ほら骰子だよ、ウィッチャー   作:i-pod男

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書き貯めがある程度出来上がったのでしばらくは『龍戦士』の方を優先的に書き進めて行きます


Session 7-2:思いがけない陰謀

日が暮れ始め、地平線の彼方に太陽が半分以上沈んだ頃にウィッチャーは名主の屋敷に戻った。

 

「お帰りなさいませ、冒険者様。薬草は見つかりましたかな?」

 

「ああ、この通り」と荷鞍の中から貰った瓶を取り出し、中に入った花を見せつける。「多めにとの注文だったから十五輪ほど花を摘んだ」

 

「おお、これです、これです。正しくこの花じゃ。では、早速——」

 

「その前に私もその薬の製造を見学させてはもらえないだろうか?こう見えて薬師としての心得は少々ある。後学の為に是非勉強させて欲しく思うのだが」

 

「・・・・・・・まあ、よろしいでしょう。こちらへどうぞ」

 

瓶を受け取った錬金術師は一礼してついてくるように言い、屋敷の中へと入っていった。途中、雑務の最中だった使用人達に挨拶をしてそれぞれに銀貨を一枚ずつ渡してやる。

 

ウィッチャーは屋敷から少し離れた煉瓦造りの小さな工房へ通された。作業台は壁際に二つあり、それ以外にも天井まで届く引き出しを沢山備えた戸棚や瓶詰の材料、そして錬金術や薬学の蔵書をいっぱいに詰めた本棚がある。部屋の最奥には暖炉があり、小さな鍋が火にかけられている。

 

「この工房での仕事は、一人で?」

 

「ええ、あの、名主様の使いでお迎えに上がった小間使いの娘も時たま手伝いますが、あれで中々筋がよろしくてな。行く行くは孫娘と共に後を継いでもらおうなどと思っております」

 

「その彼女は今どこに?こんなまたとない勉強の機会にいないとは・・・・・・」

 

「大方侍女をしている孫と一緒に名主様のお加減を見に行っているのでしょう。薬は出来次第、取りに来ると」

 

「ほう。ところで見ている間、手順を書き写したいのだが、紙とペンを拝借しても?」

 

「そちらの作業台の引き出しにインク壺と巻いた羊皮紙があります。切ってお好きに使ってくださいまし」

 

「すまん、見学と一緒に書いた方がより覚えやすい質でな。ちなみにこの薬は一体どういった症状に効く?」

 

「名主様は当初呼吸が芳しくなく、喉も腫れておりました。初めは喘息か何かかと思いましたが、時が経つにつれ咳がひどくなり、しまいには血を吐く始末。半月と経たずに熱を出して出歩けなくなりましてな。何ぞ、毒のある木の実でも口にしてしまったのでしょう。ああ見えて野山を童の様に駆けずり回るのがお好きな御仁でして。これなら喉の腫れを内側から直し、熱を引かせる事が出来ます」

 

「若い心を持った名主か。長生きすると良いな」

 

ウィッチャーは羽ペンをインク壺に浸し、準備が出来た事を伝えると、錬金術師は頷いて戸棚にしまってある瓶詰の葉や根を下ろして少量を刻み始めつつ、植物の名や効能をあげつらう。次にフラスコからワインの様な赤黒い液体をすり鉢に注ぎ、更にウィッチャーが採取した花を二輪その中に落とし込んで磨り潰し、材料を全て混ぜ合わせた。

 

「これで完成です。手順は書けましたかな?」

 

ウィッチャーは無言で羊皮紙を渡した。錬金術師は生乾きのインクが光るそれに目を落とした。

 

「ええ、これで間違いありません」

 

「本当に、全ての手順に間違いはないか?」とウィッチャーは念を押す。

 

「間違いはございません。貴方もとても覚えが速いようで。三番目の弟子に欲しい所です」

 

「それはありがたい。依頼完了のサインは姉弟子から貰えばいいのか?」

 

その冗談に錬金術師も思わず吹き出してしまう。

 

「ふへへ、ええ、そちらは屋敷でお受け取り下さい」

 

「ではそうしよう」

 

薬を新たなガラス瓶に詰めてコルクで栓をすると、錬金術師はウィッチャーを伴って屋敷に戻った。使用人の一人が案内を始めた所でウィッチャーは帰る前に喉が渇いたから茶を一杯馳走になりたいと頼み、主寝室の前で取りに階下へ戻った。

 

ベッドには名主と思しき中年の整った顔立ちの男が横になっており、額には汗が滲み、口元の髭には吐いたであろう血の染みで汚れていた。ウィッチャーは顔面蒼白な名主の呼吸がかなりか細く聞こえ、目も死んでいるのではないかと見紛うような半開きの状態になっていた。

 

その横で濡れた布巾を絞って血を拭っているのが、最初に会った小間使いの女だ。二人が戸口に現れたのを見て口元を覆う。

 

「ああ、お帰りなさいませ!お薬の材料は手に入ったんですね?」

 

「時間をかけてしまって申し訳ない。だが、こちらの錬金術師が見事な手本を見せてくれて、勉強させてもらった」

 

「左様ですか、それは重畳。さあ早く、薬を!」

 

錬金術師は恐る恐ると言った様子で薬を詰めた瓶を渡し——その瞬間じゅわりと肉と毛髪が焼ける嫌な臭いが鼻をついた。

 

小間使いの女は突如手を抑え、悲鳴を上げながら瓶を取り落とし、あまりの激痛に膝をついた。

 

「教わらなかったか?化け物はウィッチャーが触れた物を迂闊に受け取ってはいけないと」

 

振り乱した髪の奥から覗く小間使いの女の目と形相は、およそ人間にできる物ではなかった。口は耳まで裂け、ぼさぼさの灰色の髪を振り乱し、暗い黄色の乱杭歯を獣のように剥き、目尻が大きく吊り上がる。陶磁を思わせるような透き通った柔肌は先程の池に浮かぶ藻類よりも深い気色の悪い緑色に染まっていく。

 

化けの皮が剥がれた妖婆は反撃しようと腕を伸ばすも、瞬きする間に肘から先が切り飛ばされた。返す刀で首を落とそうとする刃をすんでの所で首を逸らして回避し、顎を少し切り裂かれるだけに留まった。

 

(サジタ)必中(ケルタ)射出(ラディウス)!」

 

獣にも似た悔し紛れの獰猛な唸り声と共に妖婆は残った手を突き出して呪文を唱えた。ほぼ同時に襲い来る三つの魔法の矢はウィッチャーの胴体と頭を狙って飛来するが、どれも(クエン)の楯に阻まれた。が、やはり衝撃を殺し切れなかったのか印が破れると同時にウィッチャーは後方の壁に叩きつけられ、勢い余って突き破った。

 

その隙に妖婆は窓を破って逃走する。

 

「くそったれが」

 

ウィッチャーは毒づきながら立ち上がり、頬と左肩に刺さった木片を強引に引き抜いた。切り飛ばした手を窓から投げ捨てると、そのまま窓から飛び降りて追い縋る。

 

――こんな事ならでかい奴でもクロスボウを買っておくべきだったな!

 

だが今更後悔しても後の祭りだ。しかし幸い血痕は点々と続いており、そのかび臭い血の臭いも辿れる。『猫の目』の霊薬を飲み、鬱蒼とした闇の中に飛び込んだ。右へ、左へと血と匂いを辿るが、手負いでもこの妖婆は健脚だ。また何らかの術でも使っているのだろう。ならば、と再びウィッチャーは懐に手を伸ばし、爆薬を投げ上げた。

 

放物線を描く爆薬は途中木の枝に引っかかって狙いがずれはしたが、爆風が妖婆を襲って転ばせる。

 

時・一時(ホラ セメル)―――」

 

「させん」

 

即座に罠陣(イャーデン)の印を結んで妖婆の力を弱めて彼女の術の発動を遅らせた。突き出したもう一方の手も指輪を嵌めた指先を切り飛ばし、抵抗される前に首をはねた。

 

「まったく、余計な手間を増やしてくれる」

 

草むらに落ちた指輪を迷惑代替わりに回収し、念には念を入れ、復活しないように改めて心臓を銀剣で貫き、死体を燃やすと、急いで屋敷の方へ引き返す。

 

 

 

屋敷の使用人達は錬金術師共々安堵の涙を流していた。そして返り血を浴びたウィッチャーを見ると、皆地に平伏して許しを乞うた。

 

「どうかお許しを!あの妖婆は名主様を毒で弱め、病死に見せかけて殺した後に名主様に化けてなり替わろうしていたのです!逆らったり冒険者に気取られるような事があれば孫娘を殺すとも!」

 

錬金術師はどうか、どうかとすすり泣き、血に塗れた抜身の剣を携えたままのウィッチャーの足元まで這って爪先に額を押し付けた。

 

「構わない。それに、お前達は全員妖婆を炙り出す手助けをしてくれた。特に錬金術師の御母堂、貴方は実に賢い」

 

ウィッチャーは毒草が描かれた赤いインク付きの羊皮紙を開いてその場にいた全員に見せた。

 

「インクの細工を見つけたのは偶然だがな、水に濡らして乾かせば出るようになっている特殊な物は俺も良く知っている。これで、薬草ではなく毒草であると言う事も、これが依頼に見せかけた罠であることも俺に伝えた」

 

更に、と薬の製造法の手順を書き留めた羊皮紙を開く。しかしその場で字が読める者はあっ、と声を上げる。そこには、手順ではなく、箇条書きで質問がいくつか書かれていた。

 

名主を含む家人は人質に取られているのか?

調合したのは毒薬か?

妖婆は銀に弱いのか?

妖婆は小間使いの女か?

 

「使用人に全員銀貨を渡したのは、俺の経験上妖婆は銀に触れないからだ。触れば即座に焼けるような痛みを伴う。反応が無かったと言う事はお前達が妖婆に非ずと言う証明になる」

 

「私は、貰っておりませんが・・・・・」錬金術師はおずおずと手を上げる。

 

「ああ、確かに御母堂には()()は渡していない。()()()、な。だがあの毒草を拾った後、鑢で銀貨を一枚削ってその削りカスを少量採取用の瓶に混ぜた。銀は水銀と違って人間であれば触れようと口にしようとあの量では害は無いからな。反応が無かった事から消去法で小間使いの女が妖婆だという結論に辿り着いた」

 

「御見逸れいたしました」

 

皆が再び平伏する。

 

「黙っていた事を責めてはいない。しかし、こっちも一応予想外の戦闘をする破目になったからな。手続き上、ギルドには報告させてもらう。勿論、使用人が皆協力してくれたと言う事も含め、情状酌量の余地もあるように取り計らう。それと、名主の容態回復についてだが、何の毒を盛られたかは分からない。念の為に持ってきたが、俺は使わずに済む様だからお前達に渡してやる。条件付きでな」

 

そう言いつつ、雑嚢から解毒薬(アンチドーテ)治癒の水薬(ヒーリングポーション)、更に賦活の水薬(スタミナポーション)を引っ張り出し、錬金術師の膝元に置いた。

 

「それで、条件・・・・・・とは?」相場の価格が自分の給金の数倍はある値段の薬瓶を見た錬金術師の娘であろう侍女が恐る恐る尋ねる。冒険者に会うのは初めてだが、会った者達は彼らを金に汚く、女癖の悪いならず者と罵り、またある者は高潔な真人間である、とも言った。果たしてこの男はどちらなのだろうか?

 

「追加報酬として、一宿一飯の世話をしてもらう。後は久々に湯を使って体を洗って顔も剃りたい。以上だ」

 

 

 

結果として、名主は翌日の昼過ぎには起き上がれるほどに回復した。妖婆が討伐された事を聞き、使用人共々深々と頭を下げ、迷惑代として彼女が住み込みで使っていた部屋の物を好きに持って行って構わないと約束し、そう綴った手形も作成した。

 

部屋を物色したウィッチャーは乗っ取りを始める前に小間使いとして働いて稼いだ金の入った持ち手付きの箱と上等そうな反りの浅い短剣、更に薬学、錬金術に関する本を数冊選び、荷鞍と譲ってもらったずた袋に押し込んだ。

 

「この度は本当にありがとうございます。何度感謝しても足りないぐらいです」

 

「ああ。命があってよかったな。来たのが俺以外の奴だったら、そいつもお前も、えらい目に遭っていたぞ。妖婆と言うのは人をシチューみたいに調理して食うからな」

 

「昨日の今日ですから、思い出すだけで身震いがします。使用人には早速銀製の装身具を一つは身に付けておく様にと言いつけましょう。小間使いの仕事も当分募集はしません」

 

「賢明な判断だ。仕事はこれで完遂した」

 

依頼完了の署名を貰うと、ウィッチャーは満足そうに頷いて馬に跨った。

 

「あの!貴方の事は、村人には何とお伝えすれば?」

 

名主が去ろうとする恩人を呼び止める。

 

「別にありのままを伝えればいい。妖婆は魔法剣士に屠られたと」

 




今回採用したモンスターはダンジョンズ&ドラゴンズに出て来るグリーン・ハグとナイト・ハグです。銀に弱いという性質は後者が持っています。普通の白磁等級がソロで挑めばかすり傷ぐらいは負わせられても勝つのは無理です。
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