Goblin's Crownの一つ手前のエピソードである収穫祭のお話です。
Session 1-1: 収穫の秋の後夜祭
夏のしつこい残暑が失せ、朝も冷えてくることが増えてきた。麦畑は一面黄金色に染まり、実り豊かな作物の収穫に勤しみ、辺境の街を行き来する農業者の数が右肩上がりになっている。秋に行われるその年一番の収穫を感謝し、神々に奉納し、翌年の豊作を祈る収穫祭が迫って来ているのだ。開催当日までもう三日も無い。
種を蒔き、芽を出す春。成長する夏。実り、収穫し、冬支度を整える秋。そして休眠と静養の冬。四季の変わらぬ巡りと同じように変わらぬ物が二つある。一つはゴブリンスレイヤーの一日だ。
どちらも朝は早い。ゴブリンスレイヤーは夜明けと共に起床し、装備を身に付け、牧場の周辺を見回る。秋の寒く、明け方が暗い時勢は彼とってにもゴブリンにとってもお誂え向きの物となっている。その薄暗さを夜目の訓練に利用し、地平が白み始めるまでの時間を訓練と警戒に費やす。投石紐、投げナイフ、弓などの遠間の武器を始め、体力を養う為に武具の素振り、とにかくその日、その時に必要かもしれないと思いついた事ならば何でも。
それがゴブリン退治の一助になるならば、何も惜しまない。汗も、血も、労力も。
終わればゴブリン退治に出ていない時に寝泊まりする納屋に戻り、武器や防具の手入れを行う。そして消耗する装備の中で著しく減っている道具があるかを確認し、あれば新たに作って補充する。最近特に消費が増えたのは自作の催涙弾だ。外殻は割った卵の殻に濡らしたパピルスを張り、中身は灰や土、そして触れれば痒みやかぶれが止まらなくなる虫と植物を磨り潰した物を混ぜ込む。当然自分も巻き添えを食らわないように手拭いで顔を覆い、分厚い手袋をはめ、更に兜を被った上で作業をする。
普段ならここで終わる所だが、不定期ながらもう一つ加わった物がある。対人の戦闘訓練だ。ここで変わらぬ物二つの内もう一つが関係してくる。ウィッチャーの一日である。
ウィッチャーもその職業柄休日という物は――駆け出し二人の強い言葉で時折とってはいるが――存在しない。早朝に起き、素振りなどの稽古を済ませ、消耗品の道具を調合、補充し、依頼を一つ、二つ、日によってはそれ以上依頼をこなして一日を終える。この稽古には現在暫定的に一党を組んでいる女魔法使いと女武闘家が混じっている事もあり、改めて一対多での立ち回りを見直すいい機会になった。
何より、武器術の練度を確認できる。贔屓目に見ても並より少し上程度だろう。刃筋こそ合わせようと努力はしているものの、咄嗟の状況でもそれをやってのけられる程の腕前は無い。吸血鬼やその他の特定の武器や手順でしか殺せないモンスターと違い、ゴブリンは何を使っても殺せる。故に殺せるならば何でもいいのだ。頓着をしないと言うのはどんな武器でもそこそこ使いこなせると言う長所ではあるが、しない故の裏返しでもある。つまり、これと言った得意な得物が無いのだ。
ゴブリンのみを相手取る都合上、武器や防具を消耗品と割り切る自分と違い、ウィッチャーは常に同じ武器、同じ防具を丁寧に手入れして使い続けているのだ。違う相手と同じ条件で勝てるのは武器の性能もさる事ながら、使い手の技巧も達人の域にある証左に他ならない。剣などの武器の扱いに習熟したゴブリンと相対した時、そしてその上一党からの援護が望めない時は自分の腕前にしか頼みを置ける物が無くなる。ならば早いうちに一つでも武器の習熟度を増しておきたい。そこで二日か三日に一度、ギルドの裏で朝の稽古に混ぜて貰っていると言うわけである。
丁度女武闘家がウィッチャーに足を払われ、剣をその手から弾き飛ばされた所で到着した。
「む?」
宙を舞った木剣は重力に従って回転しながら落下するが、ゴブリンスレイヤーはそれを造作なく空中から掴み取った。
「いたたた・・・・・・あ、ゴブリンスレイヤーさん!おはようございます!」
立ち上がって砂を払った女武闘家は振り返ってお辞儀をした。
「ああ」
「丁度良い所に来たな。ゴブリンスレイヤーと交代だ、しばらく休んでろ。平地でべた足の足運びはそうやって足を掬われるかもしれないから気をつけておけ。特に体重が軽いお前は機動力を殺されたら終わりだ」
「はーい・・・・・・」
「早速やるぞ」
「分かった」
木剣を握り、楯を構えるゴブリンスレイヤー。長さは中途半端で自分が今持っている物とそう変わらない。ウィッチャーも普段使いと変わらぬ寸法の木剣を手の内でくるくる回していた。正眼に構えても切っ先は額と両目と口の端を結ぶ小さな円を描き、的を絞らせない。足運びも静かで殆ど音もせず、まるでダンスのステップを踏んでいるようにも見える。
この撃剣稽古もこれで六度目になるが、ウィッチャーに勝てた試しがない。相手は熟練の剣士だから当たり前なのだが。しかしいつまでも勝てませんで済ませる訳には行かない。ゴブリンが彼並みの剣技を身に付ける事が無いとは言い切れないのだから。ならば少しでも早く、達人でなくともせめて妙手と呼べるまでに技術を伸ばしたい。
ウィッチャーの一撃は鋭い。折れるのではないかと言う勢いで振るう木剣は楯を括りつけた腕を痺れさせるが、それはもう学習した。
故にゴブリンスレイヤーは真っ向から受けない。踏み込む。踏み込んで威力を殺した所で受ける。しかし楯を構えた所で足を引っかけられ、そのままどんと後に押された。
だがゴブリンスレイヤーは慌てない。鎧は身に付けているため打撲による痛痒は無い。どころかそのままさらに後ろに倒れ込んで受け身を取り、一旦距離を離したが、またすぐに前進する。今度は態勢を低くし、右、左と膝を狙って剣を振るが、軽やかなステップで躱され、軽い突きを胸当てに食らった。
「まだ太刀筋が素直過ぎる。もっと足を使え。常時鎧を身に付けたまま動くだけの体力があるんだ、活かせ。呼吸を止めるな。考える事をやめるな」
再び攻めるゴブリンスレイヤー。五、六合打ち合って懐に潜り込んだが、棒鍔の先端が兜から僅かに覗く首筋を捉えた。
「剣は刃だけじゃない。鞘、棒鍔、柄頭に至るまで、その全てが武器だ。後は略打を覚えろ、数の暴力を頼みにするゴブリンを相手にする以上一撃一殺を心掛けるのは悪い事じゃないがいつもできるわけじゃない。もっと力を抜く事を覚えろ」
「ああ」
「では今のを踏まえた上でもう一度だ」
撃剣稽古は日が更に高く昇るまで続き、次回までの予習・復習内容が課せられる。今回は腰の回転を伴う切り替えしとより機敏な足運び、そして剣を握る手の内の緩急だ。
「すまん。また頼む」
「気にするな。珍しく頼ってくるから俺も驚いたよ。教え甲斐もある」
「そうか。ところで気になっていたが、牧場をゴブリンが襲った時に求めた報酬は本を書くのを手伝えとの事だったが、何の本だ?」
「名付けて『ゴブリン退治の勧め』だ」
「ゴブリン退治の勧め・・・・・・」
「ああ。後続の冒険者の為の道標と言う奴だ。ゴブリンの生態、行動、癖、分布、変異種等々のお前が知り得る限りのゴブリンに関する情報を本に纏める」
「執筆の手伝いが求められている報酬である以上、拒否はしない。だがそうしている間にゴブリンは村を襲う。俺が出向いて巣を潰す方が効率的だ」
「今の内だけだ。お前は二十歳ぐらいだったな。その間にもう既に数千どころか万に達する程のゴブリンを殺して来たのだろう。だがゴブリンスレイヤーよ、お前は定命の
兜の所為で相変わらず表情は伺い知れないが、ウィッチャーは彼が目まぐるしく頭を回転させているのが容易に分かった。何やらぶつぶつと自分で理の有無を頭の中の算盤で弾き出しているのだろう。やがてその独り言も終わり、ゴブリンスレイヤーは頭を下げた。
「すまん、よろしく頼む」
「こちらこそ。それとだが行く行くは他のモンスターについても同じような事が出来ればと思っている。今回のを実際に書き始めるのはまだ先の話だが、草案を形だけでも纏めておきたい。急ぎではないが俺はいつでも始められる」
「・・・・・・・今日の分の依頼を片付けてからでは駄目か?」
「別に構わん。急を要する程の事ではない」
「それとだが、収穫祭の当日は予定がある」
「ゴブリン退治か?」
「いや、祭りを回る」
「ほう?」
「受付の娘と、俺が寝泊まりしている牧場の跡取りだ」
ゴブリンスレイヤーがゴブリン以外の用事?それも祭りでの付き添いだと?青天の霹靂とは正しくこの事だ。横で聞いていた女魔法使いと女武闘家はそれぞれ呆けた顔で驚いていた。ウィッチャーの表情はそれほど驚愕に染まってはいなかったが、いつもより目を丸くさせた事は間違い無い。
「普段世話になっているから、その礼も兼ねている。集合はギルドの食堂でいいか?」
「それで構わない。じゃあな」
「ああ」
歩き去るゴブリンスレイヤーの後姿が完全に視界から消えたのを確認すると、ウィッチャーは近くの柱に手をつかねばならぬ程笑い始めた。
あの偏屈で頑固な変わり種のあいつが。辞書には『ゴブリン』以外の単語が最低限、辛うじてある様なあいつが。よもや祭りの日に逢引きとは!
「当日は大木へし折る強風と雷雨で確定だな」
「ちょっとやめてくださいよ、ウィッチャーさん!」
「縁起でもない!」
駆け出し二人の叱責などどこ吹く風と、ウィッチャーは午前中しばらくの間思い出し笑いが続いた。
「あっ、そう言えば武具屋のご老人が試して欲しい武器があると言っていたな、取りに行かねば」
時期を同じくして、どこかの地下にある隠れ家にて――
「おのれ!!!」
金糸で巨大な目を象る刺繍をふんだんに施した黒いローブを身に纏う長身の男が様々な書物や地図が散らばったテーブルに両拳を叩きつけていた。全身を怒りに震わせながら。
「魔神王様が倒れし今、悉く企みが阻まれる・・・・・・水の街の儀式すらも邪魔されるとは!!」
男は神官だ。だが地母神や至高神を信仰しているわけではない。奴らはむしろ唾棄すべき敵と認識している。
信仰の対象は、その対となる混沌の神々。世界にありとあらゆる厄災をばら撒き、発芽し、花開くまでの一部始終を眺める事を――まあ花開かずとも失敗を避けようと四苦八苦する連中の様子もまた見物するが――飽きる事なく繰り返す暇を持て余した遊び人である。
男はその遊びの手駒となる事をよしとした集団の一人だ。自分も何か、何かしらその一助になりたい。しかし自分の持ち駒も数十匹のゴブリンだけだ。
私も何か、私ならば。そう口にした次の瞬間、足元から闇が間欠泉の様に噴き出した。それは男の体を包んで囁く。
――遊んでくれるのか?楽しませてくれるのか?
――ならばよし、教えてあげよう。さあお耳を拝借。
「おお・・・・・・!おお!これは、
闇が耳に届く音に、瞼の裏に写る像になり、男の中へと流れ込む。何処から芽生えたか分からぬ自信と共に。これさえあれば、混沌の勝利は揺るぎない物となる。
――さあやってごらん、見せてごらん。
男は片膝をつき、組んだ両手を頭上に掲げた。
「必ず!その
感謝いたします、と更に五体を地に投げ出して額を地に擦り付け、平伏した。