喫茶『八本脚』は今日も営業中   作:八ッ橋すみれ

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1.ホットサンドとカフェオレ

日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。

まーなんだ、ウマ娘がレースに出るためにトレーニングしたりお勉強したり、トレーナーと出会って色んな意味でゴールインする事に定評のある学園である。

全国からウマ娘が集まるだけあって学園はバカ広い上にトレーニング設備は良いし教育の方も文武両道を掲げるだけあってしっかりしてる。

言わばエリート校だ。

入るだけでもなかなか難関らしいし、入ってからも周りについていけなかったりで辞める子も少なくない。

 

まー俺はそういう子達を生み出す側だった訳だが。

かといって手を抜くというかわざと遅く走るのは違うしな。

もう引退してから随分と経つけど、恨まれてんのかなぁなんて時々思うけど勝負の世界だったし仕方ないよね。

 

そんな俺だが、レースから引退してしばらく。

今で言うドリームトロフィーリーグとやらには呼ばれておらず、のんびりと1人で店を構えている。

単純な話引退した時にドリームトロフィーリーグがなかっただけなんだが。

 

まぁそれでも。

そんな引退して一線から退いた俺でも今でもファンの人はそこそこ居てくれて、ありがたいことに店はぼちぼち賑わっている。

というか、客の大半というか8割トレセン在籍中のウマ娘だったりするのだが。

立地的にそれも仕方ないというか。

ここ、トレセン学園の真横だし。

 

「おはようございます!」

 

「おーう、おはよう」

 

店前の花壇の花に水をやっていれば、登校していくウマ娘が笑顔で挨拶をしてくれる。

片手を上げて返しつつ通り過ぎていく後ろ姿を見送る。

 

うーん、見たことない顔の子だったし新入生かな。

折れずに頑張ってほしいもんだな。

 

そんな事を思いつつ立て看板を準備中から営業中に反転させる。

今日は一体どんな子達が来るのだろうか。

 

ーーー

 

「いらっしゃい。

おや、今日は1人かい?空いてるところにどうぞ」

 

入口の鈴が鳴り、備え付けのテレビから目を離して見れば制服姿のウマ娘が1人。

前髪の一部が白くて同色の三つ編みのハーフアップが特徴的なその子は、えへへと人懐っこい笑顔を浮かべて数少ないカウンター席に着く。

最初の出会いこそ突飛的なものであったが今では常連と言える子で。

 

「いつものでいいかい?スペちゃん」

 

「はい!お願いします!」

 

スペシャルウィーク。

田舎というか北海道から編入してきた元気いっぱいで頑張り屋なウマ娘。

夢は日本一のウマ娘になることで、お母ちゃんに喜んでもらうんですと聞いて親孝行な娘だなぁと。

去年にG1の日本ダービーを勝利しており、少なからずその夢には近づいてると個人的に思う。

そんなスペちゃんだが、いつもはライバルかつ友人のセイウンスカイやキングヘイローだったり、憧れの先輩と紹介してくれたサイレンススズカと一緒に来る事もあるのだが。

一人で来てくれる事もまぁまぁあるし、たまたま都合が悪かったんかねぇ。

 

そんなスペちゃんのいつものとは、照り焼きチキンのホットサンドとカフェオレである。

まずは照り焼きチキンのホットサンドから作る。

油を引いたフライパンを火にかけて、下準備を済まして置いた照り焼きチキンを焼き色がつくぐらいに焼いて油を拭き取り、醤油、みりん、酒、砂糖を入れて中火でタレがチキンにしっかりと絡むまで焼いていく。

そして焼き上がったら、トーストに刻んだキャベツを乗せた上にチキンを乗せ

同じようにキャベツ、トーストと挟んでアルミホイルに乗せてトースターへ。

トーストにも焼き色がついたらだいたい三等分に切り分けて完成。

カフェオレは鍋でミルクを温めて、既に温めてあるドリップコーヒーをそれぞれカップに注ぐだけである。

 

豆知識になるが、カフェオレとカフェラテの違いはどちらもミルク入りコーヒーなのだがコーヒー対ミルクの割合が違うのと苦味が違う。

カフェオレは浅煎り豆を使うために苦味は少なく、コーヒー対ミルクの割合は1対1。

カフェラテは深煎り豆を使うために苦味が多く、コーヒー対ミルクの割合は1対4。

まぁそもそもとしてフランス語かイタリア語かという違いもあるけど。

 

「はい、照り焼きチキンのホットサンドとカフェオレね」

 

「わぁー!ありがとうございます!」

 

「にしてもスペちゃん1人で来るのは久しぶりだね。

というか…時期的にそろそろあれか、天皇賞・春、か」

 

「はい。

セイちゃんも出ますから、一緒には来られなかったんですよね」

 

そう言ったスペちゃんは単純に残念と言った様子だけでなく、少しだけ、ほんの少しだけ不安が覗いて見えた。

まぁ長距離のG1で有力バが多いのもあるからわからないでもない。

 

「セイちゃんは菊花賞取ってるし、他にもマチカネフクキタルやメジロブライトといった長距離を得意とするメンバーが出てきて不安ってところかい?」

 

クラシック路線の最終戦、初めての長距離で勝利したのはセイウンスカイ。

同じく菊花賞で勝利しているマチカネフクキタル、昨年の天皇賞・春に勝利して連覇を狙うメジロブライト。

うーん、個人的に見るならメジロブライトが強そうな気がするけども。

 

「まぁ、こうして緊張感を持ちながらリラックス出来るのは、レースでも強みになるだろうね。

最後にぶち抜いていくために息を入れて、足を溜めながらふと周りを見れればベストじゃないかな?」

 

スペちゃんの走り的にも最終直線の勝負になりそうだと思う。

それにスペちゃんの最後の伸びというか根性というかわからないがら取り敢えずそれには目を見張るものがあるし。

それに正直、セイウンスカイもマチカネフクキタルもそこまで伸びる気がしないんだよなぁ。

ペースメーカーになりそうなセイウンスカイがそうだから、差したスペちゃんにメジロブライトが追い込むも届かず先にゴールを抜けそう。

 

正直言って、贔屓目無しにスペちゃんが勝つと思う。

まぁレースに絶対は無いし、本番にならないとわからんけどね。

とりあえず俺もカフェオレを飲もうとマグカップにコーヒーとホットミルクを注いで混ぜる。

 

「…ま、俺がどうこう言うのは違うし、そこら辺はトレーナーさんとね」

 

「…はい!ありがとうございます」

 

「あ、あと俺がこう言ったとかもナイショな。

また、たづなさんに怒られちゃうからね」

 

思い浮かぶのは緑のあの人が怖い笑顔で「おはなし、しましょうか」と言ってくるシーン。

ちょーーっとばかりアドバイスというか、面倒を見たというか師事した子がめざましい結果を残したから、そういったことをして欲しいと言う子が後をたたない。

けど俺はトレーナー免許とか持ってないし、本職は小さな喫茶店の店長。

だからたづなさんにそういった娘たちの依頼は受けないでくださいと言われてるし、こうやってお客さんとして来てくれた子に一言だけ言うぐらいに留めている。

 

まぁ、お客さん相手ならちょっとした雑談ってことで見逃してもらってるんだけどね。

俺もトゥインクルシリーズを走ってたから一応先輩からのアドバイスになるし。

時々参考になりませんねと言われたこともあるけど。

というか、その教え子に言われて軽くへこんだわ。

 

「うーん!甘辛タレにパリッシャキッとした食感!今日も美味しいです」

 

「そりゃどうも。

もう一枚焼いちゃっても大丈夫そうだね」

 

3分の1にカットしたトーストを手離すことなく笑顔で頬張るスペちゃんをみて、同じ要領で同じ照り焼きチキンを焼いていく。

料金はそのままで食べ物の注文は2倍に設定してあるためである。

お客さんはウマ娘がほとんどだし、よく食べるからね。

時々くるたづなさんの様な人でもこの2倍システムは使えるようにしている。

 

食べ切れるのか?と思いつつもたづなさんはいつも完食した上で、追加で頼むことがあるから人は見た目で判断出来ないものだね。

やっぱり学園長秘書は忙しいから消費カロリーとかもおおいのかねぇ。

今度差し入れでも持っていってみようか。

 

「あの、単純に疑問なんですけど」

 

「んー?アドバイス的なものじゃなきゃ答えるよ」

 

「トレーナーライセンス、取らないんですか?」

 

「あーね。

たづなさんからも取りませんか?って言われてるし、どうしようかなぁって思ったんだけど、多分教えるの向いてないんだわ」

 

「え、でも」

 

「あの子はたまたま上手く導いてあげられたけどさ。

けどそれだってあの子の日々の努力あってのものだからね。

俺が師事しなくてもあの子はおそらく強かったと思うよ、きっと」

 

メイクデビューから始まって、阪神ジュベナイルフュリーズ、全日本ジュニア優駿、桜花賞、NHKマイルカップ、マイルチャンピオンシップ南部杯、マイルチャンピオンカップ、フェブラリーステークス、ヴィクトリアマイル、安田記念、マイルチャンピオンシップ連覇。

マイルG1では負けなしの戦績を収めたあの子のトレーニングを思い出せば酷いものであった。

トレーニングメニューとか全く役に立たなくて他のトレーナーとかに頼ったものだし。

 

俺が現役だった時のトレーニングメニューをやらせてぶっ倒れさせたのは今でも反省している。

あの子は諦めませんって言って強がってたけど、脚は産まれたての子鹿のようであったし、一歩間違えば怪我をしてたかもしれないし。

いやぁ、やっぱり向いてねぇなぁ。

 

「ま、俺はこうして小さな喫茶店でスペちゃんみたいな子達と話すぐらいでちょうどいいのよ。

…ほい、ということでおかわりね」

 

「ありがとうございます!そうなんですね。

んー…美味しいですぅ」

 

「ははっ、そういった顔を見るのも好きなんだよ」

 

それに比べて、ここなら少しの話と食べ物と飲み物出すだけで笑顔になってくれる。

やっぱりこっちの方が向いてるんだよな。

 

「ご馳走様でした!」

 

「いや早いな、オイ。

まぁいいや、お粗末様」

 

パンっと手を合わせ一礼する姿に思わず苦笑いしつつも皿を見れば、しっかりと完食しているあたり流石の食欲といったところか。

スペちゃんはよく食べるからなぁ。

なんでもその食欲が強すぎて他の子に「あげません!」とか言ったり、食堂で人気のにんじんハンバーグのにんじんだけ食べて残ったハンバーグだけ渡したとか聞くし。

まぁ噂でしか聞かないし、スペちゃんは優しい子だからそんなことしないと思うけど。

 

「んじゃ、いい結果期待してるよ」

 

「はい!良い報告できるように頑張ります!」

 

会計を済ませ去って行くスペちゃんを見送り、カウンター席を片づける。

そして冷めつつあるカフェオレを飲みながら、ゆっくりとテレビでも見ようかと思えば聴こえてくるは別の足音。

そして店のドアが開かれ、見知らぬ子が顔を覗かせた。

 

「ようこそ、いらっしゃい」

 

本日の営業はまだまだ続く。

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