暗君ネロリウスのやり直し!〜史上最悪と蔑まれ歴史から抹消されたが三百年後に転生して皇帝の養子となったので思うがままに善政()を尽くしていたら何故か史上最高の賢帝と呼ばれるようになりました 作:ぱんまつり
第七代バロン帝国皇帝ネロリウスこそが真なる暗君である。
歴史上には愚かな王が数多存在しているが、誰もネロリウスには及ばない。
「勿論、彼が処刑されて然るべき人物なのは理解していますが。歴史抹消処分になるほどとは私には思えませんね」
時の歴史家リードブルグは記者からネロリウス処刑の報せをワイングラス片手に聞き遂げると記憶を検索し、呆れ果てた表情を作ってから目の前の記者に聞かせてやることにした。
「……あいつは何もしなかったのさ。自国が攻められてる時にヘッタクソな絵ばかり描いてやがる。首都バランが火かけられた報せが入った時、なんて言ったと思う?」
ネロリウスがただただ何もしない無能な皇帝であった事は周知の事実だ。
しかし在位中は、彼にまつわるエピソードは美化されることが多かったため真実を知るものは少ない。
これから公には彼の生きた痕跡は抹消されていくので、こうしたエピソードトークを記者として報道していくことは不可能だが、聞く分には罪にならないだろう。
記者はどんな畜生エピソードが飛び出てくるのかと期待した。
絵画を焼いた敵兵一族を拷問した上での処刑を命じたとか、そんなところだろうか。
──直後、記者はネロリウスがそのような『誰もが想像する愚帝』とは逸脱した存在であることを思い知らされる。
「バランを救え!! 愚かな者どもに鉄槌を下してやるのだ!!!」
リードブルグは勇猛な顔をわざわざ作って叫んだ。
「……勇猛ではないですか。実は評価出来る面もあったって話ですね」
「落ち着け、話には続きがある。当時ネロリウス帝が最高傑作と自負する肖像画が国民の血税で建てた美術館に飾られていてな」
「? それがどう──」
「絵画の名をバロンと言った」
遅れて合点が入った。
記者はへら──と笑みを作る。
「理解出来たようだな。ネロリウス帝は勘違いしたのだ、
「恐ろしい……どんな勇猛な科白でも、ネロリウス帝が発すれば意味を成さない。ある意味、彼を象徴する言葉でしたね」
「そういうこった」
「何だかムカついてきますね……」
「まあ、そう思うのも仕方がないが。悪くは言ってやるな」
「どうしてです……? 彼は今や国家の敵でしょうに」
記者の気持ちは多くの国民と同じである。
しかし、リードブルグは違った。
良くも悪くも多くを知っている。
「……奴なりに国を愛していたんだよ。はぁ」
彼はワインを飲み干すと蝋燭に火を灯した。
今は太陽の光が差し込む時間帯である。
「話は終わりだ。悪いが長々と語る気はねえ」
「そうですか。お時間ありがとうございました」
記者は礼に金貨を一枚机に置くと部屋の出入り口に立ち再度頭を下げた。
次に頭を上げた時、虚な目で斜め前を見つめるリードブルグが居て──
「どうした?」
「あ、いえ……失礼します」
──数日後、リードブルグの家が燃えた。
ネロリウスに関する記録は全て燃えて灰となる。
歴史家たる自らの無力さを嘆いたリードブルグの凶行かどうかはさておき、いずれにせよネロリウスの史実を正確に伝えられる者はいなくなったのである。
♧♧♧♧♧♧
──ネロリウスの不滅画、そう呼ばれる聖遺物がある。
ネロリウス帝の遺作、我が身の不滅を願い描かれたとされる絵画は肖像画であるというのに
芸術に興味を示した次代皇帝が買い取ったため抹消対象とはならず、以来宮廷のエントランスに魔除けとして飾られ続けた絵画であったが三百年を経たある日、突如として異変が起こる──肖像画に精密に描かれたネロリウスの顔が浮かび上がったのだ。
かの皇帝の呪い。
第十四代バロン皇帝ヴィランがそう判断し、遂には処分しようとしていた時──その報せは届いた。
「怪しい画家を捕らえてまいりました!!」
「ほう」
ヴィラン帝の前に小汚い青年と絵画が転がされる。
青年が伸ばした右手を踏みつけ、絵画を取り上げると何ということか──宮廷に飾られたネロリウスの不滅画に描かれたネロリウス帝の気だるげな顔が克明に映し出されているではないか。
「……ふむ、素晴らしいな。それに偶然としては出来過ぎだ」
腕の良さにおいては青年の方にやや軍配が上がる。
「えっ、へへ……ありがとうございますぅ」
「……」
猫撫で声で喜んだ青年をヴィラン帝は仮面の奥の眼をギラつかせ見下ろす。
そこにいたのは天下に轟くバロン帝国の民としてあるまじき軟弱者であり、今の嬌声を以って処刑してやろうとも考えたが思いとどまった。
「貴様、もっとよく顔を見せろ」
「あっ……はい」
炭化したような赤髪に痩けた頬、それに妙に惹きつけられるサファイアの瞳をした男だ。
絵画に目を移すとネロリウス帝もまた、同様な特徴を持っており……「まさか」とアリバハ帝は口元を仮面の上から抑える。
「……神の啓示であったか」
「へ?」
ヴィラン帝は天を仰ぎ、青年もこれに倣った。
「主神アルバスは三百年周期で変革の刻が訪れると告げられた。私こそが稀代の変革者だと信じてやまなかったが……ああ、何と愚かなことか。とんだ思い上がりだったようだ」
からん──ヴィラン帝の仮面が落ち、豊かな金髪が靡く絶世の美女が現れた。
女は此処に跪き、腰の皇剣を青年の前に置いた。
「私を斬れ、貴様が天に立つのだ」
「んん?」
「もとより女の私がこの座に居るのも限界があるのだ。天に魅入られた英雄を見出した功績を冥土の土産にさせてくれ」
「……英雄? いや、ほんと状況がぶっ飛びすぎてて飲み込めないんだけど」
皇帝が跪くという異常事態に青年は半恐慌状態に陥っていた。
だから何もないところで滑って尻もちをついてしまう。
「無理もない。時代の特異点に立っているのだからな」
「特異点?? 俺ぁしがない画家っすよ!」
「
記録抹消刑に処された者は貴族階級ですら口伝程度でしか伝わらず、基本は真実味を欠くものだ。
それなのに宮殿に一歩として足を踏み入れたことのないはずの木端画家が完璧に描き切るのは明らかに不自然だ。
件の絵画に起きた怪現象と合わせてヴィラン帝は確信めいた仮説を立てる。
「だからたまたま──」
「たまたまな訳が無かろう? ネロリウス帝」
「──!!」
時が止まる。
「貴様の名はなんだ?」
「……ネロリウス」
「そうか、もはや問答は要らぬ」
無言は肯定とみなす。
「しかし、私を斬らぬか……まあよい、気が変わったしな」
大帝ヴィランは青年の瞳を覗き込み、悪い笑みを浮かべた。
「私の気分は山の天気よりも変わりやすい。もう死ぬ気はないが……決めたぞ。貴様を──私の養子としよう!」
「うげぇ……」
もはや青年に拒否権は無く、今ここに第二のネロリウスが誕生したのである。