シロツメクサの咲く丘で   作:よしだひろ

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ゲオルグは今まで戦ってきた相手とはまるで違う存在だった。必死に攻撃を繰り出すキコなのだが。


シロツメクサの咲く丘で

(攻撃は当たっている。なのに奴には全く効いていない⁉︎)

「ははは。どうした? 攻撃が当たっているのにと思っているようだな」

「違うね、お前を倒した後祝杯をどこで上げようか考えてたのさ」

 ゲオルグは一瞬片方の口角を上げて笑うとキコの前から消えた……ように見えた。

 ゲオルグは超人を超えるスピードでギーガの前に移動したのだった。

「なっ!」

 そしてギーガの鳩尾(みぞおち)にパンチを入れた。ギーガはそのまま意識を失うと床に倒れた。持っていた魔法の杖が床に転がり乾いた金属音が響いた。

「シュピナ! 逃げろ!」

 隣りにいたシュピナは何が起きたのか分からず固まった。

 ゲオルグは床に落ちたギーガの魔法の杖を拾うとシュピナの方を見もせずに言った。

「安心しろ。お前との戦いに魔法でちょっかいを出して欲しくないから眠ってもらっただけだ」

 すると再びゲオルグは姿を消した。そしてキコの目の前に現れた。

「さあ、切ってみろ」

 ゲオルグはそう言うと右手に杖を持ち両手を大きく広げた。キコは頭に血が上り言われるままにゲオルグに切り掛かった。

 剣を振り切るたびにゲオルグの肌には赤い筋が付く。剣は間違いなくゲオルグを切っている。しかし即座にその赤い筋は元の肌に復元されていった。

「私の体には魔法が掛けられているのだよ。普通の武器では傷つける事は出来ない」

 そう言って笑ってみせた。

(普通の武器では……ならば)

「シュピナ! 魔法で俺の剣を強化してくれ。そうすれば傷つける事が出来る!」

「わ、分かりました」

小癪(こしゃく)な」

 そう言うとシュピナとゲオルグは同時に魔法の詠唱に入った。キコには分からない魔法語が部屋に響く。

 そしてシュピナが魔法を唱え終わる前にゲオルグは魔法を唱え終わった。

「沈黙の波動!」

 するとゲオルグの体から一瞬強い風圧がかかった。キコは半歩後ろに足を踏み出した。

「神の祝福あれ!」

 シュピナの魔法が少し遅れて唱え終わった。

「?」

 キコは自分の剣が魔法により強化されてると思いゲオルグに切り掛かった。しかしゲオルグはそれを杖で受けた。

 シュピナが異変に気付き言った。

「キコさん、魔法が効いてません!」

「なに⁉︎」

「ははは。私が沈黙の波動を放った所為だよ。今この部屋の中では一切の魔法が無効化されている」

 キコは戸惑った。これでは魔法が掛けられているゲオルグの体に傷を負わす事は出来ない。

(魔法が掛けられた体?)

 キコは閃いた。

「ふ、策士策に溺れるってやつか。一切の魔法が無効ならばお前の体に掛けられている魔法も無効って事だよなあ。それならこの剣でも十分やれるぜ!」

「当たれば……だろう?」

 キコは剣を横に薙いだ。しかしゲオルグは杖でそれを受ける。キコは何度もあらゆる方向から剣を打ち込んだが全て杖で受け流された。

(それでギーガの杖を奪ったのか)

「どうした。私は傷一つ負ってないぞ?」

「くそっ! ギーガの杖を奪ったのはその為か」

「こんな杖……あっても無くても同じ事」

 と言うとゲオルグはポイっと杖を床に投げ捨てた。キコはすかさずゲオルグを突きに行った。

 しかしゲオルグは軽く体を捻りそれを交わすとキコの鳩尾(みぞおち)に蹴りを入れて来た。キコが生まれて初めて味わう強さの重い蹴りだった。

 キコは後方に吹き飛ばされ床を滑っていった。そのまま生き絶えたサイクロプスの体にぶつかり止まった。反射的に起きあがろうとするも血溜まりに足を取られ、また腹部の強い痛みと吐き気で再び倒れた。

「すまぬ。少し本気になりすぎた。今の私は生身なのでな。流石に剣を突き刺されたら死んでしまうのでね」

(すまぬだとぉ)

 シュピナはどうしたら良いのか分からずただ固まって成り行きを見守るしか出来なかった。

「お前達は強い。私と共に理想郷を作ってみないか?」

「り……そう……きょ……うだと……?」

 キコは力を振り絞って立ち上がった。

「お前が……かかげる理……想が……どれだけ……崇高……か……は、分か……らん」

 キコは苦しさで肩で息をした。大きく息を吸うと再び話し始めた。

「だがな、人の……命を奪った……上に成り立つ平和など……認められんのさ!」

「…………」

 キコはゲオルグの殺気が強くなるのを感じた。格闘に興味も関心もないシュピナでさえ、このままではキコが殺される。自分も殺されると感じた。

 シュピナはキコに駆け寄った。キコは驚いて言った。

「シュピナ! 危険だ、下がってろ!」

 ゲオルグがゆっくりと近付いてきている。

「魔法は使えませんが、あの時ゲオルグの家で見つけた痺れ粉があります。それを使いましょう」

 そう言うとシュピナは震える手でポシェットを弄った。

「確かここに……」

 もう間近にゲオルグが迫ってきていた。

「もういい!」

 キコはシュピナを庇うようにシュピナを自分の後ろに追いやった。その時シュピナのポシェットから鏡が床に落ちた。

 乾いた破裂音と共に鏡面が割れた。鏡は割れた鏡面を下にして床に落ちた。

「そ、その鏡は……」

 シロツメクサの飾りが施された手鏡を見てゲオルグの動きが一瞬止まったように見えた。

 追い詰められた鼠が一瞬の隙を突いて猫に噛み付くように、はたまた獲物を追いかける狼が泥に足を取られた兎の隙を見逃さないかのように、キコは反射的に動いていた。

 キコのショートソードはゲオルグの心臓に深く突き刺さった。

 ゲオルグは最初何が起きたのか分からなかった。その痛みで自分が攻撃を受けた事、それは心臓のあたりである事が客観的に分かった。

 ゲオルグはキコの頭を両手で掴むと後ろに突き倒した。そして自身も床に仰向けに倒れ込んだ。

 手探りで心臓に剣が突き刺さっているのを知る。

「ぐおおおお!」

 驚くべき事にゲオルグは剣をへし折った。床に尻餅をつく体勢で様子を見ていたキコはその力に驚いた。

 ゲオルグはうつ伏せに体を寝返ると、床に落ちている血溜まりに埋まるエリーザの手鏡を見やった。

「エ、エリーザ」

「ばかな! 心臓はもう止まっているはずだ」

 シュピナも杖を両手で握りしめゲオルグの最期を見守っていた。

 ゲオルグは床を這いつくばるように、右手を手鏡に伸ばしてズルズルと進むのだが、サイクロプスの血溜まりで滑って思うように前に行けなかった。

 ゲオルグは最期の力を振り絞って手を一杯に伸ばしてエリーザの手鏡を掴もうとした。手が震えた。

 そして、とうとう手鏡を手にする事は叶わずそこで息絶えた。

「死んだ……」

「…………」

 キコは、シュピナも動けなかった。暫く無言の空気が包む。

「シュピナ……俺は正しかったのか?」

     *

 ギーガは程なくして意識を取り戻した。ゲオルグの亡骸を見て驚いていた。

「……ゲオルグを倒したと言う証を持って帰らんといかん」

「まさかこの亡骸をそのまま持って帰るんですか?」

 聖職者であるシュピナにとってそれは許されない事なのだろう。

「いや、この遺体を持ち帰ってもこれがゲオルグであると言う証にはなりませんよ。何しろゲオルグの姿を知る者は我々しかいないんですからね」

 キコは何処となく虚しい気持ちだった。

「王国へ戻り報酬を得るにはゲオルグを倒したと言う証が必要です」

「この階段の上はゲオルグの居室じゃないのか」

 三人は階段を登っていった。上のフロアはやはり広い部屋だったが、こちらはたくさんの机があり、たくさんの書類やら使い方の分からない道具、怪しげな薬品などが並んでいた。

 三人は部屋に散らばって何か証となる物はないか調べ始めた。

 キコは机の引き出しの中に手記を見つけた。

「こ、これは。ゲオルグの手記だ」

「何が書かれてますか?」

 そこには魔物を創り出す方法やその魔物を消し去る魔法などが書かれていた。そして最後にこう書かれていた。

「シロツメクサの咲く丘で二人寝転んで平和に暮らしたい。エリーザはそう言った。だから平和を作るために私は世界を統一する必要があったのだ」

「何だって? 貸して下さい」

 ギーガはキコの手から手記を取り上げて読んでみた。

「今の世界はそれぞれの国がそれぞれ勝手に金儲けをして世界平和など考えていない。だからこの世界に平和をもたらす前に世界を統一しておく必要があったんだ」

 ギーガは読むのを辞めた。三人は黙り込んだ。

「……お二人も薄々気付いていたのでしょう」

 良い事なのか良くなかった事なのか、とにかくゲオルグの死によって戦争は終わる。それは確かだった。

「とにかく、ここにある不思議な書物を持って帰るとしよう。それがゲオルグを倒した証拠だ」

 三人はゲオルグの遺体を埋葬する事にした。隠しておいた荷車の藁の中に遺体を隠してビレルの村まで帰ってきた。

 墓地に着くとあの時と同じ老人がエリーザの墓を守っていた。

「ご老人よ……」

 その老人は三人が運んできた遺体を見てそれがゲオルグであるとすぐに分かった。

「まさかこのような形でゲオルグに再会するとはな。長生きはしたくないものだよ」

「後の事はお任せして良いですか?」

 シュピナは最後にゲオルグに祈りを捧げた。その後の事は老人に任せる事にした。

     *

 キコ達が王都へ戻るとゲオルグを倒したと言う噂は瞬く間に広まった。しかし。

「こんな意味の分からない書物でゲオルグを倒したと言うのかね」

「こんな書物、何の証拠にもならんぞ」

「大方、謝礼金に目がくらみでっち上げたんだろう」

 国の役人達はキコ達がゲオルグを倒した事を認めなかった。

「そんな! 私達は確かにゲオルグを……」

 反論するシュピナをキコは制して言った。

「なら結構。行くぞ、二人共」

 キコは踵を返して会議室から出て行った。ギーガとシュピナも慌てて後を追った。

「あの手記を見せれば信じてもらえただろうに。どうして手記を見せなかったんですか?」

「良いじゃないか。役人どもが信じなくともゲオルグの軍はやがて立ち枯れる。それで戦争は終わるんだ」

 キコは何故かあれ程求めていた名誉には何の未練も無かった。ただゲオルグの死を悼み、エリーザの死を悼み、二人の死を掻き乱したくないと感じていた。

 言い方が変かも知れないが二人の死を大切にしたかった。

「ゲオルグが倒れた今、戦争が終わればまた各国は自分の国の利益に目が眩み、上流階級のものは自らの欲にまみれ前と変わらない、世界平和など関係ない世の中が来るだろう。第二、第三のゲオルグが現れない限り、な」

「第二、第三のゲオルグですか? 怖いです」

 ギーガには思い当たる節があった。

「……では、キコさん。その手記はあなたが持っていると言うのですね?」

「そのつもりだ……だから、第二、第三のゲオルグが現れたら……」

「現れたら?」

(お前達が止めてくれ)

「また三人で討伐しに行こう」




魔王を倒した事を王国の役人達は信じようとしなかった。しかしキコはそれならそれで良いと感じていた。
ゲオルグは平和の為に兵を興した。果たして今の世に平和の為にと考える者達はいるのだろうか。いないとしたらどうしたら良いのだろうか。
ゲオルグの手記を手にしたキコは深く考えるのだった。

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