愉悦部 in キヴォトス   作:山崎五郎

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今後も頑張っていきたいと思います


30話

夜間ということもあってか、トリニティの校舎は薄暗く人の数も僅かしか無い。

そんな中で運良く会えたティーパーティーの生徒からナギサの居場所を聞き出し、その姿を見つけることが出来た。

 

昼にもお邪魔した、セイアの夢のなかでも見たあの円卓…トリニティ正門を眺めることの出来るテラス。

そこで…桐藤ナギサは星を見ていた。

 

 

 

 

 

「……………お星さま…」

 

「…」

 

 

それなりに足音は立っているはずなのに、まるでこちらに気づく様子もなく星を眺め呟いている。

…目元や頬に残っている涙の跡には、気づかないふりをして。

 

 

「ナギサ」

 

「…っ!せ、先生!

 

あっ、…ぅ!」

 

話しかけられてようやくこちらの存在を認識したナギサは、慌てて目元や頬を拭う。

そしてふぅ、と一息ついて。その顔を『トリニティのホスト』の顔に固めて。「こんな夜更けにどうしたのですか?」と何事もなかったかのように話しかけてきた。

 

「質問返しみたいで悪いけど…ナギサこそ、こんな夜更けに一人で何してるの?

風邪引くよ?」

 

「ふ、ふふ…その。何だか、眠れないもので…つい。

それで、先生は何故こちらに?」

 

「…アリウスについて、話したいことがあるんだ」

 

その言葉…いや、多分『アリウス』という言葉が出た直後に、彼女の顔から笑みが消え失せた。

取り繕うような含み笑いすら一切が霧散し、眼光だけで人を殺せるのではないのかと、錯覚してしまうほどに冷たい顔だ。

 

「先生。昼間にも申し上げたはずですよ。

アリウスは今にも我々を攻撃する準備を整えているかも知れないのです。あんなものを使役できる連中を放っておく理由があるとでも?」

 

「…アリウスと戦うこと自体を止めるわけじゃないよ」

 

「えっ?」

 

ナギサの表情が緩んだ。

まあ、昼間に散々否定された意見が(多少なり)肯定されたのだから嬉しいといえば嬉しいのだろう。

 

「つまり…先生も私の意見に賛同していただけるのですね!なら、次はゲヘナ風紀委員長にも賛同いただき、先生には連合軍の指揮を…」

 

「ナギサ。私は『アリウスと戦う』ことを止めないってだけで、『アリウスを滅ぼす』ってところは肯定しないよ」

 

「…何ですって?」

 

緩んでいた表情がまたしても鋭いものに戻った。

春の華園が冬の絶海凍土に逆戻りだ。

 

「先生。まだそんな暢気なことを言える余裕があるのですか?羨ましい限りですね。

アリウスはトリニティもゲヘナも踏み潰す事を厭わずに来ているのです。その様な甘い考えで生き残れるとでも?」

 

皮肉まで織り交ぜて淡々と告げてくる。

だが実際その通りだろう。アリウスの憎悪、それによる様々な兵器…あんな物を見れば常人なら(・・・・)気が気でないのも仕方がない。

 

…それでも。

 

「なら、ナギサは守るためならトリニティやゲヘナの皆を人殺しにするの?」

 

「……………そうですね。滅ぼされないために滅ぼすというのなら、それもやむ無しでしょう」

 

またしてもナギサは淡々と告げた。

が、ほんの一瞬口籠ったのを見逃してはいない。やはり、ナギサも心の何処かで踏ん切りをつけられていない。

 

「…それは、戦う人の中にナギサの大切な人が居ても?

ヒフミとか、ミカとか…」

 

「…………………………」

 

「ナギサ。

人を殺すってことはさ…きっと凄く怖いことだよ。

 

私は実際にしたこともないから分からないけど…それでも、『自分はこの手で人を殺した』って事実は、どこかにずっと残るものだって思うんだ。

もし、ナギサの提案が通って、アリウスを滅ぼしたとしたら…トリニティやゲヘナの生徒たちはずっとそれを背負って行かなきゃいけなくなる。

 

それは、とても辛いことだよ。だから…

 

 

「――――――――――なら!私はどうすれば良かったと言うのですか!?」

 

…っ」

 

「ミカさんもセイアさんも、私に何も言ってくれなかった…!シスターフッドも救護騎士団も、皆が敵に見えて…!

 

信用できる人なんて誰も居なかったのに…!信じた人さえ…疑ったのに…!自分以外の誰を信じればよかったというのですか!?」

 

「………」

 

慟哭。

 

それは、一人の少女が背負うには、あまりにも重いモノ。

 

一体この少女の肩に、どれほどのものが乗ったのだろう。

一体どれほどの目を伺いながら生きなければならなかったのだろう。

 

「…ナギサ。

 

ナギサは…トリニティは、もっと心を開いて話し合うべきだったんだよ」

 

「…そんなもの、したところでどうなると言うんです?

代表同士は愚か、生徒一人ひとりですら派閥争いが起きるこの学園で、そんなもの…」

 

「だからこそ、だよ。ナギサ」

 

ハッキリ告げ、まっすぐに見据える。

少しだけお説教だ。

 

「考えが違うからこそ、分かり合えないと思うからこそ、もっと話し合わないとダメだったんだよ。

 

例え争ったとしても、そこから答えを見つけられるかも知れない。

もし仲違いしてしまっても、生きていて…先があるのなら、やり直せる。

 

だから、もっとナギサ達も…ミカやセイアと話し合って、喧嘩して、仲直りして…そうやってトリニティを守る道も、あったんじゃないかな」

 

「…そんな、そんな…簡単なことで…」

 

「世界なんて、突き詰めれば割と簡単なことだらけだよ。

…その『簡単なこと』を、いつの間にかわすれてしまうだけでさ」

 

「っ…」

 

ナギサは言葉に詰まり俯いてしまう。

両の拳で握られたスカートが、彼女の複雑な心境を物語っている。

 

…と

 

 

カラン、と何かがナギサの裾から落ちてきた。

 

「?これ…」

 

「…あっ、それは…!」

 

ロケットペンダント。

開かれた中には、2枚の写真。

 

一人は、見知らぬ…写真越しにすら暖かみを感じる笑みを浮かべた、聖母を思わせる見知らぬトリニティ生徒。

そして…その生徒に優しく頭を撫でられ笑みを浮かべたナギサ。

 

「…この人は…」

 

「…マリア様。

 

淑原(よしはら)マリア…私が一年生だった頃、フィリウス分派の長にしてティーパーティーのホストだったお方です」

 

「………へえ」

 

「思えば、マリア様が統治していたトリニティが、私の知る中で最も平和でした。

敵意を向けるものも、尊敬するものも、関心を示さないものも皆等しく導く…私は、あの人のようになりたかった

 

全てを赦し全てを受け入れ全てを包む。

あらゆる重責を一人で払ってみせた、あの人のように…」

 

「………」

 

ナギサはマリア…この少女が文字通りトリニティの全てを一人で背負っていたと思っているのだろう。

でも、本当にそうなのだろうか?

 

たしかにこの写真にはナギサとマリアしか写っていない。

でも…誰の助けもなしに一人で生き続けられる人間なんて居ないんだ。

 

「ナギサ。『あらゆる重責を一人で』って言ってたけど、本当にそうかな?」

 

「…え?」

 

「本当に、マリアの周りには誰か助けてくれる人は居なかったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私、ナギサちゃんが思ってる程スゴイ人なんかじゃありませんよ?むしろ一人じゃ何にも出来ないダメダメさん何です』

 

『え、でもマリア様はティーパーティーとしての職務を一人で…』

 

『それは、あくまでも『政治』関連の話です。

正義実現委員会の皆さんの戦闘による損害とか費用とか、シスターフッドの皆さんとの業務提携とか…他にもやることは山積みです。

私一人でなんてとてもとても…』

 

『は、はあ…』

 

『…ナギサちゃん。

 

一人で何でも完璧な人なんていないんです。

皆を助けて、皆に助けられて…そうやってこのトリニティは成り立っているんですよ。トリニティ(ここ)に限った話じゃないかもですけど…

 

もちろん、ナギサちゃんも私を助けてくれる大切な一人です!

 

だから、もしナギサちゃんがこの椅子に座ることがあったのなら…その時は、色んな人を助けて、色んな人に助けられて、このトリニティをもり立てていってくださいね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ああ。なぜ、忘れていたんだろう。

 

マリア様は一人なんかじゃなかった。

他ならぬ私だってその一人だと、あの人は言ってくれたのに。

 

『誰かを助ける姿』と同じくらい『誰かに助けられる』姿を見てきたはずなのに。

 

 

 

「…でも、そんなこと言ったら私もまだまだだなぁ」

 

「えっ?」

 

「もっとキヴォトスに来るのが…いや、それが無理でももっといろんなことに気付くことが出来たらナギサ達もここまで苦労せずに済んだかもしれないって思うと…」

 

…まったく、もう。

この人は…一体どこまでお人好しなのか。

 

「…私の、負けです、先生」

 

「…負けとか勝ちとか、そういうのじゃないよ。

ただ、考え直してほしかっただけだから」

 

「…先生。先生のお考えを…聞かせていただけますか?

何か代わる案があるからこそ、先生はここに来たのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナギサとの話し合いを終えて、次の場所にやって来た。

 

救護騎士団の緊急病棟の一室。名札には『清川シエル』。

 

…勿論、目的はシエルのお見舞いだけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ヒナ」

 

「せん、せい…?」

 

月の光が差し込む部屋。ベットで眠るシエルの手を握っていたヒナに声をかける。

…あまりにも儚い、弱々しい。

 

―――――――彼女の中で、シエルという存在がどれほど大きなものだったか、その姿を見ただけで理解できる。

 

だからこそ、あの言葉(・・・・)を伝えなくては。

 

 

 

 

「先生…どうして」

 

「ヒナ、シエルのこと凄く心配してたからね。もしかしたらって思ったけど…」

 

「………先生、私は…」

 

シエルの手をより強く握るヒナ。

まるで、それが自分に残された最後の命綱のようで。

 

 

 

 

「私は…私はもう、何も…

あの時、シエルが傷つけられて…だからもう、この子を傷つけさせたりしないって、誓ったのに…それも守れなくて…」

 

「………」

 

「先生のことだって…守るって言ったのに…託されたのに…結局私は、シエルに助けられて…」

 

「…ヒナ」

 

「………私は、小鳥遊ホシノみたいにはなれない…」

 

「…?ホシノ?」

 

「アビドスの元生徒会長…その遺体を発見したのは、小鳥遊ホシノだった。

たった二人で頑張って…そんな中で大事な人を喪って…それでもあの人はアビドスで頑張ってる。

 

…私は、そんな事…」

 

「………ヒナ。

 

さっき、夢の中でシエルに会ったよ」

 

「…え」

 

まあ、そうなるよね。

でも…これは紛れもない彼女からのメッセージだ。

 

しっかり伝えないと。

 

「それで、ヒナに伝言を預かってるんだ」

 

「伝言…シエルから、私に?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『いい加減に立場や私の存在を言い訳に使うのをやめろ』…だってさ」

 

「…!

…あの子は、また、そんな事を…私の…気も知らないで…」

 

「…ヒナ。私ね、前にシエルから『もっとヒナに構ってやれ』って言われてたんだ。

だから…この件が片付いたら、ヒナのやりたい事、たくさんしよう」

 

「…そんな、…私は…そんなの…私は…私だって…」

 

「…ヒナ?」

 

 

 

 

 

 

 

「私だって頑張った!!」

 

「いつも頑張って、どうにかしようとして……

分かってもらえなくても、それでも……

けど私は、結局大事なところで…

 

先生もシエルもずるい…私はあの瞬間もう、ダメで……なのにそんなこと言って…

私だって小鳥遊ホシノや補習授業部みたいに…

 

先生に構ってほしかった、褒められたかった!」

 

 

「…それが、ヒナの本心…なの?」

 

「…えっ、あっ。

ご、ごめん先生、私…」

 

「……ヒナ、ごめん」

 

「え…」

 

思えば、あの海水浴の時だって。

あのヒナの言葉は、彼女の精一杯のアピールだったんだろう。

 

それなのに、私は彼女を休ませようとするあまり、『ヒナ本人』にちっとも向き合おうとしてなかった。

 

先生失格だ。

 

「さっきも言ったけど、この件が片付いたらヒナのしたいことたくさんしよう!

勉強でも海水浴でも、私に出来ることならなんでもするから!」

 

「…え、いや、その…

私、別に成績に問題はないし…海水浴も、多分シーズン的にもう無理だと思う…」

 

「じゃあ水着パーティーしようか!?すぐにでも準備するよ!」

 

「…いや、それも別に………はぁ。

 

…ふふっ。……ねぇ先生、何か私に頼みたい事あるんじゃない?」

 

「…でも、ヒナは…」

 

「大丈夫。

それに…またここで大人しくしてたら、起きたこの子(シエル)にまた文句言われちゃうだろうし」

 

「…じゃあ」

 

彼女に、ごく自然に、ソレが当たり前のように手を差し出す。

ヒナは、その手を取って。

 

「…行こう、先生」

 

 

 

 

 

彼女と二人で歩き出した。

 





シエル「先生×ヒナを確認。ヨシ」

セイア「君は何を言ってるんだい」


次回はいよいよ『アレ』の時間だ。
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