ブルーロック計画
日本中から優秀な高校生ストライカー300人を集め、世界一のストライカーを誕生させようとする蟲毒のようなイカれた計画。
この計画でコーチを担う謎の男《
そして、絵心によるストライカーとはなんたるかという演説を経て、集められた300人は《
ブルーロック計画が実際に行われる寮までバスで送られた選手たちは、寮に着いた後に私物を没収されユニフォームとなるボディースーツへ指定された部屋で着替えるよう命じられる。
寮は5つの棟に分けられ、それぞれの棟はさらに5つの部屋に分けられている。
彼らは部屋に着くと、服を着替えつつ各々の過ごし方をしていた。
ある者は、知り合いと談笑したりサッカー雑誌で見かけたような有名人に話しかけたり。
またある者は、我関せずとばかりに1人の世界に没頭していたり。
しかし、彼らはこれから痛感させられることになる。
ブルーロックは単なる強化合宿施設ではないということを。
強化指定選手に選ばれうかれていた彼らは、部屋に備え付けられたモニターを通して絵心からもたらされて指令によって、過酷な現実に引き戻されることになる。
◇◇◇
ブルーロック伍号棟 ルームZ
「着替えは終わりましたか才能の原石共よ……やぁやぁ」
部屋にいる全員が着替え終えたタイミングで、見計らったかのようにモニターが点灯し絵心の個性的な高い声が響き渡る。
不気味な大きい目を携えて手をワキワキさせながら、絵心は早速この部屋分けのからくりを明かした。
「今同じ部屋にいるメンバーはルームメイトであり、高め合うライバルだ」
「お前らの能力は俺の独断と偏見で数値化され、ランキングされてる」
「そのランキングは日々変動し、トレーニングや試合の結果でアップダウンする」
絵心のその言葉を聞いて、部屋の中でにわかにざわめきが広がる。
とはいえ、それも当然だった。
彼らが先ほど着替えたボディースーツにはランキングが一目で分かるように表示されているが、皆一様に順位が酷く低かったからだ。ブルーロックに選ばれた時点で高校サッカー界では上澄みであり、彼らにはそれぞれ自分の力にプライドがある。だからこそ、ランキングの数字は受け入れ難かった。
しかし、その中で落ち着き払って冷めた様子で数字を眺める者が1人……
その者の名前は、赤司征十郎。
そして、赤司のランキングは289位。
全中3連覇、ついこの前の高校に進学して初めての京都府大会でも対戦相手の心をことごとく折ってきた勝利至上主義の彼にとって、この順位は許容できるものではないはずだ。
だが、身体能力に優れるだけでなく頭脳明晰な彼は既にこのランキングシステムのからくりを看破していた。
この数字が正しいならば、赤司より上の選手たちが288人いることになるが、それがありえないことは彼が1番よく分かっている。要するに、自分が底辺だと嘘の順位で自覚させることで発破をかけようとしてるのだろう。
というより、落ち着いて考えれば頭の良し悪し関係なく分かりそうなものだが、慣れない環境にいきなり放り込まれどこか緊張している他の面々は気づきそうになかった。
そこまで考えて、赤司は興味をなくして目を閉じた。
その後も、ランキングの上位5名がU-20W杯のFW登録選手とすることやブルーロックで敗れ去った者は日本代表に入る権利を永久に失うことが説明されて部屋中に衝撃が走る中、赤司は我関せずとばかりに興味がない面持ちのままでいた。
しかし、続く絵心の言葉に再び目を開けることになる。
「というわけで、今からその
「さぁ、
唐突な絵心によるオニごっこ開始宣言と同時に天井からサッカーボールが降ってくる。
ボールが床にバウンドする音が響く中、説明を続ける絵心。
「制限時間は136秒。ボールに当たった奴がオニとなり、タイムアップの瞬間にオニだった1人が
至極簡単なルール説明。
最後にハンド禁止のルールを付け加えて絵心を映していたモニターの画面が切り替わり、ブルーロックランキング300位すなわちこの部屋で1番順位の低い坊主頭の選手《
モニターから映像こそ消えたものの、絵心は天井に備え付けられたスピーカーを通してこの入寮テストの目的を説明する。
「オニごっこはプロもウォーミングアップで行うトレーニングだが、これはストライカーの本質を見極めるために俺が考案した
「覚悟して戦え、これはただのオニごっこではない」
説明は終わり、136秒分の時間を示していたタイマーが動き始めた。
最初のうちはたちのわるい冗談だと考えていた選手たちも、絵心の真に迫る声を聞き無情にも時間が減り続けるタイマーと落ちてきたボールを見ることで、これがリアルなテストなのだと認識を改めた。
それは、どうやら最初のオニとして指定されているらしい五十嵐にとっても同じだ。
「やってやんよ……みんな、誰が脱落しようが恨みっこなしだぜ……」
部屋にいる11人の選手たちのなかにはまだ、敗れた者が即刻ブルーロックを去りそれ以降日本代表になる権利を永久に失うというルールをハッタリだと考えている者たちもいた。
実際に、茶髪でどこか軽いノリを醸し出す選手《
しかし、今オニになってしまっている五十嵐は、そのルールが本当だった場合を考えて本気でこのオニごっこに取り組もうとしている。
汗をかき息があがっている彼の緊張した面持ちは、他の選手たち全員に伝播した。
……未だ涼しい顔をした赤司と床で眠ったままの1人を除いて。
「うぉらぁぁ!!!」
雄叫びをあげながらボールを蹴りだす五十嵐。
彼はこのオニごっこに敗れてブルーロックを去ることになれば、家業である寺を継がなくてはならなくなる。父親との「日本代表になれば継がなくてもいい」という約束をエンジンとして、なんとかオニを押し付けようと切羽詰まった様子でドリブルをする。
彼のターゲットは既に1人に絞られていた。
そのターゲットとは、ブルーロックランキング299位《
五十嵐が潔をターゲットにしたのは単純な理由で、五十嵐を除いたときの順位が1番低いからである。最初から底辺の五十嵐にとっては他の選手たち全員が格上であり、そのなかで勝率が高そうなのは潔を置いて他にいない。
潔は自分が五十嵐のターゲットにされたことに気がついたようで、「南無三!」と叫びながら五十嵐が放ったシュートをピョンと飛び跳ねることで回避した。
五十嵐は、潔に渾身のシュートを回避されたことでさらに焦りを募らせる。
誰でもいいからボールを当てたい。
追い詰められたことで、どんな汚い方法を使ってでも誰かにボールを当てまいとする五十嵐。
そんな彼の目に飛び込んできたのは、この部屋に来てからオニごっこが始まっている今の今までずっと床で寝ている様子の1人の選手だ。
このマイペースを地で行く選手の名前は《
ブルーロックランキングから見れば291位とこの部屋の上位層。
「はは……コイツ!!まだ寝てんのかよ!!もらった……!!」
しかし、たとえ格上だろうと寝ているのならば恐れるに足らない。
この幸運を喜びながら、ウキウキで蜂楽にボールを当てようとシュートモーションに入った五十嵐は……
唐突に目覚めた蜂楽の
「おい!?ファウルだろファウル!!こんなん試合だったら一発レッド……!!」
「むにゃ……禁止なのはハンドだけでしょ?」
「おはよ」と言いながら立ち上がった蜂楽。
実際に蜂楽の蹴りについてアナウンスがないことからも、ルール上問題ないことが示された。
眠たそうに目をこすり我が道を行く蜂楽とは対照的に、先ほどの一連のプレーを周りで見ていた他の選手たちは驚きを隠せない。
彼の言葉を信じるならば、ただ眠っていただけに見えて実は絵心の説明をきちんと聞いていたということになる。本来、人は眠りながら誰かの話を聞くことはできない。
蜂楽という人物の底知れなさが見せつけられた。
周りの選手たちが蜂楽の雰囲気にのまれ黙りこくる。
だが、そんな彼の肩に手を置いて物申す恐れ知らずの選手が1人。
「おい、汚いやり方は嫌いだ。正々堂々と戦え」
「……マジメくんですかぁ?」
この勇敢な選手の名前は《
身長188cmで筋肉質な体は、日本人離れしたフィジカルの強さを感じさせる。
彼はその見た目とは裏腹に、曲がったことが嫌いという真面目さをもつ熱血漢だ。その性格ゆえに直接五十嵐を蹴りつけた蜂楽の行動は我慢ならなかった。
対する蜂楽は自由人で、他人に自分の行動を規定されるのを嫌う。
そんな彼らのバチバチを見ていた五十嵐は……
遠慮なしにボールを国神に向かって蹴飛ばした。
放たれたボールは蜂楽とのやり取りに意識を割かれていた国神にクリーンヒット。オニは五十嵐から国神へと移った。
不意打ちという卑怯な手段でボールを当てられ、国神の怒りゲージはMAXに。蜂楽ではなく不意打ちをしてきた五十嵐にターゲットを定めた。
「にゃろう……イガグリ潰す……!!」
ブルーロックランキング292位。
この部屋では上位のストライカーである国神は、右足を床にめりこませるほどの勢いで重心をかける。その勢いのままで左足を振り抜いた。
まるで大砲から放たれた砲弾のように。
空気を切る鈍い音がとどろき、目にもとまらぬ速さで五十嵐に向かうボールは……
強大なパワーと高いスピードのボールは潔の腹に当たり、「ゴフッ」と胃の中の空気を口から吐き出した。
五十嵐に向けられていたはずのボールがなぜ無関係の潔に当たったのか。その理由は、逃げられないことを悟った五十嵐によって潔の体がボールの軌道上に押さえつけられたからだ。
「あ、ワリ……お前じゃねぇ……」という国神の気の抜けた謝罪もむなしく、次のオニになった潔は突然のピンチに焦る。
(当てなきゃ……終わる!!俺のサッカー人生が!!)
残り時間はあと1分。
埼玉県大会決勝でゴール前にいながらフリーの味方にパスをしシュートを外されて負け、日本代表のエースストライカーになってW杯で優勝するという夢を諦めたあの日から、まだ夢を追うことができるチャンスを与えられた今日まで。
ストライカーとして生まれ変わることを決意した彼は、絶対にここで脱落するわけにはいかなかった。
とはいえ、現実は非常だ。
潔は、自分より唯一順位の低い五十嵐をターゲットに追いかけるも、五十嵐の気合の入った全速力の逃走によってうまく逃げられてしまい15秒が経過してもボールを当てられずにいた。
だが、ここで潔に幸運の女神が微笑む。
国神にちょっかいをだして放り投げられた蜂楽が五十嵐にぶつかりその衝撃にて五十嵐が足首を負傷し、起き上がれずにいたのだ。
残り時間は30秒。ボールを蹴れば確実に五十嵐へ当てることができる場面。
今当てれば自分は生き残れるが、そうすれば自分の手で直接五十嵐の夢を終わらせることになる。自分が生き残ることが1番大事だと理屈では分かっているものの、ためらいからボールに足が止め置かれている。
時間が刻一刻と経過する。
潔はとうとう五十嵐へボールを当てる決意をした。これまでは部活動のなかでサッカーをしていて高校では個のエゴを封印するチームに牙を折られた潔は、この瞬間ブルーロックに
(勝つってことは……負ける奴がいるってことで、俺がその夢を叶えるってことはそれはつまり……誰かの夢を終わらせるってことだ)
しかし。
ボールを蹴ろうとシュートモーションに入った潔は、直前になってその足をピタリと止めた。
やはり、他人の夢を終わらせるのが怖くなったのか?
否、潔はここで改めて自らに問い直したのだ。
このまま蹴れば自分は簡単に生き残れる。しかし、それは五十嵐の負傷という介入しようのない運によるもので、自分の力によるものではない。
ブルーロックに来る前も来てからも、ずっと逃げ腰の選択をし続けてきた。
潔はこの土壇場で、今までの自分を否定するために選択を変えたのだ。
「人生変えに来てんだよ……世界一になりに来てんだよ……」
「俺は……自分より強い奴に勝たなきゃ、何も変われない!!!」
ブルーロックに適応し剝き出しのエゴを発現させた潔に他の面々があっけにとられるなか、先ほどからこのテストをひっかきまわしてきた蜂楽だけは、なぜか嬉しそうに笑った。
「いいねキミ」
「だよね♪潰すなら、1番強い奴っしょ♪」
喜びの感情がこもった声でこう言った蜂楽。
驚く潔を後目に彼は、駆け出した潔の目の前に立ち潔のボールを奪った。
そして、宣言通りにこの部屋で1番強い奴ーすなわち、ブルーロックランキング289位にして魔王と呼ばれ同世代のサッカー選手なら知らない者がいない、このテストが始まってからずっと退屈げに壁にもたれかかっていた赤司征十郎に狙いを定めた。
赤司との距離を素早いドリブルで詰めた蜂楽は、そのままシュートを放った。
赤司は自分めがけて放たれたボールを見て、
ボールが体に触れればオニになるこのテストにおいて、残り時間10秒の場面で自分に直撃せんとするボールをあろうことかトラップしたのだ。
驚愕する他の選手たち。
それも当然で、ここからオニを他の人に押し付けるのは至難。もはや手の込んだ自殺行為にしか見えなかった。あの蜂楽でさえこの結果が予想外だったのか、キョトンとしている。
しかし、そんな彼らの反応などまるで意に介していない赤司だけは、ブルーロックに来て以来初めてどこか楽しそうな面持ちをしていた。
未だに驚愕に包まれ動けずにいる赤司以外の選手たちとは対照的に、赤司はトラップしたボールを床に置いて、ある1人の選手の方を向いた。
さながら時間が停止した世界にその影響を受けない人間が迷い込んだかのような状況のなかで、赤司に体を向けられている選手は、本能的に我に返る。
その選手の名前は《
ブルーロックランキングは赤司の1つ下の290位。日本サッカー界の宝と称されるほどの逸材で、赤司と負けず劣らずの有名さを誇る。
吉良をターゲットとして赤司がボールを蹴りだす瞬間、ようやく事態を飲み込んだ吉良は赤司のシュートから逃げようと筋肉を収縮させて加速した。
残り時間を考えれば、この赤司のシュートが外れれば巻き返すことは不可能。赤司の脱落は決定的だ。しかし、そんな絶体絶命の場面でも赤司の精神は凪のように落ち着いている。
赤司は眼で吉良の動き出しを
赤司だけが持つ規格外に強力な眼《
赤司がアンクルブレイクを意図して引き起こせるのはそのためであり、たとえば今まさに赤司から逃げようとしている吉良の動きを予測することも簡単だ。
ゆえに、赤司の放ったシュートは逃げる吉良を容易く打ち抜いた。
同時に鳴り響く警笛のようなブザーの音。
その音は、テストの終了と脱落者が決定したことを無情にも示していた。
茫然と床に倒れた吉良を見下ろす赤司。
彼のオッドアイの双眸が冷たく
脱落した吉良への餞別とばかりに、彼は先ほどの一連の行動のからくりを明かした。
「お前たちは勘違いをしている。このオニごっこのオニは敗北者ではなく、誰かにボールを当てることで勝者になれる権利をもつ選ばれし人間だ」
「その称号は僕にこそ相応しい。だからこそ僕は先程のシュートを避けなかった」
「そして、この部屋で1番煩わしい存在だったお前にボールを当てて脱落させた。結果として、最後にこの部屋で勝者となったのはこの僕だ」
勝利することを何よりの至上命題とする赤司征十郎というエゴイストの存在が、ブルーロックに刻まれた最初の瞬間である。
供養その2、3話目はないです。