九鬼が雷門中に宣戦布告を行ったその日から、帝国と雷門の刻は慌ただしく動き始めた。
九鬼は決勝に向けて最終調整のトレーニングに励み、鬼道は影山にバレないよう、水面下で帝国イレブンに影山のことを共有、協力を取り付けていく。影山も何やら裏工作を進めていた。
一方円堂は、会田や伝説のイナズマイレブンを知る鬼瓦刑事より聞いた、元イナズマイレブンゴールキーパー、響木正剛を監督として迎え入れる。染岡や豪炎寺のストライカー組は源田のパワーシールド攻略のために連携を強化し、風丸をはじめとするディフェンダー組は帝国の攻撃を止めるために、映像資料を使って研究をしていた。
そしていよいよ、地区予選決勝の日がやってくる。
「九鬼、佐久間」
九鬼と佐久間が試合のために準備運動をしていると、鬼道が近寄ってきた。鬼道は紙で何やら確認しながら九鬼たちに話しかける。
「気になることがある。少し席を外す」
「わかりました」
「おっけ。……源田ぁ!! 鬼道ちょっとどっか行くらしいから、お前仕切れ!!」
「お前がやれ」
当然のように他人に押し付けようとする九鬼に釘を刺すと、佐久間にあとは頼む、とだけ言い残してその場を去っていく。
結局佐久間頼りじゃねぇか、とぶつくさ言う九鬼に、佐久間が尋ねる。
「なんなんだろうな?」
「あ? そりゃお前、総帥がなんかしてねぇか確認してんだろ。……なんか変にチキンだよな、総帥」
「臆病で破壊工作をされたらたまったものではないがな」
そりゃそうだ、と同意しながら、九鬼は声を張り上げる。
「おら、お前たち! ピッチ行って細工されてねぇか確認すんぞ!」
おう! と元気な声を確認しながら九鬼はチームを引き連れてサッカーコートに向かう。
しかし影山の悪意はより執念深く、恐ろしいものであったことを、帝国イレブンも、雷門イレブンも知ることになる。
***
試合前にトイレを済まし、鼻歌を歌いながら九鬼が歩いていると、通路の突き当たりの三叉路で、何やら影山と円堂が話しているのを見つけた。
「影山ァ!!」
咄嗟に大声をあげた九鬼に驚く円堂を放って影山はどこかに歩いていく。追いかけてもよかったのだが、何か円堂が気落ちしているように見えて円堂に話しかけようとしたところ、三叉路の右から体格のいい男性がやってきた。
「っと、どもっす。帝国学園フォワード、九鬼夏樹っす」
「む、帝国の……君が例のストライカーか。響木正剛だ。雷門中の監督をしている」
「監督が見つかってよかったっすわ。今日はよろしくっす……んで、円堂? 大丈夫か?」
「影山に何か言われたのか?」
九鬼と響木は互いに挨拶を交わしたあと、円堂に問いかける。
円堂は少し迷ったあと、目を逸らしても目を合わせようとしてくる九鬼に観念して話し始めた。
曰く、鬼道の実の妹が雷門マネージャー、音無春奈であること。鬼道は家と、フットボールフロンティアを三連覇すれば妹と再び暮らせる約束をしていたこと。帝国が地区予選レベルで負ければ、鬼道兄妹は破滅だということを聞いた。
九鬼は最初の部分しか知らず、それなりに衝撃を受けたが、すぐに持ち直す。
「……や、帝国は昨年度優勝校だから、ここで負けても全国進出は確定だぞ?」
「そうなのか!?」
「おそらく影山がお前を動揺させようとして、そのようなことを言ったのだろう。……相変わらず悪質な男だ」
「こすいやつ……」
九鬼の説明と、響木の補足にホッとしたような円堂だった。しかし、それはそれとして鬼道と音無の関係には驚いたようで、どっちかに聞いてくる! とかけだした円堂を見送りながら、九鬼は響木に話しかけられた。
「君はなぜ帝国を、影山のいるチームを選んだのか、聞いてもいいか?」
「……まぁ、まずはあの陰険ナナフシが性格に難しかない、ってのは知らなかったってのがあるんすけど。俺、地方のサッカーチームでちょっと孤立気味で、他にもいろいろあって、嫌気さしちゃって。そんなんだから、中学でサッカー辞めて、別の競技やろっかな、って思ってたんすよね。……んで、そん時に総帥に会ってさ」
『君には素晴らしい才能がある。そして何より、強さを求め続ける貪欲さが良い。ウチでサッカーをやらないか?』
『……帝国なら、強いやつと一緒に強いやつと戦えるのか?』
『ああ、保証しよう』
「……てな感じで、まぁ結局、なんだかんだで試合にはあんま出てないし、今んとこめっちゃ強い連中との戦いはアメリカの奴らくらいだったんだけどな」
たはー! と爽快に笑う九鬼を見て、響木は改めてサッカーを愛する少年を利用している影山という存在に対して怒りを覚えた。
「ありがとう。今日の試合、正々堂々戦おう」
「っすね。あのナナフシが変なことしないといいんすけどね」
響木は少年の独特なあだ名に苦笑いしながら、同意した。
九鬼は響木に別れを告げ、帝国の控え室に戻る。
九鬼が戻り、少し経ってから鬼道も戻ってきた。
鬼道は何やら考え事をしていたようだったが、すぐに頭をふって決意を表情に宿らせる。帝国メンバーも鬼道に何か見つけたのか聞きたがったが、その表情がメンバーをとどまらせた。鬼道が九鬼に声をかけ、二人はサッカーコートへ向かう。
もうじき雷門がウォーミングアップを行うサッカーコートの入場口で、雷門と何やら話していた鬼道だったが、戻ってくると今度は九鬼に念押しし始めた。
「これから直前のウォーミングアップがあるが、少し、雷門に試してもらうことがある。それで何かを察しても、試合開始までは動くな」
「……?」
いまいち要領を得ない説明だったが、九鬼は頷く。
サッカーコートにて雷門がアップをしている最中、豪炎寺が思い切り天井に向かってボールを蹴り上げた。豪炎寺のファイアトルネードにしても、伝説のイナズマイレブンの必殺技、イナズマ落としにしても、高すぎる。しかも、高く蹴り上げた後、大袈裟に後退して、どう見ても落下地点から遠ざかっているのだ。九鬼が入場口の壁に寄りかかりながら首を傾げていると。
「なっ!!?」
天井から数本のスパナが落ちてきたのだ。豪炎寺が驚きの声を発し、円堂も信じられないようなものを見たといった様子の後、それを持って鬼道たちのいる入場口の方へやってきた。
「……本当、なんだな。鬼道」
「……そうだ。影山総帥を抑えるために、お前たちに危険なことをさせてしまうことを許してほしい……そして抑えろ、九鬼」
スパナが落ちてきた段階で走りかけていた九鬼は、ともにいた鬼道に肩を抑えられて静止する。
九鬼はその端正な表情を憤怒に染めながらも、渋々頷く。何よりも苛立っているのは、何もできていなかった自分自身にだ。天井から落ちてきたスパナというもので、なんとなくの概要は掴めた。しかし、そこまで出されないと気が付かなかった自分自身に腹が立つ。
鬼道がいなければ、雷門中は……。
「そんな顔するなって、九鬼」
「円堂……」
「お前のおかげで土門がちゃんと雷門イレブンとして認められた。それだけじゃない! 影山の話でモヤモヤしてた俺を助けてくれたじゃないか!」
そんなことで……と思う九鬼。そこで、円堂が思い出したかのように一度ベンチへ戻り、袋を差し出す。
「これ!」
「うん?」
みると、サッカーボールが入っていた。
「……あ、あの時の」
河川敷での一戦。九鬼は円堂からゴールを奪ったあと、ボールを忘れて帰ってしまっていたのだ。
「返しにきたぜ、九鬼!」
円堂のまっすぐな眼差しに応えるように、九鬼本来のギラついた野性味のある笑顔を浮かべる。
「そうだな……ああ、そうだよな。サンキューな円堂! サッカー、すんぞ!」
「ああ!サッカーやろうぜ!!」
決勝のホイッスルがなるまで、あとわずか。
***
大轟音と共に、鉄骨が降り注ぐ。
鉄骨は、サッカーコートの、雷門イレブンフォワード陣が攻め込んでいたら間違いなく巻き込まれている範囲。
土煙が鉄骨の落ちた箇所を隠しているが、その惨状は明らか。
実況をしていた雷門中の角馬圭太の悲痛な声が会場に響く。
唖然とする帝国イレブン。そしてその一番前。帝国学園エースストライカー九鬼は、口をぱくぱくさせながら鬼道の方をゆっくり向いた。
「総帥……真面目に戦うって概念しらねェのか……?」
鬼道は沈痛な表情を浮かべ、土煙が晴れ、無傷の雷門イレブンを見ながら頷いた。
***
「おいコラァ!! 殺人未遂の強面カマキリ!! テメェ今日という今日はゆるさねェぞ!!!!」
九鬼は鬼道、そして円堂と響木を引き連れて総帥室に乗り込んだ。
殴りかからんとする九鬼を制し、鬼道が影山に向かう。
「あなたにしては迂闊でしたね。俺個人では帝国の整備記録は見れませんでしたが、鬼道財閥を通せば見れないということはない」
影山がわずかに眉を上げる。
「帝国は今まで、数ヶ月おきにサッカーコートの整備を行っていました。しかし、数日前。一ヶ月前に天井の整備を行ったにも関わらず、再度天井の点検が行われていた。それどころか、今日も整備の人間が入るという予定もありました。……そこから、あなたが天井に細工を行ったと推理するのは簡単でした」
「ふっ、よく辿り着いたというべきか。だが、私が細工をしたという証拠はあるのかね?」
「あるぜ! 証言もな!」
影山の机に投げ込まれるボルトが入った袋。そして、今日入っていた業者を取り押さえながら部屋に入ってきた人物。それを見て、ほう、と声を漏らす影山。
袋を投げ入れたのはイナズマイレブンの悲劇以来、影山を追い続けていた刑事、鬼瓦だった。
「……ふっ、鬼瓦か。ご苦労なことだ」
鬼道は影山に注目されていない雷門中に依頼して、事前に、細心の注意を払った上で天井にボールを打ち込んでもらった。結果落ちてきたボルトのせいで、疑惑は真実に変わり、鬼道はそれを警察に通報しようとしていた。
そこに待ったをかけたのは円堂だった。円堂は伝説のイナズマイレブンが事故に遭い、棄権させられたことで帝国学園が四十年間のフットボールフロンティア制覇の始まりとなった悲劇から、真実を追い求めていた刑事、鬼瓦と知り合いだったのだ。
鬼瓦は連絡を受けると、部下に指示をして整備を担当していた男をすでに捕まえ、その証言から影山を連行する口実をすでに用意していた。
「お前には聞きたいことが山ほどある。……影山零治。署まで来てもらう」
逃げられないと悟った影山は鬼瓦に連れられておとなしく総帥室を出て行ったが、その際に見せた笑みが鬼道にしこりを残した。
……総帥は俺が気づくか試していたのか……?
そう考えた鬼道だったが、即座に影山からは何もヒントのようなものは与えられていなかったことを思い出し、首を振る。
……だが俺は、春奈と相対するこの試合に、余裕すら持っていた。それこそ、鬼道財閥に手を回せるほどには……。
それは、九鬼がうまいこと音無との間を取り持っていたこと、何より、自分よりも常に影山に怒り続けていた九鬼がいたせいでかえって冷静になっていたことに起因するのだが、鬼道はおろか、九鬼当人も気がついていなかった。
本来であれば、影山はこの鉄骨落としに対してヒントを与えるつもりだった。それが九鬼によって鬼道に余裕がみられたため、ヒントを与えなかったのだが……。
疑念はさらに薄い疑念のまま、鬼道の心に靄をかけた。
「俺、今回なんもできてねぇなぁ……」
「九鬼。君は素晴らしいサッカープレイヤーだが、サッカーが上手い中学生に過ぎん。むしろ大人がやるべきことを君や円堂たちに背負わせてしまった我々に責任がある」
愚痴をこぼした九鬼に響木が話しかける。
「円堂、すまない。私たちが断つべき因縁に、大介さんの孫というだけで巻き込んでしまって」
「そんな、響木監督……!?」
「そして、九鬼、鬼道。君たちも被害者だろうに、辛い思いをさせた。謝罪したい」
「いえ、雷門に迷惑をかけたことは事実です。本来であれば、帝国はここで棄権を申し出たいのですが……」
鬼道は言葉を切り、ぶんぶんと首を振る円堂を見る。
その様子を見て、九鬼と共に改めて試合を申し込む。
「俺たちと、正々堂々戦ってもらいたい」
「おう! サッカーやろうぜ!」