やはり奉仕部にシェイクスピア(偽)がいるのはまちがっている。   作:ひきがやもとまち

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第12幕

 比企谷八幡は、優しい女の子が嫌いだ。

 

「以上で職場見学を終了する。――解散」

 

 夜中に見上げた月みたいに、どこまでも付いてくるくせに手が届かない。その距離感がまったく掴めない。

 

「ヒッキー、遅い! もうみんなファミレス行っちゃったよ?」

「・・・お前は行かねぇの?」

「え!? あ、やー、ヒッキーを待ってたっていうか、置いてけぼりは可哀想かなーとか」

 

 ほんの一言挨拶を交わせば気になるし、メールが行き交えば心がざわつく。電話なんかかかってきた日には着信履歴を見てつい頬が緩む。

 

「由比ヶ浜は優しいよなぁ・・・・・・俺のことなら気にする必要ないぞ」

「・・・え?」

 

 だが、彼は知っている。それが特別な感情ではなく、優しさでしかないことを。

 

「お前んちの犬、助けたのは偶然だし。あの事故がなくても俺、たぶんぼっちだったし。お前が気に病む必要まったくなし」

「・・・・・・あっ」

「悪いな、逆に変な気を遣わせたみたいで・・・でもこれからはもう気にしなくていい」

 

 自分に優しい人間は特別だと思いたくなって、他の人にも優しいという現実をつい忘れてしまいたくなってしまう。

 真実が残酷だというのなら、きっと嘘は優しいのだろう。

 

「気にして優しくしてんなら・・・・・・そんなのはやめろ」

 

 だから、優しさは嘘だ。

 いつだって期待して、いつも勘違いして、いつからか希望を持つのはやめた。訓練されたぼっちは二度も同じ手に引っかかったりはしない。百戦錬磨の強者。負けることに関しては自分が最強。

 だから――だからこそ。

 

「・・・・・・バカ」

 

 いつまでも、いつまでも・・・・・・比企谷八幡は優しい女の子が―――嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

「ふ~む、フムフム、成る程・・・・・・過去に勘違いからやらかしちゃった黒歴史があるので繰り返すのは怖い、あらかじめ予防線を張っておこう。でも年頃の男の子としてプライドあるから傷つくの怖くて逃げたことにはしたくない、なので傷つき続けて慣れているから痛くはないけど無駄に傷つく必要性はないから遠ざけておくだけだ・・・と、しておきたいわけですか。

 つまり、傷つきやすい硝子ハートを持つ十代思春期少年特有の甘酸っぱくも青臭い青春群像劇的な心理描写は、とてもとても安っぽいだけのリア充向きな三問ラブコメ小説理論で表すことができるものではない。

 傷つきまくった心を持つ俺カッコEEE!と声には出さずに心の中で仰りたいわけですな!!」

「・・・・・・おい、やめろ安田。人の心理を勝手に推測して、しかも自分でも言語化できてなかった部分まで表現して言い当ててくるんじゃねぇよ。

 思わず発作的に、恥ずかしさで自殺するための凶器か、お前を殺して自分も死ぬためのナイフが近くに落ちてないか探しちまったじゃねぇか・・・ッ!!」

 

 

 そして、左斜め後ろからニュッと湧き出してきた悪友によって、的確に今の自分の心理を分析されたあげく、自分が抱いていた何とも言い難い複雑な想いは、言葉に切り刻んでしまえば案外、単純明快なものになってしまうのだという事実を結果によって証明されてしまい、思わず死にたくなってしまって職場見学に来てただけの電子メーカー前で男二人が痴情の縺れによる刃傷沙汰を展開しそうになる悲劇へと陥りかけてしまっていた。

 

 嘘は優しく、真実は残酷だというのなら、気を遣った嘘のない真実は残酷で痛すぎて死にたくなってしまうのだろう。・・・実際に今さっき死にたくなったし。

 一瞬だけ、自分の信じ貫く信念に心が揺らいでもいい気持ちになりかけてしまった比企谷八幡は、優しい女の子が嫌いだが、正直すぎる男の子が好きなわけでは全くなかったようでもある。

 

「望んで得た恋は素晴らしく、望まずして落ちた恋は更に良い・・・・・・だが! 望んでも得られなかった恋というのも有り触れているとはいえ、登場人物によっては味があって実に素晴らしい! これは受けますぞ!

 ひねくれボッチ男子高校生の恋物語! うむ、間違いなく受ける! タイトルはひとまず『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』というのは如何でしょうか比企谷殿!

 我が輩、友のため、友情のため、生涯最高の一作を精魂込めて書に刻ませていただく思いますが!?」

「おい、やめろ。本気でやめろ。お前は計画殺人現場を下見するつもりで職場見学にきてたのかよ・・・っ」

 

 まったく、なんでこんな目に遭わなければいけなくなっているのだろうか?

 先日、川崎沙樹の依頼を終わらせた翌日に、妹の小町と町へ出かけて偶然にもペットの犬を連れて散歩中だったらしい由比ヶ浜結衣を遠目に見かけて、『あ、ハムの人じゃなくてお菓子の人だ!』と指さしながら悪意もなく口走ってしまった呟きを耳にしたことに端を発する今回の悲喜劇は、誰が悪くて誰のせいでこうなったのだろう?

 少なくとも今この場では、コイツだけが悪いのだと思いたく思う比企谷八幡のギザギザハートな少年の複雑微妙な男心。

 

「だいたいお前はどこから沸いて出たんだよ・・・。ここって、お前が所属することになった班の職場見学場所とぜんぜん真逆の位置にあるんだが・・・」

 

 呻くように苦言を呈して話題をそらした八幡が言ったとおり、安田ことシェイクスピア(偽)は彼らと葉山たちと同じグループには結局入ることなく別の班に加えてもらうことになって別のところに行ったはずであったのだ。

 

 ・・・あの時の班決めで、葉山隼人は誰も選ぶことができずにタイムリミットまで延々と悩み続けるだけで何の決断もできることなく苦悩し続け、その悩み迷う【考える人のような美少年】の姿を思う存分に見物し尽くして満足した安田の方から矛を引いて、どこの班にも入れてもらえなかった余り者たちを員数合わせで集めさせただけの仲間はずれグループの一員として先生の命令で無理矢理入れてもらって職場見学の場に赴くことになっていた。

 少なくとも、あの時あの場の流れでは、そういう決着の仕方と結論に達していたはずなのだが。

 

「いえ、我が輩と同じグループになった方々は、我が輩がいたままだと場違いというか、できれば気を遣って距離おいてほしいなーと思ってる感がよく伝わってきていたものですから」

「・・・いるよな、そういうヤツって大抵の場合、どこの学校イベントでも絶対に・・・」

 

 修学旅行とか、臨海学校とかでクラスに一人か二人は必ずいたタイプの典型的反応だった。なんとなく、一人だけが場違いな感じで除け者にされ、同じグループなのに一人だけグループメンバーから離れて歩いて付いてくるポジションが定位置になってたりするのである。

 

「それでまぁ、我が輩としても退屈な方々ばかりで暇でしたので『なんでしたら邪魔者らしく我が輩一人だけで単独行動をいたしましょうか?』と提案したところ、快く受け入れてくださり、面白そうなことになっているであろう比企谷殿を探して遙々やってきた次第」

「・・・・・・いるよな、そういうこと考えるヤツって大抵のグループに一人は必ず。

 でも、本当に実行できちまうヤツはお前含めて、あんましいないと思う・・・」

 

 これまた先生から、好きなヤツ同士でグループを組め的な命令を受けて、好き嫌いに関係なく定数は満たさなければいけなくなった時とかに発生しやすいヤツの考えそうな典型的思考法である。

 ・・・そして、本当に実行してしまうヤツはあんまりいないのも事実であり、大抵の場合はイヤイヤながらでも我慢し続けるし八幡もその口だったんだけど、この悪友に八幡の常識はいまいち通用した試しはないので意味はなし。

 

 

「しかし先ほどの一幕を見る限りだと、由比ヶ浜殿にそこまで計算づくで動けるほどの頭脳があるとは思えませんが・・・・・・いや、心中お察しして深入りはしますまい。

 人間誰しも、他人には触れられたくない辛い過去経験の一つや二つや百個か二百個ばかりは当たり前のように持っているものですからな・・・・・・」

「いや、多いだろ。多すぎるだろソイツの触れられたくない過去の黒歴史体験の数が多すぎるだろ、俺かよ。

 ・・・・・・まぁでも、いちいち詮索してくる気がないって言うなら、それはそれでいいんだけどな・・・・・・」

 

 どこか曖昧な心境を維持したまま、曖昧な表情で宙ぶらりんになった不完全燃焼のような関係性になってしまったままで職場見学をしたその日は終わり。

 休日を置いて、登校日の平日月曜日がやってくることとなる。

 

「・・・あ」

「あ」

 

 そして、登校時間のちょっとだけ気まずい再会。

 

「・・・ウス」

「あ・・・うん」

 

 他人行儀に挨拶し合って、普段よりも言葉少なめに会話を終えて背を向けて沙樹に歩み去って行く由比ヶ浜結衣と、彼女がいなくなるのを確認して見届けてから再起動して歩きを再開させる比企谷八幡。

 

 端から見ると、絵に描いたような気まずくなってて前日になにかあっただろ?的な邪推をされまくる要素満載な対応の仕方をする彼らであったが。

 

(OK。超クール。完全にリセットできている)

 

 まぁ、主観視点だけで見た一面的な事実だけを見ると、こういう風なひねくれボッチらしい独り善がりな結論に達してしまうときもたまにはある。

 八幡とて、エリートボッチではあっても聖人ではなく聖者でもなく、完全無欠の過ちを知らない聖人君子では全くない。

 ボッチが人から何を言われても何も言い返さないための非暴力絶対主義なガンジーだったとしても、ガンジー自身が性欲強すぎて失敗した黒歴史持ちであることを気にしていたぐらいだからエリートボッチだって欠点とか気づきにくい心理状態になるときだって希にはあるのだ。

 

 

(お互いの関係性をリセットすることで、俺は心の平穏を取り戻し、由比ヶ浜は負い目から解放され、元のリア充ライフへと回帰する。選択肢として間違っちゃいないはずだ。

 いや、むしろ正しい。だからこの件はこれで終わり。リセットしてまたお互いの日常を過ごせばいい。

 人生はリセットできないが、人間関係はリセットできる。ソースは俺、中学の同級生とか一人も連絡とってな・・・それはリセットではなくデリートでした。テヘッ☆)

 

 

「――と言ったところですかな、比企谷殿? いやはや珍しく迷走しておられますな~、ハッハッハッハ」

「・・・だからお前は斜め後ろから沸いて出てきて、勝手に人の心理を推測して当ててくるのはやめろと言っておいたじゃねぇか・・・・・・」

 

 そして、登校日に再会する同じ奉仕部メンバーでクラスメイトはもう一人いるため、こいつともやっぱり再会してしまわざるをえなくなってしまうしかない。

 人生はリセットできないが、人間関係はリセットできるのと同じように、自分が今通っている高校にも一応はリセットが可能にはなっているが、色々と失われるデメリットが多すぎるため出来ればリセットしたくなっても、したくはない。・・・そんな複雑怪奇で単純明快な保身的思考に走ってしまっている今日の比企谷八幡は、安田の言うとおりたしかに珍しい心理状態に陥っていたようである。

 

「まぁ、先日自らの口から深く詮索しないことを宣言しているため、あまり多くを語るわけにはいかぬ我が輩ですが・・・・・・それでも比企谷殿が気づいておられるにもかかわらず、敢えて目をそらされている当たり前の事実だけは指摘してから道化は去ることに致しましょう。

 人との“人間関係”をリセットすることは可能であっても、関係が出来ていく課程で起きていた出来事と記憶まではなかったことには出来ぬものです」

「・・・・・・」

 

 重々しい口調で告げて、珍しいことに彼もまた大真面目で思慮深い表情を浮かべながら友人を見つめ、相手本人さえ気づいていない心の底の底まで見抜いてきているかのような鋭くも穏やかで捉えどころのない瞳を向けてきながらゆっくりと・・・・・・自分が最も尊敬して敬意を抱いている大文豪の残した名言を今の八幡にはふさわしい格言として語り伝えてくれる・・・。

 

 

「彼の偉大なる文豪も、歴史に残すべき名著の中で、こう記しております……。

 『若くして結婚、待っているのは悔恨。by「お気に召すまま」より抜粋』・・・と」

 

 

「――あれ? いや、ちょっと待て!

 お前それ今の俺の心理にドストライクな名台詞だけど逆だろ! 今お前が俺に言わなきゃいけないポジションにいる台詞とは真逆の立ち位置から見た場合の名言だろその台詞はさぁ!?」

「おお、失礼失礼、間違えました。・・・・・・ですが時間も押していますので遅刻してしまわないためにも、正解は欄外にある続きの下にでも書いておくと言うことで。では、さらばさらば! 今日は我が輩が日直の当番であります故これにてご免! ああ忙しい」

「お前は一体なにしに出て来たんだよ・・・・・・っ」

 

 

 割と本気で、八幡でさえ今のような気分の時には近くにいてくれるとウザったさしか感じられない、過去に何があっても物語を書くネタとしか思えない男シェイクスピア(偽)だけは今日も変わらず平常運行を続けている。

 そんなヤツが主要な登場人物に混じっている青春ラブコメは間違っていない方が間違っていると、比企谷八幡としては思わずにはいられない今だけは本調子ではなくなっている、今日の総武高校奉仕部メンバーの主力生徒たちでありましたとさ。終わり。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・あら? あの・・・メインヒロインであるはずの、私の出番は今回ここだけなのかしら・・・?」

 

 

 

つづく

 

 

オマケ『要らんだろうけどシェイクスピア(偽)が語ろうとした、シェイクスピア(真)の残した名台詞』

 

 

【我が人生の道は、黄色い枯れ葉に変わった。

 この年なら当然持っていて然るべきの栄誉、愛、従順、大勢の友人など、もはや持つことは叶わぬ。

 その代わりにあるのは、声には出されぬ深い呪い。口先ばかりの敬意、追従だ。

 嘘とわかっていても、弱い心は受け入れてしまう・・・・・・】

 

              ウィリアム・シェイクスピア作『マクベス』より抜粋

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