暗君ネロリウスのやり直し!〜史上最悪と蔑まれ歴史から抹消されたが三百年後に転生して皇帝の養子となったので思うがままに善政()を尽くしていたら何故か史上最高の賢帝と呼ばれるようになりました 作:ぱんまつり
ど、どどどどうしよう〜〜〜!!!
などとシュガーは内心慌てていた。
それもそのはず、誰かを死刑にしたことなどないのだ。母であり皇帝であるヴィランとは違う。
だから彼女は恐る恐る指を下ろす。
「し、死刑って……言ってるでしょっ。怖くないの??」
この青年はイカれている。
死刑宣告されているのに、未だ奇行を止めないのだから。
自分がひ弱な少女で母のような威厳がないから凄みが伝わらないのだろうか。
これだけ強い言葉を使っても相手を退かせることすら出来ないなんて……母に知られたら、がっかりさせてしまう。
「そうだね、もう死んでるようなもんだし」
しかし、シュガーの憂いは否定される。
この男、そもそも死に対して恐怖を感じていないらしい。
「あぁ……そう。ちなみにあんたの名前は?」
とりあえず話題を変える。
「ごめん、名乗り遅れた。俺はネロリウス」
「う、うん、あんたがネロリウスね。えと死刑はぁ……なんでもない」
「そっか。じゃあ、もう良い画がとれたし移動しようか」
ネロリウスと名乗った青年はヒョロいのに、やけに堂々としている。
不思議な安心感があるのだ。
「ううん、何でもないわ」
だからだろうか、シュガーは彼の小さくも大きな背中について行ってしまう──それが地獄の始まりと知るよしもなく。
♧♧♧♧♧♧
さて、シュガーにとっての地獄は彼の『アトリエ』という部屋に誘われてから始まった。
最初は良かったのだ。
なんて事ない世間話に花を咲かせ、普通に楽しんでいると途中で雲行きが怪しくなった。
絵画の被写体とされたのだ。
ネロリウスのメイドに、まるで人形のように次々と着せ替えられる。
「いいねいいね! じゃあその剣を振り上げて」
目が血走っている。
発作でも起こしているのだろうか。
「……」
騎士の鎧を着せられ、剣を掲げ英雄ブリッツのポーズを取る。
「顔引き攣ってるよ。ちゃんとして」
「分かってるわよ──っ」
この体制でキープだなんて正気じゃない。
明日は確実に酷い筋肉痛に見舞われるに違いない。
シュガーは暫くして我慢の限界を迎えて、やってやれるかーとレプリカの剣を床に叩きつけた。
「はぁっ、はぁっ、気を許した私が間違いだったわ。もう付き合ってやんないから」
ビシッと言ってやると、意外にも素直にネロリウスは手を止める。
それに留まらず何だか凄く申し訳なさそうにした。
「ごめん、金が欲しかったんだ。あと興奮した」
「最低か!?」
「最低なのもごめん。ほんとにその通りだよ」
いやにネロリウスがしおらしかったので一応理由を聞いてやる事にする。
なぜ奇行に走るのか──と。
するとネロリウスは「奇行じゃないよ」と前置きしてボソリと言う。
「借金してるんだ……」
「……あんた、母さまの養子になったんだよね。気に入られてるならお金持ってるはずでしょ。そう簡単に使い切れるものじゃないと思うんだけど……」
「使い切ったから借金してるんだよ」
「……」
ネロリウスが養子になったのは三週間前らしい。
相当な額が瞬く間に蒸発したと見える。
「まっ、まあいいわ。何となく事情がわかった。私の絵で稼ごうと思ったのね。でもそれは許可できないかなぁ、恥ずかしいし疲れるし」
「そうか、無理にとは言わないよ。ただ訂正しておくと、厳密にはシュガーに
「え、あれ、私じゃないの?」
「違う。俺には君を表現できない」
「……へ、へ〜。ふーーん」
それはどういう意味だろうか。
ネロリウスの真剣な目を見る限り、美しすぎて描けないという意味だろうか。
シュガーは勝手に脳内変換して目を逸らした。
「そ、そう。じゃあいいわ! そういう事ならいいわよ。私を描いても!!」
「おおっ、やった! ありがとう!! じゃあガンガン描いてくよ!」
ネロリウスがやたら褒めてくれるようになったので、地獄はほんのりマシになった。
♧♧♧♧♧♧
「今日はありがとう。もう遅いし、これから行くとこあるからお開きにしよう」
蝋燭を灯す時間になった。
ネロリウスの要望を何だかんだ楽しんでやり通したシュガーはそこそこの脱力感と達成感を覚え汗を拭い、やたらと重いドレスを脱ぎ捨て薄着で床に横たわる。
「あんたも疲れてるでしょ。まだ何かするの?」
薄着になったというのにネロリウスはまるで反応を示さなかった。泣き顔で興奮していたのは特殊性癖の類ではなかろうか。
「するよ。しなければならない」
青年は使命感に駆られているように見えた。
ジャラジャラと金属の擦れる音がする袋を背負い、アトリエの外に出る。
少しふらついていて、明らかに疲れているのが分かる。
シュガーとしてはこのまま眠ってしまっても誰にも心配されないので問題はなかったが、ネロリウスはそうで無いと思うので仕方なしに後を追う。
「ついてってやるわ」
「どうも」
シュガーはヴィラン帝譲りの大股でズンズンと歩き、ネロリウスの横顔に話しかける。
「あんた、変わってる。変態で無茶苦茶するし。今日は今年一疲れたわ」
「凄い言い草。そういうシュガーは……かわいい」
「……嬉しいけど、そればっかりね。もっと他にないの? ほら、優しいとか面白いとかさ」
ネロリウスは変なやつだが、惜しげもなく褒めてくれる。
だが外見の感想ばかりで内面には触れてくれない。
「無い、かな。一日や二日で人物像を定めたくないんだ」
やはり変わった回答である。
「変なの。こだわりみたいなやつ?」
「いや、そんな大層なもんじゃないと思う。理由は俺にも分かんないけど」
「ふーん、でも安心した。私に良いところや特徴が無いから言わないんじゃないんだよね」
「多分」
「そこは『そうだよ』でしょ」
何だか虚しくなった。
自分から承認欲求剥き出しにしておいて満たされない消化不良感。
何だか気力が湧いてきた。
この意味不明な男を一泡吹かせてやったら、気持ち良いだろうなと。
密かに闘志を燃やしているとネロリウスの足が止まった──どうやら目的地に着いたみたいだ。
喧騒と光が漏れている扉を形式的にノックして入るとムワッとした熱気に包まれる。
粗野な男たちの宴会場だ。
おそらくは傭兵や下級兵の連中だろうが、あいにく彼らはこちらに気付いていない。
「ねぇ、どうすんのよ」
シュガーがおどおどとして退く。
ネロリウスが両手を広げて前を行き──立ち止まり大きくを息を吸い込む。
鐘が鳴り、喧騒が止む。
間断にスッと差し込まれるのはネロリウスのよく通る声だ。
「お楽しみの時間を邪魔して悪いね。本当は始まる前に来たかったんだけど……うん、前置きはどうでもいいかな」
彼の人差し指がいつの間にか置かれていた袋をさす。
紐は解かれ中身が見えている。
その煌びやかな輝きに、空間全てが湧く。
「俺の天上院議員就任祝いだ。好きに使ってくれ」
──大人物の前に群がる人々。
シュガーの目にはそう映った。
同時に困惑した。
ネロリウスがどんな人物であるかは一応聞いている。
それと照らし合わせれば、これまでの大胆な行動や掴み所ない性格がしっくりこない。
かの暗君は何もしないが故に最悪の評価を下されたはずでは?
違和感しかない。
その違和感を解消するためシュガーは彼の服を摘む。
「あんた……何者? 私が聞いてるネロリウスと違うんだけど」