そしていよいよ原作開始一歩手前となります。お待たせいたしました。何人生き残るか、誰が生き残るかは骰子の出目次第・・・・・・
ウィッチャーの朝は早い。朝日と共に起床するのだ。
起きてまずするのは柔軟体操と装備の点検、更には冒険者ギルドの裏にある修練場での素振り鍛錬、後に井戸で水浴び、そして朝食。普段はどこぞの開いている飯屋に行くがまだ早いので手持ちの食料や仕込み中の市場で形の悪い売り物にならない果物などを格安で譲ってもらう為、費用対効果は中々良い。足りなければギルドの食事処が開店したところで喰い足すだけだ。
首から下がる
しかしそれに書かれていない事もある。時には動物を使役して外敵や獲物を襲わせることなどの肝心な項目が。事実、二人目、三人目は何らかの魔法の道具でアウルベアの番いを使役していた。普通の熊すら餌にするその獣にはかなり痛い目に遭わされた。幸い二頭とも妖婆同様倒すことは出来たし、害獣と認定されている以上倒した事で近隣の街道や村落の安全確保に一役買っている。
何よりその死骸の毛皮で鎧の部品を、骨で小型クロスボウの材料も調達出来て武器屋の翁の鼻を明かしてやったことが実にいい気分だ。害獣駆除による臨時とはいえ大きな収入も手に入り、今週は幸先がいい。
いつも仕込みをしに来るギルドの酒場の料理長と女給に幾ばくかの銀貨を払い、簡単な料理の指南も時折受けている。ウィッチャーは元々出生が上流階級であった為、幼い頃から舌は肥えていた。修業中は薬草のスープやら霊薬やら、変異誘発剤を絶えず飲まされた所為で味が分からない日々が年単位で続いたが、味覚が戻る頃には旨味のある物を食したいと度々腹がせっつくのだ。作って貰うのも良いが、やはり野営中に自分で作れるに越したことはない。美味い物を食せば自ずと士気も上がる。
「あれ?ウィッチャーの旦那、今日も早いね」ギルドで働いている女給が声をかける。
「ああ。昔から寝つきが悪くてな。眠る為の薬も効きが悪い。こればっかりはどうしようもなくてな」
「まあ二日酔いでまともに依頼をこなせないよりはマシだけど。でもこんな時間、起きてるのは牧場とか農場で働いてる人ぐらいだよ?」
「言わないでくれ、自覚はある」
体質もあるが、これもウィッチャー特有の生活習慣病ともいえる。モンスターは春夏秋冬、朝昼晩と湧き出て来る。それを迎え撃てる最高の時間帯に間に合わせる為に寝ずの行軍や夜に備えての昼寝、瞑想などは当たり前だ。加えて相手にするモンスターによっては夜通し戦い続ける事もある。
例えば初めてレイスを一人で相手取った時にはまだヌーンレイスかナイトレイスか一目で区別がつかなかった事があり、それで何度か命を落としかけた。ヌーンレイスを太陽が天頂についた時に戦いを挑んだり、ナイトレイスを草木が眠る深夜に死体を漁って叩き起こしたりした時など、模範的な自殺行為にあたるそれだ。
極めつけは過去二度に渡って経験したストリガ退治である。幸いこちらに渡ってからは遭遇した事は無いし、またそう言った依頼も無い。ありがたい事だ。
ストリガとは呪いをかけられた女がなるモンスターの一種であり、何がきっかけでそうなるのか、未だウィッチャーや魔術師達の間でも原因は議論されている。分かっている事と言えばボッチリングなどの呪縛生物と似た性質があるということぐらいだ。
体躯は大の大人を一回りは超えており、人型ながら四足歩行で獣の様に素早く移動し、人間程度なら爪と牙で羊皮紙を破り捨てるが如くバラバラにしてしまう。唯一見える人間としての名残は乳房と変色した赤い頭髪である。
通例の依頼であれば討伐して欲しいというが、場合によってはストリガを殺さず呪いを解いて欲しいという依頼も少ないがある。相対する事自体ウィッチャーにとっても危険極まりないが、後者の危険度は前者の比ではない。
今の所確認されている呪いを解く方法はただ一つ。ストリガを寝床である石櫃に帰らせぬよう殺さない程度に妨害し続け、夜明けに一番鶏が三度鳴くまでそれを維持継続しなければならない。
一番手っ取り早いのがストリガの寝床を見つけて先に中に入り、各種印を使って妨害、更に
幸い印の才能は抜きん出ていたおかげで
温めの茶が入ったカップを出した女給に礼を言い、それを啜りながら本の続きを読む。
「それより聞いたよ、白磁から一気に鋼鉄に上がったって。旦那、今日の依頼はどうすんの?思い切って割高の冒険、しちゃう?」
「そうだ、と言いたいところだが・・・・・・生憎、麗しの受付嬢はアウルベアから受けた傷が完全に治るまで仕事は斡旋してくれない。丁度今日包帯が外れたから肩慣らしに別の依頼を探す。久々にゴブリンスレイヤーと行くのもどうかと考えている」
えー、と女給は顔を顰める。「あのゴブリンゴブリン言ってる変な奴と?もっとマシな冒険しなよ、旦那。あんなんといてもつまらないでしょ絶対」
「あんなんでもかなり博識だ。ゴブリンに関する知識は勿論だが、俺が知らない武器術や薬草も知っている、中々芸達者な奴さ。つまらないなんてことは無い。少なくとも俺は毎回得る物がある。まあ討伐する分のゴブリンまで取られることはあるがな。とっつきにくいが、悪い奴ではない」
でなければ銀等級まで登り詰められた説明がつかない。少なくともギルドは在野最高位の序列に連ねても何ら問題は無いと判断している。腕っぷし以外の、相応以上の理由があるのだろう。
「む~、でもなあ・・・・・・旦那ならもっと、こう・・・・・・あるじゃん」
女給は身振り手振りで言わんとする事を伝えようと躍起になっているが、ウィッチャーはその手に銀貨を一枚と銅貨数枚を握らせて止めた。
「気遣いは嬉しいが、これでも人を見る目には自信がある。そこまで心配ならついて来ても良いんだぞ?」
「旦那は好きなお得意様の一人だけど、やなこった」
べー、と女給は舌を出してウィッチャーをからかい、厨房の方へと引っ込んだ。しばらくしてから干し葡萄を生地に混ぜたパンを二切れと塩豚、そして皮を剝いて切った林檎を乗せた皿を持ってきた。
「にしても、旦那ってよく食うよなあ。それで太りゃしないんだから羨ましいよ」
「依頼で激しい運動をしてるからな。壁に叩きつけられたり、頭を剣でかち割ったり、後は――」
「ああ、うん、もういいもういい。分かってるから。あ、最後に料理長ともっかい仕込みの確認しなきゃいけないから、旦那も頑張って売り上げに貢献しておくれよ!」
「気が向いたらな」
女給が去ると同時に、外の喧騒が聞こえ始める。毎朝恒例の依頼取り合戦がもうすぐ始まる。自分はどうせ余り物から選ぶのだから特に急ぐ様子は無い。こうやってゆっくり茶を飲み、食事をするのにもようやく慣れ始めているのだ。師匠がやっていたように窓際で日の光に当たりながら本を読んで肩の力を抜くのも中々どうして、楽しいものがある。
女給が出してくれた軽食を食べ終え、辞典の目当ての項目を一通り一読したところでウィッチャーは立ち上がり、受付の方へ向かった。
「ウィッチャーさん、おはようございます。それと改めて昇格、おめでとうございます」
「ご丁寧にどうも。いつも朝早くに来てしまってすまない。依頼をこなしていない時は何かと手持ち無沙汰になってしまって、目当ての本を読める場所はここぐらいしか無くてな」
「いえいえ、傷が治るまで大人しくしてくれるって言いつけを守ってくれるんでしたら、それぐらいなんてことないですよ。それで、本日はどのような依頼をお受けしますか?」
「何か肩慣らしになる物があればいいと思うんだが、ゴブリン退治の依頼は無いか?」
「ありますよ、一杯」
ほら、とカウンターの後ろにある書類の束を持ち上げて見せた。
「ゴブリンスレイヤーが依頼を受けた後でまだこれか」
ウィッチャーは、相変わらずだな、と嘆息する。勿論金払いのいい仕事であるとはお世辞にも言えないが、他のモンスター、例えばレイスや死体を食う為に墓を荒らすネクロファージなどを呼び寄せない予防措置となる。それらはいくらなんでも駆け出し冒険者には荷が勝ちすぎる手合いだ。
怪物図鑑をゴブリンスレイヤーが改訂すれば、配布に時間はかかれども少なくとも識字率が高い社会階級に属する者達への注意喚起には多少なりともなるだろうに。実に勿体無い事だ。
「実はゴブリンスレイヤーさんも来る前に白磁等級の冒険者の四人組がゴブリン退治の依頼を受けたんですけど、ちょっと心配で」
「ほう。それはまた何故?」
「一党の構成は前衛に剣士と武闘家、後衛には神官と魔法使いとバランスは良いんですけど、お金が無いのを理由にポーションを一つも持っていないらしいんです。それに、こう言っちゃなんですけど・・・・・・どこかゴブリン退治を甘く見ているんじゃないかって」
「ゴブリン退治ぐらいなら楽勝、みたいなことを言ってたか?」
「はい」
ウィッチャーは思わず笑いそうになったのを咳でごまかした。
「死ぬぞ、そいつら。少なくとも二人は。ちなみに男女の比率は?」
「男一人、女三人の編成でした」
「訂正する。運が悪ければ全滅するぞ。ただ死ぬだけならまだいい方だ」
聞けば聞くほど嫌な予感しかしない。ゴブリンからすればカモがネギと鍋を背負ってやって来ているようなものではないか。
「この事、ゴブリンスレイヤーは?」
「一応依頼の手続きの際伝えておきましたが、もう別の冒険者が依頼を受けているなら、自分の依頼を終わらせてから様子を見に行く、と・・・・・・」
「まあ、それはそうだろうな」
ゴブリン退治しか引き受けないとはいえ他の冒険者が既に正規の手続きを経て依頼を受諾したのだ。ならば一党の一員でもない、それも在野最高の銀等級が横槍を入れるのはルール違反ではないにせよ、故意による仕事の横取りは偶然のバッティングならともかく、冒険者同士の暗黙の了解に抵触する。それを弁えた上での判断なのだろう。
「なら俺も、先輩を見習って自分の依頼を先に片付けるかね」
「そうですか・・・・・」と受付嬢は僅かに肩を落とす。
「その新人共の依頼先を経由して、な」
「本当ですか!?」途端に受付嬢の目に光が戻り、落ちた方が大きく持ち上がる。
「ああ。流石に死ぬ可能性が既にでかい奴らを放っておいて後々レイスにでもなられたら寝覚めが悪い。依頼ではなく非正規のお願いである以上、介入して後から何らかの処分がある、なんてことにはならないだろうな?」
「そこは私が責任を持ってきっちりお話をつけますのでご心配はいりません」
「結構。では装備を整えたら改めて依頼を受ける。それまで少し時間を貰うぞ」
鎧には新しくアウルベアの四肢や肩甲骨、あばら骨、そして毛皮を使って籠手や脛当て、肩当などが補強されており、鎖帷子も千切れたり鉤爪で穴を開けられた箇所もしっかり直っている。
「流石、良い腕だ」
「当たり前のこと言ってんじゃねえや、一々よう。身に付ける前に出すモン出してもらうぞ」
「そう慌てるな、出すよ」ほら、と袋から金貨、銀貨を数枚ずつ取り出し、算盤で出た合計費用を支払う。
一応修理前に前金をいくらか渡しておいたのだが、やはり加工の料金が高くついたのだろう。今もアウルベアの爪と牙で出来た鏃や後ろ足の骨で出来たナイフなどの完成を待っている。
「それとだな、」と翁が金を数えながら付け加える。「目当てのモンかどうかは知らんが、一応取っといたクロスボウがある」
そう言いつつ引っ張り出したその武器は確かに人間が使うには若干小さめだが、弓の部分は分厚く、かなりの威力が期待できそうなごつい作りだった。ウィッチャーはそれを手に取って腕を曲げ伸ばしし、調子を確かめる。鋼鉄の剣よりは軽いが、銀剣よりは少し重い。重量は申し分ないが、やはりまだ欲しいと思っている物より若干寸法が大きい。
「まあ、扱えなくはない、か」
「コイツぁ
「やってみよう」
左手で銃把を握り込み、弦に指をかけた。確かに強弓と言わしめる抵抗で簡単には引かせてくれないが、ウィッチャーは
「
先程より更に力を加え、三本の指を弦に引っかけて脇を締めながら引くと、カチリと音がして弦が固定された。
「引けるみたいだ。買うぞ。数打ち二振りと・・・・・・矢も十本ぐらいくれ」
翁が経てた指の枚数だけ金を取り出してテーブルに置き、ひとまず装備を整える。
「あ、ウィッチャーさん、毎度」と紐で縛って纏めた数打ち物を樽にしまい込んだ丁稚が金をかき集めて台帳に売買の記入を始める。
「ああ。
「けっ、口の減らねえ野郎だ」
ゴブリンスレイヤーとはまた別の意味で頭が痛い奴だ。が、惜しみなく金を払う以上は太客であるし、売らない道理はない。さりとてどちらも時折注文がどうも斜め上の物ばかりになってくる。つてはあるがこちとら加工屋でも食い物の問屋でもないというのに。
——こうなりゃ、そのうちみょうちきりんな武器を作ってみょうちきりんなあの野郎共にいずれ性能を試させてやる。
何を作るかはまだ分からないが、翁はそう己に固く誓った。