「本当にギリギリだったな…」
思い返すはクリスマスではなく、有マ記念。
予想通りといえば予想通りであったが、勝者はキングちゃん。
しかしグラスちゃん、スペちゃんの3位までの差がハナ差、4位のオペラオーちゃんがクビ差という大接戦。
写真判定になった上、判定がなかなか出なかったのがこの接戦を物語っている。
そんな中でスペちゃんが勝ちを確信してガッツポーズをしたけど、実は3着でしたと言うオチがついたのは不覚にも笑ったね。
これでキングちゃんは全距離G1制覇という記録を達成。
しかもこの記録は同年制覇ということで、『唯一抜きん出て並び立つもの無し』とルドルフちゃんから直々に表彰された。
唯一?誰か忘れてませんかね?と思った所存。
まぁ、別にいいんだけど。
そんな事があり、年末にもかかわらずキングちゃんには取材のオファーが舞い込んでいるようで。
トレセン学園付近にはキングちゃんを待ち構える記者が多いこと多いこと。
こうして店を開けているが、珍しく客層がトレセン学生ではなくて一般の社会人ばかりである。
というか、キングちゃん目当てでやってきた記者ばかりだったり。
一部は俺に対して、キングちゃんという同じ記録を達成した後輩が出来た感想は!?と取材に来る人もいたけど。
素直に喜ばしいことだね、とだけ言っておいた。
ーカランッ
「やっほー、遊びに来ちゃった」
「いらっしゃい。
あいにく今は席がいっぱいでね、カウンターでもいいかい?」
「了解、せっかくだし前座らせてもらうね」
入ってきたのは、今日に限っては珍しいトレセン学園のウマ娘。
とは言っても今日は制服ではなくて私服であり、おそらく散歩中に昼ごはんの時間だからと立ち寄ったのだろう。
茶色のデニムジャケットに青みがかった紺色の短パン、そして頭には「CB」のバッジが付いた白いミニハット。
彼女はミスターシービー。
俺に次いでの4人目の3冠バであり、実力はトップクラス。
とは言ってもルドルフちゃんやブライアンちゃんみたいに実力者が集う生徒会に所属しているわけでもなければ、寮にも入らず一人暮らしをしていると言うようになかなか自由気ままに過ごしている。
それでも時々先輩として、後輩の指導も引き受けているらしい。
その甲斐もあってか後輩からは好印象。
まぁ、自由を好むのはわかるけど雨の日に傘も刺さずにずぶ濡れで散歩してるのは流石にどうかと思うけど。
初対面がそれだったから、あの時は慌てて店に入れてタオルで拭いてあげたんだよな。
そのせいで俺からのイメージは手のかかる末っ子感。
拭いてあげたにもかかわらず結局雨に濡れながら帰ったし。
「改めていらっしゃい。
オーダーはきまってるかい?
今日の日替わりメニューはロールキャベツとコンソメスープだよ」
「じゃあそれにしようかな」
「じゃ、ちょっと待っててねシービーちゃん」
鍋から既に煮込んであるロールキャベツを温め直したら取り出して皿に移し、コンソメスープも同じように鍋からボウルに移して差し出す。
おかわり用のロールキャベツも煮込み始めておくとして。
「お待たせ、ロールキャベツとコンソメスープになります」
「ん、ありがとう。
わっ、ナイフを入れたら結構肉汁が出てくるね。
キャベツの甘みが優しい味」
「お口にあったかな?
おかわりが必要になったら教えてね。
俺はちょっと作り置きが心許なくなってきたから作ってるよ」
ーーー
材料は大体5個分。
キャベツ1玉(うち10枚を使用)、豚バラ薄切り肉250g、玉ねぎ1個、白ワイン80㏄、塩小さじ1/2弱、黒こしょう適量、バター1.5センチ角2個、サラダ油適量。
まずはキャベツの下ごしらえ。
キャベツは芯をくり抜いて、2%の塩を入れた熱湯にくり抜いた穴を上にして沈め丸ごとゆでる。
キャベツを1分くらいゆでたら、外側の葉からはがしていき冷水に放つ。
キャベツの水分をしっかり拭き取り、芯の部分の出っ張った部分をそぎ取る。そぎ取った芯は粗く刻む。
次に肉ダネを作る。
玉ねぎは薄切りにし、鍋にサラダ油を熱し、あめ色になるまで炒めて粗熱をとる。
豚バラ薄切り肉は1センチ幅に切る。
ボウルに炒めた玉ねぎ、豚バラ肉、キャベツの芯(ゆでて刻んだもの)、白ワイン、塩、黒こしょうを入れて混ぜ、5等分にする。
最後にロールキャベツを作る。
キャベツの内側の葉を広げて肉ダネをのせ、手前から奥、左右と折りたたんで包む。
キャベツの外側の葉をもう1枚広げて、肉ダネを包んだ葉をのせ、手前、左右と折りたたんで2重に包む。
巻き終わりを下にして、すき間なく並べ、ひたひたになるくらいの水を加えて、弱火で15~20分煮る。
ロールキャベツを皿に盛り、煮汁を少し煮詰め、塩少々とバターを加えて味を調えてからかければ完成だ。
ーーー
「店長、おかわり!」
「ん、了解。
…ところで、今日も散歩かい?」
「うん、天気もいいからね。
ほんとはルドルフに用があったんだけど、そういえば実家に帰るとか言ってたなぁって思い出したからこっちに来たんだ」
「まぁ、年の瀬だからね。
というか、天気が良くなくても散歩してるでしょ」
特に雨の日とか。
と言うのは置いておいて、年の瀬ともなれば普段寮で過ごしている学生も実家に帰って過ごすのは珍しくもない。
ルドルフちゃんも一応学生だし。
トレセン学園の運営に手を出してるけど、学生だよな?
まぁ一般的な学校とは違い、トレセン学園は中学校から大学院までを網羅しているし在学期間が長くても別におかしなところはない。
それこそルドルフちゃんが卒業したら、生徒会としてやっていた事を仕事としてやるんじゃないかな?
流石に生徒会ではなくて別のポストになるだろうけど。
「まぁね。
雨の日も冷たくて気持ちがいいんだよ?」
「いや、だからって濡れながら歩かないから。
風邪とか引かないの?」
「んー…今のところ引いた記憶はないかな。
あ、そういえばさっき学園の方に行ったんだけど、やっぱり記者が多かったね」
「そりゃそうだろうよ。
あの有マは接戦だったし、俺が言うのも変な話だけど凄い記録だからね」
「店長の所にも記者がきた?」
「少しだけ、ね。
案外こんなところで喫茶店をやってるって知られてないみたいだわ」
「…ほんとに?」
そんな何言ってんだコイツみたいな目で見られても、本当だし。
引退したら興味を持たれなくなるのは世の常だぞ。
俺の先輩方は隠居していてメディアに出てくる事はないし、同期は…まぁ、うん。
引退したのにメディアに出てもね。
コメンテーターじゃなくてアスリートだし。
今を駆ける子の方が重要だし、ある意味当然の配慮だよね。
「まぁ、また俺が走るってなったらインタビューに来るんじゃない?」
「ふーん?
てっきりキングヘイローの師事をしたんじゃないかって、インタビューが殺到してるものかと思ってたんだけど」
「…ん?なんで?」
「そりゃ、あの走りを見ればね。
恐らく、手伝いしたのはルドルフとかデジタルちゃんとかかな?
なかなかのところが動いてるし、もしかして口添えしたのかなぁって」
「はははっ、面白いことを言うね。
デジたんは確かに併走を言いに行ったらしいけど、俺もルドルフちゃんから聞いたし。
そのルドルフちゃんも同じ有マに出走してたグラスちゃんと併走してたらしいから、キングちゃんも機会があったんじゃないかな」
口添えどころか併走してるんだよなぁ。
にしても、やっぱりわかるものか。
有マ記念ではキングちゃんの視界の広さや、最終コーナーからの末脚がそれぞれ強化されているように見えた。
決して焦らずレースの大局を見極める王の視界に、まるで電撃のような撫で切り。
もっと言えばどちらとも、あれはデジたんとルドルフちゃんの走りを彷彿とさせるものだったし。
「アタシも誰かと併走しとけばよかったかなぁ?」
「有マに出てた子で追込を得意とする子となると…ブライトちゃんかな?
メジロブライト、知ってる?」
「…関わりがないかな」
「そりゃ残念。
でもシービーちゃんなら、併走して欲しいって子は多いでしょ?」
「まぁね。
でもあんまり楽しい走りをする子は居ないんだよね」
楽しい走り…タブーと言われてた京都レース場の急なアップダウンを勢いにまかせて一気に加速する、とか?
それをすると必要以上にスタミナを消耗して直線での脚を残せないと聞くし、下りで加速すると遠心力で外にふくれコースロスも大きくなるんだっけな。
なお、俺はそれを普通にやっていた模様。
わざと外に出て、誰もいないところを思いっきり走るのが楽しいんだよな。
「まぁ、あれはスタミナさえあればいけるよね。
…ゴルシちゃんとか嬉々としてやってくれそうじゃない?
スタミナもあるし、荒れた内を加速しながら走るパワーもあるし」
「ゴールドシップは…見てるだけで良いかな。
流石にアレは、ちょっと同じウマ娘としてみて良いかわからないところがあるし」
「そう?
内側のワープに大外のかっ飛び、なかなか面白くなると思ったんだけどなぁ」
「店長ってゴルシと仲良いよね。
やっぱり同じ芦毛だから?」
「え?普通に良い子じゃん、あの子。
ちょっとばかり個性的だけどさ」
「ちょっとで済まして良いのかなぁ?
だいぶ個性的でしょ、アレは」
というかそれを言うならシービーちゃんもだいぶ個性的だと思うけど。
行きたかったからと雨降ってても傘を差さずに散歩する、走りたくなったからと制服のまま靴も履かずに走ろうとしたり、走った後に靴を脱いで芝の感触を楽しんだりと。
ゴルシちゃんのちょっとばかり海の幸が食べたくなったからって、マグロ漁船に乗り込んで釣りに行くのと同じでしょ?
「トレセン学園って、個性的な子ばかりだと思うけど?」
「…それを言われると否定ができないね」
「だよね?
だからゴルシちゃんも、少し奇行に目を瞑ればまぁいい子じゃない?
まぁ、生徒会に呼び出しを食らって怒られるのは良くないけどね」
「少し…?
目を瞑るか悩む奇行の方が多い気がするんだけど」
そりゃ、友人にはゴルシちゃんもハメを外すだろうに。
とは言え流石に無許可で連れ去ったり、備品を持ち出したりしたら怒られるよね。
そういった点ではタキオンちゃんとか、カワカミちゃんとかの方がやばいと思うんだ。
流石のゴルシちゃんでも理科準備室を爆破したり、校舎の壁をぶち抜いたとかは聞かないし。
イタズラ程度なら可愛いものでしょ、多分。
「まぁ、俺は学園にいるわけじゃないし話を聞くだけだからね。
実害がないし、なんならお土産もらってる分ゴルシちゃんには贔屓するよね」
「なるほどね。
お土産かぁ…ゴールドシップも旅行が好きだったんだね」
「ん?いや、今朝釣ってきたって言う鯛とか、山で掘ってきたというタケノコとかだよ」
「…店長、普通はそういったお土産はないと思うんだけど?」
「他にも釣りたての魚のお裾分けだったり、手伝いの報酬でもらった野菜のお裾分けだったり、他にもくれる子はいるよ?」
他には山ほどにんじんを持ってきたスペちゃんとか、バーベキューで使わなかったブロック肉を持ってきたタイキちゃんとか。
単純に寮に持ち帰っても食べ切れないからとかだろうけど、ウチに持ってきてくれるならありがたく使わせてもらうし。
あとは受け取らなかったけど、実験で作ったと言う薬品を持ってきたタキオンちゃん。
食品じゃないし、流石にダメだろうと言うことで生徒会に通報したっけな。
後日聞いたら、その薬品を飲んだ彼女のトレーナーが7色に発光していたらしい。
そんな薬品を店で出したら警察に捕まるわ。
「多分それごく一部だから。
アタシとかは釣りは苦手だし、野菜のお裾分けできるほどもらうとかないし」
「まぁ、それはそうだろうね。
他の子は普通に食べにきてくれるだけだし」
「でも、そうだね。
時々両親が心配して食材を多めに買って持ってきてくれる時があるから、それをここに持ってこようかな?」
「んー…まぁ、別にそれ使って料理してあげてもいいけど。
最近は誰かに料理を教えることも楽しいんだよね?」
「ふーん、なら教わろうかな?
マルゼンからも多少は覚えた方がいいって言われちゃったし」
おや、案外乗り気。
まぁ、作るものは材料を持ってきたら考えようか。
「ちなみに何か作ってみたいとかある?」
「んー…あ、クリームパスタとか作ってみたいかも。
前にマルゼンが作ってくれたんだよね」
「クリームパスタかぁ。
まぁ、簡単だからやっても良いかもね」
「簡単なの?
パスタは茹でて醤油とかで味つけるぐらいしかしたことないけど」
「見た目ほど難しくないよ、あれ。
気が向いたら作るし、その時は連絡入れてあげるよ」
クリームパスタならここの日替わりメニューとして出せるし。
とは言っても年末年始は流石に俺も休みだし、作るとしたら来年だけどね。
「ん、楽しみにしてる。
ごちそうさま、それじゃアタシは帰るね。
会計お願い」
会計を済ませて満足気に帰って行くシービーちゃん。
続くように店にいた人達も会計を済ませていき、気がつけば俺以外に人がいなくなった。
寒さも相まって少し寂しいような気がする。
年末かぁ。
別に帰る用はないけど、一応実家には連絡ぐらい入れておくか。
テーブルの空いた皿を下げつつそんなことを思う昼下がり。
本日の営業はまだまだ続く。
なかなか暑くなってきましたね。
季節感が真逆なんですけど。