「だーかーらー、オルクボルグとテューラマイカよ!」弓を携えた女が苛立たし気に繰り返した。見目麗しい彼女はその薄緑色の頭髪と長い耳から
「オーク・・・・・樫の木の事、ではない、ですよね・・・・・・?」応対する受付嬢も困り果ててしまう。
「違うわ。オルク。オルクボルグ。そしてテューラマイカよ。どちらもここを拠点に活動していると聞いたわ」
「冒険者の方ですか。残念ながら私はそんな名前の方は存じ上げませんが」
「馬鹿め、ここは
ふふんと立派な白髭をたくわえたずんぐりむっくりの
「あら、ならば何と呼べば通じるのかしら?」と妖精弓手は鬱陶しそうに身長で著しく劣る彼を睨み返す。
「かみきり丸とへしきり丸と言やぁ、分かるだろ」
「あの、そういう名前の方は・・・・・」
「おらんのか?」
「やっぱ
「ったく、エルフと来たら、その金床の様な胸に相応しい狭量な器だの」
「んなっ!?そ、それを言ったら
「ありゃ豊満と言うんじゃ!つくづく物の価値が分からんな。目ん玉が硝子にすり替わっとるか鑑定して貰うと良いわい」
売り言葉に買い言葉。種族的に
そんな二人の言い争いに水を差すように、バスン、と何かが床を叩く音がした。
「喧嘩をしたいなら結構だが、それならばどうか拙僧の見えぬ所でやってくれ」
落ち着き払った声の主は、鉱人道士よりは勿論の事、更に妖精弓手よりも飛び抜けて上背がある神官服姿の
「連れの者が騒ぎを起こしてすまぬな」
「ああ、いえ、慣れてますので。お気遣いありがとうございます」
「オルクボルグ、テューラマイカ、かみきり丸、へし切丸はそれぞれ
ああ、と受付嬢は気付いて目を見開く。やっと謎が解けた。「それでしたら、ゴブリン——」
ばたんと、受付嬢が言葉をつづける前にギルドの正面扉が開き、件の小鬼殺しと魔法剣士がそれぞれ依頼完了のサインが入った依頼書を引っ提げてやってくる。少し遅れて女神官、女魔法使い、女武闘家も後を追って入った。
「あ、お帰りなさい、ゴブリンスレイヤーさん、ウィッチャーさん。ご無事で何よりです」
「ああ、なんとかなった」
「いつも出迎え感謝する、お嬢」
「ウィッチャーさん、お嬢はやめてくださいってば!」
「貴族の出でしかも末っ子なんだろう。だったら蝶よ花よと育てられたお嬢には違いないだろ。心配するな、俺も元を正せば貴族の坊だ」
「もう・・・・・」
「ところで、ゴブリンと聞こえたが」ゴブリンスレイヤーが問い質す。
「ああ、多分違うぞ。こいつらはどうやら俺達二人を探しにきた客人らしい。オルクボルグだのかみきり丸だの、テューラマイカだのへしきり丸だの、えらく大層な名前が聞こえたからな。どれも神代の時代より遺失した、闇の軍勢に恐れられた業物の名前だ。しっかし、そうそうたる顔ぶれだな。上の森の
「聞こえとったんか!?なら何でさっさと名乗り出ん?」
「こっちは依頼を片付けたばかりでな、ゆっくり歩いて帰るぐらい許してくれ、
「お、おう・・・・・まあ、それなら」と好物の酒を引き合いに出されて鉱人道士は簡単になびいてしまった。
「ちょっと、あっという間に丸め込まれてんじゃないわよ!」
「上の森の姫君におかれましても、ご機嫌麗しゅう。拝謁を賜り光栄に存じます。貴方の矢が狙い違わず流星の如く空を駆けますように」
「え、あ、う・・・・・・うん、その、良きに計らえばよろしくてよ?」
突如優雅な挨拶とお辞儀をされた妖精弓手も開いた口が塞がらなかった。心なしか顔も少し赤い。
「お前も見事に篭絡されとるではないか」
「立ち話もなんだ、腰を落ち着けて話そう。お嬢、二階の応接室で空いてる部屋は?」
「だからお嬢は・・・・・・・はあ、三番のお部屋が空いていますよ。あ、でもお話は静かにお願いしますね?向かいの部屋では昇級審査が始まったばかりなので」
「心得た、感謝する」ウィッチャーは頷き、一党のメンバーである駆け出し二人に身振り手振りで先に休んでいろと伝えると、二階に上がっていった。
「で?遠路遥々まかり越したって事は、何か依頼をしに来たと考えていいのか?言っておくが、俺は兎も角、ゴブリンスレイヤーはゴブリン以外と切った張ったはしないから、言うだけ無駄だぞ」
「それについては心配には及びませぬ。我々はお二方に小鬼退治を依頼しに来ました故」
蜥蜴僧侶の言葉に、ゴブリンスレイヤーは大きく身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を始めた。
「場所は?数は?巣の規模は?ホブやシャーマンなどの上位種は確認できているのか?」
「場所はとある遺跡と聞き及んでいるが、数は大量としか」
「地図はあるのか?」
「これに」
「あー、話をサクサク進めている最中に水を差して悪いんだが、そもそも何故俺達なんだ?パンの事はパン屋を訪ねる様に、ゴブリン退治はゴブリンスレイヤーを訪ねるのはまだ分かる。だが、俺の等級は未だ鋼鉄だ。銀等級がする冒険の人材としては今一つだと思うんだが。依頼をしてくれるのはありがたい事だから別に断るつもりはないが、そこら辺をもう少し明確にしてもらわないと得心が行かん」
「まあ当然よね」妖精弓手が居住まいを正し、咳ばらいを一つしてから説明を始めた。
「都の方で悪魔の出没が頻発してるのは知っていると思うけど、その原因は魔神王の復活なの。奴は軍勢を率いて世界を滅ぼそうとしているわ。それで私達各種族の族長達と
「悪魔?噂でちらほらって程度だが・・・・・その代表団の中に
「そういう事じゃ。理解が速くて助かるわい。で、近頃は性悪な小鬼共の動きが活発化しておるのよ。特に
「で、その肝心の
阿呆共が、とウィッチャーは吐き捨てる。
ゴブリン絡みの会話でなくなったのを良い事に地図としばらく睨めっこを続けていたゴブリンスレイヤーは地図を蜥蜴僧侶に返し、立ち上がった。
「すぐに出る。俺に払う報酬は好きに決めておけ」
「待て待て待て、ゴブリンスレイヤー。お前はそれでよくても俺はそういうわけにはいかない。第一、お前も先立つ物がそれなりに無いと仕掛けの材料や道具が買えないし、装備の修理費も賄えないだろ」
「別の依頼で稼げばいい。ゴブリン退治はいつも余るからな」
「だが、今回は事情が違う。魔神王の復活だの何だのは俺も風の噂でしか聞き及んでいないが、もし今回のゴブリン出没がその先駆けだとすれば、恐らくゴブリン退治だけでは済まない。お前一人ならそれを考慮しない丼勘定をするのは結構だが、俺はそうは行かん。成功報酬に加えて着手する為の相応の危険手当を上乗せしてもらわないと、受ける気にはなれんぞ」
「それについては心配はご無用に願いたい。こちらも依頼主とは言え同道するつもりであるからして」
「成功報酬にする軍資金も用意してもらってたんまりあるでな」
「そうか。ならば受けよう。ゴブリンスレイヤー、一緒に連れてる娘も来るように言っておけ。回復は薬だけでは心許ない」
「ああ」
「さて、俺の方はどうするか‥‥‥?」
ゴブリン相手では基本多勢に無勢ではあるが、今回は少々勝手が違う。ゴブリン以上の脅威、それこそサイクロプスやブルクサの様な高位のモンスターが出てきたらまず間違いなく殺されてしまう。
「判断に困るな・・・・・・」
やはり一党を組むというのは面倒だ。自分だけでなく、一党の構成員達の身の振り方も視野に入れて行動しなければいけないのだから。しかも大なり小なり彼女達と足並みを揃えなくてはならない。鋼鉄等級相当の依頼を受けても、基本後衛か人命救助の人手として回している。
「ウィッチャーさん!」
考えあぐねている最中に女武闘家が相方の魔術師と一緒に近づいてきた。見ると、その後ろには同年代の
「どうした?」
「食べている最中に会ったんですけど、こちらの二人と一緒に冒険をしたいなーと思いまして・・・・・・」
「ほう。その二人は何が出来る?」
「私は、至高神様の見習聖女です。
「俺は前衛だから魔法は使えないけど・・・・・でも、小さい頃から実家で力仕事してるんで、体力には自信あります!」
見習い聖女と新米戦士がそれぞれ申告した。一党のバランスとしては前衛、後衛、それぞれに丁度二人ずつ。回復の手段が水薬しか無いのが痛いが、女武闘家と女魔法使いにはある程度斥候の真似事やらも経験させている。そして二人を加えれば攻撃系の術は都合三度行使できるという戦略の幅にも期待は大きく持てる。
白磁等級相当の依頼だけなら何とかなるだろう。だがこちらとしても一緒に同伴させない理由が向こうからやって来たのだから好都合だ。
「そうか、俺は遂に愛想尽かされてお役御免か。まあ、男一人で肩身は狭いだろうが少年よ、頑張ってくれたまえ」
「違いますってば!ていうか契約があるんですからそんなことありません!」
「ああ、いい、いい。おためごかしはいらんぞ、取り繕うな」
「だからお試し!あくまでお試し!お試しですからね!?」
慌てて口々に違う、そうじゃないと言い張る二人に弁解はいらんと手をパタパタ振って説明を遮った。
「分かってる。冗談だ、冗談。少年、女三人いるからってあんまし馬鹿な事はするなよ?下水道で後ろからぶっ刺されて死ぬなんて鼠やゴキブリぐらいしか喜ばん」
「は、はい!しません!」
新米戦士はウィッチャーの黄色い猫のような細い瞳孔の目に気圧され、どもりながらも頷いて返事を返した。
「よし、ではそんな誠実なお前に俺からの小遣いだ。ほら、水薬がなけりゃ一本ずつでも買っておけ」
そう言いながら見習い聖女と新米戦士に一枚ずつ金貨を渡し、己の一党の駆け出し二人の肩を励ますつもりで頑張れよ、と叩いてその場を後にした。
テューラマイカと言う名前の由来ですが、指輪物語で使われるエルフの言語であるクウェンヤの言葉の辞典から
テューラ(tura)形容詞:強大なる マイカ(maica)名詞:刃
の二つをチョイスし、そこから○○丸と言うドワーフ風の名付けも安直にへし切長谷部から拝借しました。
シンダリンも使おうかなと思ったのですが、言葉が長ったらしいのとクウェンヤがエルロンドやガラドリエルなどの高位のエルフが扱う儀礼的且つ格式ばった言わば上流階級の言語なので妖精弓手が使う呼び名に丁度良いという考えに至った次第です。