ついて行きたい駆け出し二人と、それを拒否するウィッチャー。しばらくの間水掛け論が続いたが、簡単なゲームで勝負して白黒つけるのはどうだろうと鉱人道士が闖入した。
勝負の内容は単純で、スート一つ分のカード十三枚をシャッフルし、7を取り除いた後、山の一番上にある札の数字がそれより上か下かを当てるだけだ。当てた方が勝者となり、言い分を通す。公平を期す為にギルドに置かれている公用の遊具を収めた棚から一式持ち出し、鉱人道士がゲームの進行と立ち合いを務めた。
「じゃあ・・・・・・私は7より下で」女魔法使いが宣言する。
「なら俺は上だな」
「おし、ほいじゃ勝負と行こうかい」
鉱人道士がめくったカードの数字は――5だった。
「クソが」ウィッチャーはテーブルを苛立ち紛れに叩く。
「これこれ、へしきり丸、そう嫌そうな顔をするでない。別嬪二人と同道出来るんじゃ、両手に花で何が不満か?」
「観光ならともかく、仕事で行くんだ。花より鋼と銀の方が良い。知ってるか?ここから北西の鉱山都市らしいんだが」
「おお、あそこかいな。知っとるぞ、ええ所じゃ。芋を使った料理も酒も美味いし、湯の源泉もあるから風呂屋もある」
「ええ!?」
「お風呂、あるんですか!?」
駆け出し二人の目が期待で輝く。風呂という物ははっきり言って贅沢な嗜好品の域にある物で、一介の冒険者では中堅でようやく手が届くかどうかと言ったものだ。普段は温水に浸したタオルで体を拭いたり、井戸水の冷たさに耐えながら行水を繰り返す毎日であり、鉱山都市はあまりにも魅力的な行き先となった。今更ながら女魔法使いは己の勝負強さに感謝した。
「おお、あるぞい。どれ、ちょいと待っとれ」
受付から紙とペンを受け取って何やら書き出すと、それを封筒に入れてウィッチャーに差し出す。
「あそこにゃあ親類が何人かおってな。この手紙は儂からの紹介状と思ってくれて構わん。色々と融通してもらうとええわい。赤い金床の形の看板が目印じゃ。それと、ついでに言っとくと
「それは良い事を聞いた。早速買ってから行くとしよう」
「代わりと言っちゃなんだが、行きがけの駄賃に酒を樽で土産に買うてくれると助かるんじゃがのう」
「現金な野郎だな、小父御は。どんな酒かは俺に任せて貰っていいか?」
「おう、構わんぞ。言っとくが――」
「酒は高けりゃいいってもんじゃない、だろ?心得ている」
うむうむ、と鉱人道士は満足そうに何度も頷いた。「して、今度の獲物は何じゃい?」
「吸血鬼だ、多分だが」
「ほほっ、えらい大物じゃな。まあお主なら問題なかろう。等級が実力に見合っとらんからの」
「俺の腕に自信満々なのはありがたいが、アウルベアとは訳が違うんだぞ。それに書いてある被害状況から見るに、吸血鬼は一匹だけとは考えにくい」
「なら猶更二人を連れて行かずばなるまい」
「準備はもう出来てますから、行きましょうウィッチャーさん!勝負に勝ったんですから、嫌とは言わせませんよ?」
「丁度郵便配達の馬車が荷物を下ろして帰る所ですから、一時的でも格安で移動距離を縮められますよ!」
ウィッチャーは女武闘家と女魔法使いの二人と郵便用の戻りの馬車に揺られていた。前者は自分の馬の上で憮然とした面持ちで通り過ぎていく景色を眺め、出発してから一言も発さないままでいる。そんな彼に恐る恐る女武闘家が窓越しに尋ねた。
「・・・・・・・お、怒ってます?」
「いや、怒ってはいない。ただ、こういう時に限って運の無さが際立つのが情けなくてな。博打の才能が無いというのは、こう、無性に残念な気持ちになる」
「まあ、当てが外れていい気持ちがしないってのは、同感かも」と女魔法使いがウィッチャーから借りている錬金術の本から顔を上げて同意した。
「ちなみにだが、伝説や物語に出てくるような吸血鬼はいないぞ。貴族みたいな奴はいないし、運河や湖も超えられる。家主に招かれなければ屋内に入れないなんて言うのも嘘っぱちだ。人間の反射神経を遥かに上回る速度で動けるし、再生能力も高いから基本殺しにくい。中には日光を平然と浴びる奴までいる。下級種も吸血鬼だから油断をしていればゆっくりじっくり殺される。中には群れを成す個体もいるから、殊更厄介だ」
「じゃあ何でもっと上の等級の冒険者に依頼しないんでしょう?依頼主は鉱山都市にいるお金持ちなんですよね?」
「裕福であることは間違いないわね。事業主かも。依頼の手紙、羊皮じゃなくて綿で出来てるし」
「綿?綿の紙ってそんなに高いの?」
「ああ、高いぞ」
「ええ、高いわ」
女魔法使いとウィッチャーがほぼ同時に答えた。
「綿製の紙は基本的には本のページなどに使われる。羊皮紙よりも長持ちするし、気温の変化やカビによる変色もせず、印刷する時のインクも写りもいい。怪物図鑑とかはページが綿製だ」
「同じ薄い小冊子でも羊皮紙と綿の紙じゃ、三倍から五倍ぐらい値段に違いがあるのよ。本その物の寸法と装丁、透かしと書体とかも含めたらそれ以上になるかも」
「ちなみに俺は一冊の本が競売にかけられておよそ金貨四百枚前後で落札されたのを見た。競りに参加していた奴が二人ぐらい泡を吹いて、戸板で担ぎ出されたな」
「・・・・・・眩暈がして来たわ。でも何でわざわざそんな高い紙を依頼の手紙なんかに?」
「さあな、そこまでは俺も会ってみない事には分からん。ただ単に金を持っている事を見せびらかしたいのかもしれん」
「もしくは、嘗められてるって可能性もあります」読みかけの本を閉じ、女魔法使いが推測した。
「嘗められてる?ウィッチャーさんが?」
「考えてもみなさい、もっと上の等級の冒険者に依頼すればいい事をわざわざ上質な紙を使って未だ下級の冒険者を名指しして後に退けなくしている。報酬の額ももし本当に吸血鬼が複数いるんだったら明らかに少ない。依頼料をケチって足元見てるのよ」
「何よそれ!ひどくない!?」
「まあ、あくまで依頼は『調査』であって『討伐』とは明記していないから、削れる予算を削る所は事業主らしいと言えばらしいだろう。よしんば本当にそうだとしてもそういうものだと割り切るしかない。依頼主は客だ。依頼を遂行するのは客が金を払うからであって、その人格が好ましいか否かは職務上全く関係ない」
「でも好ましいに越したことはないじゃないですか」女武闘家はどこの誰とも知れぬ輩に恩人が侮られているのが気に食わず、ふくれっ面で腕を組んだ。「嫌な奴の仕事だって分かってたら頼まれてもやるもんか」
「そう言うな、何処の誰が払おうと金は金だ。それに俺は長らくそれが通例だったからな。今更痛くも痒くもない。だが調査の結果、もし本当に吸血鬼だった場合、一応追加報酬をふんだくる算段は立ててある」
「・・・・・・ウィッチャーさん、今めちゃくちゃに悪い顔してますよ」女武闘家はウィッチャーのぎらつく笑みを見て苦笑した。
「俺は自分が善人であるなどと言った覚えはないぞ?恨むならそんな悪い男についてきた自分の見る目の無さを恨むんだな」
郵便馬車でほぼ丸一日を稼ぎ、三日目の夜に鉱山都市に到着した。
街そのものは山の一部を削りだして築かれており、半円型の階層が四つ、巨大な段重ねのケーキの様に積み重なっている。夜間でも活気は絶えず、
手紙に書かれている道案内に従って三つ目の階層にある煉瓦の垣根に囲まれた屋敷の正門に辿り着いた。門の前に立っている槍を持った
案内された応接室は天井が低く質素ながらも随所にある調度品は趣向を凝らして金をかけていることが見て取れる。暖炉では既に火が焚かれ、大理石を削りだして作られた低い円卓をソファーや安楽椅子が囲み、中心に見事な造りの硝子瓶に琥珀色の液体が内包されている。
「凄い・・・・・・ここにある本、全部冶金とか鍛冶の技術に関する手引書ばっかりですよ。あ、これなんか銀とか金の細工の指南書だ!」
「鉱山都市にある屋敷とは思えないわね。屋敷に入る事自体初めてだけど。
「低くて悪かったな、これでも建築屋には随分譲歩した」
何かが床にぶつかる音と、何かを引きずる音が交互に廊下に木霊し、声の主が応接室の敷居を跨いだ。現れたのは、身なりの整った黒い髭を編んだ白髪交じりの
「貴様がウィッチャーとか言う冒険者か?」値踏みするように剣二本を背負った男を値踏みするように頭から爪先までを視線が幾度も往復する。
「ああ。仕事場で怪我人が出たから調査を頼みたい、と言うのが依頼の内容だった。何を警戒するかを明確化する為にも、もう少し詳しい事情を聞かせてもらいたい」
「現場にいなかった俺に聞いてどうする?」
初対面の割にえらくつっけんどんな物言いに女武闘家は文句を言おうと口を開いたが、女魔法使いに止められる。今はウィッチャーに任せるべきだ、と。
「襲われて恐慌状態だった作業員よりは事情に明るいのではないかと思ったまでだ」
依頼主だしな、と言いつつ送られた手紙を掲げて見せる。
「聞く相手が見当違いだというなら対処に出向いた自警団連中の詰め所に行く事も出来るが、こんな夜分だ、まだ巡回中だろうから纏まった人数から話は聞けないだろう」
「だったらとっとと旅籠にでも行け、客間は怪我人で埋まってるから空きは無い」
「その前に、持参した療養の品を怪我人達の為に置いて行きたい」
棘のある言葉を受け流し、ウィッチャーは荷物の中から酒瓶とガラス瓶を二本ずつ取り出して
「香料入りのラム酒と蜂蜜酒、そしてジャム二種類がある。頼まれた以上仕事はするが、こっちも命懸けなんだ。必要な情報を揃えなければ迂闊に動けんし、動くつもりもない。どう対処を試みたかは知らんが、二の舞はごめんだからな」
中身を改める為に依頼主の
「・・・・・・明日の朝、またここに来い。負傷の峠を越えた自警団員がいるから、そいつらに面通しをする。ここから一段下ってつるはしを描いた樽の看板をつけた旅籠で泊まれ。依頼書を見せれば部屋は都合する」
「取り計らい、感謝する。夜分遅くに招き入れさせて申し訳ない。明日改めて伺わせてもらうとしよう」
行くぞ、と一党の二人に目配せで合図し、一礼してから退室した。女武闘家はやはり応対が気に食わなかったのか、顔を僅かに顰めつつ後に続き、女魔法使いもウィッチャーに倣って一礼してから静かに扉を閉じた。
一人応接室に残った
荒れた手に握った杖を見下ろす
ストックが無くなりそうなのでしばらく投稿が遅れるかもです。