白いベッドの上で、九鬼は目を覚ました。足に走る筋肉痛に似た鋭い痛みに顔を顰めながら辺りを見回す。帝国学園の保健室に寝かされていたのだと理解し、こちらに気がついた保険医に話を聞こうとしたところ。
「目が覚めたか」
「……!」
飲み物を片手に保健室の入り口に立っていたのは源田であった。手にテーピングをしながら、その手に持っている水のペットボトルを九鬼に差しだす。
「サンキュー……あー、その手は?」
起き上がりながら飲み物を受け取った九鬼のやや遠慮がちな言葉に源田は肩をすくめると、
「お前と似たようなものだ。フルパワーシールドは、まだ体に負担がかかるらしい。……もちろん、お前ほどじゃないが」
「やっぱ今の俺の状況、皇帝ペンギン1号の反動だったかぁ……。くっそ、油断してたわ……」
曰く、二、三回も打てば確実にサッカー人生に支障をきたすという。一度目で気絶したのは予想していなかった痛みに耐えきれなかったためだとか。つまり、ガッツ次第で持ち堪えられるらしい。
割と根性論が罷り通るんだよな、人間の神秘とやらは。と、やや呆れる。とりあえず源田に怪我を負わせたのではないことに安堵しながらも、肩を落とした九鬼だった。しかし、すぐに顔を上げ、源田に影山の居場所について聞いてみたが、それに答えたのは保険医だった。源田と話している間に影山に連絡をしていたらしく、今は鬼道を連れ立ってこちらに向かっているという。
保険医に感謝を伝えると、九鬼は再び源田に向き直る。
「……で、どうだった?皇帝ペンギン1号」
「今の帝国に対抗できる必殺技があるとすれば、例の『ビーストファング』くらいだろうな」
「あー……」
源田の新必殺技『フルパワーシールド』を完膚なきまでに叩きのめしたらしい九鬼の皇帝ペンギン1号の強さは、かつての帝国で「禁断の技」認定されたビーストファングに匹敵するものであるという。
そして、完全に不意打ちであったためではあるが、強靭な九鬼の体に少なくないダメージを与え、意識すら刈り取った皇帝ペンギン1号も禁断の技認定されるのだろう、と九鬼がひっそり残念がっている時、廊下が俄かに騒がしくなっていることに気がついた。
扉が開いた音がして、さらに声が大きくなる。声の持ち主は鬼道であった。
「総帥! 納得できません!」
「九鬼、採用だ。名前を『皇帝ペンギン2号』とし、鬼道を起点として、佐久間、寺門がサポートに入る必殺技とする」
「お! マジすか。あざす」
「九鬼! 大丈夫なのか!?」
あまりに軽い影山への返答に、鬼道が思わず問いただす。九鬼はなんでもないように肩をすくめる。
「や、フットボールフロンティアを今年も優勝したら、またアメリカに行くだろ? そん時に取れる手札は多い方がいいでしょ。欲を言えば佐久間起点で撃てるようになることかな。それだけでもだいぶより強い奴らと戦えるようになる」
「聞いているのはそこでは……」
「考えておこう」
「総帥!!」
珍しく影山に食ってかかっている鬼道に、珍しいものを見たと目を丸くする九鬼に、源田が問う。
「お前は、皇帝ペンギン1号に何か思うところはないのか」
「別に。デスバレットもさ、そう連発できる技じゃなかったんだよ」
九鬼のデスバレットは、九鬼の柔らかな関節や筋肉を存分に使う技。そのため、編み出した当時、小学生の間は、体が今よりもできていないこともあり、怪我をすることが多かった。
しかし、帝国に入って体づくりを続けていた結果、フットボールフロンティア決勝では二連発し、以前のような円堂との軽い模擬戦のようなことでも簡単に使えるようになったのだ。
そのため、九鬼はこの皇帝ペンギン1号もいずれ使いこなせるように、あるいは使えるような改良をするつもりであるのだ。
「もちろん、今の皇帝ペンギン1号は禁断の技にすべきだろ。誰かに使われちゃたまらん」
その言葉に明らかにホッとした鬼道に、人のことをなんだと思ってるんだ、と憤る九鬼。
そのような姿はさておき、またもや保健室の外が騒がしくなり始めていたことに一同は気がつく。ドタドタとした足音が複数だ。
保健室の扉が開き、佐久間、寺門、そして一年生の成神と洞面の四名が慌ただしく保健室に入ってきた。どうやら九鬼が保健室に運び込まれている間に、影山が皇帝ペンギン2号の話を佐久間と寺門に通しに行っていたようで、その際についでに九鬼が倒れた話を聞き、あわててお見舞いの品と共にやってきたようだ。
「九鬼さん! 大丈夫ですか!?」
「これ、お見舞いのゼリーです!」
「さんきゅー! 助かるよ」
ベッドであぐらをかきながら水を飲んでいる九鬼の元に駆けつける後輩二人組。差し出されたゼリーを、九鬼は笑顔で受け取った。その姿を先日九鬼に叩きのめされ、若干の恐怖を感じていた寺門と佐久間は目を瞬いていた。てっきり後輩には怖がられていると思っていたのだ。
「心外だな」
「確かに怖い時もありますけど、サッカーに本気で、真摯な人というのは伝わってきてますので……」
という成神の言葉通り、サッカーのことになると真剣で真面目。加えて面倒見のいい九鬼は、こと年下に好かれやすい性質なのだ。KFCの少年少女たちも、たびたび円堂に九鬼の話を聞いて円堂が百面相をするという一幕があるほど、年下に懐かれる。そのようなわけで帝国の一年生にしてレギュラーに選ばれた成神、洞面の二名も九鬼に懐いており、佐久間から話を聞いて顔を青くして保健室に駆けつけたらしい。
そのような二人から受け取ったゼリーを頬張りながら、九鬼は影山に聞く。
「そういえば総帥、俺今後の試合はどうなりそうすか? 出れそうです?」
「帝国はシード枠のため、地区予選は二回戦からとなる。とりあえず九鬼は、二回戦は回避。準決勝で後半から投入し、決勝でフル出場してもらう」
保険医にも軽く目を向けながらの質問に、影山は澱みなく答える。すでに話し合いは終わっていたらしい。
九鬼は了解です、と返事したのち、食べ終わったゼリーを、気を利かせた寺門に片付けてもらい、ベッドに寝転がる。
まだ軋むような痛みがある全身に顔を顰めながら、もう少し寝ると告げて目を閉じる。帝国の面々が退室していく中、おそらく義務や、付いてきたかたちではなくお見舞いに来てくれた源田、佐久間、寺門、成神、洞面の顔を思い浮かべながら、笑って眠りについた。
***
数日後。土門が転校し、メンバーが一人減った帝国サッカー部は、新たな必殺技の特訓を行なっていた。
皇帝ペンギン2号はまだもう少し調整が必要なものの、地区予選準決勝段階では完成する見込みとなっていた。もっとも、雷門が勝ち上がってくると予想していない帝国のメンバーの見込みでは、全国大会の千羽山中クラスの敵に対して実戦使用を考えているために、かなり早い完成ペースでできていると言えるだろう。
「……うん、今日はこのくらいにしとけ。明日の試合では皇帝ペンギン2号どころか、鬼道だって温存しても勝てる試合だろうし」
サッカーコートから少し離れたところでストレッチをしながら、必殺技の完成度を見ていた九鬼の言葉を聞いた鬼道たちは練習を終了して、各々のクールダウンを行っていた。
すると、帝国学園のマネージャーが鬼道の元へやってくる。
今日は雷門と昨年度地区予選で帝国と戦った野生中の一回戦が行われていたのだ。
「ほう……土門の言っていた通り、伝説のイナズマイレブンの必殺技を奴らは身につけているらしいな」
「楽しみだ。なぁ、鬼道?」
その試合結果を聞いて、鬼道と九鬼は期待を込めた笑みを浮かべ、佐久間たちは驚きと共に、新たな稲妻の到来を予感した。