また書き貯め作業を始めますのでしばしお待ちを。
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「あの、ウィッチャーさん。私達は調査の依頼でここに来ているんですよね?」
ああ、そうだ、とウィッチャーは女武闘家の言葉に首肯しながらも彼女の手にジャムの瓶を手渡す。ラベルによるとそれぞれイチジクと柿を使って出来ている様だ。
「それで、負傷した地元の自警団の皆さんにお話を聞きに行くんですよね?」
その通りだと再びウィッチャーは頷く。
「なら、何で私達は今市場で呑気に買い物なんかしてるんですか?」
「
でも今回はそうじゃないから自分達が呼ばれたのではないか、と女武闘家は苛立たしげに返すが、女魔法使いがそれを諫めた。
「まあ歩み寄って協力して欲しいって気持ちは分からないでもないけど、正に今回はそうじゃないからこそ、なのよ」
「どういう事?」
「私も
「模範解答、ご苦労。分かっているようで何よりだ。この際だから一つ覚えておけ、金欠の時ならともかく、金を稼ぐ為に地道に努力する事と、金を使う事を惜しむな。装備だろうと道具だろうと、今回の様な仁義を切る為の見舞い品だろうと、必要な物は必要だと割り切れ。それがたとえどれだけ馬鹿馬鹿しいと思ってもだ」
「じゃあ買ったお見舞い品を気に入らなかったら?」
「仕事を終えた帰り道に俺達で食うか、他の冒険者に売るという手もある。特に所帯を持っている奴なら多少値を吊り上げても買うだろう。」
既に色々とウィッチャーが策を張り巡らせている事に女武闘家は開いた口が塞がらなかった。
再び依頼主の屋敷を訪ねると即座に二階に数ある客室に通された。廊下の両側にある部屋はどれも続き部屋となっており、扉も全て開け放たれ、そこを侍医や薬師が右へ左へと怪我人達の包帯を取り替えたり傷口を洗ったりと自警団員の介護をしていた。
「静養中に失礼する、調査の依頼を受けてきた冒険者のウィッチャーだ。どこで何匹の何に襲われたか、その特徴を知りたい。話す代わりと言っては何だが、療養の品も持参している。余った物があれば詰所の連中に分けてくれてもいい。蜂蜜酒とジャムだ」
良く通るウィッチャーの声を聞き、ぼそぼそと聞き慣れない言語の会話が主に
沈黙がしばらく続いたが、それを一人の
「ああ、見たぜ。俺は自警団の副長を務めてるモンだ。あん時は一匹、二匹しか見なかったが、多分もっといる」
「見た怪物は、どんな奴だった?」
「小柄な熊みたいな図体で尚且つ二足歩行の・・・・・翼のねえ蝙蝠だな。あんな化け物、見た事ねえぜ。消えては現れを繰り返すから、矢も槍も石礫もまともに当たりゃしねえし、鎧も濡れた紙みたいにぶち抜いてきやがる」
「その二足歩行の蝙蝠・・・・・・白い毛を生やしていたか?」
「ああ、顔っつーか、顎髭みてえだった。それが月明かりに反射するお陰で何発か良いのを当てられたが、一匹も殺し切れなかった。そいつらに自警団員が十人以上はやられちまってる。知ってるって事はお前さん、戦ったことあるのか?」
「ある。何発か良いのを当てられたのは僥倖だが、そいつらと接敵したのはいつだ?」
「もう七日と少しになる」
その答えにウィッチャーは顔を顰めた。まだ遭遇していない以上決め打ちは出来ないが、ほぼ確信した。相手は間違いなく下級の吸血鬼種だ。
「なら、間違いなく傷は塞がっている。吸血鬼種は再生能力が半端なく高い。初手で仕留めるつもりで挑むか飽和攻撃を質のいい銀を仕込んだ武器で浴びせん限り、何度でも向かってくる」
「後は出没した大まかな場所と、そこの地図もいります」
「場所を教えるのは構わんが、地図の融通はできん相談だ」
女魔法使いの言葉に副長が首を横に振る。
「・・・・理由を窺っても?」
「精細な地図ってのはそれだけで貴重な情報源だ。数ある坑道の内部事情ともなれば、都市そのものの経済を左右しうる代物だ。外部に流れる可能性がある以上、余所者に見せるわけにはいかん」
「なら現場で働いていた無傷の鉱夫か団員を一人案内役として貸してもらいたい。行ったはいいが帰り道が分からず遭難、なんて馬鹿らしい事故は避けたい」
「あ、あの!」
部屋の奥の方から声が上がり、一人の
「案内の役目、自分に任せて頂けないでしょうか?父と一緒に見回りだけでなく地図製作の手伝いをしています。自警団の詰め所まで来ていただければお役に立てるかと」
「なら頼む。相手側の数が不明である以上、危険は必要最低限に抑えて一匹ずつ確実に始末する。まずは装備を整えたいから時間をくれ」
「分かりました」
「勝手に話を進めないでもらおうか」
副長が待ったをかける。
「こいつは自警団の見習いだ。青っ白いガキにさせるような仕事じゃねえ」
「副長!お見舞い品まで持参してもらってこちらが全く協力しないのはいくらなんでも不義理が過ぎます!」
見習い団員が承服致しかねると声を荒らげた。
「自警団じゃどうにもならなかったからこそ呼んだ冒険者じゃないですか!最初の死人が出た後にこの人たちを呼ばなかったから親方が——」
「黙れ小童!」
「いい加減にしてください!」
あわや殴り合いにまで発展しそうな所をついに我慢の限界を迎えた女武闘家が額に青筋を浮かべて二人の間に割って入る。
「さっきから聞いてればあれもダメ、これもダメってぐずぐずしやがって!私達が気に入らないなら大いに結構!けどこっちもガキのお使いで来ているわけじゃない!くじ引くなり何なりして誰が案内するかさっさと決めろ!初めから足元見てくるような依頼なんてこっちから願い下げだ!」
言いたい事は言い切ったとばかりに踵を返し、女武闘家は退室した。そのあまりの剣幕に部屋にいる者はウィッチャーを除いて水を打ったように静まり返った。
「まあ、言い方には諸々問題はあったが、同感だな。彼女が言ったように我々の事をどう思おうと大いに結構だが、お前達は今、仕事の妨げにしかなってない。別に自警団の手落ちを他所で吹聴する為に仕事をしに来たわけじゃないということは十分理解してもらえたと思ったんだが、どうやら願いは届かなかったみたいだ。残念、残念。案内は誰がやろうと構わない。人員を決めたら自警団の屯所なり詰所なりの前に来る様に伝えといてくれ。さっきも言ったようにこっちは先に装備を整える」
出るぞ、とウィッチャーは女魔法使いに目配せし、三人の冒険者達は屋敷を後にした。
女武闘家は屋敷から少し離れた道端で蹲り、大きくため息をついて項垂れていた。
やってしまった。堪忍袋の緒が切れてしまった。それも肝心な所で。折角ウィッチャーが外交的に事を進めようとしていたのに、十中八九今ので昨日からの進捗がパァになってしまった。見舞い品も恐らく無駄になった事だろう。それを彼に咎められて借金に付け足されるかもしれない。
喧嘩っ早いのはなにも今に始まった事ではない。幼少の折、父と武術の鍛錬を続けている間も同じ村の子供と取っ組み合いの喧嘩をする事もままあった。その相手には亡き幼馴染も含まれる。
かける迷惑は装備の費用工面だけに留めようと決めたばかりなのに、ゴブリン退治の再挑戦以降空回りが続いている気がする。悔し涙で視界がぼやけた。
「これが世に言う『教養の差』って奴なのかな・・・・・」
「いいえ、あれは怒ってもいい場面よ」
女魔法使いがしゃがみ込んで視線を合わせる。
「それに、嫌いじゃないわ。貴方の言いたい事は、言いたい時に、言いたい場所で言うその姿勢。昔の自分を見ているみたいで私もイラっと来てたのも本当だし。気位ばかり高い頭でっかちを相手にするって疲れるのね。良い薬になったわ」
ほら、立ちなさい、と立ち上がって相方に手を差し伸べる。
「ウィッチャーさんがそろそろお昼にしようって言ってた。イライラした時には一度お腹に物を入れるのが一番よ」
「ん、わかった・・・・・・」
鉱山都市の料理は屈強な自警団員は勿論の事、鍛冶職人や鉱夫達の活力の源であり、単純且つ豪快な調理法と旨味のある濃い味付けが人気を博している。山羊の脚の蒸し焼き、ジャガイモの団子、刻んだ山菜や山の幸を敷き詰めて竈で一気に焼き上げるパイなど、精のつく物が多い。
ウィッチャーは初めて食べる料理に目を輝かせて舌鼓を打った。女魔法使いと女武闘家も腹が減っていたのか、負けじと料理にぱくついている。
「さてと、内輪の喧嘩は内々で治めて貰うとして、次の伝手を辿る」
そう言いつつ鉱人道士に貰った紹介状を取り出した。
「この鉱山都市に小父御の親類がいるらしい。職業が何なのかは会ってみなきゃ分からんが、職人なら仕事の為の道具を譲ってもらう。紹介状のおかげで多少は値引きも利く筈だ」
「何を買うつもりなんですか?」
「銀で出来た鎖と鏃、古着を一枚と、山羊の血を入れた瓶、そして強い酒か油を三、四本」
「強いお酒・・・・・・火炎瓶ですか?」
「よく知っているな。その通りだ」
「一揆があった時に、どこぞの町の酒蔵から持ち出した酒瓶に布を入れて着火した物を投げる、暴徒の即席武器って歴史の授業でちらっとだけですけど、聞いてます。使うんですか?」
「ああ。吸血鬼、今回の場合正確にはエキムマーラだが、尋常の手妻では簡単に死なん上、いくつか手順が必要になる。まず心臓の破壊、後に頭部の切除。この二つはどちらが先でも効力は変わらない。最後に死体を焼却した後、灰を四方に散らして完了だ。だがこれは時間との勝負でもある。奴らは血肉を吸収すればするほど力は増すし、その分銀などの物質が効きにくくなる。」
基本的に戦闘はウィッチャーが受け持ち、致命傷を負わせて動けなくした所を二人が背中から奇襲されないように死体に火をかけるというのが布陣となっており、切り札の呪文は女魔法使いがウィッチャーの指示に合わせて使い、引き離された場合のみ彼女の判断での使用を解禁される。女武闘家はそんな彼女の護衛だ。
食堂の客や給仕に聞いて回ったおかげで赤い看板の店はすぐに見つかった。鉱人道士が言ったように赤い金床の形をした看板を掲げた店はかなり間口が広く、鍛冶場に武具屋が隣接していた。辺境の街の武具屋と違い、鍛冶師も丁稚も人数が三倍は働いており、甲冑や武具、その他の冒険者が使いそうな道具が用途や品質で分けられ、並べられていた。
武具屋の方から暖簾をくぐって帳簿を片手に一人の煤けた顔の店主と思しき
「邪魔するぞ」
しかし間髪入れず、邪魔すんなら帰れと返事が鬱陶し気にしっしっと追い払う仕草と共に返ってくる。
「買い物に来た客なんだがな。帰れと言われちゃしょうがない。他所の店で——」
「待たんかい!素直か、お主。もちっと食い下がれ。冗談に決まっとろう、客に何も買わせず帰す商人がどこにおる」
「こっちも冗談だ、仕事で来ているものでな」
そう言いながら鋼鉄製の認識票を取り出して見せ、紹介状を手渡した。封を破って中身を一瞥し、手紙とウィッチャーを交互に見比べる。そして満面の笑みを浮かべた。
「ほう!ほうほうほう!お主が噂に聞くへしきり丸かいな!何じゃ、ええ面構えしとるのう。仕事と言ったな、皆まで言わんでいい」
「失礼ながら、小父御とはどういう続き柄で・・・・・・?」
「ん?おう、あれは儂の一番下の甥よ。滅多に頼み事をせんあいつに手を貸してくれと言われちゃあ聞き入れんとな」
確かに、言われてみれば鉱人店主の耳の形や鼻筋、目などが道士とよく似ている。
「これはこれは、小父御の叔父上とは!ああ、そうそう。少ないが、店を閉めた後にでもこれを」
そう言いながら酒瓶とイチジクのジャムが入った瓶を会計用のテーブルに置く。
「ほほっ、こいつはありがたい。遠慮なく貰うとしよう。甥とその土産に免じて、何を買う気かは知らんが、半額にまけといてやる」
「鏃が銀の矢を五本、後は銀の鎖もいる。長さは・・・・・・鞭一本分ぐらいの物がいい」
「鏃と鎖・・・・・・ふむ、さては吸血鬼か」
「え?」
「何で分かるんですか?」
女魔法使いと女武闘家は店主の当て勘の的確さに舌を巻いた。
「昔冒険者だったんでな、こういう物は勘で分かるのよ。で、注文の品だが鏃と鎖は作り置きがある。溶かした銀に浸して削れば楽勝だわ。つっても、ちいとばかし時間がかかるぞ。鎖の金具一つ一つを軽く削らにゃならん」
「構わんさ、金ならある。最近賭けでそこそこ儲けたからな。半額とは言え急がせる分の手間賃は弾むぞ」
「ええのう、ええのう!剛毅だのう、へしきり丸は!ようし、待っとれよ、夕暮れまでには終わらせてやるわい」