怪物退治を専門とする
それも大義名分を得て動く人間ほどしつこく、御し易く、暴走し易いモノもいない。
「あいつだ!あの銀のペンダントをつけた男だ!」
「見つけたぞ、化け物め!聖なる炎の名の下に、天誅を下す!」
相手の手勢は十人弱。剣に斧に槍に棍棒、うち二人は弩を持っている。手練れではないにせよ、明らかに殺し自体には慣れている手合いだ。
彼らが取り囲んでいるのは泥や返り血で汚れてはいるものの、顔立ちが整った二十代後半の青年である。側頭部と後頭部を刈り込んだ赤みがかった金髪の彼はゆっくりと革手袋をはめた両手の指を曲げ伸ばしし始めた。普通の人間ならば無いネコ科の猛獣や毒蛇を彷彿とさせる
「それを聞くのは、今週だけで五回目だ。相手してやるから、来るなら来い」
強がりはするものの、有体に言って状況は良くない。普段なら十数人など素手でも捻れるが、いかんせん出くわしたタイミングがあまりにも悪い。と言うのも、怪物退治の依頼を受けて固有名付きの
風切り音と共に発射された矢が僅かに外れ、右頬を通り過ぎようとしたが、あろうことか
「つ、掴み取りやがった!?」
「ディメリティウム鋼とは、えらく味な物を使ってくるな。随分と金をかけている」
魔術封じの鋼と言われるそれはひとたび魔術を使う者の肌に触れればその間無力化する能力を持っている。大がかりな物は使えないとはいえ多少はかじっている男も例外無く効果を受ける。素早く
ブーツに仕込んだ短剣を引き抜き、まず正面にいる甲冑姿の男の顎を拳で打ち上げ、露わになった喉を一閃、再び聞こえた弩の発射音に対して死に体となりかけた相手を押し出す。
先程自分に対して矢を射かけた不届き者には掴み取った矢をお見舞いしてやる。弩から放たれた時と負けず劣らずの速度で投げ放たれたそれは射手の眼孔を貫き、絶命させた。
一呼吸の合間にリーダーを含む二人が葬られた。弩を持ったもう一人は慌てて矢筒から二の矢を抜き、番えようとするが、先程の離れ業を見せつけられて数の利によって抑えられていた恐怖がぶり返し、もたついている。
そんな彼の為に一撃を入れる時間を稼ごうと残りの手勢が両翼から攻めかかって来た。相手は自分を恐れている。ならばそれを利用しない手はない。頭目が腰に差していたナイフを引き抜き、攻めかかる輩の隙間を縫ってようやく発射体勢に入った男に向かって投げつける。致命傷にこそなりはしなかったものの、刃は手を深々と切り付け、狙いを逸らした。痛みに思わず身を固くしてしまい、引き金にかけていた指が強張る。
あ、と気付いた時には後の祭りだ。矢を放つには十分過ぎる圧力がかかった引き金は矢を解き放ち、背を向けていた無防備な仲間の背を穿った。再び隙が生まれる。青年は素早く手を動かして再び印を結んだ。今度は青白い光が青年を中心に半球状に広がり、生き残った男共を
「命が惜しくば失せろ。逃げる者の命は獲らない」
警告を聞いたのは残った男達五人で、増えた死体も五人分となった。
「グウェントじゃあるまいし
いらぬ迷惑を被ったとばかりに青年は鼻を鳴らし、頭を掻く。彼らの懐を漁って迷惑代に巾着とディメリティウムの鏃と手錠を頂戴し、死体は
魔女狩りから失敬した金と合わせた報酬は消費した装備の元を取って釣りが出るぐらいには多かった。久々に相応の宿で個室を取り、一晩を過ごす事が出来た。湯を張った桶と金を受け渡した領主の執事からせめて顔だけでも綺麗にしておくようにと渡されたままだったタオルで体を拭き、蜂蜜酒の瓶を傾けながら煙管で一服してようやく緊張がほぐれ始めた。
今後の動きとしては、霊薬とオイルの補充が第一だ。幸い当てもある。師匠がしたためた紹介状を東方の青色山脈に座する砦へ持って行けば、他流派とは言え数少ない同胞として迎え入れてはくれるし、場合によってはそこにしばらく滞在するのも一考に値する。
第二に鋼の剣を新調しなければならない。戦に収まりが半ば付き始めているとは言え、魔女狩りはまだ各地で続けている輩が多い。短剣以外に専用の弩もあるが、やはり使い慣れた剣もあった方が心強い。彼らの武器を奪って使う事も出来るのだが、焼きが甘いのか、鉄が悪いのか、はたまたそもそもウィッチャーとして強化された膂力に耐えきれる物ですらなかったのか、兎も角手にして使い終わる都度高確率で使い物にならなくなってしまうのだ。砦の者ならば腕のいい鍛冶師を知っているだろう。新しい剣もこのディメリティウム鋼で新調できる。材料を一部持って行くのだから一から作る新品を注文するよりも幾分か料金も浮く。
煙管の灰を落とし、蠟燭も消して扉に
あくる朝、空が白み始めた時間帯に青年は目を覚まして身支度を整え始めた。宿の亭主が整えた朝食のパンと昨日の残りのシチューで腹を満たし、すぐさま東に向けて馬を走らせた。道中屍喰鬼などのモンスターを狩る仕事を時々受けて食い繋ぎこそしたが、ようやく砦に辿り着いた時にはそれらの特効オイルも打ち止めとなってしまった。
他流派でも数少ない同胞のウィッチャーに会えた事を喜ぶ白髪の老魔法剣士は紹介状を読んで歓迎してくれるばかりでなく、霊薬とオイルの補充と剣を打つ鍛冶師への橋渡しを約束してくれた。交換条件に剣が完成するまで他の若い世代の魔法剣士達に印の指南を一手頼まれたが、特に断る理由もないので承諾した。印に重きを置く
その夜、青年は不思議な夢を見た。女の夢だと言えばそれまでだが、これはただの女ではない。眼鏡をかけ、継ぎ接ぎだらけの法衣にも似た一目で魔術師と分かるような風体だ。しかしそのみすぼらしい見てくれとは裏腹に、間違いなく今まで青年が会った中でも最強の力を持つ魔術師だ。ヴェンゲブルグやテメリア、レダニア出身の魔術師が列強とされているが、この女は恐らくその更に上。そんな存在が夢枕に立っているのだ。
「やあ、君」と、旧知の仲であるかのような口ぶりで小さく手を振り、近づいて来る。
誰だと問おうとしても声が出ない。口が動く感覚はあるが、まるで彼女の声以外の全ての音が消え失せたかの様に発している筈の音がしないのだ。
「ああ、この空間では君の夢がこちらと繋がっている状態で、君はあくまで客人。できる事は限られているし、私の存在を認知する以外の事は許可が無ければできないよ。今日は君に招待状を贈ろうと思ってね。君らの世界で言うところの・・・・・・確か、『天体の合』という現象だったね。それを使って君を別の世界に招待したいのさ。君らの飯の種であるモンスターが跋扈する、私の故郷にね。勿論、準備期間はあげるからそこは心配しないでくれたまえ」
「何故、俺なんだ?」と、ようやく返答の許可が下りたのか、
「何故?何故、かぁ。強いて言うなら・・・・・君が一番最初に目をつけた目ぼしい候補だから、かな」
ますます訳が分からない。目をつけた?いつから?
候補?何の?一番最初?なら、二番、三番はどこの誰だ?まさか自分と同じ
「まあまあ、深く考えずに。ただ飯の種が増えて食いっぱぐれる事は無くなる、とだけ思ってくれればいいさ。悪くない話だろう?で?どうする?行く?行かない?」
再び喋る許可を剥奪されたのか、声が出なくなった。生まれ育った世界ではあるものの、愛着や愛国心と言った物は特にない。親兄弟や家族もとっくの昔に死んでいる。加えて慣れてしまっているとは言えその日暮らしばかりの生活を続けるにも限度がある。モンスター退治の専門家ならば、答えは一つだ。一度だけ首を縦に振る。
「お、行くかね?なら決まりだ。準備が出来たら、西に向かうといい。まっすぐ西だ。どこまで行けばいいかは、すぐ分かる」