないか!」
「だとしてもだ。これはケジメとして必要だ。今も鬼道が動いて他に工作がなかったか探している。……去年の、木戸川戦もだ」
豪炎寺を見ながら九鬼は言った。豪炎寺はその言葉に驚きを隠せない。
「豪炎寺。お前に聞きたい。なんで、決勝にいなかった?」
「……妹が、事故に遭った。サッカーを辞めていたのも、妹が観戦に来ると言ったせいで事故が起きたと俺が感じたからだ」
「…………やっぱりか」
九鬼は瞑目し、こめかみを抑える。しばらくぶつぶつと何かを呟いた九鬼は、土下座の態勢になりかけるが、それを慌てて円堂が止める。
「待て待て待て!? 豪炎寺の妹さんはまだわからないだろ!?」
「や、そうなんだが……」
しばらく揉み合いになったが、豪炎寺がもういい、と発したことでその場は一旦おさまった。
「とりあえずわからないことは仕方ない。九鬼、そこまで思ってくれてありがとう」
「いや豪炎寺、さすがにうちはやりすぎだと思う。棄権した方が……」
「九鬼!」
円堂と九鬼は向かい合う。円堂が握手のために右手を差し出す。
九鬼はその手を見て、豪炎寺を見る。
豪炎寺の言葉に嘘はなかった。豪炎寺は、本気でここまで思ってくれる九鬼に感謝していた。帝国の人間として、割り切れる問題ではない。しかし、一番割り切れないはずの豪炎寺が、ここまで言ってくれたのだ。
それには報いたい。
「じゃあ今度会うときは、グラウンドで会おうな!」
顔色を戻した九鬼は円堂の手を握らず、
「待った」
ずっこける円堂。なんだよ、と九鬼を見る。他の雷門中のメンバーも疑問符を浮かべている。
「フットボールフロンティアって顧問、あるいは監督がいないチームは失格となるって規定あるの知ってるか?」
「…………はぁ!?!?」
やっぱり知らないか、と
「しっ、知ってたわ。だからあなたたち! 新しい監督を──」
「そのことだ。とりあえず、総帥には冬海を土門があえて告発したことによって雷門の失格要件を満たさせた、って報告しておく。これで土門が正式に雷門の仲間になっても、一応、角は立たないはずだ」
「九鬼さん……!」
「んで、続き。とりあえず、次の試合の時に代わりに監督を臨時でやってもらえるように、この人を呼んでおいた」
合図をすると、稲妻KFC監督、会田の姿が現れる。会田はペコリと頭を下げると、円堂に向き合う。九鬼が雷門イレブンに対して紹介する。
「稲妻KFC監督、会田さん。この前KFCの子達と会った時に連絡先もらっててな。残念ながら会田さん自身は都合が合わないそうなんだが……」
「円堂くん。監督に相応しい人間を知っている。私では交渉はうまくいかないだろうが、君たちなら……」
「……と、危ない。それ以上は俺は聞かんし、知らん。あとは任せたっす、会田さん」
そうした体を装った九鬼は軽く会田に会釈して、円堂たちに向き直る。円堂たち一人一人に目線を向けたあと、宣言した。
「さて、帝国学園は、お前たち雷門中と、正々堂々と戦わせてもらう。これは、絶対王者としてではなく、フラットな、いや、挑戦者の気持ちで、お前たちと戦うことを宣言するもんだ!」
それを聞いた円堂は、豪炎寺や風丸、染岡らと目を合わせたのち、闘志をみなぎらせた表情で、
「受けて立つ!!!!」
そう叫んだ。