結果から言えば、アサリは潮干狩りで採ったものには違いなかった。
けどまさか、チームシリウスのトレーナーさんが採ったものだとは思わなかったけど。
聞けば前日にトレーナーさんを海まで拉致ったあげく、何を思ったのか船着場に放置して1人船釣りしにいったらしい。
何してんのゴルシちゃん。
その後帰ってきたら袋いっぱいのアサリを持ったトレーナーが居て、待ってたよと言って渡されたものらしい。
何やってるのトレーナーさん。
トレーナーさんも逞しいというべきなのか、器が広いというべきなのか。
素直に怒ってもいいと思うんだけど。
レースで勝ったらドロップキックをするし、普段からトレーニングの代わりに奇行に走ってるらしいし、今回は拉致して放置だし。
とりあえずゴルシちゃんは一回誠心誠意込めてトレーナーさんに謝罪をするように言っておいた。
「おぉ、やってらぁ」
そんな俺だが、今日はトレセン学園の中へお邪魔していた。
まぁアサリをゴルシちゃんから貰ったもらったけど、それがシリウスのトレーナーさんが採ったものと分かった以上お礼を持っていくべきだろうと思い、手作りのお菓子を持って。
シリウスのトレーナーだが、時々たづなさんとやよいちゃんに餌付…差し入れをしに来ている時に見たことがあった若手トレーナーであった。
ほんとどこにでもいそうな顔立ちかつ温和な人で、普段から喫茶店の方でうちの子たちがお世話になってるのに、と遠慮していたが最終的にお礼ならと受け取ってくれた。
なおチーム室に来ていたマックイーンちゃんとスペちゃんには直ぐに、ライスちゃんは控えめにたかっていたが。
あと部屋の角でゴルシちゃんが首から反省中ですと書かれたホワイトボードを下げて正座していたんだけど、今度は何したの?
それでもって今はいつもの餌付けも行なって、時間があるからとトレーニング中のウマ娘を見にきている。
というか、あんまり店に顔を見せに来ない元教え子に差し入れをと思っていたり。
まぁ、あの子もあの子で色々と忙しい身だから仕方ないのだけど。
もちろんたづなさんからは、重々指導はしないようにと釘を刺されている。
「よぉ、デジたん」
「ひょわっ!?せ、せんせい!?」
コースを走るウマ娘の姿を見つめていたデジタルの背後から近づいて肩に手を置いたら、ビクッと耳と尻尾が逆立ち面白いぐらいに動揺して、まるで残像がここにいたかのように全力で横スライドされた。
相変わらず元気そうで何よりだけど、先生ちょっとばかり傷つくよ?
そんなデジたんことアグネスデジタルは、ストロベリーブロンドに近い濃い目のピンク髪を耳下でツーサイドアップにしており、頭頂部には赤いリボンをつけている。
華奢な体つきで身長も低く、結構この手の話題に敏感なタイシンちゃんよりも低かったはず。
「元気そうだけど、相変わらずちまっこいなぁ。
ちゃんと食ってるか?」
「は、はい!この前も『ウマ娘チョコたまご』を10個入り20箱を開封しまして。
夜にタキオンさんから頂いた紅茶を淹れて宴を開きました」
「うっわ、太り気味になりそう。
で?そんなに食べたしお目当てのウマ娘ちゃんは出たかい?」
「はい!無事にキングさんも出てトレードと相成りました。
いやぁ、推し活しながら推しのお役に立てるのは嬉しかったですね」
「ん、キングちゃんか。
あの子の事だから、お目当ての子が出るまで1人で買って食べてをやりそうなものだけど」
「あ、はい。
なので僭越ながらお声がけさせてもらいました。
デジたんぐらい買えば山ほどダブるものなので」
キングちゃんといえば、当たるまでくじを引き続けお財布の中を空にしたというのをスペちゃん達から聞いたことがある。
良くも悪くも諦めが悪くてプライドが高い子だからね。
というか、相変わらず推し活の為に散財してるのも健在か。
「ところでなのですが、あたしに何か御用でしたか?」
「ん?あぁ、差し入れついでに会いにきただけだよ。
しばらくデジたんの顔見てなかったし」
「もしかして、あたしのこと好きなのでは?」
「ん?そりゃ、教え子だし?他の子よりは多少はね?」
何を当たり前の事を。
トゥインクルシリーズを共に駆け抜けたウマ娘と男性トレーナーのゴールイン率とか言うまでもないのは知ってるだろうに。
それぐらい担当の子とは絆は結ばれるものなのだ。
だから俺からすれば唯一面倒を見たデジたんは我が子のように思ってる訳で。
他の子よりそりゃ好きよ。
「ま、そういうことで差し入れのお菓子をと思ったんだけど、今は推し活の途中っぽいし後から店に来てよ。
今から帰ってまた作っておくからさ」
「あ、はい、わかりましたー!」
ーーー
「って事で作っていこうかね」
我が店に戻ってきて、キッチンに材料を並べていく。
リンゴを半分、冷凍パイシート1枚、バター10グラム、砂糖15グラム。
仕上げ用にツヤ出しジャムを使うがこれは無くてもいい。
作っていくのは薔薇のアップルパイ。
この前マックイーンちゃんと話していてまた作ろうと思ったやつである。
見た目こそ薔薇のようで豪華だが結構簡単な物だ。
材料も少なくて手軽に作れるのもポイントが高いとおもう。
ということで早速作っていこうと思う。
ーーー
まずは取り敢えずパイシートを解凍しておく。
その後リンゴを薄くスライスする。
枚数が多い方が見栄えは良くなるし、厚いと枚数が足りなくなるので注意。
スライスし終わったら耐熱皿に入れ、バター、砂糖を加えて600wのレンジでだいたい4分30秒ほど加熱。
加熱が終わったらリンゴが千切れないように注意しながら味にムラが出ないように混ぜて粗熱を取る。
粗熱が取れたら汁を捨てる。
その間にオーブンを200度で予熱しておき、パイシートを12×30ぐらいに伸ばして1.5センチ幅に切っていく。
パイシートの巻き始め1センチ程残してリンゴ少し重ねて並べていく。
だいたい6枚ぐらいがベストだと思う。
そして、しっかりと芯を作り隙間が開かないように巻いていく。
巻き終わりはしっかりとつまんでくっつけ、花びらのリンゴを外側に広げて形を整える。
天板にクッキングシートを敷いて並べたら、200度のオーブンでだいたい15分焼く。
焼き上がりの仕上げにジャムを塗ってツヤを出したら完成だ。
これを作る時のコツとしてはリンゴの粗熱と汁気をしっかりと取ること。
粗熱が取れてないとパイシートが柔らかくなりすぎて作業しづらくなり、汁気が残っていると巻きにくかったりパイシートがくっつかなかったりする。
ーーー
「うん、甘さ控えめ」
一つ摘んで食べてみればパリッとしたパイの食感に、リンゴ本来の甘さと少量の砂糖しか使っていないため甘さが控えめで食べやすい。
そのためプレゼントとか差し入れとかにはちょうど良かったり。
ーカランッ
「お、早かったね。
こっちもちょうど出来たところだよ」
「どうも、お邪魔します。
なんだか久しぶりに来た気がしますね」
「現に久しぶりだからな。
で、推し活の方はもう良かったのか?」
「えっと今日は見学といいますか、下見といいますか。
並走は後日なので大丈夫です」
「なるほどね。
しっかしまぁ、アドバイザーなんてよくやろうと思ったねぇ」
デジたんは既にドリームトロフィーリーグに移動しており、マイルでは負けなしの実力を誇っているのは周知の事。
そんなデジたんがアドバイザーとして並走依頼を受けており、平日はほぼ毎日トレーニングコースの何処かにいる有様。
土日は推し活でレースを見に行ったりグッズを買いにしているため、休んでいるようだけれど。
まぁ、デジたんの事なのでアドバイザーも推し活を兼ねているのだが。
だって依頼報酬としてウマ娘ちゃんの写真かサインだからね。
よく考えたものだと素直に感心している。
「それは先生もですよね?」
「ははっ、違いねぇ。
デジたんもあれか?性に合わない事やってんなぁ、とか思ってたり?」
「いえ、むしろ合ってるかなぁと」
「あら、そこは違ったか」
俺がやってた時は、何やってんだろうなぁとは自問自答してたけど。
今でこそ過去のレースの結果は偉業のように言われてるが、当初はただトゥインクルシリーズを壊しにきたウマ娘として嫌われてたし。
そんな俺が今のトゥインクルスターシリーズを走る子にアドバイザーとして関わるなんて思ってなかったし、まさか走りを教えるなんて思ってもいなかった。
まぁ、それだけデジたんが魅力的に見えたって事だな。
「あたし、ドリームトロフィーリーグを引退したらトレーナー免許を取ろうかなぁと思ってまして。
そのために今やってるアドバイザーを通して、トレーナーの勉強もさせて貰ってるんですよ」
「へぇ、トレーナー免許。
まぁデジたんなら取れるだろうし、逆スカウトもされるだろうよ」
焼きたてのアップルパイを皿に移し、ミントを添えてからデジたんの前に置く。
それにしてもトレーナー免許か。
たづなさんが取らないかって聞いてくるのも、もしかしてデジたんが取ろうとしてるからだったりするのかね?
「そうですかねぇ?…いただきます」
「トレーナー免許持ってない俺ですら、師事のお願いに来る子って多いんだぜ?
どこの誰が言ってるのかわかんないけど、『何処にでもいる平凡なウマ娘』でもデジたんのように強くなれるって聞いたらしくってさ」
「へ、へぇ。
平凡なウマ娘とは、なかなか話が合いそうなヒトデスネ」
「…まったく。
デジたんのような子が平凡なわけないだろうに。
話は…まぁ、合うかもしれないけど共感できるかはまぁ、怪しいかな?」
デジたんは自分の事を自己紹介で『どこにでもいる平凡なウマ娘』とよく言うが、何処にでもいてたまるかと。
ただでさえ芝とダートの両方に適性があることが珍しいのに、どちらかを捨てずに両立させたのはデジたんが唯一無二じゃなかろうか。
しかも努力も惜しまないときたもんだ。
いわゆる努力する天才、平凡とは程遠い。
まぁ、その性格も唯一無二だと思うけど。
自身もウマ娘なのにウマ娘ちゃんという種族を推すというへんた…変わり者だし。
「んっ…ちなみにどんなウマ娘ちゃんだったか聞いても?」
「1人はキラキラな主役を目指して走るちょっと偏屈な子。
もう1人はふわふわしててなんだか癖になる口調で喋る子。
どっちも人気はあるんだけど同期が強かったと思う」
「ナイスネイチャさんにマチカネタンホイザさんですかね?
ネイチャさんは有馬記念3年連続の3着はもはや伝説ですし、タンホイザさんのえいえいむん!はファンの心を惹きつけて止まないですよね!」
「どっちもG1走ってる時点ですでに平凡ではないんだけどね。
平凡ではないのに平凡を名乗る者同士シンパシーとか…」
「ないですね」
「でしょうね」
スンッとした顔で即答するあたり本心だろうね。
そもそもデジたんとシンパシーを感じる子なんていないと思う。
いい子なんだけどやべー奴と言われる子なんてそうそういな…あ、ダイヤちゃんとか?
トレセン学園きってのヤベー奴と言われるゴルシちゃんをもってしてもこの2人はヤベェと言わしめてるし。
まぁ、でもダイヤちゃんとは性格が違いすぎるし趣向もなぁ。
というか、デジたん普通にやばい奴扱いされるよね。
タキオンちゃんとあわせて「アグネスのやばい方」とか聞くし。
まぁ、2人揃って身体測定日にそれぞれ問題行為をやらかし、反省文を書かされていたらしいしどっちもヤバいんだろうけど。
「ごちそうさまでした」
「ん、お粗末様。
久しぶりに作ったんだけど、どうだった?」
「美味しかったですよ?あと懐かしいなぁと」
「最後に作ったのちょうど一年ぐらい前だしそれ以前となると…。
デジたんとレース会議してる時に作ったぐらいだもんなぁ」
「もう、ずいぶんと経つんですねぇ。
2回目のマイルチャンピオンシップの前でしたよね。
トゥインクルシリーズ引退前の最後のレースということもあって、マークが厳しかったですね、ホント」
「それで囲まれても抜け出して差し切ったのは流石だと思うけど。
未だにあれは覚えてるよ」
雨が降りバ場が悪い中、囲まれていたのに最終直線に入る前に僅かに前が開いた瞬間に抜け出して差し切ったものだから実況も大盛り上がり。
デジたんが「戦場を選ばない勇者」と言われていた事もあって、勇者の道を阻むこと敵わず!と叫ばれていたっけな。
まぁ、あれは本当に驚いた。
俺ならばコーナーでわざと大外に出てから直線一気するかそもそも囲まれない為に大逃げを選択しただろうけど、デジたんに大逃げは出来ないし大外に出るためのパワーも無かったためあの一瞬をついて抜け出すしか方法はなかった。
ほんと、デジたんの観察眼には脱帽せざるを得ない。
「あはは…ありがとうございます。
さて、あたしはこれから明日並走する子のデータをもう一度確認するんで帰りますね」
「ん。
また、時間があれば顔見せに来なよ?デジたんならいつでも歓迎するからさ」
「ではまた!」
律儀に一礼して去っていき、パタンとドアが閉じて店内が静かになる。
いやぁ、ほんと変わってなくて何より。
やりがいを見つけて生き生きしてるし、将来の目標のようなものも見つけてて…。
なんだろうね、いつの間に娘が大きくなっていたかのような寂しさを感じる。
結婚してないし子供も産んでないんだけどね。
看板をドアの前に置いて鍵を掛ける。
本日は休業。
夜に書くとお腹が空いて早朝に目が覚めます。