暗君ネロリウスのやり直し!〜史上最悪と蔑まれ歴史から抹消されたが三百年後に転生して皇帝の養子となったので思うがままに善政()を尽くしていたら何故か史上最高の賢帝と呼ばれるようになりました 作:ぱんまつり
「あっははー! 変なこと言うねえ、俺がネロリウスだよーー!!」
明るくはぐらかされた。
銅貨を一枚ぎゅっと握らされる。
やっすい口止め料である。
「……」
青筋がピキピキと額に走るのを感じる。
だいたい何なのだこの男は。
ここまで何回不敬を働いた? 百度死刑になって尚、釣りがくる。
シュガーは銅貨を群がる男衆に投げつけ、何となくネロリウスに腹パンした。
「うべっ」
いててと腹を摩るネロリウスのふざけた面が不快なので、殴ったとて怒りは収まらない。
だから彼女は銅貨を卑しくキャッチした男を指差す。
「お前──」
「はい?」
「と、ネロリウス。決闘決定ね」
「「は?」」
ネロリウスと男が顔を見合わせて素っ頓狂な声を上げた。
ツンと顎を上げてシュガーは腕を組む。
「拒否権なんてないわよ。不正な金を受け取ってたって、母さまに言い付けるから」
「え〜、そんなぁ」
「何であんたがガッカリすんの……」
落胆したのは金を受け取った男ら以上にネロリウスだ。まったく意味が分からない。
「いやぁね、ガッカリするさ。俺はシュガーと良い関係になれたって確信してたんだ」
「……思いあがらないで。何処の馬の骨とも分からないあんたに気を許した瞬間なんて一度もないわ」
最後の方は少し声量がダウンした。
ネロリウスはあからさまに大袈裟に屈伸運動をして、決闘の準備を始める。
「まあいいよ、それで。そっちの方が俺も気が楽だ」
さて──と、ネロリウスは続ける。
「そろそろ頃合いだと思ってたんだよ。見せつけちゃおっかな〜、実力」
そもシュガーが決闘を促した理由は、真に皇帝ならば強いはずと考えたからだ。
歴代の皇帝には大小様々な『武勇伝』がある。
一騎当千だの怪力無双だの様々だが、暗君暴君と呼ばれている者達にすら強き皇帝としての一面があった。
であればネロリウスも強いはず。
本当に強かったとして、それが証明になるわけではないが、
──散々私を馬鹿にしたんだから、強くないと許さないわ。
シュガーは左肘を右手できゅっと抱き寄せネロリウスと男の立ち会いを見守った。
「いいんですかい? ネロリウスさん。シュガー様の命令なんて蹴ってもいいんですぜ」
「馬鹿なことを言わないでおくれ。他でもないシュガーの命令だから戦うんだよ」
向き合う二人を円形に囲う。
正しく決闘といった様相だが、正直なところ誰もネロリウスの勝利を予想していないだろう。
頭ひとつ分以上の身長差に、小枝と大木のような厚みの差──あまりに体格が違うのだ。
先の銅貨をわざとぶつけてやったのだ。
真の強者ならば、皇帝たり得る逸材であるならば、この程度のハンディキャップは些事。
「鐘を鳴らしておくれ」
シュガーが意地悪を若干悔いているとネロリウスに合図を任された。
「っ、じゃあ──始め!」
「ひィっ」
この合図でネロリウスがしゃがみ込んだ。
躊躇いもなく放たれた岩石のような拳をまぐれで躱し、床を這うようにして男の背後へ逃れる。
「はっ、ザマァねえな!」
口汚く男が追撃してゆく。
メイル! メイル! などとコールが上がり、誰もネロリウスを応援しない。
彼は仮にも皇帝の養子であるはずなのに……所詮、賄賂を渡したとて弱者は認められないという証拠であろう。
ゆえに少女は戦いから目を背けた。
これは世界の縮図だ。
己が蒔いた種とはいえ知ったことか。
どれだけ逃げようとも誰も咎めないし許してくれる。
どよめいたのは、シュガーが背を向けた瞬間だった。
「──っ、謝っておき」
振り向き、言葉が詰まる。
目を疑うほかない、巨躯が鳩尾を抑えてうずくまっているのだから。
「何で……」
シュガーが目をぱちくりさせている間にネロリウスは立ち上がり、涼しげな顔で埃を払う動作をする。
この間、何処ぞの馬の骨が解説してくれた。
「精霊だ……あいつには精霊がついてるとしか思えねえ! お前、見ただろ!? あんな偶然あるかよ!!」
「ああ、見てたぜ。ネロリウスさんがずっこけて肘を突き出しているところに、あの銅貨がベストなタイミングで現れたのさ。ありゃ避けられん」
「現れた? ああ、その表現が正しい。メイルのアホ面見てみろ、あいつ自分で銅貨を踏んですっ転んだ事に気付いてねえぜ。一本取られたとでも思ってるんじゃないかな」
よく分からないがネロリウスは精霊に助けられ勝利した事になったらしい。
確かに彼は圧倒的に劣勢だったし、奇跡での勝利以外はあり得ないとシュガー自身も思ったが──それはどうだろうか。
勝利した彼の表情からはこれといった感情は読み取れない。
すべき事があるのだと言わんばかりに既にして次の行動に移っている。
ネロリウスはネイルと呼ばれた男の手を取り立たせてやり、銅貨を握らせた。
「シュガーの銅貨を必然にも踏ませてしまって悪かった」
「あ、ああ……別にいらねえが」
「そう言わず受け取ってくれ。今は価値がないかもしれないけど、百年後は分からないよ」
「なるほど? あんたがそう言うなら……」
相変わらずネロリウスはよく通る声で話した。
ゆったりとした歩幅で鷹揚に余裕たっぷりに。
正しくこれこそが強者の威厳、いや──
「聞いてくれる舞台が整ったね。三百年後の皆さん、ごきげんよう」
皇帝の風格とでも言うべきか。
「俺こそが第七代バロン帝国皇帝ネロリウス・ブリティアナ・カッシウス・リドディウスだ」
朧げに見える。
知らないはずの、失われたはずの、歴史の断片が。
彼は語る。
自らが酷くがっかりしていることを。
三百年の時を経たというのに、相変わらず国家内外問わず戦火が絶えず芸術は衰退し、人々を豊かにする技術も繁栄していないことを嘆いているというのだ。その迫真の表情たるや、転生者なだけあって真に迫るものがある。
彼は宣言する。
自らが異次元の平和を実現してみせると。
だから協力してほしいと、金をばら撒いたその手を大きく振り回して訴えかける。
彼からは思想が見えるようで見えない。
なにしろ全ての行動言動が少し演技がかって見えて信じきれないのだ。
歴史に葬られるに相応しい暗君か。
それとも悲劇に見舞われた稀代の名君であったか。
「ずるいわ」
嫉妬してしまうくらいに気になって仕方がない。
でも、彼の真実は葬り去られていて、どうやっても知ることは出来ない。
過去の彼は名実ともに死んだ。
現代の彼は目の前で生きている。
どうしてこんな事が起きている?
転生なんて荒唐無稽だ。
あり得ない。
冗談は己の運命だけにしてくれ。
シュガーはギリっと奥歯を噛み締め、どかっとその場に座りシュバっとメモ帳を取り出す。
「これこれシュガー様、そんなはしたない事を」
「黙りなさい。私は騙されないわよ」
「へ?」
「全部書き留めてやるわ。三百年後にあんたみたい変なのが出てこないためにね!」
この瞬間、初めてネロリウスの瞳孔が開いた。
初めて、そう、初めてあり──これが最後である。
瞬くだけで普段のケロッとした表情に戻り、作ったような笑みを見せた。
「ありがとう、よろしく頼むよ」
「うっさい、ヘンテコな演説に戻りなさい。全部書き記して読み返した時に悶えさせてあげるわ!!」
きっかけは恐らく些細な事である。
大帝の娘なのに見向きもされない自分にも出来ることをしたい、だとかそんなよくある動機だろう。
いずれにしても後の偉大な歴史家シュガーは表舞台に顔を出した。
彼女が綴る歴史書の名は──『ネロリウス2世史記』。
事項より紡ぐとしよう。