辺境の街に辿り着き、三人に誘導されるまま、ウィッチャーは大きな建物の中に入る。正面玄関の上には大きく『冒険者ギルド』と書かれた看板が掲げられている。中に入り、荷物を下ろすと受付の窓口まで足を運び、事情をかいつまんで説明した。
「大変でしたね、でも皆さんの命が無事でよかったです」
カウンターの向こう側にいる受付嬢は会釈をし、奢りです、と言いながら瓶に入った水薬を人数分渡す。
「それで、こちらが護衛の方ですか。失礼ですが、認識票はお持ちですか?」
聞き慣れない単語にウィッチャーは目を細めた。
「道中で色々と地元住民の話を聞かせてもらったが、認識票は持っていない。そもそもこっちには来たばかりで登録など諸々の手続きは踏んでいないのだ。だが、化け物退治を専門に請け負っているという意味では同業だ、専門の訓練校で修業を積んでいる」
「左様ですか。分かりました。そもそも今回は正式な依頼がギルドに提出されなかったと言う事も加味してギルドを介さずに討伐を行った件は不問とします。それではウィッチャーさん、でよろしいでしょうか?」
元の世界でもそう呼ばれていたため、敢えて訂正する必要も無いので「呼び方はそれで構わない」と首肯した。こっちには来たばかりで勝手が分からないので郷に従うべき所は従っておく方が吉だ。
「冒険者登録をこちらでなさいますか?正式な依頼があればそちらのお仕事の斡旋と仲介、並びに報酬も我々を介してお支払いされますし、身元も保証されます」
「ならば、よろしくお願いする」
ウィッチャーは頭を下げて食い気味に、即断即決で答えた。普段は仲介者や斡旋者などを介さず直接依頼主と交渉し、依頼を達成してから金が払われる。が、時には依頼の全容を話さなかったり、報酬を渋って争いになったりと言う事はよくある。そんな諍いや水掛け論が全て消えてなくなり、報酬をとりっぱぐれる事も無いとなれば答えは決まっている。
「代筆は必要でしょうか?」
「訓練の際に読み書き算術は一通り叩き込まれた。問題は無い。気遣いには感謝する」
羽ペンとインク壺を手前に引き寄せ、カウンターに置かれた用紙に記入していく。
その様子を受付嬢は注意深く見ていた。冒険者になりたいという少年少女は多い。が、同時に遅咲きの冒険者と言うのも別にいないわけではない。
旅商人の一行を護衛した男は、二十代後半か、三十代だろうか。鎧や武器などの装備は随分整っているし、窓から馬を引いてきた所も見ている。元は貴族の出身なのか、それとも一兵卒から独立独歩で出世したのか、兎も角ただ者でないことは雰囲気から分かる。何より額から右顎にかけて伸びる深い傷が歴戦の猛者であることを物語っていた。
記入が終わり、用紙に目を通して誤字脱字などの不備が無いことを確認する。
「年齢は・・・・・これでお間違いないのですか?」
「ああ、見た目より若く見えるといつも言われるが、年齢は数え年で書いてある。間違いない」
まあ確かにこんな所で年齢詐称をした所で意味は無い。恐らく祖先に
「ウィッチャーさん、少ないですが、どうぞこれを受け取ってください。改めて命を救ってくれて助かりました」
男の一人が懐から巾着袋を取り出し、銀貨と銅貨を数枚握らせた。ウィッチャーは何も言わずにそれを受け取って頷く。
「これからどうする?」
「納品の作業を終えてから近くに住んでいる家族の世話になるつもりです。医術の心得もある従弟の神官がいますので。急げば指もくっつくかもしれませんし」
「そうか。負傷した手をあの場で完全に治療する手立てが無かったのが残念だ」
「いえいえ、とんでもない。命があって商品も無事、貴方と貴方を遣わした神々には感謝しかありません。では、お元気で。縁がありましたらまたどこぞの旅路でお会いしましょう」
別の窓口にいる女性と売り物の納品の手続きを始めた頃に、受付嬢は白磁で出来た小さな認識票を持って戻ってきた。そこにはウィッチャーの名などの情報が彫り込んである。首から下げられるように革紐を通してある。
「こちらが正式なギルド所属の者であると言う事を示す認識票です。何卒紛失しないようにお願いいたします。先程護衛していただいた商人の皆様に関する報告は、ウィッチャーさんの功績として記録させていただきます。そして等級ですが、下から順に白磁、黒曜、鋼鉄、青玉、翠玉、紅玉、銅、銀、金、白金と分かれております。等級の繰り上がりは社会への貢献、獲得した報酬総額、そして面談による査定などを評価して審査の結果、成否の通知が出されます。等級によって受けられる依頼には制限がかかりますので、ご注意ください。それとですが、依頼を遂行中に
「ああ。例えばの話だが、冒険者が依頼にあったモンスター以外を討伐したとする。その場合の追加報酬は出るのか?」
「残念ですが、報酬は基本的にあくまで依頼内容のみとなります。勿論時と場合によって追加報酬をお支払いする場合もありますよ。ギルドは国営の組織なので、国庫からのお支払いと言う形になります」
「なるほど。では、そうだな・・・・・・例えばゴブリン討伐の帰り道にグリフィンなどの大物を仕留めた際、一足飛びに昇級、と言うのは可能か?」
「非常に稀な事例ですが、なくは無いですね。流石に初心の冒険者でグリフィン討伐は聞いたことはありませんけど・・・・・」
受付嬢はウィッチャーの言葉を冗談のつもりで軽く笑い飛ばしたが、彼の胸元にあるペンダントを見て十中八九本気なのだろうと、根拠こそ無かったがそう思った。
「質問は以上でしょうか?」
「最後にもう二つだけ。一つは、寝泊りできる宿を探しているのだが、ここでの逗留は可能か?」
「はい、勿論可能です。宿泊料は頂きますが、冒険者の皆様には多少割り引いた価格でお部屋を提供しています」
提示された金額を先程貰った銀貨で支払い、差し出された台帳に名前や逗留期間を記入する。
「最後に、国営の組織ならここで貨幣の両替をできる所はないか?扱っているかどうかはともかくとして、この国の貨幣は先刻貰った幾ばくかしか持ち合わせていない」
「一度に換金できる量は決まっていて換金の都度手数料を頂きますが、可能ですよ」
「それを聞いて安心した。少し待っていてくれ」
そう言ってウィッチャーは外に繋いだ馬から荷物を下ろし、貨幣の詰まった袋をどさりと受付嬢の前に置いた。大きめの林檎ほどの大きさもあるその袋を見た彼女は思わず息を乱し、目を丸くした。
これだけの金額をただの袋に詰めて、それも建物に持ち込まず馬に積載したまま、今までのやり取りをやっていたのか。辺境の街は治安がいいとはいえ盗みなどの犯罪が無いわけではない。手練れなのか、はたまたそう見えるだけの只のうっかり屋なのか、受付嬢はますますウィッチャーの器を測りかねていた。
「私の知る限り、こちらは当支部で扱っているどの貨幣とも違うようですが・・・・・一度鑑定させていただけますか?どれぐらいの比率での両替が可能かも確認を取らなければなりませんので。残りはこちらでお預かりして、またご入用になったら換金出来るよう伝達しておきます」
「よろしくお願いする。その間張ってある依頼を見ても?明日に備えて参考にしておきたい」
「ええ、それはご自由にどうぞ。食堂もまだ空いていますので、もしよろしければそちらでお召し上がりになってください」
「感謝する」
受付嬢が金を小分けにして運んで奥の方へ消える間に、ウィッチャーは未だに残っている数枚の依頼書を見て回った。残っているのは五枚だけで、二つはゴブリン討伐、もう一つはジャイアント・ローチ駆除とどぶ掃除、最後に薬草の採取と言う、明らかに実入りの悪そうな仕事ばかりだ。
だがウィッチャーの仕事と言うのは初めの頃はそういったものだ。仕事はある物からしか選べないし、必ずしも報酬が碌な金額かどうかも貰うまでは分からない。依頼主の懐事情にもよる。それに野良仕事もウィッチャーになる前から修業時代に馬の世話や薪割りなどをやっていたので苦にはならない。塵も積もれば山となると言う言葉もある。数をこなせばその分金は支払われるのだ。何よりオイルや爆薬、霊薬と言ったリソースの消費を抑えられる仕事と言うのが大きい。霊薬は現物も調合の材料も見つけられればタダだが、買う場合は値段が張る上作るのにも手間も時間もかかる。
初心に帰れる機会があるのはむしろありがたい事だ。
「お待たせいたしました。確認を取ったところ何も問題は無いとの事なので、全額一括でとはいきませんが、七日に一度の頻度で、二割五分ずつの換金が可能となります」
「それで結構。何から何まで手間を取らせてしまうのは、たとえ仕事だと割り切ってもいい気はしないな。基本そういった取引は全て自分でやっていたから、不思議な感じだ」
「ウィッチャーさんの地元にギルドはないのですか?」
「ここからかなり遠い。少なくとも冒険者用のギルドは無いな、長らく戦争が続いているのも原因の一つだ。依頼の引き受けや成功報酬の交渉、全部自己責任でやっていた。魔女狩りやらの目を潜り抜けたりして、な」
「ま、魔女狩りですか・・・・・・」
「ああ、地元で流行っている永遠の炎教会が説く宗教では魔術とそれを使う者は穢れた異端者とされていて、疑わしき者は誰でも罰せられる。勿論エルフなどの種族も迫害されている」
「そんな!」
「まあ、ともかく、そういった荒っぽいお国柄の所から来ているので、俺も疑り深くなっている。知らず知らずのうちに度々気に障る様な事を言ったかもしれない。改めてお詫びを」
「ありがとうございます、そのお気持ちだけで十分です」
ウィッチャーが換金された金を受け取って上にある宿泊用の部屋へ消えて行くと、ギルド受付で働いている数人が応対をした受付嬢に近づいた。
「今の人、どう見る?この辺の出身じゃないって事は確かだけど」
「変わり者って言えばそれまでね」
偏屈な冒険者、気難しい冒険者、冒険者一つ取っても性格や経歴は千差万別である。性格的に言えば良くて秩序にして中立もしくは真なる中立と言った所か。少なくとも最低限の礼節や作法はわきまえているようで、応対も終始丁寧だった。
「まあ、貴方は万年ゴブリンゴブリン言ってる
そこら辺は勝手にしてくれ、と受付嬢はため息混じりに返した。少なくとも怪物退治の専門家として手抜きはしないという矜持は決して虚勢や虚言の類ではなく、経験に裏打ちされた物であると言う事は長年冒険者に携わる仕事をして来たからこそ分かる。
現在辺境の街には在野最上とされる銀等級の冒険者が多くいる。中でも一際目立つのは槍を持たせれば『辺境最強』と名高い男、『辺境最高』の一党を率いる大物食いの頭目、そしてゴブリン退治の専門家である『辺境最優』がいる。もしかしたら、彼もその『最』たる冒険者達の一人として名を連ねる事になるかもしれない。
実際にそうなるかどうかは、神々しか知りえない。