差別的な発言が"たくさん"含まれていますのでご注意ください。
俺は自己中で最低な人間だと思う。
これまで大勢の人達を見下し、そして踏み台にしてきた。
学生時代はクラスメイト、社会人になってからは会社の同僚や上司、時には自身の後輩までも失意のどん底へと叩き落としてきた。
────だからなのかもしれない。
これはきっと俺への天罰なんだ。
悪いことをしたのなら罰を受けるのは当然な訳で、そこに不満があるわけではない。
ただ一つだけ言わせてほしい。
この「罰」はあまりにも趣味が悪すぎるだろ。
もうこんなことを続けたくない、死ねるのなら死んでやりたい。
だけど、それは出来ない。
何故なら死ぬことこそ、自分の罪に目を背ける事と同じことなんだ。
だから、俺はこれからも続けなくちゃいけない。
他人の人生を踏みつぶしていくことを────。
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俺の名前は乙一信吾、年齢28歳。
都内にある大手IT企業にて、日々の業務を卒無くこなすサラリーマンだ。
同期との激しい出世レースには見事勝利し、20代にしてプロジェクトリーダーという役職まで登り詰めた。
年収もそこそこあって、
素敵な奥さんと子供が2人居るが金銭面で不自由と思ったことはないし、それなりに充実した生活を送っている。
言うなれば、俺の人生は他人の人生と比べて、間違いなく幸せで良い側の人生。つまり勝ち組だ。
自分で勝ち組と言うと、お前よりも売れてる芸能人やYouTuberの方が稼いでるし、幸せだろうと言われるかもしれない。
ただ俺から言わせれば、多額のお金を生む職業というのはそれ相応のリスクがあるものだと思っている。
現に芸能人やYouTuberはスキャンダルでもあれば一発であの世行き。
もちろんそこから這い上がってくる人達もいるかも知れないが、それも中々難しいのが現実。
つまり、サラリーマンという役職こと大きなリスクを背負うことなく、安全に人生を謳歌できる花道!!
うん、俺の人生って最高!!
他の誰よりも価値がある!!
「あ、あの! 乙一先輩、明日の資料出来たので確認してくれません?」
と、俺が会社のオフィスにて自画自賛に呆けていると、後輩の宮本さんから声を掛けられる。
「サンキュー、宮本さん」
宮本彩芽。
今年うちの会社に入社した新入社員の1人だ。
因みに彼女は仕事が全く出来ていない。
報連相は遅いし、よく遅刻してくる。
一度教えた事でも何度も聞き直してくるし、
その度に何故か上機嫌なのもマイナスポイント。
ポジティブなのは良い事だけども、TPOは弁えようね。
まあ彼女、高卒だから頭の要領が悪いんだろうから仕方がないか。
俺は宮本さんに手渡しされた紙の資料に目を通していく。
────なるほど、ゴミのような資料だな。
資料と何の関係性もない意味がわからないフリー画像、ピンクやら水色やらといったパステル色のフォント。
うん、見えにくいし目がチカチカする。
二十代の俺ですら目への刺激を訴えるのだ。
今時の老害が目にしたら発狂するのではなかろうか。
まだ中卒の方がマシな資料作れるのでは?と期待してしまえるほどの出来栄えだ。勿論悪い意味でね。
でもまあ、最近は大卒でもろくに仕事出来ないやつも多い訳だし、特別彼女だけが酷いという訳ではないんだどさ。
「ど、どうですか?」
「ん────、退屈しない良い資料って感じ。アパレルブランドのデザイン会議って勘違いしちゃいそうなくらいね。
ただ、今回見せるお客さん向けじゃないな」
俺はペラペラと資料をめくりながら語る。
「────?」
ページをめくった先にあったグラフの中で、明らかに計算ミスだろうという部分を見つける。
二度、目を通せば誰でも気がつくような足し算だ。
指摘しよう、そう思ったが止めることにした。
「────まあ、良いんじゃないかな。一応最後に自分で見直してみて」
どうせ指摘したところで無意味だ。
今まで何度も注意していたのにこの結果。
人間、誰しもミスはすると聞くが、それはミスをした側との摩擦を気にした指摘した側の言い訳に過ぎない。
ミスをしない方法はいくらでもある。
資料作成はスポーツじゃないんだ。
その時の身体的なコンディションや運などと言った不確定要素で質が左右されることはほぼ無いと断言できる。
資料を作成後、誤字脱字や計算ミスが無いかを見直すだけでもその資料の質は数倍にも跳ね上がる。
見直してなお、自身の間違いなく気が付くことが出来ないというのなら、それは彼女の気を抜けているのか、もしくは繁雑に仕事をしているかのどちらかだ。
「わ、分かりました! ありがとうございます!」
もう、この子はダメだな。
「はーい、頑張って」
宮本さんは資料を手に取ると、上機嫌で自席へと戻っていく。
「ふう────」
ああいうバカは利用するのにもってこいだ。
俺がやらなくとも、いずれ誰かに喰われる。
それなら、今のうちに俺が踏み台にしてやるよ。
「さて、今日は残業だな」
そういって、俺は彼女の背中を見送りながら鼻で笑った。
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時刻は夜の十九時過ぎ。
うちの会社の定時は十八時だから、今は残業中という定になる。
因みに宮本さんは六時になって速攻帰った。
いや、別にもう帰るんだとか思った訳じゃないけどね。
実際、彼女目線じゃ残りの作業とかない認識だし。
だけど、あの資料見せられてからじゃまた思うことも変わる訳だ。
行なっていた作業に区切りを付け、一度休もうと思い、俺は休憩スペースへと足を進ませる。
「あー、まじで乙一のやつウザいわ」
その途中、そんな話し声が聞こえて、反射的に足を止めてしまう。
「それな、何でよりにもよって同期でアイツだけリーダーやってんだよ」
「はは、大した大学出てるわけでもねぇのになー、調子乗りすぎだよなアイツ。しかも会話してる時もこっちを見下したような目してよ」
「ん? そんな目してるかアイツ?」
「いやしてるって、勿論表情こそ普段と変わらないけど目が死んでるっていうか相手と向き合ってないっていうかさ」
「あー!! あれな、確かにあの目は人を対等と見てねぇな」
「だろ? そんなやつなのにアイツもう結婚してるらしいぜ? 有り得なくね?」
「いや、流石にそれは冗談だろ!! 笑わせんなって」
「いやいやそれがほんとらしいんだよ。なんか少し前にアイツが後輩に告白された時、結婚してるから無理だって断ってたっぽいぞ?」
「いや見栄張ってるだけだって。っていやそんなことよりも告白されたってマジ? 相手誰?」
「あれだよ、今年入った新入社員の女の子。
名前もう忘れたけどさ、一時期可愛い可愛いって騒がれてたじゃん」
「いや、知らねーよそんな子居たか?」
うわちゃ────。
とんでもない場面に出くわしてしまった。
悪口の一つや二つ言われてるとは覚悟していたつもりだったけどさ、改めて直接耳にするとなんか斬新だな!!
なんか休む気が失せた。
いや、それすらも通り越してもう仕事する気が失せた。
もう「物」は完成しているんだ。
今日はもう帰ろうを
「はあ────」
誰にも聞こえないようにため息を付いて、俺は自席へと踵を返し、支度を整えて家族の待つ自宅へ足を踏み出した。
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翌日。
今日はいよいよプレゼンの当日である。
俺と宮本は近くの駅で集合したのち、客先のオフィスへと足を運んでいた。
「せ、先輩、なんだか私凄く緊張してきました……」
突然、彼女は顔を真っ青にしながらそう呟く。
実は今日のプレゼンでは、宮本が主体となって話を進めてもらうことになっている。
いや、なっているという言い方だと少し語弊がある。
正確に言うのであれば、二週間前にそうなるようにちょっとした「嘘」を吐いた。
『実は会社の方針で新入社員には、入社して半年経ったタイミングで成長を図る試験を受けてもらうことになってるんだ。それで今回宮本さんには試験として二週間後のプレゼンをメインで担当してもらいたい。プレゼンの結果次第では冬のボーナスにも良い影響があるから真剣に取り組んでくれ』
こう言うと、彼女はわかりました! と元気いっぱいに返事をした。
まあ実際の理由としては、今回の客が若い女の子大好きな変態おじさんだからそいつのご機嫌取りの為のキャスティングだったが、巡り巡って結果的にはいい方向に傾いた。
俺にとってのね────。
「実は俺も緊張しててさ、さっきから胃が痛くてしょうがないよ。けどまあ今回のお客さんは気難しいタイプでもないから普段通りの明るい宮本さんで居られれば上手くいくよ。何かあったらサポートするからさ、お互いに頑張ろう」
「ありがとうございます、がんばります!」
ああ、精々頑張ってくれよ。
そうしてくれなきゃ潰しがいがないからさ。
盛大に転ぶといい。
そして君の地面に絡み取られた手足を摘むと同時に、この舞台は俺が全て掻っ攫う。
「時間だ、入ろうか」
俺は会議室の取ってに手をかけ入室し、宮本もそれに続く。
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会議室に入室後、一通り挨拶が済むと早速プレゼンが始まる。
「では、早速始めさせて頂こうと思います。宮本さん、お願いします」
「は、はい! では皆様お手元の資料の2ページ目をご覧下さい────────」
さてと、あとはタイミングが来るまで俺は待ちだ。
昨日の時点で相手側に突っ込まれそうなページはあらかたピックアップ出来ている。
だからあとは突っ込まれたタイミングですぐに返答出来ればうちのイメージは悪くない。
そうやってイメージを下げることなく、あのポイントまで持っていけたら俺の一人勝ちだ。
「では、次にこちら【安心くらべる君】の主な機能をご説明させて頂きたいと思います」
あ、【安心くらべる君】というのは今回うちが客先に売り込みたいシステムの名前だ。
勿論、名前は俺が付けた。
我ながら中々かっこいいネーミングだと思っている。
このシステムは社員の勤怠管理を行えるシステムで、出勤時間や過度な残業はないかをチェックして、そのまま給与の計算まで出来たりするやつだ。
以前まで客先ではタイムカードで勤怠管理をしていたらしいのだが、毎月月末にタイムカードから手打ちでデータ化するのに手間が掛かるという要望があり、色々あってうちの会社に話が回ってきたという訳だ。
因みにシステムの話は今後に一切関係ないから気にしないでくれ。
おおよそ五分後。
「そこでこちらの【安心くらべる君】を使用しますと、作業効率が約80%も増加しまして────────」
プレゼンは一応何事もなく進んでいる。
ただ想定通り客の6割程度は既に彼女のプレゼンに飽きたのか、うたた寝をする者や携帯電話を操作する者達が現れ始めていた。
プレゼンは発表側からの一方的なコミュニケーションと思われがちだが、実際は聞き手が存在した会話。つまり、この状況は彼女の言葉に対し、聞き手側が無視をしているものと同じだ。
これに関して言えば、別に宮元が悪い訳ではない。
彼女の声は練習の時より声がハキハキとしていて聞き取りやすいし、あー、えー、といった無意味なつなぎ言葉も極力抑えられている。
昨日チャンスと称して忠告した通り、資料の見直したのだろう。
見つけていた資料の誤字も一通り直っていて、所々見栄えも変わっている。
別に見やすくなった訳ではないけど。
まあ肝心の間違っていた足し算部分は直っていなかったから俺の計画に支障はない。
ただせめて資料を変更するのなら一声連絡して欲しかったな。
基本的に後輩のミスは先輩である俺に責任がある。
だから昨日見せられた資料によって問題が発生した場合、その資料をOKとした俺の責任となる訳だが、この資料にはOKしたつもりは無い。
つまり、この資料によって起こった問題は俺の責任をすり抜けてしまうということだ。
実に好都合────。
彼女が資料を直してくることは想定外だったが、お陰で運が回ってきた。
俺はほぼノーリスクで彼女の犯した歪を踏み台に出来る。
こっちはいつでも準備OKだ。
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落ち着け、私。
「ここで【集計】ボタンをクリックします。するとこのように社員毎の勤怠時間が日別で集計されるようになっておりまして────────」
先輩と協力して進めてきたこのプレゼン、私は絶対に成功させなくちゃいけない。
絶対にミスしちゃ駄目。
これは先輩に試されてるんだ。
一瞬でも気を抜く訳には行かない。
今までは失敗続きだったけど、ここで私は本当の宮本彩芽という存在を先輩に証明する。
「それでは、次のページをご覧下さい」
そう言って、私は資料のページを一枚めくる。
この段階で私に続いてページをめくったのは隣にいる先輩とそのほか数名。
会議室にいる約3割程度だ。
それ以外の人は私のプレゼンに興味を失ったのか、うたた寝をする者や携帯電話を操作している者しか居ない。
正直、泣くほど悔しい。
先輩と手間暇かけて進めて来たプレゼンに聞く耳すら持たないなんて。
こっちに何か悪いことがあるのかもしれないけど、これだけは言わせてほしい。
せめて顔はあげててよ!
携帯電話から私の声は聞こえてないよ?
プレゼンは会話なんだよ!?
人の話を聞くなんて幼稚園生でもできるじゃん!
何なのこのおじさん達。
でも、それに比べて先輩はやっぱり優しいな。
私の説明に不足があったらしっかりフォローしてくれるし、もうほんと大好き。
雰囲気に呑まれてやる気なくなって来てたけど、やっぱり最後まで頑張ろう!
そう心の中で自分に喝を入れ、私は資料に視線を落とした。
そしてようやく気が付いたのだ。
私の犯したミスに。
「うあ────────」
そこはプレゼンをする上でもっとも重要なシステムの料金プランのところだった。
桁数が間違っている。
昨日先輩に言われて改めて資料を見直して、間違っているところは全て直したのに。
とりあえず、間違っていることを先に全員に伝えて────。
「────あれ? ここの桁数聞いてた話と違くない?」
先程まで欠伸をしていた1人が急にそうわざとらしく声を上げる。
「本当ですね、年間で一千万って結構なぼったくりじゃないですか?」
「はは、確かに! これなら別に他のシステム入れた方が良いかもねー」
次々と発せられる皮肉に私の頭は真っ白になっていく。
「す、すみません────」
ぼやけていく意識の中、せめてもと思い頭を下げる。
「いや、別な誤って欲しい訳じゃないんだけどねー」
「そうそう、逆に謝られるとこっちがそうさせちゃったみたいな感じになっちゃうじゃん」
「でもまあ面白い資料じゃない? なんかキラッキラしてて今時って感じするよ」
何事もなくこのプレゼンが終わっていたのならもう少しポジティブに受け取れていたかもしれない。
だけど、もう今となっては馬鹿にされているとしか思えなかった。
私は段々と頭が熱くなってきて、自然と涙で視界がぼやけ始めた。
「いや、泣くことなくない? こっちが悪者みたいじゃん!」
「そうそう、別にパワハラとかセクハラとかしてないよ? せめてお尻触ってからにしてー。なんか損した気分ー」
────もう分かんないよ。
どうすればいいの。
何がいけなかったの。
助けて、先輩────。
そう思って、顔を俯けた瞬間だった。
「うちの部下が失礼致しました、私が代わりにご説明をさせていただきますね」
すると先輩は自身のカバンから取り出した私が見たこともないプレゼン資料をお客さん達に配り始めた。
まるで、この事態を想定していたかのような手際さで。
「おー、流石だね乙一君! この資料めちゃくちゃ見やすいよー」
「うんうん! やっぱり乙一君は凄いね!」
「本当だよ! 君、うちの会社に移る気ない? ってなんちゃってー!」
「はは、ありがとうございます」
そうやって先輩は愛想笑いを周りに振り撒く。
そして。
「ああ宮元さん、あとは全部私やるからもう何もしなくていいよ」
「────────へ?」
その後、先輩がスムーズにプレゼンを進ませていく中、私はどうしたらいいか分からずずっとその場で放心状態。
文字通り、目の前が真っ暗になった。
********************
「ありがとうございました」
最高な形でプレゼンが終わり、余談を挟んだ後俺と宮本は会議室を後にする。
すると、宮本が閉じていた口を開く。
「先輩────、気が付いてたんですか?」
「なんの話?」
「資料の話、です。私のミスも見越したうえで別の資料を用意していたんですか?」
「ああ、そうだよ」
嘘は付かない。
昨夜の時点で資料の穴に気が付いた俺は、予定外の残業を用して、この完璧な資料を作り上げた。
勿論、彼女による資料の見直しで不備が全て直されていて、尚且つ会議中に話題として上がらなければ俺も資料を出す気は無かったが。
「なんで、教えてくれなかったんですか?」
「俺が教えたとして、キミはその間違いを次に活かせるの? 活かせないよね」
今回のことに限った話じゃない。
俺は何度も彼女に伝え、教えて来た。
それでも、彼女が変わることはなかった。
「それに俺はチャンスも与えた。資料を見直せと言った」
「ちゃ、ちゃんと見直しました! それでも見逃してしまって────」
「この世界は100か0しかないんだよ。一つでもミスがあれば結果は泡のように消えて0になる。正直過程なんてどうでもいいんだ。相手は都合よくキミの思いも行動も汲み取ってはくれないんだから。それでどうにかなるのは子供だけだ、でも俺達は子供じゃない」
「────そんなこと、言われなくちゃ分からない、です」
「確かにそうだね、けど今分かった。でも知ってからじゃ遅いんだ。人を殺してもその人は生き返らないのと同じようにね」
「待ってください! もう少しだけ────」
「残念だけどもう手遅れだ」
俺は彼女の歪を信頼しただけ。
そこに一切の悪意は存在しない。
あるのは損得勘定だけだ。
────俺がまともな先輩であれば、あの時彼女を庇っていただろう。
もし、俺がヒーローなら、あの時立ち上がって相手を殴っていたかもしれない。
けど、俺はこういう生き方をすると昔から決めている。
他人に情は移さない。
もう────俺は自分の為に生きるんだ。
「……」
宮本は顔を俯かせ、微動だにしない。
本社のオフィスであれば、いつまでもそうやってくれて構わない。
ただ、ここはクライアントのオフィスだ。
用がなければ長居するのもあまりよろしくない。
妙に行動を疑われれば、俺にまでとばっちりを喰らう可能性がある。
「────何か反論があるのなら本社で話を聞く。とりあえず今は出るぞ」
そういって、俺は彼女に背を向ける。
「……」
少し経って彼女も沈黙を貫きつつ、俺の背中の後を追ってくる。
「────ずっと信じてたのに」
ふと、ボソボソと背後から何か聞こえた気がしたが、ひとまず今は無視しよう。
********************
俺と宮本はオフィスを出た後、最寄り駅のホームにて電車を待っていた。
腕時計に視線を落とすと、時刻は午後十五時を指している。
もう少し遅い時間であれば、そのまま直帰でも良かったのだが、こうも中途半端な時間だとどうも困る。
「……」
オフィスを出てからというものの、宮本は何も喋らず、俺の背後にくっついてるだけ。
普段は俺の隣を歩くか前を率先して歩いたりしている分、少しだけ違和感を感じる。
まあ明日になればいつもと同じ感じになるだろう。
「ふう────────」
ここ最近、プレゼンの事もあって残業続きだったからゆっくり出来ていなかった。
だが、それも今日でひと段落つく。
今日は普段より早く家に帰って、家族と一緒に過ごそう。
夕飯を食べて、お風呂に入って、テレビを見て、ベッドで眠ろう。
そして、そんな幸せな日々が死ぬまで続くように俺は生きていくんだ。
────だから。
「は?」
ふと、背中を押される感覚に襲われる。
俺の体は黄色い線の外側を大きく超えて、ホームに飛び出した。
視界の隅に電車の先頭車両を捉える。
頭をフル回転させて自分の身に何が起こったのかを考えるが、その思考は背後から聞こえてくる怨念によって途絶えた。
「先輩しか私を見てくれていなかった、先輩だけは信頼していたのに────」
今にも喉が擦り切れてしまいそうなほど切ない声。
聞いただけで彼女が涙ぐんでいるのを察することが出来る。
「この、裏切り者────」
こうして、乙一信吾の人生は電車のクラクションも梅雨知らず、宮本彩芽の声と共にその生涯を終えた。
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読んでくれてありがとうございます。