エデン条約編vol.4、完結です
光が溢れる。
眼の前のそれが次々と崩れ、光の中に飲まれ消えていく。
洗礼詠唱。
主の教えに基づき、迷えし魂をあるべき『座』へと還らせる。
物理的な干渉はほぼ無意味であるが、人あらざる存在、主に霊体などへは絶大な効果を与える。
信仰に基づく人類最大の魔術基盤を利用し、ただ力づくに周囲を浄化する。信仰というルールを押し付ける“摂理の鍵”そのもの。
本来そこにあってはならないものは、成すすべもなく消える他無し。
まして、それが本来の人間の世界においても、この世界においても異形とされるものなのならば尚の事。
異形は塵すら残らず、魂も諸共に跡形もなく消え去った。
黒鍵が音を立てて床に落ちる。
それを突き立てられていたモノは既にこの場に、いやこの世にない。
あの連中にどのような力があるのかは知らないが、魂までも消失させる“洗礼詠唱”を叩き込んでやった以上は蘇生も不可能だろう。
最も、連中が蘇生を望めばの話だが。
…さて。
「そろそろ出てきてはどうだ?」
「…既に気づいていましたか。
やはり侮れませんね、貴方は」
どこかの影からトレンチコートにステッキをついた首のない異形と、それに抱えられた後ろ向きの男の写真。
『ゲマトリア』の一員たるモノ、ゴルコンダとデカルコマニー。
「ベアトリーチェの回収に来たのであろうが…一歩遅れたようだな。
いや、
「…ほう、それは、私がマダムを見捨てたと?」
「そういうこった!!」
ゴルゴンダが大きな声で同意してくれた。
…いや、正確に言うとアレは同じセリフしか基本的に言わないのだから同意ではないかもしれないが…まあいいや。
「ベアトリーチェは余りにも
まあ、それはある意味計画を上手く進めていたのだろうが…
彼女は触れてはならないものにまでその手を伸ばそうとしていた。
お前達からすれば厄介この上なかったはずだ…と思うのだが?」
「…驚きましたね。貴女、いつの間にそこまで我々のことを?」
「何、女の勘というやつだ。
私としてもあんなものがやってくることは望ましくないからな」
「―――――しかし、貴女の中には、それ以上の…
………いえ、やめましょう。それこそ我々の望むことではありませんからね」
「そういうこった!!」
「…?」
「―――――しかし、まだこれで終わってはいないようですよ、清川シエル」
「知っているとも。残った
しぶとく残っているアリウスもトリニティの正義実現委員会が…」
「いえ、そうではありません
ほんの僅かながら…マダムは残っているんですよ」
「そういうこった!!」
「―――――――は?」
何だと?
洗礼詠唱を叩き込み魂を消失させ、黒鍵で肉体も塵一つ残さず滅却した。
にも関わらず、アレは残っている?
バカな。
アレの執念はどれほどしぶといというのだ。
「と言っても、アレに残っているのはほんの僅かな魂の残滓。
怒りと恨みの激情のまま暴れまわるだけの獣同然ですが…ちょうど
「………成る程。
そういうことか」
「そういうこった!!」
ゴルゴンダの声を聞くと同時、背を向け先生のもとに駆け出す。
時速何キロ出ているのか知らないが、事態が事態だ。
遠慮なく本気で駆け抜けさせてもらう。
「…推定でも時速60km以上で走っていたのですが…彼女は本当に人間なのでしょうか?」
聖園ミカは見惚れていた。
巨大なアサルトライフルを、蛇腹剣を巧みに操り複製達を次々蹴散らしていく眼の前の男に。
その要因となった一つは、少し前の先生の言葉。
『私の大切なお姫様に何してるの!!』
『………わーーお。』
この天然スケコマシがよ(半ギレ)
…おっと失礼。
年頃の少女が、眼鏡のよく似合う凛々しい男性にそんな事を言われてしまえば胸を撃ち抜かれるのは致し方ないことだろう。
今日この日この時、聖園ミカは恋を知った。
後にこの恋が原因で先生とあれやこれやあるのだが………
まあ、それは別のお話ということで。
「これで…最後ッ!!」
床を諸共に切り裂く蛇腹剣の一撃に、複製が両断される。
トリニティとゲヘナ、そしてアリウス。
3校を騒がせた騒ぎの裏に蠢いていた異形は、ついに最後の一つが討ち滅ぼされた。
「…………っはぁ…終わった。
ミカ、大丈夫…いや、大丈夫じゃなかった。
早く帰ろう。傷の手当しないと…」
「え、ぁえ!?
あ、う、ううん!大丈夫だよ先生!
このぐらいなんてこと…あぅ、痛ぁ…」
「ホラ、無茶しないの。
支えるから、掴まって」
「うぇ!?あ、えーーーーーと…」
(…先生もキザですねぇ。
本当は先生もここまでの道中の疲れと今の戦闘の疲れで倒れそうだったのに)
「(…セブン、それは内緒にしといてね…自覚すると倒れそうだから…)
…ほら、ミカ」
「あ、う、うぅ…ん」
差し出された手に自分の手を合わせる。
それだけ、たったそれだけのことで全身が火照っていく。
恋の力とは偉大なものだと、聖園ミカは知ったのだった。
「ミカ?顔赤いけど…大丈夫?」
「ぇ!?あ、あーーと!!だ、大丈夫!
ちょっとさっきまで戦ってて疲れただけだよ!!平気平気」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「っ!?」
「え、な、何!?」
突然声が響き渡った。
その叫びだけで伝わってくる、怒りと憎悪。
そして、この声は
私は、この声の主を知っている…しかし、アレは既に倒されたはず。
周りにも何も…
「アアアアアアアアアアアアアアアア………!!!」
「…ッ!!アレは…」
青白い塵が一箇所に集まり、足元から肉体を形成していく。
ユスティナ聖徒会の
しかしそれは、本来の色味ではなく、見覚えのある
「ベアトリーチェが…複製に乗り移ったのか…!?」
「アア………アアアアアアアアアアアア!!!」
異形は口をポッカリと開けたまま複数の目をギョロギョロと動かす。
そして、その一つが私を見据え。
「フゥ!!
アアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ッ!!」
「先生!!」
他の目もまた一様に私を捉え。
その手をこちらに向けて振り下ろす…
ズドンッ!!!
「ガァアアアアアア!?!!?」
突如高速で飛んできた何かに、異形がふっ飛ばされた。
吹き飛ばした側のそれは、空中で体制を整え、そのまま真っすぐに落下し。
だん。と、音を立てて。
いつか見たあのポーズで着地してみせた。
「無事か、先生。
それと…聖園ミカ」
「…シエル」
「………」
ミカの表情が少しばかり陰る。
彼女には悪いけど、今回ばかりは大目に見てもらえないかなぁ…
「驚いた。まさか本当にベアトリーチェが残っていたとは。
全てはアレがひとえに弱いのが原因だと言うのに、逆恨みだけでこの世にへばり付き続けるとは…怒りや呆れを通り越して、拍手すら贈りたくなってくるな」
「………それはそれとしてさ、シエル。
今、凄い勢いで突っ込んできてなかった?」
「そうか?せいぜい時速70kmほどだったと思うが…」
「いや十分速いよ!?いくらキヴォトスの生徒でもそこまではできないでしょ!?」
「うーーーーーーん…ツルギちゃんとかなら…?」
「何を言う二人共。私の速力などまだまだだ。
世界には時速90kmで駆け抜けながら正確にロケットランチャーを構えて命中させる男がいるのだぞ?」
「いや誰なのさそれ!?それこそ人間じゃないでしょ!!」
(あのーーーーーーー皆さん。
楽しくご歓談中のところ悪いんですけど…
アレ、まだ生きてますよ?)
「な…」
「まあ、そうだろうな。
あれだけの再生力を持つものに、感情一つでこの世に留まり続ける怪物がついているのだ。
たかが蹴りの一発で倒し切れるわけもないだろう」
「…じゃあどうするつもり?
その理論だと、チマチマ銃撃ってても倒せないことになるじゃん」
「慌てるな、聖園ミカ。
削るのが無理なら…一撃のもとに消し飛ばせばいいだけだ。
…セブン。第七死因を起動する」
(お、アレですか?
でも良いんです?あんなやつ相手に)
「あんなものには過ぎた一撃だが…このまま残り続けられるよりかはマシだろう。
今度こそ、跡形もなく
(…了解です。
失礼しますね、先生)
「あ、うん………」
――――――――主の御名において。第七の死因よ、来よ
シエルの言葉に呼応するかの如く。
粗雑な機械の台が組み上げられ、その上で聖典の武装が組み上げられていく。
「
使用弾頭はコーノカント反応光から劣化ウラン弾に変更。
テキストスロットは転生批判文から新約天使記に書き換え。
ああ、照準は手動形式にしておけ。
あんなものに機能を割いている時間など惜しい」
段々と告げる言葉に従うように、武器を組み上げていく。
しかし、その隙を異形が見逃すはずもなく。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!!」
立ち上がった異形は、その手をシエルに向けて振り下ろす。
膨大な質量と暴力の塊は、しかし。
少女に呆気なく受け止められ、押し返され。
反撃とばかりに撃ち込まれた拳に呆気なく倒された。
「アアアアアアアアアアアア!?」
「何だ?武器のない丸腰の私ならば呆気なく倒せるとでも?
自意識過剰も甚だしいな。貴様ごときに奪える命などないと、貴様ごときに倒せるものなどもういないと、まだ受け入れられんのか?
―――――――いい加減身の程を弁えろよ、雑種」
「あ、アアアアアアアアアアアア―――――!!!」
異形は背を向けた。
本来、怒りと憎しみしかなかったはずのそれが、
どうしようもない『恐怖』に支配されたのだ。
――――――――行く先が違うだろう、害獣
…組み上がった一つの巨大な………
少女の身の丈の倍以上ある巨大な破壊弩弓。
それを、真っすぐに異形へと向け。
光の弦と矢を引き。
「
――――――第七死因“
その破壊力の塊を、照準を、異形の中央に定め。
「――――――今」
放たれた。
一筋の閃光の如く、真っすぐに。
瞬く間に、異形に到達し。
「―――――――主よ。この不浄を清め給え」
激しい光が立ち登る。
一つの清浄の光の矢は、異形という不浄を清めんとし、それの内側から暴発した。
これ程の力に耐えうるものが居るとするならば、それは余程の人外の化物か、それこそ世界の化身たるものぐらいだろう。
まあ、少なくとも今撃ち抜かれたそれは、その程度のものだったということで。
…今度の今度こそ。ベアトリーチェは完全に消滅したのだった。
―――――――――因みに、この後アリウス制圧にやってきていた正義実現委員会に纏めて保護された後、トリニティの面々やゲヘナの面々(主にヒナ)に激しく問い詰められたのは言うまでも無い。
まあ…先生と諸々とは言え目を潤ませながら『無事で良かった』と零すヒナの姿を見ることができたのは役得だったと言っておくとしよう。
終わり。
次回からはまた日常編かな。