Session 1-1: 闇夜の獣狩り
「この依頼はちょっと・・・・・・」
「やはり駄目か?獣を狩るぐらいならガキの頃から食料調達の係としてやって来たのだが」
「とは言いましても、アウルベアは普通の熊ですら生きたまま捕食するそうなので、一党を組んでもいない白磁等級のウィッチャーさん一人には――」
「等級に基づく制約や規定の関係上、受けさせるわけにはいかない、と?」
歯切れが悪くなったギルドの受付嬢ははいと、申し訳なさそうにお辞儀をした。受付嬢個人としては受け入れられないわけではないのだ。偶然とはいえ村に潜んでいた妖婆の正体を暴き、妖婆だけを退治して毒牙にかかっていた被害者を救った実績がある。報告で聞いた限りはその発見は偶発的な物だったが、炙り出す計略を案じ、何事もなく実行に移せたのは間違いなく実力から来るものだ。いつもの様に監督官を同席させて
だが、それも一回きり。たった一回なのだ。ギルド所属の個人がどう思おうと、冒険者ギルドと言う組織の目からはまだ実績が不十分と言うのが見解である。一度上手く行ったからと言って何度も上手く事を運べるとは限らない。神々の骰子の出目が物を言うこの世界に、絶対は無いのだ。実績を積み重ねて信頼を勝ち取った一線級の冒険者が多少無茶をしたいと言うのならともかく、まだ駆け出しの冒険者の言葉を信用する者など無いに等しい圧倒的少数派だ。
実力はあるのだろうが、いかんせん記録された実績が少ない。故に判断に困ってしまうというのが現状だった。
「はい、残念ながら。でも・・・・・そうですね、一度上の者にダメもとで掛け合ってみます。特別に依頼を受ける事が可能かどうか。本当はこういう事って服務規定に抵触するギリギリの所ですから、そう何度も出来ないって事だけは理解して下さいね?」
「無理を通してもらって申し訳ない」
「いえいえ、こちらも仕事ですから。それにまだ通ったわけじゃありませんし、感謝するのはちょーっと気が早いですよ」
こりゃ一本取られたな、とウィッチャーは小さく笑い、頷いた。受付嬢が席を外してから二十分は経過したところで、一枚の羊皮紙を持って帰って来た。
「お待たせしました、ウィッチャーさん。上司に相談した所、こちらの依頼を受ける事は可能です。ですが――」
「相応の条件付き、か?」
「はい。等級の事もあって譲歩できる幅が限定されてしまいましたが。上司が書き起こした誓約書がこちらになります」
「拝見する」
大まかな条件は、依頼を受けさせる代わりに失敗した時の担保をギルドに預ける義務を果たした時にのみ依頼遂行に赴く事を許可するとあった。成功の暁には担保を返還し、依頼の報酬もギルド受付にて支払われるが、失敗した場合は担保が取り上げられるだけでなく罰則として減点処分とその旨をギルド内での発表も科される、という物だった。
「担保か。まあ条件としては妥当な所だな。ちなみに依頼達成時の報酬の六割とあるが、いくらだ?」
受付嬢は誓約書の裏に無言で金額を小さく書いて見せた。それを見たウィッチャーは目を見張り、ひゅうと感嘆の口笛が漏れる。払えない額ではないが、かと言って安価では決してない。少なくとも失敗すればしばらくの間極貧生活は免れないレベルだ。数日間飲まず食わずでいるのはウィッチャーの体質でもさして問題ではないが、やはり避けられるならば避けて通りたい道である。
「誓約書に記してある通り、これに署名して担保をお預け頂いた上でならギルドの受付として依頼の受諾は可能です。どうしますか?」
「折角上司に話す手間までかけさせてしまったのだ。担保は出すし、依頼も受ける」
ウィッチャーは即断即決して誓約書に署名し、返却すると、巾着から金貨、銀貨を数えて十枚ずつの山をいくつか作り、専用の漆を塗った盆に載せていく。
受付嬢もウィッチャーがそれを受け入れて署名したのを見届けた証人として署名を書き連ね、金を改めて数え直すと依頼受諾を承認する判を押した。
「はい、確かにお預かりいたします。ではこちらが正式な預かり証となる割符です。これが無いと依頼を無事達成しても書類不備と言う事で全額返還はできなくなりますので、失くさないように注意してください」
「いつも世話になる」
「いえいえ、ウィッチャーさんの報告は正確で字も綺麗ですから、我々も助かっているんですよ?」
「そう言ってくれるお嬢みたいな人がこの世に溢れていれば、きっと豊かな良い国になるんだろうな」
「もう、そんなこと言っても担保のお金は返しませんよ?依頼を達成してからじゃないと」
「分かっている、言ってみただけだ」
怪物辞典で読んだり、人伝に聞いた限りでは、アウルベアと言うモンスターは下位や中堅の冒険者からすればそれなりに手強い相手らしい。梟の頭を持つ為夜目が利き、また全身を覆う羽毛は移動する時や獲物に飛び掛かる時の風切り音をほぼ全面的に殺す。そして普通の熊同様、木登りも出来る為、そこらの獣より遥かに不意打ちに長けている。特に番いとなったアウルベアの連携は凄まじく、一頭だけでも正規軍の兵なら十五、そうでない者ならば三十名は必要だとか。
しかしその分、肉体や内臓などのあらゆる部位が道具や薬品、食材、錬金術の素材などに使える為、一頭仕留めるだけでもかなりの額で売れる。多少のリスクを背負ってでも受けるにはまたとない依頼だ。
辿り着いた村は大きな丘の上に座しており、規模がかなり大きい。丸太などの木材を地面に打ち込んだ仕切りが周囲を囲んでいた。馬の背より一回り大きい正門では木を削って作った槍や弓矢を携えた若い男衆が目を光らせている。適度に近づいた所で手綱を手前に引き、馬を止めた。
「この村に何用でしょうか?」
「冒険者ギルドから出されたアウルベア討伐の依頼を遂行しに来た。依頼応募に至った周辺事情を村の長やその他の関係者達に詳しく尋ねたい。依頼の受諾をしたためた書類も手元にある」
村を囲む壁はそこそこ古く、かなり前から木の性質をよくよく理解した知恵者による建造物であるのは間違いない。弓矢や投げ槍の手解きをした人物と同一かは分からないが、少なくとも今まで見た村よりは住人の警戒心が高い。それに応対こそ丁寧だが、説明を終えた後でも武器を降ろす気配が無い。
そこで動かずお待ちくださいと声がかかり、馬に干し林檎のスライスを数枚与えて時間を潰している間に門が開き、槍――と言っても穂先が無くただ先端を削った、どちらかと言えば長柄の杭だが――を持った二人の若い男を両脇に従えた
「お待たせした、冒険者さん。私が依頼を出した村長だ」
「随分と
形はどうあれ露骨に嫌がられるよりはマシだが、このピリピリした空気だとどうも癖で背中の剣やブーツに仕込んだ短剣に手が伸びようとしてしまう。
「ああ、それについては申し訳ない。うちは羊毛と作物が収入源となっててね。壁が出来る前は良く盗まれることがあったんだ。それに今回はアウルベアと来たもんだから、若い衆が余計に気を張ってるのさ、他意は無い。事情を聞きたいんだったね、まずは自宅に案内しよう。馬房もある」
「それはありがたい。今日はどういうわけか馬が臍を曲げていてな、待っている間に林檎を食わせてやっても機嫌を直してくれない。昨日だってしっかり手入れもしてやったと言うのに」
「そりゃあ馬だって休暇の一つも欲しい物さね。後は美味い飯だって人並みに欲しがる。いやこの場合は馬並みか」
はっはっは、と笑いながら手振りで若い衆に持ち場に戻るように伝え、ウィッチャーは村長の自宅に案内された。
「最初に被害が出たのは一週間前の事でね、放牧中にはぐれた羊が二頭やられた。羊飼いと羊を見張る為に出ていた連中はその時足跡しか見なかったから、ただの熊だと思ったらしい」
「まあ、確かにそれはそうだな。書物で読んだ限りでは熊とアウルベアの足跡は判別がつきにくいのが難点だ。やられたのは羊だけか?」
「いんや、そこから三日後にまた、な・・・・・今度は人死にが出ちまった。一家全滅だ」
村長は丸めた拳を更にきつく握りしめた。
「一家全滅?」
「その窓から見える茅葺屋根の小さな家があるだろ?そこに住んでる夫妻とその倅、そして赤ん坊の弟さ。仕事を本格的に覚えたいってんで一緒について行ったらしい。歳の割に聞き分けの良い坊主だった。林檎が好きでな。かみさんも、末っ子と村の外の空気を吸いたいってんで一緒に出掛けたよ」
「墓を建てるぐらいは出来たのか?」
「いや、血溜まりと破れた布地や靴しか残っちゃいなかった。それぐらいしか埋める物が見つからなかった」
「しかし・・・・・・放牧に出ていたと言ったな。だとしたらおかしい。アウルベアは基本夜行性だ。日が出ている時に行動するとしても精々が夕暮れ時。なのにまだそんなに日が高いうちからなんて不自然だ」
「ああ、それは俺も思ったよ。で、若い衆を何人か連れて猟犬と一緒に血の跡を辿ったんだ。だが、途中で消えたんだ。引きずった跡も、足跡も、血の跡も全部。まるでそこで消えてなくなったようにぷっつりとな。辿った先には川も水溜まりも無かったから途切れる道理が無いんだが、見落としが無いか何度も戻って調べ直しても結果は同じ。だから領主様を頼って依頼を出した。恐らくもう生きちゃいないが、骨なり何なり残ってりゃあアウルベア討伐の証と一緒に持って帰ってきて欲しいんだ。まだ生きてる家族の為にも。墓穴が空っぽじゃなくなりゃ、少しは・・・・・・・」
齎された情報を頭の中で反芻しながらウィッチャーはペンダントを指先でいじった。
「委細は承知した。そこまで案内してくれる奴をつけてくれれば、後は俺がやる」
「頼む」
若い狩人に案内されるまま、ウィッチャーは村を出た。一時間と少しは歩いたところで雑草の生え具合がまばらで岩がそこら中に転がっている開けた所に辿り着いた。辺りには若木や枯れ木が入り混じり、一際大きな石塊以外には何も無い。
「ここでさぁ。ここで跡がぜーんぶ途切れっちまったんでぇ」
「こんな何も無い所で、か・・・・・・確かに変だな。分かった、案内ご苦労。かみさんなりお袋なり、早く帰って顔を見せて安心させてやれ」
ほら、と銀貨を一枚駄賃に渡してやると、ほくほく顔で狩人は小躍りしながら帰っていった。十分離れた事を確認してから鎧の内側にしまっていたウィッチャーのメダルを引っ張り出す。小刻みに震えていた。それも、石塊に近付く程に増していく。
しかしぐるりと一周しても、異常は見当たらない。ただ馬鹿でかいだけの、大きな岩だ。だがメダルの反応に偽りは無い。最初に妖婆を討伐した時と同じだ。どこかで何かを見落としている。だがその肝心の何かが分からない。岩のどこかに空洞が無いか、はたまた何かしらの仕掛けで偽装されているのか、考え付く限りの事を探したが、手掛かり一つ見つからなかった。
いっそのこと爆薬か
思考に思考を重ね、頭を掻きむしり、何十周と岩の周りを歩き、歩いてはメダルの反応に微細であろうと何かしらの差が検知されるか確認を続けていくうちに、日が暮れた。木を背にして座り込み、ウィッチャーは煙管を吹かした。橙色に燃える煙草を見つめ、一計が頭の隅を過る。
爆破ではなく、火。
集中して印を結び、手掌から炎を放ち、岩の全体を万遍無く炙っていく。周囲を歩きながらそれを続けていくと、月明かりに照らされて他よりも比較的平たい面に字が浮かび上がった。
『我は求む
縛につきし時は貴賎ある物
解き放たれし時は悲劇の兆し
縛につきし時は男の欲と怒りを煽り
解き放たれし時は流れ、零れ、露と消えん
縛につきし時は往々にして命を繋ぎ
解き放たれし時は得てして死を招かん』
「・・・・・・何だ、これは?」
――コロコロコロリ、コロコロリ。
掌から落とされた骰子が盤上でかち合い、転がる。散々岩とその周辺を探査する
しかし、成功させてもタダでは次に進ませないのが真実の神です。岩に仕掛けがあるかどうかを見極める
ふざけるなと骰子を砕けんばかりに握り締め、真実の神を睨む医薬神。いっそのことこれらを鼻先に叩きつけてやろうか、なんて今動かしている駒の様な早まった考えがその顔に書いてあります。そこをまあまあ、と幻想の女神が宥め、骰子を他のと取り替えてやる。余った骰子はいくらでもあるのだからしばらくはこっちを使うと良い、と。
真実の神を未だ横目で睨みながら渋々受け取る医薬神。気を取り直して、両手の中でカチャカチャ振り、盤上に投げ落とす。
――コロコロ、カラン。カタン、コトン。
いざ、勝負!
皆さんも謎かけの答え、是非考えてみてくださいね!