暗君ネロリウスのやり直し!〜史上最悪と蔑まれ歴史から抹消されたが三百年後に転生して皇帝の養子となったので思うがままに善政()を尽くしていたら何故か史上最高の賢帝と呼ばれるようになりました 作:ぱんまつり
皇帝が手ずから養子を取るということ、それすなわち彼の者を後継者に指名している事と遜色ない。
バラン帝国における300人の天上院議員で形成される意思決定機関たる『天上院』に激震が走る──と思いきや大帝と称されるヴィランに意を捉える者などおらず、ネロリウスと名乗った青年は滞りなくヴィランの養子として歓迎された。
さらにさらに、齢19のネロリウスには天上院議員の地位とともに山三つくらい買えるほどの大金に千人隊規模の兵力や少々の執政権等々──を与えられたのだから、まさに至れり尽くせりと言っていい。
なぜそんな事をするのかといえば、皇帝の意向である。
「過去の皇帝の手腕が見てみたいのだ!」
ネロリウスの顔は盛大に引き攣った。
大権を叩きつけられる度にネロリウスの表情が死んでいくのをヴィラン以外の者は正確に読み取った事だろう。
大権を全身にぶら下げたネロリウスはまずアトリエを用意させた。
「これが重要なんだ」
「ふむ、なるほど」
ヴィランは何も否定する事なくネロリウスの要望を受け入れていく。
「次は画材だね。いくらあっても足りないよ」
「戦略レベルで地図を描く気だな」
「次はメイドさん。うんと美人がいい、モデルにしたいから」
「ああ、奴隷は必要だ」
「あとは俺専用の浴場が欲しい。匂い落ちないからねぇ」
「確かに、血で濡れたままでは居れんからな。もちろん用意させよう」
会話にズレ──はヴィランにとっては無いはずだ。
領土拡大のため侵略戦争を頻繁に起こす強き帝ヴィランにとっては全てが物騒な感じで聞こえているだけである。
ネロリウスの政策──とやらは勿論身辺だけには留まらなかった。
美術館や大浴場、演劇場の建設指示──国の娯楽を充実させるために動いたのだ。
無論、まだ皇帝ではないネロリウスに全ての要望を通す権限は無かったが不足分は借金して補った。
ヴィランにとって、ネロリウスの行動のほとんどが理解出来なかった。
全て悪政では無かろうか?
娯楽など指輪や首飾りといった装飾品と変わらぬ。
そんなものに投資したところで戦には勝てないではないか──と。
「俺は皇帝になるんでしょ? なら、今のうちに好かれておいた方がいいと思ったんだ」
「……戦果を上げれば名声など簡単に高まると思うぞ?」
「アトリエから出ない人間がどうやって戦果を?」
「っ……それもそうか」
──珍妙な男だが、そろそろ飽きてきたな。
此処のところずっっとネロリウスのアトリエに入り浸っていたが、流石に毎日同じ光景を見せられるのも困りものである。
端的に言えば、このアトリエは個人的につまらないのだ。
それに狭い。
ヴィランにとって戦場が広大なキャンパス、色を塗りたくば敵兵の血を咲かせばよい。
「……」
鉄仮面を指で押し込み、ズレを正す。
大帝の中で物事の優先順位が整理され、ネロリウスの地位は下方修正された。
それから何も言わずアトリエを退室する。
彼女はもう二度と、姿を見せないであろう。
♧♧♧♧♧♧
ヴィラン帝がアトリエに来なくなって一週間、久方ぶりにネロリウスが食事や入浴以外でキャンパスの前から離れた。
「天上院に向かわれるのですね?」
「うーん、そうだね。始まってから行くよ」
「……? 左様ですか」
メイドが用意した清潔な服に着替え、宣言通り天上院が始まった頃合いでアトリエの外に出る。
持ち運び可能なサイズのキャンパスを脇に抱え、何をするつもりなのだろうかとメイドは訝しんだが、ネロリウスの考えなど理解できないのは十分に思い知っているので思考放棄した。
宮殿内の者達に爽やかな笑顔を振り撒きながら軽やかな足取りで天上院が行われている集会場へ向かい──両開きの扉の前で鎮座した。
「ふんふ〜ん♪」
わずかに隙間が空いていることを確認して天上院を覗き込めば、錚々たる面々によって熱い議会が繰り広げられていた。
これこそがバラン帝国。
重要な決定はみんなで話し合って決められる。
素晴らしいことだ。
何やらヴィランのターンが異様に多い気がするが……まあ、謎の青年を養子にしているくらいだからお察しである。内部分裂さえ起きなければ問題無し。
そんなことよりもキャンパスに納めなければ。
タイムリミットは天上院が終わるまで。
今日のため邪魔になりそうな見回り兵を買収しておいたのだから、絶対に描き上げねばならない。
そう思いつつ、ネロリウスはいつまで経っても鼻息荒く天上院を覗き見し続けた。
圧倒的なまでに変質者である。
見回り兵がいれば下手したら捕まっている。
しかし、彼らがいないとしても──
「何してんの? 変態」
「んー? あ」
この宮殿には、自由に動き回れて且つ天上院入り出来ない人物がいる事をネロリウスは知らなかった。
何者かが背後に立っている。
冷たい視線が降り注いでいるような気がするがネロリウスは意に返さない。
「無視しないで」
「……」
ネロリウスの手は止まらない。
「お、おーい」
「……」
「おーいってば。こっち向きなさい」
「……」
「っ、ひどいよぅ」
「……」
「いいの? なっ、泣いちゃうよ?? ほらほらいいのいいの!?」
後ろで何かが崩れ落ちた。
啜り泣きも聞こえる。
流石のネロリウスも手を止めて振り返り、慰めてやる事にした。
「──!!」
そして雷に打たれたような衝撃を受けたのである。
ぐちゃっと座り込み、ぐずぐずと泣き乱れる少女が余りにも美しかったからだ。
あの青みがかった銀髪を、自身の技術で表現することは不可能だ。
あの神がかりな造形を誇る身体を筆一つで再現するのは不可能だ。
あの豊かな表情をキャンパスに映し出すのは不可能だ。
だからネロリウスは両手の指で四角形を作り、乱れる少女を収める事にする。
描けないのであれば記憶のキャンパスに焼き付ける。
これしかない。
「ちょっと、そのままでいて。ちゃんと入って」
「ぐす……っ、だから何してんのよ」
「君の泣き顔があまりに綺麗で衝撃を受けた。だから堪能したい」
「はぁ? ……気持ちわる。まあ何でもいいわ。大帝ヴィランの後継者たるこのシュガー様を! 愚弄したこと、後悔させたげる!!」
「俺が後悔したことは人生で一度だけしかないよ」
「じゃあこれで二度目だ」
愚図な男の思い通りになってたまるかと少女は涙を拭いて立ち上がり、しなやかな人差し指をネロリウスに向かって突きつける。
「不敬罪で死刑よ死刑! あんたの人生これで終わったね!!」
ヴィラン帝の後継者を名乗った少女は自信満々な顔で鼻息を荒げた。