それと歌詞って考えるのむっずい(笑)
とある依頼を終えて帰路につく途中ウィッチャーは広場にある空き箱の上で弦楽器を奏でて歌う吟遊詩人の姿を視界の端に捉えたが、その歌の歌詞を聞いて思わず体が固まった。
「おお、さすらいの剣士よ、魔法の剣士よ
鷹の目にて忍ぶ闇の眷属を
睨み付け、飛び掛かり、大立ち回り
弓手の魔術にて妖魔を貫き
馬手の剣が舞い踊りて切り伏せる
化外の者達よ、目に物を見よ!
暗雲打ち払いし英傑の勇姿なり!
二刀操るこれぞ騎士の鑑!
おお、さすらいの剣士よ、魔法の剣士よ
順風耳で息潜めしならず者の
息遣いを聞きつけて、いざ、成敗
弓手の魔術にて山賊を縛り
馬手の剣が枷を叩き切る
怪異の首級をば荷鞍に詰めて
彷徨の歩みは止まらぬ
穏やかなる双月に見守られ
今宵向く剣の切っ先はいずこ?」
馬の手綱を握るのも忘れて遠ざかりながらもその歌とそれに続く観客の拍手喝采を最後まで聞いてしまったウィッチャーは、あまりの出来事に数分呆然としていた。だがやがて腹を抱えたまま馬から転げ落ちんばかりの大笑いを始めた。
鷹の目?順風耳?暗雲打ち払いし英傑?騎士の鑑?
余りの笑いぶりに歩き過ぎる旅人や商人が奇異の目を向けるが、今のウィッチャーはそれどころではない。とても自分の事を吟じているとは思えない文言だ。自分は随分と大層な
その落差は正に笑劇、道化芝居もかくやと言ったところだ。
まったく、一体誰があんな歌を考え付いたのやら。二刀と魔法を操る部分は正しい。だが英傑だの何だの余計な尾鰭も一緒に付いてしまっているのがこそばゆいというか、馬鹿らしいというか。兎も角進んで聞きたいような歌ではない。
ウィッチャーは船乗りが歌うような捕鯨の歌や、港町に残した愛人の歌、酒盛りの後始末の歌など、口笛を吹いて何も考えず軽快に繰り返せる曲の方が好みなのだ。他の銀等級や金等級冒険者の活躍を綴った英雄賛歌ならまだしも、自分を讃える歌詞など聞いているこちらが恥ずかしくなる。
一頻り笑った後に息をつき、ギルドへ依頼完了の報告をしに今度こそ帰った。
「ウィッチャーさん、お帰りなさい。今日もお疲れ様でした」
「ああ。ところで帰る道すがら歌を聞いたんだが。騎士の鑑だの鷹の目だの、えらく誇張が過ぎる言い回しの歌詞だった」
あれですか、と受付嬢は笑う。「少しずつですが、流行っている歌の一つみたいですね。」
「流行り廃りなどには興味が無い。何故そんな歌が世に出回っているのかが甚だ疑問だ」
「それは勿論、ウィッチャーさんの仕事ぶりが好評だからに決まっているじゃないですか。当時私はお休みだったのですが、報告を受けた同僚から聞いていますよ、妖婆の企みを見抜いて犠牲者を出さずに倒したと」
発端となった可能性が一番高いのはそこか。まったく、余計な事をしてくれたものだ。だが化外の物はどこからでも忍び込めると言う良い教訓になっただろう。あの事件を機に村を守る為の諸々の防衛措置を取ってくれれば今後は大して問題も起きまい。
「あれは偶然そのような運びとなっただけだ。そもそも銀に対してあの様な反応をする保証もどこにもなかった。倒せたのは事実だが、もし依頼人と関係者各位がグルだったら妖婆諸共撫で斬りにしていたかもしれん。そうじゃなかったのは、ただ幸運だったとしか言いようが無いな」
ウィッチャーとは金を貰う為にモンスタースレイヤーの仕事をする。報酬を貰うこと以外は基本的には何も期待していない。してはいけないのだ。
「運も実力のうちって言うじゃないですか、それに確実な仕事をしてくれる冒険者がいますよって宣伝にもなりますから、ご指名のお仕事も来るかもしれませんよ?それは別に困りはしませんよね?名主になり替わろうとした妖婆が所属していた
ぐうの音も出ないその弁舌にウィッチャーは閉口せざるを得なかった。確かにその通りである。モンスタースレイヤーの腕前や仕事の確実さは口伝てで広まる。その手段の一つが歌である。ただ武勇伝を語り聞かせるよりよほど印象的だし、記憶に残りやすい。
「まあまあ、そのうち慣れますよ。それはそうと、今日こそ受けて貰いますからね、昇格試験」
受付嬢の笑みに気迫がこもる。
そうだった。そういえばそんな話もあったな。ウィッチャーは仕事に集中するあまり、今言われるまでここ半月ほど失念していた。既に自分は昇格試験を受ける資格を手にしていると。
「名主の妖婆騒動の一件で当事者からギルド宛てに手紙も何通か来ているんですよ、まだ白磁等級なら是非とも昇格させて他の困っている人達の一助になるように取り計らってくれと。冒険者ギルドとしても優秀な人材をいつまでも遊ばせておく理由はありませんし」
「承った。二階の応接室でいいか?」
「はい、係の者が参りますので、お待ちいただければすぐにでも始めさせていただきます」
「では上で待とう」
ウィッチャーは二階に続く階段を軽い足取りで駆けあがっていく。数分と経たないうちに受付に配属されている男と、金色の天秤の形をしたペンダントを持った監督官が身の丈ほどもある槍を携えた冒険者を伴って入室した。
「どうも、ウィッチャーさん」
「度々審査を延期してすまない。こうも仕事が途切れないと、つい、な」
「いえいえ、やる気があるのは大変結構な事です。ギルドとしても助かっていますよ、塩漬けになる依頼が減って。どうぞお座りください。これより昇級審査を始めます」
今日も今日とて数多の冒険者で賑わうギルドの扉を開けたのは、ゴブリンスレイヤーだ。勿論、ゴブリン討伐の依頼を数件終えて帰って来たところである。本日の討伐の合計数は実に九十と三匹。最近身体的、精神的な損耗が殆ど無いのはやはりあの不思議なウィッチャーを名乗る冒険者から金とゴブリンに関する知識と引き換えに譲り受けている爆薬が大きく貢献している。そしてどれも不意打ちでは広範囲に効果を発揮する。主に取引している爆薬は三種類。
閉所にいるゴブリン達を死滅させる毒をまき散らす『悪魔のホコリタケ』はゴブリンの幼体や残党狩りに丁度良い。自作の目潰しと併用したり、手持ちの目潰しが切れた時に使っている。
炸裂と同時に炎を発生させる『踊る星』はゴブリンの死体を燃やしたり、錬金術師が作る
『北風』は恐らく一番使い勝手がいい、ゴブリンスレイヤーも気に入っている爆薬だ。相手の動きを封じるだけでなく極寒の冷気で敵を凍死させる事が出来る。囲まれた時や一旦撤退するのに実に好都合だ。ゴブリンシャーマンがもし
作り方を教えて欲しいと頼んだこともあるが、断られてしまっている。曰く、作り方がえらく面倒で熟達した者でも時間がかかる上、失敗すれば痛い目に遭うらしい。
手引書が手に入らないのは惜しいがそれは諦めている。爆薬の完成を待つ間にゴブリンは村を襲い続ける。なくてもやる事は変わらないし、なくてもウィッチャーに会う前から手持ちの道具と鹵獲したゴブリンの武器を使っていつもやりくりしてきた。
あるなら、そして使えるなら、使う。
無いなら、そして使えないなら、使わない。それだけだ。
馬屋でゴブリンがいないのを確認すると、身に付けた鎧を少しずつ外していく。鎖帷子が無視できない程に傷んできている。鎧の方も特に左の肩当、籠手、そして胸当てが石礫や矢を受け切り続けた所為でそこかしこがへこんでいた。楯も恐らく後、二、三度修理をすれば新調せねばならない。兜も幾度か殴打を食らった所為かへこみと汚れがかなり目立ち、固定する為の革製の顎紐も摩耗が激しい。
今一度辺りを見回してゴブリンがいないのを見極め、装備を抱えて馴染みの武器屋の扉を開けた。
店主の翁は客が誰か見るや否やテーブルに置いとけと言い捨てて曲げている最中の鉄を炉の中に押し込んだ。無言でいつも出している修繕費を巾着から取り出して装備の隣に置くと、既に直してもらった瓜二つの予備の鎧を受け取って身に付ける。
「今回はいつもより来るのが遅かったじゃねえか」
「ああ。使い勝手の良い道具を売ってもらっている分、摩耗の度合いが減った」
「そうかい。道理でいつもより派手にぶっ壊れてねえわけだ。ま、今回は細かい修繕もしとくから、いつもよりちぃっとばかし待ってもらうぞ」
「分かった。頼む」
身に付けた鎧の調子を確かめて満足したのか、樽に無造作に置かれている数打ちの剣を選んで腰に差し、退店した。
休息をとらねばまた受付嬢にどやされて仕事を斡旋してもらえなくなってしまう。なので今日は小休止の日だ。だがその前に下宿させてもらっている牧場の辺りを見て回らなければならない。
柵が壊されていないか?牛の数は合っているか?付近に血痕や、ゴブリンの足跡は無いか?
ぐるりと一周してからまた一周、そして更に一周。ゴブリンが隠れそうな所を探し、石垣で崩れた部分があれば改めて積み直す。
後は泊まっている納屋で消耗した目潰しなどの道具の作り置きを済ませれば、ゴブリンスレイヤーの一日は終わる。
後は、帰りを待ってくれている人の元へ帰るだけだ。
そしてシチューが食べたい。特にこれと言った理由は無いが、今日は無性にそれが食べたくなった。