自分の背中を後押しする、声援と味方からの信頼を受けながら、九鬼は上がっていく。
準決勝の相手である美夕帝中は、なんとかパスカットをすることで九鬼へのボール供給を止めようと必死だった。しかし、鬼道がそのようなミスをすることはなく。
「っし、久しぶりの試合だ、やってやんぜ?」
にやり、と口角を上げた九鬼はパスを受け取ると、正面に相手取ったディフェンダーの前で止まると見せかけ、急激に加速して抜き去る。
次のディフェンダーのスライディングは軽くボールを上げながら跳躍で交わし、必殺技は身体能力のごり押しで突破。数で止めようとしてくるならば、パスをして先に鬼道や佐久間へ任せ、意識が逸れたところを振り切り、再びボールを持つ。
念のためと、影山から必殺技の使用は禁止されているため、キーパーとの一対一はそのまま突っ込む。
止めようと思い過ぎて体がややこわばっている美夕帝中のキーパーに思わず笑みを浮かべながら、右から抜こうとする。
「っ!?」
咄嗟に右に動いたキーパーだったが、すぐに自分の失態を悟る。フェイントだったのだ。九鬼は個人技も日本トップレベルに位置しており、帝国のディフェンダーや、全国大会クラスならまだしも、地区大会レベルであれば、簡単なフェイントでも騙せる。
体制を崩したキーパーの逆サイドへ、左足を振り切り、ゴールを奪い取る。
その後も、前線にてボール供給を受け続け、何人にマークされようと強引に突破し、鬼道からの針の隙間を縫うような芸術的なパスを受けながらシュートを決める。
結果は10ー0。帝国の圧勝ムードのまま守り切り、試合終了。
帝国学園はいつもの通り、決勝進出を果たした。
そして同日、雷門中もまた、決勝進出を果たした。
***
「土門のやつに?」
それは意外な申し出であった。時期は決勝戦が雷門中であると決まったある日。
鬼道から、雷門中に行って土門から雷門中のデータをもらってきて欲しいというものである。本来なら鬼道本人が出向いて回収するはずだったらしいのだが、鬼道家での会食が土門の希望時間と僅かに被ってしまったため、行けないのだそうだ。
「頼めるか?」
「おっけー了解。……イナビカリ修練場だっけ。まさか本当にメチャクチャな特訓施設があるとはなぁ……」
先日の影山への報告の中でこぼした、『爆発的な成長』を見込める施設が雷門に本当にあったことに九鬼、鬼道共に苦笑いを浮かべる。まさか九鬼が当たったら苦戦、というか正直負けると判断していた御影専農のデータを超える勝利をもたらしたと知った時は、流石の九鬼も驚いたものである。
雑談はこれくらいにして、と九鬼は早速土門の元へ向かおうとした。しかし一旦立ち止まって、雷門の面々を思い出して、鬼道を見る。
「なぁ鬼道。土門のやつがもしスパイをきつく思ってたら、連れ帰ってきてもいいか? もしくはスパイを辞めさせてもいいか?」
九鬼は土門と親しいわけではないが、気のいいやつであるとわかっていた。だからスパイに選ばれたのだろう。しかしあまりいい気分はしていない。だから聞いたのだが、
「…………」
その沈黙が答えだった。鬼道は、個々人の判断で影山に背くことをよしとしていない。九鬼が今まで散々好き勝手やっているのも、結果は帝国に背くことにつながらず、利益をもたらしているからだ。利益が見込めない判断を、鬼道は容認しない。
舌打ち一つ鳴らすと、解せないものを見る目で九鬼はその場を去った。
***
九鬼は雷門中につくと、人気のないところに移動した。事前に合流地点として知らされていた場所にである。土門は九鬼がいることに驚いた。
「九鬼さん!? ……鬼道さんは?」
「家の都合で欠席。時間がギリ被ったっぽい。イナビカリ修練場? のデータをもらってこいって言われてさ。……違うのか?」
様子がおかしい土門に問うと、土門は血相を変えて答えた。
「違います! 九鬼さん。あなたは聞いていますか? 移動用のバスに細工をするように命令をした総帥のことを。あまりにもやりすぎです!」
「…………はァ!?」
「その様子だと、知らないみたいですね。……俺は、帝国のやり方についていけません!」
九鬼は土門のセリフを混乱と共に受け止めた。
九鬼は、影山のことをラインギリギリまで攻めて、あるいは少しはみ出してでも相手の情報を抜いて、勝率をできるだけ高める工作を行なっていると思っていた。いや、信じていた。おそらく鬼道もだろう。そう信じたかった。
「おいおいおい……ラインの上で反復横跳びくらいならまだしも、超えちゃいけないラインをスキージャンプで超えてるじゃねぇか……」
そのラインはK点じゃないぞ、とスキージャンパー影山に心の中でツッコミを入れながらも、九鬼は思案する。馬鹿正直に訴えても、影山は動かないことは目に見えている。しかし、それでも……。
「土門。もともと、これだけは言おうと思ってたんだ」
「?」
疑問符を浮かべる土門に真っ直ぐな目で続ける。
「もし、お前が帝国のやり方が気に食わないと思っていたんなら、雷門の連中に頼れ。前ちらっと見ただけだけど、悪い奴らじゃない。近くにいたお前ならもっとよくわかるだろ?」
肩を揺らし、動揺した様子の土門。ここにいたのが予定通り、鬼道であったなら絶対に言われなかったであろう言葉に土門は驚愕し、気持ちの整理がついていない様子だ。
「でも……」
言い淀む土門に畳み掛けようとしたその時、
「九鬼夏樹さん!?」
全くの別方向から声をかけられる。
九鬼と土門が同時に驚き、土門は咄嗟に隠れる。
そこには、雷門のマネージャー、音無春奈がいた。
「やべ」
「雷門の偵察ですか……?」
「……まぁ、一人でな」
見るからに警戒している音無に、とりあえず、土門のためにも『一人』を強調しておく九鬼。続けて、お前たちはあまりにも爆発的な成長を見せてるから、帝国も警戒している、と個人的に考えていることを正直に伝える九鬼。
意外なところで帝国からの評価を聞いて目を瞬かせる音無を見ながら、音無に見えないように土門に手を振り、とりあえずこの場所から離れようとする九鬼。
「そ、それじゃあバレちまったし、じゃあな……」
「待ってください!」
その腕を音無が掴む。よりにもよって手を振っていた方の二の腕を掴まれた九鬼の脳裏に、土門共々連行され、怒られ、出場停止まで走馬灯のように流れたが、次の瞬間、音無の言葉に無駄な高速回転をしていた脳は止められることになる。
「兄の……鬼道有人のことについて教えてください!」
「は……え!?」
九鬼は、思わず土門の方を振り向きそうになったのを止めた自分を思いきり褒めてやりたかった。
***
音無から聞かされた、鬼道の妹発言に、九鬼はものすごく驚いていた。
帝国は、レギュラー陣であっても個々人の交流が盛んな方ではない。交流が多い方と思われる九鬼も、トレーニング仲間の源田や、戦略上どうしても一緒にいることの多い佐久間、寺門くらいが友人と呼べるほどに仲が良く、可愛がっている後輩の鳴神と洞面などは実のところそこまで仲良く話すというほどではない。
特にディフェンダー組とは話す機会が少なく、土門も練習で最低限の会話をした程度、とくにディフェンダー組には鬼道ですら把握していない五条がいるくらい、帝国の選手間ではそれぞれの関係が希薄だ。もちろん仲が悪いと言うわけではなく、お互い強い関心を持っていない、ビジネスライクな関係なのが帝国学園である。
そのような中で、鬼道有人という男は、九鬼にとって親友とも呼べる存在であると考えていた。
気が緩みがちな超強豪校という肩書きに慢心することなく、ひたすらに自分を鍛え上げるその姿は尊敬に値するし、その鬼道が信頼をもってパスを出せるようなプレイヤーであろうと日々努力している。
そんな少年の初めて聞く情報に、盛大に驚こうとした時。
ふと、『そういえばあいつのことって何も知らないな』ということで我に返った。
自分もあまり過去のことは人に話さないし、鬼道に小学生の頃の話などすることもない。そもそもトリガーがないから話題にあがらないのだ。
結果、九鬼の頭の中には、鬼道パパだかママだかはあまり仲が良くなかったため別れる結果となってしまったのだろう。だから苗字も住んでるとこも違うのだな、という方程式が完成した。
明らかに目の前の音無の表情は迫真であったし、声色もお兄ちゃん元気? の類のものではなかったが、存外思い込みの激しいところがある九鬼はそう結論づけた。
「鬼道のことかぁ……うーん、あいつあんまりプライベートなこと言わんからなぁ」
「そうですか……」
「けどまぁ、こんな可愛い妹さんいるんなら心配かけんなよ、くらいは言っとくよ。複雑なんだろうし、なかなか会えないんだろうけど、家族は大切にするタイプだと思うしな」
「!」
九鬼の頭の中では両親の仲が悪くとも、兄妹仲良くいたいよな。というストーリーが出来上がっているための発言であるが、それは幼い頃に兄に捨てられたと思っていた音無にとって、ハッとさせるような言葉であった。偶然だが。
因みに鬼道有人は、フットボールフロンティアで三連覇を達成すれば、鬼道家の養子に入る際に置いて行かざるを得なかった音無とまた暮らせる。そうした約束を父親と交わしていた。今この場にいる誰もが知る由はないが、確かに妹のことは愛している。九鬼はなんとなく、鬼道はこういうタイプの妹に弱そう、と言った憶測のもとに行われた発言は、近い将来鬼道を悩ませるものとなるが、それはまだ少し未来の話。