喫茶『八本脚』は今日も営業中   作:八ッ橋すみれ

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4.アサリの酒蒸しとヴォンゴレ

ブライアンちゃんからの挑戦状は、まさかのその日の晩に届けられた。

なんでもその為に仕事をこなしたそうで、普段夜遅くまで業務をしているルドルフちゃんとエアグルーヴちゃんが何かあるのではと訝しんでたらしい。

というか、ルドルフちゃんは多分気が付いているとおもう。

だって、今回も深夜にトレセンのコースを使ったわけだからね。

 

そして誰もいない深夜に行った2人だけの模擬レースの結果は、一度も負けることなく完勝であった。

芝2000メートルを大逃げ、逃げ、先行、差し、追込の計5回走り、競い合ったと思えたのは先行と差しの時ぐらいか。

一度も勝てなくて応えたかなぁと思いきや、だいぶ満足そうな顔をしていたから何か得るものがあったんだろうね。

 

そんな勝負から早数日。

いつも通り開店の準備をしていたのだけど。

 

「ぴすぴーす!よー、店長これやるぜ!」

 

と、朝からつなぎ姿にクーラーボックスを抱えたゴルシちゃんから袋いっぱいのアサリを貰ったのでどう調理するか悩んでいた。

というかクーラーボックスの中に鯛とか入っているのが見えたんだけど、釣りに行ったのか潮干狩りに行っていたのかよくわからないね。

まぁ、ゴルシちゃんらしいっちゃらしいけど。

シービーちゃんとはまた違った自由な子だし、山に行ったから海老とか、海に潜ったから栗とか、時々行く先々のお土産くれるのはありがたい。

今思ったけど逆じゃない?まぁ、美味しかったけども。

 

「んー…無難に酒蒸しとヴォンゴレにしようかな」

 

ということで半日以上砂抜きをしたアサリをザルにあげて、塩分調整のためしばらくおいて砂抜きで吸ってしまった余分な塩水を吐かせておいた。

酒蒸しはすぐ出来るし先にヴォンゴレから作っていこうと思う。

 

ーーー

 

まずはニンニクオイル。

冷たいフライパンにオリーブオイル、にんにく、赤唐辛子を入れ、中火にかけ、オイルがふつふつとしてきたらすぐに弱火に落とし、ときどきフライパンを揺すりながらオリーブオイルにじっくりにんにくの香りを移していく。

にんにくはみじん切りにせずそのままつぶしたものでも大丈夫だが、みじん切りの方が風味が強くなるため切っておく。

赤唐辛子は辛いのが苦手なら後から加えるといいだろう。

 

5分ぐらい熱してうっすらきつね色になったら、鍋にたっぷりの湯を沸かしてパスタを茹で始める。

お湯に対して1%程度の塩を振ってしっかりとパスタに下味をつけておく。

 

ニンニクオイルにイタリアンパセリを加え軽く加熱する。

仕上げに加えることの多いイタリアンパセリだが、ハーブの香りをオイルに移すためにこのタイミングで加える。

ただし、焦げやすいのでさっと加熱するだけにとどめておく。

 

そこにあさりと白ワインを加えて中火にしふたをして蒸し煮にする。

あさりは短時間で一気に口を開かせた方がふっくら仕上がるため、火加減は中火程度にする。

あさりの口が1、2個開いたら火を止め、ふたをしたまま余熱で全部の口が開くまで待つ。

加熱しすぎないことであさりの身が縮むの防ぐためだ。

あさりの口が開いたらいったん取り出し、冷めないようにラップをかけておく。

殻つきのあさりをフライパンにいれたままの状態でパスタと和えると、殻が割れたりあさりの身が飛び出したりすることがあるためだ。

 

次にパスタを加えるのだがあさりの汁を吸わせたいため、パスタはアルデンテの1歩手前で湯からあげておく。

やや固めのパスタをあさりの汁で煮るイメージのため絶えず混ぜる必要はない。

先程取り出したあさりから汁が出てきたら、フライパンに戻し入れておく。

水分が少なくなってきたら味見をして、塩気が十分なら水を、味が足りなければパスタの茹で汁を加えて調整する。

パスタの固さがアルデンテになったらイタリアンパセリ、オリーブオイルを加え、フライパンを揺すりながらトングなどで全体を混ぜソースを乳化させる。

最後にアサリを戻して少し加熱すればヴォンゴレの完成だ。

 

「さてと、このまま酒蒸しも作りますかね」

 

別に用意したフライパンにあさりを入れ、酒をまわしかける。

中火にかけ、酒が沸いたらふたをして2分ほど蒸し煮にする。

あさりの口が開いたら器に盛り、ねぎを散らせば完成だ。

 

ーーー

 

「おっ、やっぱ採りたてのアサリはうまいわ」

 

いやまぁ、ゴルシちゃんがいつ採ったのかわからんけど。

というかそもそもこれ潮干狩りで採ったものじゃなくて、買ったものとかいうオチもありそうだし。

鯛は釣ってそうなイメージはあるけど、黙々と潮干狩りしている姿が残念ながら想像できないんだよね。

 

ーカランッ

 

「お?いらっしゃい。

良ければカウンターにどうぞ」

 

出来立てのアサリの酒蒸しの風味に舌鼓を打ちつつ、脳内にて大海原で鯛を釣り上げながらうおっしゃー!と叫んでいるゴルシちゃんが暴れていたら、ドアが開いて小柄で控えめなウマ娘が来店した。

大きいウマ耳と外に跳ねているロングヘアで右目が前髪で隠れており、メカクレしている右側にかかる様に青いバラが付いたダービーハット様の紺のミニハットを載せている。

 

彼女はライスシャワー。

その小柄さやどこか幼い言動とは裏腹に学年は高等部だ。

そしてかなりの大食いである。

あまりの食べっぷりにトレセンのカフェテリアでもスペちゃんやオグリちゃんに並ぶ大食漢三銃士のひとりとして恐れられているレベルだ。

ターボちゃんが言っていたが、なんの料理かわからないが30人前はある分量を1人で食べきったらしい。

いまだにそんなに食べてるところを見たことがないのだが、ウチではできればこのまま見せないでほしいと切実に思う。

 

「注文は決まってる?

今なら限定でヴォンゴレとアサリの酒蒸しがあるけど」

 

「えっ…あ、それ良いかも。

お願いします」

 

「あいよ。

ちなみにこのアサリは今朝ゴルシちゃんから貰ったものなんだよ」

 

「ゴルシさんから?…え?アサリを…?なんで?」

 

「さぁ?とりあえずヴォンゴレに酒蒸しになりますっと」

 

そればかりはゴルシちゃんのみぞ知る。

あ、ネオユニちゃんならなんとなく理解しそう。

まぁ、そのネオユニちゃんとの会話もなかなか難解なんだけども。

ゴルシちゃんとネオユニちゃん、時々異世界じみた話をするけど実は別次元の生命体だったりする?

 

「いただきます。

…わ、意外とパンチがあるね」

 

「ん、ホントだ」

 

ヴォンゴレを小皿に移して食べてみれば、アサリの旨み、辛さ、にんにくの風味がしっかり主張し、ライスちゃんが言うように意外とパンチがある。

アサリの身はふっくらやわらかく旨みがしっかり残っており、アサリのエキスを吸ったパスタもおいしい。

 

「あ、今更だけども、だいぶにんにくの風味が強いけど午後からライスちゃん大丈夫?」

 

「うん、今日は午後のトレーニングはお休みなの。

だからね、この前の事を謝りたくてここに来たの」

 

「ん…?何かあったっけ?」

 

思い返してみるがまるで記憶にない。

この前というから前回来店した時のこと…グラタンを3人前頼んで合計6食と付き合わせのバケットをまるまる一本食べた事?

いや、それぐらいならよく食べるなぁと思った程度だけども。

 

「えっとね、この前の風が強くてこのお店が臨時休業だった日なんだけど」

 

「…?ダメだ、ほんとに記憶にない。

あ、ブライアンちゃんがここに来たけどそれ関係かな?」

 

「き、きちゃってたの…?ライスはやっぱり悪い子だ…」

 

「えっとごめん、話が見えないんだけど?」

 

「えっとね、たまたま近くを通りかかったときに風で看板が倒れちゃったから直したんだけど、店長さんが見えたからてっきり営業してるんだとおもって営業中にしちゃったの。

そうしたら、後から学園の子にその日はお休みだったって聞いたから」

 

「なるほど?…まぁ、確かにあの時はまだ準備中だったかな」

 

「だからごめんなさい。

ライスが不幸にしちゃ、あう」

 

ていっ。

ライスちゃんの言葉を遮るようにカウンター越しからデコピンを1発。

臆病で弱気な性格が、ライスちゃん言うの「不幸」に周りを巻き込みたくないという優しさから来るものあるのはしってる。

けど流石にその言葉は見逃せないし、否定させてもらわないとね。

 

「まったく、そんな自分を追い込むようなことを言わないの。

看板が倒れたのは風のせいだし、善意で直してくれたんだから責めないし、ブライアンちゃんも結局食べれて帰ってるし。

それにおそらくブライアンちゃんは感謝してると思うけどね?」

 

「えっと…なんでなのか聞いていい?」

 

「…メニューにないビーフシチューを食べたからだね。

値段もついてないからお代はもらってないし」

 

素直に夜中に模擬レースをしたからだよ、とは言えないもどかしさ。

お代の方も既にレースで稼いだ賞金があるはずだし、学生であってもお金には困ってはいないと思うけど。

というか、今日のヴォンゴレとアサリの酒蒸しの値段決めてないや。

まぁ、ゴルシちゃんが持ってきたものだし無しでいいか。

 

「それに、今日のコレもゴルシちゃんが持ってきてくれたアサリだから無料なんだよ。

と言うことはコレを食べれるライスちゃんは不幸って事はないんじゃない?」

 

「でも…」

 

「ま、そういう訳で不幸な事はなかったし、むしろ腹ぺこ子を1人救ってるから謝る必要も無し。

それでも気にするんだったらメニューにあるもの頼んでくれればそれで良いよ」

 

「…うん!わかったよ、店長さん」

 

よしよし、どこか俯いていた表情に笑顔をが戻ってきたね。

やっぱり暗い顔をしてるよりも生き生きとしてる方が良い。

そんなライスちゃんはメニュー表を開いて食べ物が載っているページを開きながら指を指す。

どうやら決まっているようだし、本来食べようかと思っていたのかね。

 

「じゃあ、えっとこのページのものを全部2人前お願いします」

 

「…マジ?結構な量あるけど」

 

「ライス、食べれるよ?」

 

おっふ…マジかよ、さっきのはフラグだったか。

コテンと首を傾げるライスちゃんは可愛いけど、注文内容は可愛くないぞ。

ええぃ、頑張って作るかぁ!

 

ーーー

 

「ご馳走様でした」

 

「ぉ、おう、お粗末様」

 

サンドイッチやホットサンドから始まり、バーガー、スパゲティ、グラタンなどなど、作って提供してはライスちゃんのお腹へと消えていった。

しかも全部綺麗に完食されてるから恐れ入るね。

ちなみにきっちり全部2人前作っているが、それでも倍システムも使っていい?って言われてもう一回全部作った。

本当によく食べる子だけど、栄養どこに行ってるの?

 

「えへへ…全部なんて注文、やってみたかったんだ」

 

「そうかい…そんな注文してくるのはオグリちゃんやスペちゃんぐらいなもんだと思ってたよ」

 

久しぶりにこんなに作った感があるし。

それにあの子たちも初めて来店した時にやっただけで、それ以降は俺1人じゃ大変だってわかってくれたのか加減をしてくれるようになったけど。

2人とも初見の時は腹ペコで本当に大変だった。

スペちゃんがだいたい同じぐらい、オグリちゃんはここからさらに倍くらい作っていた気がする。

スペちゃんの方は閉店後だったから在庫は良かったけど、オグリちゃんは日中に在庫がなくなるレベルで食べてったからなぁ。

 

そう考えればライスちゃんはまだ可愛い方か。

いや、やってみたかったからで「全部」をやるのは可愛くないわ。

 

「ライスは悪い子だもん」

 

「おっ、今だけは合ってるわ」

 

「えっ…」

 

「冗談だよ。

こんだけ食べてくれるのは、ほんと料理人冥利に尽きるよ」

 

メニューにあるものを頼んでくれって言ったのは俺だしな。

流石に疲れはしたけど、それ以上に完食されて清々しさすら感じる。

世の中には写真を撮るためだけに頼んで、ほとんど口をつけずに残す不届き者がいるらしいからね。

ウチでやったらもちろん出禁だよ。

今のところそんな子は出てきてないけどね。

 

「それじゃあ、今日はこのぐらいにしておくね」

 

「ん、それはどっちの意味で…?」

 

「どっちも、かな。

これ以上食べちゃうと、店長さんも疲れちゃうだろうし」

 

「ははっ、気遣いありがと。

会計は…カードだね」

 

マジかよ、まだ食べれるのかよ。

戦慄しつつも長い伝票をレジに打つのに少し時間がかかったが、支払いはカードですぐであった。

まぁライスちゃんも菊花賞に天皇賞・春を2回勝ってるだけあってお金には困ってないし、クレジットカードも持ってるわな。

というか、多分G1に勝つ子はみんなクレジットカード持ってると思う。

昔に比べれば、賞金は多くなったし。

 

「それじゃ、またね」

 

パタンと静かにドアが閉められ、椅子に座って一息入れる。

いや、もう今日の営業良くない?ダメかな?

あーもういいかな、今日は閉店!

 

ーカランッ!

 

「おーす!ってありゃ?なんか店長疲れてねぇか?」

 

「いらっしゃいゴルシちゃん。

ちょっと表の看板、中に入れてくれる?」

 

「おー?なんだ、もう店じまいか。

スぺかオグリでもきたか?」

 

「残念、来たのはライスちゃんだよ。

今朝貰ったアサリで作ったヴォンゴレと酒蒸しを食べてってよ」

 

本日の営業はこれまで。

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