前話と比べると倍くらいあってウケます。
フットボールフロンティア決勝から一年が経とうとしていたある日の帝国学園。その日の帝国は、荒れに荒れていた。
「佐久間ァ! ァんだ、その体たらくは! そんなんじゃ常勝無敗の帝国学園も俺らの代で終わんぞ!」
「九鬼! やりすぎだ!」
死屍累々のグラウンドに、九鬼の怒声と鬼道の叫び声が響く。地面に転がっているチームメイトに怒鳴る九鬼を、鬼道が止めていた。
帝国学園はとにかく安定したチームである。そのため、フットボールフロンティア決勝が終わり、代替わりする際、新年度が来るまではとにかく体をいじめ抜き、どんな状況でも総帥、今年の場合は鬼道の指示に従えるような体を作る。
まだ体が出来上がっていない中学生であるが、必殺技が体系化された現代のサッカーを行う少年少女たちは、とにかく非常に頑健な肉体を得ることが急務とされている。
中学生の体をそこまでに仕上げるには、無茶な特訓以外ではこのように半年、あるいは一年かけて体を作り上げる必要があった。
そのような背景で、新年度になり、二年生となった九鬼たちは新三年生との紅白戦に勝利し、多くがレギュラーを獲得するという運びになった。
そこまでは良かったのだ。
新二年生たちは、鬼道と九鬼の才能にかまけ、自身の鍛錬をおろそかにしていた。しばらく経ってそれに気がついた九鬼は怒り心頭で、しばき倒すと新二年生に宣言した。
そうして、鍛錬を怠っていなかった鬼道、そして『キング・オブ・ゴールキーパー』の二つ名を付けられた正ゴールキーパーの源田幸次郎の三名対その他のスタメンとベンチ陣というチームで紅白戦を行い、結果めためたにした。
鬼道のゲームメイクを欠いたスタメン組は佐久間が主に指揮を取るも連携に無駄や粗が目立ち、九鬼を欠いたために源田のゴールを破れず、そして源田がいないためにいとも容易く九鬼にゴールを許した。
結果は2-0と、三対十一の前半戦のみの紅白戦という状況を考えれば信じ難い敗戦を帝国レギュラー陣は喫した。
今はその後の話である。
「テメェらのサッカーは『勝つこと』しかねぇのか!? 勝つだけならそりゃ俺たち三人……あとは何人かのピースと数合わせがいりゃできるだろうよォ!」
目を吊り上げて怒声を飛ばす九鬼。完全に頭に血が上った状態で続ける。
「だけどな! 安定して勝つには『群』としての安定感やらが必要だろう!? 特にアンタだよ佐久間ァ! アンタは俺たちに匹敵する才能あんだから努力怠ってどうすんだ、あァ!?」
「落ち着け九鬼! 苛立ちはわかるが、早々に気がつかなかった俺たちにも責任がある!」
「全国優勝校がすでに頭角表してる同学年がいる現状に余裕ぶっこいてサボってました。……なんて気付くかァ、ボケェ!
「居ないとはいえ総帥になんてこというんだお前!」
「てかオメェも何回か危ないのあったよなァ! 鈍ってんのか!?」
「なんだと貴様!」
最終的には手が出そうな九鬼を止めているうちに喧嘩になりかけている源田を傍目に、鬼道は無言で帝国メンバーを睨みつける。
そして口を開こうとした時。
「もちろん、気がついていたに決まっている」
「総帥……説明してくださいますか」
「来たな、コイツ」
「九鬼!」
帝国学園総帥、影山零治がやってきた。地面に転がっていた帝国メンバーもどうにか体を起こし、「総帥が来た時はちゃんと根性で動くんだよなぁ……」などと呟いている九鬼をよそに整列する。
「練習試合を取り付けた。相手は雷門中。豪炎寺修也が転校したという情報が入った。偵察してこい。勝敗は問わない」
「マジで?」
「はっ、了解しました」
帝国では総帥の命令は絶対である。目を輝かせる九鬼を無視し、鬼道は二つ返事で了承した。マネージャーたちに雷門の情報を軽く集めるように指示し、とりあえず帝国メンバーに関してもとりあえず今の問題は置いておくとした。
「九鬼」
「なんすか?」
「貴様は余計なことをした。罰として今回の試合は出番なしだ」
「……はァ!?」
「そもそも雷門中など弱小も弱小。貴様が出るほどの強敵はいない」
「や、豪炎寺出るんだろ!? 出させてくれねェの!?」
「黙れ、命令だ」
ぐ、ぐ、ぐ、と歯軋りする九鬼を置いて影山はグラウンドを去っていった。
鬼道はいつもなら練習試合の日程は自分か監督を通して伝えていたことから、なぜ影山総帥本人が出てきたのかわからなかった。しかし、最初から九鬼を出す気がなく、本人を黙らせるためだったのかと納得した。
結局、佐久間たちを放置していた理由を言わなかった影山に対してわずかな疑問を持ちつつも、九鬼を外したスタメンを考える。
鬼道はわなわな震えている九鬼を放っておいて、メンバーに来たる試合に備えるように言いつけ、落ち込んだ様子の佐久間に声をかけ、試合のためのミーティングのためにともにグラウンドを去る。
他のメンバーもトレーニングや、九鬼や鬼道のプレイで負った擦り傷などの軽い怪我の処置をするためにグラウンドから去っていき、最終的に九鬼しかいなくなってしまった。
愕然としながらも九鬼も舌打ちしながらグラウンドから出る。こうもイライラしていると練習にも身が入らず、下手すれば一緒に練習する人間に迷惑、果ては重大な怪我をしたり、させたり恐れすらある。いくら怠けていた連中相手とはいえ、そこまで自分も堕ちてはいない。
「………………っ、ざけんなァ!!!」
それはそれとして、と叫んだ九鬼の声は虚しく響き渡った。
***
「おかしいよな。俺、帝国なら強い奴相手にサッカーできるって言われたからきたのに、今んとこ鬼道としかできてないんだけど……」
ぶつくさ言いながら帝国学園を一人出て、散歩する九鬼。ロードワークする気すら起きないくらい機嫌を損ねていた彼は、いつのまにか河川敷に出ていた。
「我ながらそこそこ歩いたな……」
河川敷に座り、ぼんやりと川を眺めているうち、モヤモヤこそなくならないものの、気持ちは落ち着きつつあった。
「……走るかぁ」
結局サッカーバカの九鬼は、自身がサッカーボールを蹴るかトレーニングくらいでしかメンタルケア出来ないのは自覚していた。そのため、立ち上がり軽く準備運動をすると、下流方面に向かい走り出す。
考えるのはやはりスタメンを外されたことだ。普通に腹立たしいことではあるが、影山のことであるから何らかの理由はあるはず。胡散臭いところはあるが、こと勝利に向けて猛進する姿を九鬼は気に入っている。
その影山がわざわざエースストライカーの自分を外したことについて、ただ『余計なこと』だけでは理由がつかない。
「……」
答えが出ないまま、しばらく走っているうちに、代わり映えのない景色の中に少し声が聞こえるのに気がついた。
子供の声だ。しかも、何かしらのスポーツをやっているらしい。
だいぶ走ったらしく、稲妻町あたりまで来ていた九鬼はなんとなく見ていくか、くらいのテンションでそちらに着くまでギアを上げて走り出す。
土手を走っていた九鬼は、眼下に広がる河川敷のグラウンドが見える場所に着く。そこでは小学生がサッカーをしており、稲妻KFCというサッカーチームの練習らしい。
「へぇ……いい動きしてんね」
うちの連中にもこのくらいの純粋さがあればいいのになぁ、などと益体もないことを考えながら一人頷き、微笑ましい光景を見ているうちに、コーチの人と目が合った。
「……? あー……不味くないか?」
側から見ればジャージの中学生が小学生を見てニヤニヤしていると捉えられてもおかしくない。しかもジャージは帝国のものではなく、市販の自分のお気に入りのものだ。
流石に帝国から練習試合とはいえレギュラー落ちした直後に不審者扱いされたエースストライカーなど、さしもの鉄面皮影山にすら笑われるに違いない。
そのような思考で帰ろうとしたところ、そのコーチに声をかけられた。
「君!ちょっといいかい?」
おしまいだ。不審者にされちまう。などと冷静に考えればそんなことはありえないだろうということを考えながらグラウンドに降りていくと、自身を会田と名乗ったその男は九鬼に問いかけた。
「君、キーパーはできるかい?」
「あ、え?」
まさかの申し出。話を聞くと、いつもなら近所の中学生がキーパーとして手伝ってくれるらしいが、今日は来れないらしく、試合形式にしようにもキーパーが足りず困っていたという。
その話を聞いて、気分展開にもなるし、たまには完全に楽しむ目的ならいいだろう、と、自分を納得させる。そして会田の提案を自分の本職はフォワードであるが、やってもいいと快諾する。
「本当かい?ありがとう」
「俺も断りなく練習見ちゃってたのが悪いなって思ってたんで」
へらり、と笑って予備のキーパーのグローブを貸してもらい、キーパーのポジションにつく。すると小学生の女の子が九鬼の下に駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、円堂ちゃんよりもすごいの?」
「円堂?」
話によるといつもきてくれる中学生らしい。
円堂守。ここでいつも必殺技の練習をしているという彼は、サッカーがとても大好きな少年であり、KFCの子供たちは円堂のことを兄のように慕っているという。
「あー、流石に本職のキーパーの人には敵わねぇだろな。にいちゃんフォワードだから」
「えー、なのにキーパーやるの?」
「ま、いけるだろ。遊びでなら何回かやったことあるし」
帝国に来る以前のサッカーチームでの経験を思い出しながら語る九鬼の立ち姿は意外と様になっていて、サッカーコートの外から見ていた会田はほう、と小さく感心したような声をあげていた。
九鬼は自分に話しかけてきた女の子、まこという少女の頭を乱雑に撫でた後、貸し出されたグローブを着用し、両手を上げて叫ぶ。
「そんじゃサッカー、楽しんでこーぜ!」
「おー!!」
***
雷門中キャプテン、円堂守は疲れた体に鞭打って河川敷グラウンドまで向かっていた。帝国との練習試合が決まった雷門中サッカー部であるが、部員が十一人いないために助っ人を募集して放課後走り回っていたのだ。そのため、練習試合まであまり時間がないのにもかかわらず、練習時間が削られてしまうという事態に陥ってしまった。しかし、円堂はその削られた時間であっても少しでもボールに触れたくて、河川敷までやってきていた。
「まだ練習、やっててくれればいいんだけどな〜」
KFCの子供達の顔を思い浮かべつつ、河川敷グラウンドに続く階段を降りていこうとしたその時、遠くに銀髪の少年が歩いているのを見かけた。
「……?」
見たことのない少年に首を傾げつつ、河川敷グラウンドにまだ残っていた子供たちが円堂の名前を呼び、円堂はそれに笑って答える。
「円堂ちゃん、さっきね、すごい人が円堂ちゃんの代わりにキーパーやっててくれたの!」
KFCキャプテンの如月まこがそう教えてくれる。
その人はフォワードが本来のポジションだがキーパーでも自分たちのシュートを止めていてすごかった、という。
「へー! そんな奴がいたのか!」
「会田コーチが用事で帰っちゃって、そのあとにそのお兄ちゃんも帰るってなっちゃって、最後にシュートを見せてもらったの! すごかったんだ!」
「シュートって、必殺技?」
「そう! この前助けてくれたツンツンのお兄ちゃんよりもすごいかもってシュートだった!」
「豪炎寺よりも!?」
先日あった凄まじいキックを見せて不良に絡まれたKFCの面々を助けてくれた豪炎寺よりもすごいかもしれないシュート。
そんなすごいことを知って、円堂守は燃えないわけがなかった。
「〜〜!! そんなすごい奴がいるなんて! よーし、特訓だ!」
と、拳を高く上げたところで思い、まこに聞く。
「なぁ! そいつって名前、なんて言ったんだ?」
「え? えーと、帰る前に教えてくれたんだけどね、確か……九鬼! 九鬼夏樹って言ってたよ!」
九鬼夏樹。残念ながら雷門中では聞いたことない名前だが、すごい奴だっていうことは覚えた。いつかどこかで会うかもしれない、という期待に胸を膨らませながら、円堂は今日も特訓する。
まずは帝国との練習試合を目指して。