エウリュディケ救出作戦〜先生を、取り戻せ〜   作:立日月

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タイナロスへの航海〜竪琴は彼の地に〜

 

「まさか、一発目で当たりを引くとは思わなかったよ……黒服」

 

 そのホシノの言葉に、黒服は少し首を傾げた。

 

「当たり、ですか。私としてはこうなることが予定通りでしたがね」

 

「どういう意味?」

 

 要領を得ない黒服の言葉に、セリカは苛立ったような反応をする。

 

「あなた方は私のことを探していて、私もまたあなた方との邂逅を望んでいた。そうなればこの結果は当然の帰結と言えるでしょう」

 

「私たちとの邂逅を、望んでいた?」

 

 通信回線の向こう側でアヤネが困惑したような声をこぼした。

 

「ええ、私とあなた方は目的が一致していますので」

 

「目的というのはつまり……先生の捜索?」

 

「捜索というよりは、サルベージとでも言った方がいいでしょう」

 

 回収(サルベージ)という単語から暗に先生の行方を知っているかのような言に、五人の間に緊張が走る。しかしその直後、白髪の少女が一歩前へ出た。

 

「そんなことを信じろと? あなたは先生と敵対していたはず。そもそもあなたが先生を誘拐した可能性だって十分に考えられる」

 

 黒服をにらみつけたシロコが、銃を向ける。アビドスとホシノが危機に晒された原因である黒服の言葉を安易に信用することは、彼女にはできなかった。しかし黒服はまったく動じた様子もなく淡々と弁を紡ぐ。

 

「それは勘違いです、砂狼シロコ。大人というものは利害の不一致により『対立』することはままあっても、子供のように敵意を持って『敵対』することは滅多にないのです。それは私と先生にも当てはまります」

 

「……先生に危害を加える気はないと?」

 

「先生が破滅する様に興味がないと言えば嘘になりますが、私自身が先生の破滅を目的に動くことはありません。……ましてやこのような無味乾燥な消失は私の望むところではないのです」

 

 そこまで聞いたシロコが銃を下ろす。彼女の目から敵意は消えていないが、ひとまずは黒服の言葉を聞く気になったようだ。

 

「……あなたの理屈は理解した、信用はしないけど。それならさっさとあなたの持つ情報を出して」

 

「賢明な判断です、シロコさん」

 

 黒服は満足げに頷くと再び対策委員会全員に向き直り、口を開く。

 

「結論から申し上げますと、先生が消えたのは『大人のカード』を使いすぎた代償です」

 

「……!」

 

 黒服の言葉に対策委員会の全員が、息を呑んだ。

 

「大人のカードはキヴォトスにおけるジョーカー、質量保存の法則を破るかのごとき神具ですが……より大局的に見た時、帳尻が合うようになっている」

 

 大いなる力の前借り、大人のカードの本質はそれだ。理不尽なちゃぶ台返しや細い勝ち筋の突破口など奇跡を起こせるように見えてもそれが力の前借りである以上、最終的には債務の返済が必要となる。

 

「すなわち、あのカードはキヴォトスではないどこかからリソースを引っ張ってきているにすぎないのです。そして最後にはそれを返す必要がある」

 

「キヴォトスではないどこか……それは別世界のシロコちゃんがいたところですか?」

 

 ノノミが心細そうにそう口にする。もしそうなら簡単に手が届く場所じゃない。しかし黒服は軽く首を振って否定した。

 

「いえ、彼女のいた世界とは異なります。しかし、確かに存在する世界です。なぜなら他でもない先生自身がその世界の存在証明になっている」

 

「それってつまり……」

 

「そう。先生がキヴォトスに来る前、元々いた場所のことですよ」

 

「先生が、元々いた場所……」

 

 アヤネは黒服の言葉を繰り返した。先生がキヴォトスとは異なる場所から来訪したのは周知の事実だ。しかしそれがどこなのか、ということを考えたことはなかった。

 

「そこを……仮に『タイナロス』とでも名付けましょうか。タイナロスへ繋がる手がかりとなるものは、私の知る限りたった一つしかありません」

 

「……それは?」

 

「それは──」

 

 ───────────────────────

 

 一方その頃、ミレニアムのとある部室ではモモイとミドリ、そしてユズが思い思いの場所に陣取っていた。

 いつもはゲームのプレイ音や開発に苦しむクリエイターの嘆きが響き渡るこの部屋も、今は沈黙が支配していた。

 モモイはソファで仰向けになりながらスマホのニュースサイトをひたすらリロードしていて、ミドリは真っ白なお絵描きツールが立ち上がっているパソコンの前に座っている。ユズは例の如くロッカーの中だ。

 

「……ふぎゃっ!」

 

 沈黙を破ったのは、持っていたスマホを鼻っ面に落としたモモイの情けない悲鳴だった。赤くなった鼻をさすりながらモモイは起き上がる。

 

「……先生、どこ行っちゃったんだろうね」

 

 ポツリ、と零れ落ちた言葉にロッカーがガタンと揺れる。

 

「そんなの、わかんないよ。セミナーや連邦生徒会、他の学校の凄い人たちが探し回ってるのに見つからないんだから、私たちにわかるわけない」

 

 そう答えるミドリの声には諦観がありありと現れていた。

 

「そんな風に自暴自棄にならなくてもいいじゃん! もしかしたら私たちだって先生を見つけることができるかもしれないでしょ!」

 

「どうやって?」

 

「そ、それは……今から考えるけど……」

 

「考えたって無駄だよ。思いつかないから。そもそもお姉ちゃんはいつも──」

 

 と、ミドリが喧嘩になりかねないようなことを言いかけた瞬間、バン! と部室のドアが開け放たれた。

 

「アリス、決めました!」

 

「アリス、どうしたの? 決めたって、何を?」

 

 いつもの如く唐突極まりないアリスの言動に、モモイが説明を求める。

 

「先生がいなくなってから、アリスは考えてたんです。どうして急にいなくなってしまったのか。先生は私たちが嫌いになったのかな、なんて」

 

 アリスはモモイの問いには答えず、とうとうと語り始めた。その言葉は多かれ少なかれ他の三人も考えていた内容で、みんな黙り込んでしまう。

 

「先生がいなくなったことは謎だらけで、考えても考えてもわかりません。……でも、気づいたんです」

 

「気づいた? 何に?」

 

「そんな謎は冒険していればどこかで明らかになるということです!」

 

「……冒険?」

 

 いつものアリスらしい単語に、ゲーム開発部の空気が緩んだ。アリスはそれを知ってか知らずか、さらに話し続ける。

 

「これは、物語の最初に起きる大事件なんです。そんな状況で部室に引き篭もる主人公なんて、クソゲーもいいところです!」

 

 そう言い放つアリスに、ゲーム開発部の面々は呆気にとられる。

 

「先生はマリオに出てくるピーチ姫よりも貧弱な存在なんですから、クッパどころかクッパJr.にでも誘拐されてるんでしょう。それなら私たちが助けに行かないと!」

 

 ナチュラルに先生をひ弱扱いするアリスに、ロッカーの中のユズがくすりと笑う。一方でミドリはしどろもどろになりながらアリスに問いかけた。

 

「で、でもどこを探せばいいかなんてわかんないよ……?」

 

「そうかもしれません。でも……マリオはピーチ姫の行方がわからなくてもすぐ飛び出して行きました。少なくとも、部室に引きこもっていては見つけることはできないはずです!」

 

 アリスはそう言いながらユズの篭るロッカーを開け放ち、モモイをソファから引き起こし、ミドリの座るゲーミングチェアを出口に向けて回転させる。

 そして部室の出口まで歩くと、くるりと回って三人に呼びかけた。

 

「さあ、行きますよ。私たち最高のパーティで先生救出クエストを完遂するんです!」

 

 アリスの行動に数秒間目をパチパチとさせて呆然としていた三人は、我に返ると苦笑しながらアリスの元に歩み寄る。

 

「ほんと、しょうがないなアリスは」

 

「現実はゲームとは違うって言うのに……」

 

「でも……アリスちゃんの言う通り、ただ引きこもってるよりは何倍もいいかも」

 

 そう話すゲーム開発部に、さきほどまでの重苦しい雰囲気は全くなかった。アリスは満足気に頷くと、号令をかける。

 

「じゃあ、行きましょう! ゲーム開発部、出発です!」

 

『ちょっと待ちなさい』

 

「「「「え?」」」」

 

 静止を呼びかける電子音に出鼻を挫かれた四人は、音声の発信源である部室の外を見やる。そこには、一台の小型ドローンがこちらを向いて浮遊していた。そしてそのドローンはかつて見たことのあるもので、その持ち主はたしか。

 

「もしかして、リオ会長?」

 

『……あなたたち、本当に先生を救うつもり?』

 

 その言葉は、ゲーム開発部の本気度を問うもので、返答を少しでも逡巡すればリオは全力で彼女らを止めるつもりだった。

 

「当たり前です! ピーチ姫を救わないマリオなんて、魔王のいないRPGのようなものです!」

 

 しかし、リオの問いにアリスは間髪入れず回答した。他の三人も力強く頷く様子を確認したリオは、一拍置いて話し始める。

 

『そう……わかったわ。アリス、そしてゲーム開発部。あなたたちが先生を救いたいのなら、サンクトゥムタワーに行くといいわ』

 

「……! それはどうしてですか、リオ先輩」

 

『シッテムの箱。それが先生に辿りつくことができるかもしれない、唯一の手掛かりだからよ』

 

 

 

 ───────────────────────

 

 黒服は廃ビルの最上階から、対策委員会がサンクトゥムタワーに向けて駆け出す様子を眺めていた。

 

「……黒服」

 

 その黒服の背後から、鋭い呼びかけが届く。

 

「フランシスですか」

 

 黒服は驚いた様子もなく、振り向かずにその正体を看破した。

 

「お前も意地の悪いことを言う」

 

 フランシスもまた至って平静で、いつもの如く乱暴な口調で黒服にそう吐き捨てた。

 

「なんのことです?」

 

「とぼけるな──先生の居場所のことを『タイナロス』などと呼称するとは。あそこはそんな生易しい場所ではないだろう」

 

「おや、そうですか。私としては悪くない名づけだと思ったのですが」

 

「馬鹿馬鹿しい。正しく呼称するのであればタイナロスのその先──『■■』だろうに」

 

「フフフ。あなたの意見を参考にするならば、シッテムの箱はさしずめ道を照らす竪琴と言ったところでしょうか」

 

 黒服はフランシスの詰問を軽くいなす。黒服とてフランシスの例えの方がかの場所を正しく表現することは理解している。しかし、あまりにも直接的な表現をしても面白くないだろう。

 

「そう言えば──あなたは先生が主人公であるが故にキヴォトスが物語として成立していたという持論を持っていましたね」

 

 フランシスがかつて先生本人に語った主張。それは黒服もまた認知するところだった。

 

「ああ、彼が主人公であるからこそキヴォトスは悪辣な結末は迎えず、どのような事件が起きても最終的には安寧を取り戻している」

 

「面白いロジックです。ただ、先生本人はそう思っていないようでしたが。しかし──その法則が正しいのであれば、彼がいなくなったキヴォトスはいったいどのような形態を取るのでしょうね。新たな主人公を立てるのか、それとも──」

 

 そう語る黒服は一瞬、自分の足元がフッとなくなってしまうかのような幻想に囚われた。しかし黒服にとってそれは恐れるべき出来事ではなく。

 

「──まったく、いてもいなくてもこの世界を動かすとは。面白い存在ですよ、あなたは」

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと前に書いた短編と繋がってないこともない
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