エウリュディケ救出作戦〜先生を、取り戻せ〜   作:立日月

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プロローグ

 

「全くもう、いつもいつも先生は書類仕事を溜める癖が治りませんね……」

 

 給湯室でお茶を入れるユウカにお説教を受ける先生は、バツが悪そうに後頭部をポリポリと掻く。

 

「いつも手伝ってもらって悪いね、ユウカ。とても助かってるよ」

 

「もう、先生はいつもそういう……」

 

 ストレートに感謝されたことで毒気を抜かれたのか、ユウカは少し照れながらそっぽを向いた。

 

「……お茶が入りましたよ、先生」

 

「ありがとう、ユウカ」

 

 先生はそう言いながらティーカップを受け取ろうとするが、ユウカはそれを制した。

 

「フラフラじゃないですか、私が机まで運びます」

 

「いや、大丈夫。自分で持っていくよ、ユウカは自分の分を運んで」

 

 先生はそう言いながらティーカップを受け取ると、ひと足先に給湯室を後にする。

 

「あ、先生。放課後スイーツ部からお茶菓子の差し入れが来ていたのでそれも出しておいてください。確か棚の三段目に……」

 

 ユウカがそう話している最中に突然、ガチャン! とティーカップの割れる音がシャーレオフィスに鳴り響いた。

 

「もうっ、先生! だから私が持っていくって言ったじゃないですか」

 

 ユウカは呆れ顔でそう言いながら給湯室から飛び出した。その眼前にはズボンを濡らして慌てた先生の姿が──

 

「え?」

 

 ──どこにもなかった。

 目の前に存在するのは粉々に割れたティーカップとその中に入っていた熱い紅茶の水たまりが広がるのみで、肝心の先生の姿は影も形も存在しなかった。

 まるで、そんな人間はそもそもこの世界にいなかったかのように。

 

「先生……?」

 

 早瀬ユウカの呼びかけは、淡く虚空に溶けていくのみだった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「一体全体、先生はどこに行ってしまったんですか!」

 

 連邦生徒会首席行政官である七神リンは、らしくもなく声を荒らげていた。

 

 錯乱気味のユウカから先生の失踪の連絡を受けた当初、連邦生徒会の面々は事態についてさほど重く見ていなかった。先生が生徒のために独断行動をしたり、不良生徒に誘拐されることは日常茶飯事であるし、シッテムの箱によって守られている限り先生のことを傷つけることはそう簡単にはできないからだ。

 

 しかし連絡後にサンクトゥムタワーにやってきたユウカの手にダウンしたシッテムの箱があったことで、リンの顔色が変わった。

 

 シッテムの箱がここにある以上、先生の安全の保証がないこと。そしてユウカの言を信じるならば、人智を超えた力によって先生がどこかに連れ去られたこと。その二点から早急に対応すべき事態であると認識したリンの判断は早かった。

 

「キヴォトス非常対策本部を設置します。──虚妄のサンクトゥムの件とは違い、失踪した先生の捜索と言えば各生徒会も積極的に参加してくれるでしょう」

 

 リンの推察通り、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムを始めキヴォトス中の生徒会が先生の捜索に協力的だった。

 

 これだけの生徒たちがみんなで先生を探しているのだから、きっとすぐに見つかるはず。きっとほとんどの生徒はそういう楽観を抱いていただろう。

 

 しかし一週間が経過しても先生の行方の手がかりすら見つからなかった時、その楽観は反転した。先生がもう帰ってこないのではないかという、恐怖(terror)へと。

 

 

 ────────────────────

 

 キヴォトス中の学園が混乱の渦に陥る中、比較的冷静さを保っていたのがアビドスの対策委員会だった。

 

「先生、本当にどこに行ってしまったんでしょう……」

 

 ノノミが不安気にそう呟く。もう毎日同じ言葉を繰り返していて、その頻度が少しずつ上がっていた。

 

「……わかりません。昨日も徹夜して行方を調べましたけど、ユウカさんの目の前で先生が消えて以降の足取りは全く残ってないんです。

 

 真昼間にも関わらず、眠そうにしながらアヤネが答える。

 

 冷静さを保っているとは言ったものの、対策委員会の面々もまた精神的に参っており寝不足の後が顔に残っていた。

 

「……」

 

 そんな中、小鳥遊ホシノがいつもとは打って変わって思い詰めた顔をしていた。

 

「どうしたの? ホシノ先輩」

 

 シロコがホシノにそう呼びかける。ホシノはシロコの方を向いて迷うように視線を右往左往させたが、やがて決意を固めたように目線を合わせ、こう言った。

 

「おじさんさ、心当たりがあるんだ」

 

「えっ?」「心当たりって、先生の?」「なんで今になって……」

 

 ホシノのカミングアウトで対策委員会の面々に動揺が広がり、ホシノは慌てたように言い直す。

 

「ごめんごめん。おじさんも先生の行方そのものに心当たりがあるってわけじゃないんだ」

 

「なんだ……じゃあホシノ先輩の心当たりってなに?」

 

 セリカが残念そうに嘆息しながらも、ホシノに続きを促す。ホシノはざっとみんなのことを見渡して、言葉を続けた。

 

「先生の行方はわかんないけど……それについて何か知ってそうな奴に、心当たりがある」

 

 対策委員会の全員が、体を緊張で固くする。温厚なホシノが「奴」と表現する相手はそう多くない。

 

「それってもしかして……」

 

 とアヤネが恐る恐る尋ね、ホシノが想像通りの答えを返す。──キヴォトスで暗躍していた、ゲマトリアの一員の名を。

 

「……うん、『黒服』だよ」

 

 

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