最終編第二話です。
お楽しみください。
目を覚ます。意識がはっきりしていくうちに、鼻をつく消毒液の匂いを認識した。
このような匂いの充満するような場所など一つしかない。加えてこの天井や背に触れたもののの感触からしても、ここは病院だろう。
問題はなぜ私がそのような場所にいるのかだ。
自ら受診に来た記憶もなければ、このような状態にされるような症状になった覚えもない。
――そうやって答えを探っているうちに、看護師らしき女性が部屋に入ってきた。
「あ、目を覚まされたんですね。
ええと…念の為お気聞きしますが。ご自身のお名前や在籍している学園、ご住所などは分かりますか?」
「…ゲヘナ学園風紀委員会所属、清川シエル。住所は――」
と、自分の記憶で確かな所を答えていく。看護師は「ひとまず記憶や脳の方に問題はないようですね」と安心したようにふう、とため息を一つこぼした。
そうだ、それよりも私は聞かなければならないことがあるはずだ。
「起きて早々悪いのだが…なぜ私は病院に?」
「あら、やっぱりそこは覚えていらっしゃらなかったんですね。
清川さん…貴方は、昨日の夕方に突然倒れたんですよ。それで近くを通ってた市民の方が救急に連絡して…それから今の今までずっと眠っていたんです」
昨日、街中で…そうだ、シャーレの業務を妙な頭痛を理由に早めに切り上げ、帰路についていたところで再び…あのときに失神していたのか、私は。
――――待て。昨日からずっと…だと。
ならば、今頃先生は…!!
「失礼、先約を思い出した。今すぐシャーレに向かわなくては…」
「えっ!?イヤ駄目ですよ!記憶障害はないかも知れませんけどまだ身体的に不調があるのかも知れないし、一度検査をして…」
「すまないが…それは
近くのクローゼットを開く。幸いな事に身に着けていたカソックとコート、ロザリオはそこにしまい込まれていた。担当が面倒くさがったのか銃や黒鍵の柄も同じく収納されていた。
すぐさま患者用の服を脱ぎ捨て、カソックとコートのいつものスタイルに早変わりだ。
そのまま窓を手早く開き、その隙間から飛び出し。
着地とともにシャーレにたどり着くという目的一つに目掛けて駆け出した。
「……ここ、5階なんですけど…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
連邦捜査部シャーレ、そのヘリポート。
そこに駐められた戦術輸送ヘリコプターに先生は乗り込もうとしていた。
「どうぞ先生。足元にはお気をつけて」
「うん、よろしく。」
先んじて迎えにやってきたヴァルキューレ生徒が手を差し出す。
先生はその手に自分の手を乗せ
―――る直前。ぱん、とシャーレではごく当たり前になった音が響き。
ヴァルキューレ生徒の手に風穴を開けた。
「…へっ?ぎゃっ!?」
「な、何がっ!?」
その事実に呆気にとられた刹那の隙に、おそらくSMGであろう銃から放たれた弾丸がその身躯を捉え吹き飛ばす。
その隣で驚きの声を上げたもう一名も例外なく。
ただ一人、先生を残し無事なものはその場になくなった。
「…間に合った様だな」
「…シエ、ル?
一体何を…」
「すまないが先生、それを説明できるだけの猶予はない。今は…」
シエルはその言葉と共に懐から携帯を取り出し、そのカメラでヴァルキューレ生徒と戦術輸送ヘリを撮影した。
その直後に先生に駆け寄り、彼を自身の背に抱え…
「―――この場からの逃走が最優先事項だ」
「えっ、ちょ待っ」
空中に身を投げ、逃走を敢行した。うわああああ、と先生の悲鳴がだんだんと遠く小さくなり、やがて聞こえなくなった。
その事実を確認したヴァルキューレ生徒…に変装したカイザーPMCは、自身の通信機能を使いどこかへの連絡を図った。
『ジェネラル!こちら確保部隊…先生を、撮り逃がしました』
「………状況を詳しく報告しろ」
『は、はい、それが…ヘリポートまで案内し、乗り込ませる一歩まで行ったのですが、その…
どこからともなく先生に味方する生徒が現れ、その人物が先生を連れて…』
「…逃げた、と?地上から遥か高くのヘリポートから?現実的な話ではないな」
『え、ええ、我々もどうすればいいのか…とはいえ、ここから飛び降りて無事で済むはずもないでしょう、すぐに捜索を』
「いや、少し待て。
…お前たち、その『先生を連れ去った生徒』のデータは?」
『え、ええと…あ、有りました!データ照合、ゲヘナ学園の…清川シエルです!』
「そうか。それが分かればいい。なんの問題もない」
「…本気で言っているのですか?このままでは先生を連れて連邦生徒会にたどり着くでしょう。
そうなれば、あなた方もタダでは…」
「そうだな、防衛室長。だが…清川シエルもまた、褒められた手段で先生を救出したわけではあるまい?
いかにしてこちらの計画を突き止めたのかは知り得ないが…やはり所詮は子供、詰めが甘い」
ジェネラルと呼ばれた軍服のPMCは自らの通信機能を起動し、どこかへ連絡を行った。「…ええ、では、計画変更ということで」という声でその通信を切ると、また別の連絡先に通信を試みた。
「………ああ、転送されたデータを元に…そうだ。
安心しろ、なにせお前たちは『正義の警察官』だ。世間が信用するのはどう考えてもお前たちの方だろう」
「…?」
物語はその形を大きく歪めようとしていた。
少なくとも、それを知るものはこの場には無かったが。
それから暫くの後、とある事件がニュースへと早変わりしキヴォトス全土に駆け巡った。
内容は、『連邦捜査部シャーレの先生、誘拐される』。
犯人とされているのはゲヘナ学園の清川シエル。
…シャーレでシエルが先生を連れて逃亡してから5分にも満たない間の出来事だった。
そしてその直後、『清川シエルが指名手配犯に登録された』ことが報道された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「り、リン先輩!その」
「分かっています。まさか、先生が…」
当然、そのニュースは連邦生徒会にも届いていた。
現在キヴォトス全土に発生した高濃度のエネルギー体…それらについて話し合うための『非常対策委員会』に招かれていた先生が、とある生徒により連れ去られた。
平穏を大きく乱すにはあまりにも十分すぎる事件。
連邦生徒会は大いに荒れていた。
そして、それはこの場に招集されていた各学園自治区の代表者達も例外ではなかった。
…約数名を除いて。
「キキ…キキッ、キヒャハハハッ!
そうかそうか、アイツめ、ついに本性を出したか!!」
「…こんなときによく笑っていられますね、マコト先輩。仮にも先生が連れ去られたなんて、キヴォトス全土を揺るがしかねないような大事件ですよ?
もう少しぐらい慌てるふりでも出来ないんですか?」
「キキッ、何を慌てる必要がある。
清川シエル…連れ去った犯人は明らかだろう。仮に風紀委員会が味方につく可能性を考えても、攫った相手が先生というのならば味方となるのが多いのは明らかにこちら側だ。
前々から先生との距離感が近く怪しいとは思っていたが、ついに尻尾を出したわけだ!よりによって最悪なタイミングでな!!」
「…仮にシエルさんが先生を連れて行ったのが事実として、その理由や動機はどうするんですか?
あの人は私の知る限り先生に執着するような人ではありませんよ」
「フン、そんな先の話など後回しで構わん。
重要なのは『清川シエルが先生を連れ去った』という“事実”だけなのだからな!キャハハハッ!!」
愉快そうに高笑いを上げるマコトに反し、トリニティ…聖園ミカは何かを考えるように黙り続けていた。
「ついにこの私が…羽沼マコトが名実ともにゲヘナの全てをその手に収める時が来たのだ!
さあ帰るぞお前たち!すぐさま万魔殿の全総力を持って主犯を捉え、風紀委員会を廃し…」
と、高らかに宣言しようとするマコトの言葉を気にもとめていないかのように…いや、実際にどうでもいいのだろう。
とにかく、聖園ミカは立ち上がって部屋の出口へと歩いていく。
「ミカさん、どちらに…」
「んー?別に?
ちょーっと、攫われた王子様を助けに行くだけだよ☆」
「キキッ、善は急げというわけか。
良いだろう聖園ミカ!我々万魔殿も全力で協力し「そういうのいいから大人しくしててくれる?」…何だと?」
「私さ〜一人の時に全力が発揮できるっていうの?連携とかそういうの苦手なんだよね〜。うっかり味方を巻き込みかねないっても言うのかな?
あとさ。それで周りにゲヘナの連中にウロチョロなんてされたら…それこそ、誰が敵か分かんなくなってみーんなぶっ飛ばしちゃうかも?」
「「「「…………」」」」
「ま、そういうことだから☆
先生とシエルちゃんは責任持って私が連れて来るよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゲヘナ風紀委員会本部…
「委員長!気持ちはわかりますが落ち着いてください!!ここが何階だと…あっ、ヒナ委員長!!」
「アコちゃ…行政官!!今、ニュース…!!」
「それぐらい分かっています!!それよりもヒナ委員長が、今…!」
たった今やって来たイオリは、部屋の中を見渡すも風紀委員長…空崎ヒナの姿は見当たらなかった。
が、その後ろ…天雨アコが立っている開かれた窓を見て、一つの予感が脳裏によぎる。
「…まさか、委員長。
「分かったならすぐ委員長を追いかけてください!!」
「りょ、了解!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(シエル…)
空崎ヒナは、駆けていた。
例の如く、山積みの仕事に追われていた最中、突如飛び込んできたニュース速報。
『清川シエルが、先生を連れ去った』。
それは、彼女が動く理由としてはあまりにも十二分すぎた。
地上から遥か高い風紀委員会の業務室から飛び出し、背中の羽を飛行用に広げ滑空。
その勢いを殺すことなく地上に着地した瞬間、そのまま移動を開始。
先生とシエルが現在もいるであろうD.U.に向かっていた。
(一体、何があった…ううん、何が起こってるの?)
空崎ヒナは、清川シエル本人を除く人々の中で最も彼女のことを知っているという自負があった。
シエルが悪意を持って先生を連れ去ることなどしない、そうなったとしても其処に至るまで明確な理由があるはずだ。
その事実を確かめるため、ヒナはシエルと先生のもとへ駆けてゆく。
ぐらり、と地震のような揺れが起こったような。
そんな気がした。
「…?」
一瞬、ヒナもまた違和感を感じ立ち止まる。
が、すぐに移動を再開し…ようとした時。
眼前を、赤い光が包んだ。
「っ、何…!?」
目を焼くような色のそれを防ぐため、思わず腕で目元をまるまる隠した。光が収まり空を見上げる。
空は本来の色を失い、先程の赤と混ざった紫じみた色へと変わっていた。…そして、変化はそれだけではなく。
先程まではまるで姿形も無かった人型が眼前に立っていたのだ。
それは人の形をしながらおおよそ人の気配を感じられないもの。デスマスクのような鉄仮面に顔は隠れ、身体を隠す巨大なローブから僅かに包帯に覆われた左腕が、辛うじてそれが人である事実を認識させていた。
だがそれはやはり人の形をしているとわかるだけ。たしかに其処にいるのに、まるで生きていることを感じられなかった。
『委員長!ヒナ委員長!返事をしてください!』
「…!アコ―――」
ぷつり。
『委員長…?委員長!
どうしたんですか、何があったんで…ヒナ委員長ッ!!』
そこにはもう誰もいなかった。
人型の何かも、空崎ヒナも、キヴォトスから居なくなった。