都合により一度話を再編いたしました。
今回より改めて、最終編を始めます。
53話
体に、顔に、身につけた衣服に、鬱陶しい雨垂れが降り注ぎ染み渡っていく。
普段なら顔を拭うか早足で駈けて適当な建物にでも避難するところだが、生憎この状況ではその程度のこともできないだろう。
なにせ周囲は廃墟まみれ、おまけにこちらは大怪我ときた。もう意識にだって靄がかかっている、指先の一つすらろくに動かない。
なんで、こんな事になってしまったのか。もうそれすらろくに考えられない。目の前から足音が聞こえ、どうにか重たい頭を持ち上げてそれを見る。
「これで、先生を守るものは何も無い」
目の前には、ずいぶんと様変わりしたあの少女がいた。
幼い子供と勘違いしそうだった小柄な体型はスラリと伸びた大人びた姿に、ただでさえ長かった
頭部から生えていた角は、更に大きさと恐ろしさを増した姿へと変わっていた。
「これで、全部…全部、おしまい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…なんだ、今の夢は」
状況から察するにあれは…かつての私の記憶の最後、『ブルーアーカイブ』のメインストーリーの最終編…その記憶に酷似していた。だが…
「ならばなぜ、ヒナの姿が出てくる?」
『色彩』に侵略され、滅んだ世界で姿のあり方を変えられたのは砂狼シロコのはずだ。もういい加減朧げになってきた前世の記憶でも、ここだけは間違いないと断言できる。
だが…先程の夢は。まさか、これも私が介入した結果だというのか?
それにそもそも、あの夢は私ではなく先生が見るはずの…
と、一人で唸っているうちに本来の目覚ましが鳴り響いた。
即座に喧しく鳴り響くそれを止め、身支度を整える。こればかりは遅れるわけにもいかない、さっさと出発しなくては。
住居であるゲヘナの教会から実に十数分、裏道も利用して早めにシャーレに到着することができた。
このところほぼ毎日と言っていいほど通い続けていることもあり、だんだんとタイムも縮まっているのを実感できる。
勿論通い続けるには正当な理由がある。
これまで先生はこのキヴォトスの様々な学園やその生徒たち、そしてそれらが巻き起こす様々な事件をその手で解決に導いてきた。
アビドスとカイザーの問題、ゲーム開発部と天童アリスの冒険、エデン条約、RABBIT小隊の任務…
そう、私と同じくかつて『ブルーアーカイブ』と呼ばれるこの世界の
そして、最終編…あの“あまねく奇跡の始発点”への条件を、この世界の先生もまたクリアしたこととなる。
となれば、いつあの襲撃が起こってもおかしくはない。
例え世界の流れを変えてしまう結果に繋がろうと、即座に先生を助け出せるように私はこうしてシャーレに通い詰めているというわけだ。
「おはよう先生。」
「おはようシエル。早速仕事を…といきたいところなんだけど」
今日は少し予定が変わってね、と頭をかきながら先生が立ち上がる。なにか予定でもあったか、とかつての記憶を探ってみるもそれらしいものは思い当たらない。
エデン条約の時もそうだったが、思いの外記憶がおぼろげになってしまっているようだ。
キヴォトスに来てかれこれ十数年の弊害というやつか。
「予定…また他の学園のトラブルでも?」
「いや、そういうのじゃないんだけどね。
ちょっと連邦生徒会…リンちゃんのところに行こうかなって」
「ほう、何かトラブルでも?」
「そうじゃなくて…うーん、信じてもらえるかどうか分からないんだけどさ。
このところずっと同じ夢を見るんだよ」
…そうか。やはりそのあたりは変わっていないらしい。私自身もそのことはしっかりと思い出せる。
『色彩』によって終焉へと導かれた並行成果、変貌した砂狼シロコのあの夢を…
「雨の降ってる中で、周りは瓦礫だらけで…
ヒナに銃を突きつけられてる夢なんだ」
「――――は?」
どういうことだ。先生もあの夢を?
いや、そもそもなぜ砂狼シロコの存在がヒナにすり替わっている。
…いや、
私はあまりにも空崎ヒナという存在に、そしてこの世界の物語に干渉しすぎた。
バタフライエフェクト。蝶の羽ばたきによって起こるほんの僅かなそよ風が、遥か彼方の大地で竜巻を巻き起こす…という可能性をもとにした理論。
『僅かな干渉が分岐点となり、遥か先で大きな出来事や改変を起こす』…歴史の改変を扱う作品では定番中の定番だろう。
ならば、私という存在がこのキヴォトスに与えた影響は計り知れない。
だが、並行世界にまで影響を及ぼすものだというのか…?
「シエル?大丈夫?」
「む。ああ済まないな先生。つい驚いてしまった。
いやしかし、ヒナが先生に銃を突きつけるなど、それこそ天地が逆さまにならなければありえないような話なのでな…」
「そこまで言わなくても…まあ、そういうわけだから念の為リンちゃんに伝えに行こうと思ってね」
「ふむ。そういうことだったか…
了解した、私も護衛として同行させてもらおう」
「え。いやいやそれはいいよ、連邦生徒会もそんなに遠くないしさ…」
「不吉な夢は凶兆と言うだろう?ならば先生に付いていた方が万が一に備えられるかと思うのだが」
「いや、でも、ううん………」
「ってことなんだけど…」
「………先生の見た夢、ですか。
それが予知夢だと?」
「信じられないというのも無理はない。が、私の知る限り、残念ながら先生の悪い予感というものはよく当たる傾向にある」
「残念ながらって…」
「…………先生。なぜ清川シエルさんが一緒にいるのですか?」
「本日のシャーレの当番だ。不吉な夢を見たとあっては先生に万が一、ということもある。
念の為の護衛というものだよ」
瞳を閉じ顎に手をやり、少し考えた後「分かりました。こちらでも連邦生徒会のデータや過去の記録を調べてみます」とある程度の協力を約束してくれた。
まあ、その後先生の『リンちゃん』呼びにはお怒りだったが。
「…リン代行。連絡先の交換をさせていただけないか」
「?…それも『念の為』ですか?」
「そういうことだ。
備えあれば憂いなしとはよく言ったものだろう?“信頼できる連絡先”は増やしておくに越したことはない」
「……そういうことでしたら、分かりました」
「では――――」
――■■■る。
――■■来る。
――■が来る。
「――さん、清川シエルさん!」
意識が引き戻される。
脳を介し視界にノイズが走り、聞こえないはずの声が耳に触れた。
なんだ、今のは。
明らかに一瞬、されど確かに意識が吹き飛んでいた。
頭を振り意識を覚醒させる。
すまない、とリンに謝罪し改めて連絡先の交換を行い、連邦生徒会を後にした。
「シエル、大丈夫?
ここのところずっと来てるから調子悪いんじゃ…」
「…少なくとも、自覚できるような不調は無かったのだがな。
今朝にも妙な夢を見た…夢見が悪かったことが時間差で影響したのかもしれんな」
「…辛くなったらすぐに休んでいいからね」
「フッ。常に働き詰めのような生活をしている先生に言われてしまっては終わりだな。
―――だが、そうだな。また明日のこともある。本日はこれで一旦帰るとしようか」
「そうまで無理して来なくても…」
シャーレを出て帰路につく。
ぼんやりと空を眺めながら今朝の夢や先生の見た夢の事を思い出してみた。
あの夢に出てきた人物は砂狼シロコではなくヒナだった。であれば、色彩の襲来と共にやってくるのは彼女なのか?
それに、何故私があの夢を見た?あの夢を見るのは先生のはず。
…まさか、私も曲がりなりにも“先生”だから、とでも言うのか?
だとしたらとんだ笑い話だろう。こんな大人でもない子供でもない、何かを救うことも導くこともできない紛い物にどうしろというのか。
―――■■を■せ。
■前たちが■にあ■■とは許■れない。
■はこの■界に一■■な■れば■ら■い。
…!!
またしても頭痛とともにノイズが走った。
脳に手回し式のドリルを突き立てられゆっくりと掻き回されているような気分だ。
入らないチャンネルのように視界は砂嵐に奪われていき、耳には聞こえもしないはずの声が喧しく響く。
―――■けて。
―――助けて。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助け
ぷつん。