やはり俺の青春ラブコメはひねくれている。 作:ひきがやもとまち
……実は一昨日ぐらいに完成してたのですが、内容的に大丈夫なのか自信がなく、迷った末に遅まきながらの投稿と相成りました。
待ち合わせの時間からは、1分だけ過ぎていた。
俺は待ち人を探して周囲を見渡しつつ、同時にステルス・ヒッキーを起動して周囲に紛れ込むためコンコースに寄りかかりながら携帯のメールを見るフリをする。
そんな俺の横を、何人か見覚えのある男女たちが通り過ぎていく。彼ら彼女らは浴衣やら甚平やらを着ていた。
無論、同じ学校で見たことあるってだけで知人でもなければ、知り合いですらないので声をかけることはなく、かけられることもなく、互いに無視し合ったまま俺は携帯を取り出して弄くりながら、『メール見てますので用がない他人は話しかけるのお断り』と無言のままアピールしていると。
――北口に続く階段の下から下駄をコロコロ鳴らす音とともに女の子が上がってくる姿が視界に写る。
その姿を見て、下駄の鼻緒がプツリと切れた―――とか考えた瞬間。
「あっ!」
「お、おいッ!?」
とか言って、前屈みになったの見せられちまったせいで流石に焦ってしまい、思わず体と手が同時に出そうになっちまう俺。なんとか踏み止まったの見て、思わずホッとさせられちまう。
「あ、あははっ。ちょっと、バタバタしちゃって遅れちゃった・・・」
「い、いや、それは別にいいんだけどさ・・・」
恥じらうように、はにかみ笑顔で言われてしまい、らしくもなく俺も変に曖昧な返事をしてしまう。
・・・くそぅ、こういうイベントに経験値ねぇボッチだから、どうにも調子が狂いやすい。だからこそ来たくなかった場所なんだが、来てしまった以上は仕方がない。
なにか普段通りの態度と関係に戻れる口実でもないかと探して周囲を見渡し、由比ヶ浜の方でも下を向いて髪をいじくり出しちまって、結果的になんとなく沈黙してしまう。
もともとボッチは女の子と出かけた時のボキャブラリーは少なく、こうなっちまうと言えることは限られている。
――だが、考えるしかない。
慣れてないから相手の気持ちが分からず、どー言えば正解なのか分からず、計算しか出来ないのが自分だったら計算し尽くすしかない。全部の答えを出して消去法で潰してった先に残っていたのが、今の俺が言うべき言葉の答えだ。
沈黙は降りた。他に頼れる人はいない。今この時には頼れる者は俺一人しかおらず、今ここにいる知り合いは俺と由比ヶ浜の二人だけ。
考えて動くべきなのは今だ。今なんだ、俺。
「まぁ、その・・・・・・着慣れない浴衣姿で、慣れない下駄履いてるときは走らない方がいいと思うぞ? 転んで鼻緒が切れた時にどーすることもできなくなって、同行者に迷惑かけるだけだし。つまり今は俺」
「う・・・、す、すいません・・・・・・以後気をつけます・・・・・・」
そして考えた末に出した答えで言った言葉に、シュンとなって謝ってくる由比ヶ浜。
うんまぁ、いつもの由比ヶ浜だな。なんか調子戻ってきたわ。最悪の場合、下駄の鼻緒が切れて動けなくなった由比ヶ浜に肩貸して移動しなきゃいけなくなっちまうところだったからな、俺が。
なにそれマジ恥ずかしい。見られたヤツの友達に噂されちゃったら、明日のクラスの話題を独り占めさせられちゃってイヤすぎるじゃん。ゴシップ好きの他人たちマジうぜぇ。
「まぁ、それも別にいいんだけどさ―――その浴衣、いいな」
「あっ――ありがとう♪」
未だに少し恥ずかしさが残ってたので、浴衣を褒めて中身の方はノーコメントにさせてもらった俺からの評価だったけど、由比ヶ浜的には正解な言い回しだったのか、相手の顔色を深読みしやすい彼女らしく察してくれたのか。とりあえず由比ヶ浜は喜んでくれた。
「「・・・・・・・・・」」
・・・そしてまた、沈黙が降りる、と。なんだこの無限ループ・・・こんなに行ったり来たりすんの鳳凰院さんくらいしか心当たりねぇんだけど・・・。
「・・・・・・とりあえず、行くか」
「・・・・・・うん」
こうして、俺と由比ヶ浜は並んで歩き出す。
先日に由比ヶ浜から誘われた、目的地となる花火大会の会場へ行くために―――。
そもそも何だって、自分から捻くれる道を選んだエリート捻くれぼっちである俺が、リア充のリア充によるリア充のためにだけ開催される『非リア充お断り』みたいなイベント事の一つである花火大会なんぞに行く羽目になったかというと。
それには、こんな経緯があった末の出来事が原因によるものだった。
由比ヶ浜がうちに預けていたペットの東京名菓を迎えに来た時のことである。
帰りしなにふと先日、不幸な事故による結婚式によって傷心しているところに出くわした平塚先生とラーメン食うため行列してる最中に、
『そういえば君は、花火大会には行かないのか?
夏休みの仕事というやつでね。生徒の見回りのため、私は駆り出されるのだよ。うちの生徒で羽目を外す輩がいても困るからな。
自治体のイベントだから、お偉方も結構来るようだし、雪ノ下の家なんかも来るんじゃないかな?』
【はぁ、なるほど。確かにそんな場所で市の偉いさんに総武校の生徒がなんかやらかして睨まれたらマズいですもんね。
県立校の人事権と給料は県庁の管轄ですし、平穏無事な退職金生活送りたい校長なり副校長からしたら、生徒のヘマに巻き込まれたくない。
それぐらいなら、身内がヘマする前に身内で処理しちまった方がいいと】
『・・・君はなぜ、そこまで役所の内部事情にいちいち詳しいんだ・・・? 一般人は役所の内情なんて詳しく知らなくて良いんだからな・・・? まったく面倒くさい知識持ちなヤツだ・・・』
――という様な話を聞かされたことを思い出し、「花火大会に雪ノ下の家族も来てるかも」という由比ヶ浜にとっては重要な部分だけを取捨選択して伝えたところ乗ってきて、一緒に行かないかと誘われたところ、
『あー、誘ってもらえるのは嬉しいんですけど~、でも小町これでも受験生なんですよー・・・・・・で・も! でもですね~? 小町、買ってきて欲しいものはあるんです~。
あー!でも小町には時間が困ったなぁ~、結衣さんだけだと荷物量がなぁ~、最近は物騒だから花火大会に女の子一人だけでいくのは心配ですし、こんな時に暇な男手があればいいのにチラ。
花火大会に誘われて断って一人で行かせた帰り道に何かあった時に、責任が問われるのを避けることを考えれるリスク・リターンの計算が得意な男手さえあれば、こんな苦悩で小町は邪魔されることなく住建勉強に集中できるのにチラ』
と、例によって例の如く小町にあざと可愛いウザイ押し切られ方されて押し切られて、断り切れずに受け入れざるを得なくなった結果、由比ヶ浜と花火大会を見物するため待ち合わせ場所へとやってきてたのが、今の俺が置かれた状況だった。
小町のやり方が、だんだんと平塚先生じみてきてる気がしてチト怖い今日この頃である。最後のなんて完全に脅迫だったし。夏休みで仲良くなってること知らされてから、妹の平塚先生化がスゴクなりすぎてて困る件。
そんなことを思い出しながら、なんとなく会話少ないままに俺たち二人は花火大会の会場となっている、千葉ポートタワーがある千葉みなと駅の前へと到着する。
駅前から花火大会の会場までの道のりは近く、公園全体が駅に隣接してると言っても過言ではない。
普段は閑散としている、だだっ広いだけが売りの場所だが、そのぶん何かあって人が集まり出すと屋台やら目当てに集まる家族客やらを妨げる障害物はほとんどなく、大勢の人でごった返した会場に向かう道には警官まで出動してきて交通整理に当たっている程である。
・・・・・・要するに、メッチャ混みまくっていた。
「ふぅ――花火の開始って、7時半だよな? まだ時間あるみたいだけど、どうする? 帰る? それとも帰る?」
「帰らないし! なんでそんな自然に帰宅提案できるの!? しかも二度! 言ってる内容同じだし!!」
人がゴミのような景色を見ると、つい帰宅時のことを考えてしまう欲望か、本多忠勝を投入して無双したい欲求に駆られてしまう俺の悪い癖が出てしまって、思わず口をついて語ってしまった。もしくは呂布。
まぁ、あんまし人に言うことじゃないので今日ぐらいは発言に気をつけることにして、時間がけっこう余裕ありすぎちまってるのも事実な訳で、俺としては二人でひたすらボーッと待ち続けるのは避けたい訳で。・・・友達いなくても見られたら恥ずかしい姿だし。
なにか暇潰しがてら、やるべき事が欲しい訳だマジで。でないと間が持たん、居心地も悪い。
「えーっとね、小町ちゃんからお礼のリストを、メールでもらってるんだ。それを買いながら花火まで時間待ってればいいやって思ってて」
そう言って手に持った昔ながらの巾着から取り出した、キラキラでこでこした全然和風っぽくない邪魔くさいラインストーンいっぱいの携帯を操作して、由比ヶ浜が見せてくれた携帯画面に表示されていた小町から送られたって言う『買ってきて欲しい物リスト』ってのは、どーいうものかと言うと。
焼きそば 400円
わたあめ 500円
ラムネ 300円
たこ焼き 500円
☆☆☆花火を見た思い出☆☆☆
☆☆☆☆☆☆☆☆プライスレス
というものだった。
・・・・・・なにこの最後のヤツ。きらきらデコデコした画面の中までキラキラでこでこ追加させちまって邪魔くさくて、妹からコレ送られたクラスメイト女子に見せられてるお兄ちゃん、ちょっとマジで恥ずかしすぎるんだけどマジで。本当に、これは恥ずかしい・・・恥ずかしすぎるー!
「じゃ、じゃあとりあず、これ順に買うためテキトーに回るか・・・」
「うん」
思わず誤魔化しのため、青に変わったばかりの信号に目をそらしながら、そういうしかない今の俺という存在。
あの由比ヶ浜からさえ、「あはは」とか苦笑いを浮かべながら見返されちまう状況になったら他に道ねぇってマジで! いやほんと、マジで恥ずかしかった今のって! 帰ったら家族会議開きたいぐらいにマジ恥ずい!!
ま、まぁそんなメールを送ってくる妹をもつ兄の気持ちを察してくれたのか、普段は自分がやってるポジションを小町がやってくれて手持ち無沙汰になってでもいたのか、由比ヶ浜は鼻歌を交えながら楽しそうな足取りで広場へと続く道を歩んでいく。
しかし――この手の要らん気遣いにはまいる。流石にこんだけお膳立てされて何も分からないほど鈍感系主人公じゃないし、難聴系主人公になれそうもない。特に小町、あざと過ぎるって言うより、わざとらし過ぎる・・・。
むしろ俺の様なボッチは、敏感な方なのだ。敏感で過敏で過剰に反応してしまう・・・・・・つまりはアレルギー体質なのである。
世の男子の8割は、常に「コイツ俺のこと好きなんじゃね?」と信じたい思いを抱きながら生きているのだが、だからこそ自らを戒める必要がある。
単なる偶然や、ただの現象に特別な意味やら相手の隠された意図を見いだしたがるのは「モテない男子」の悪い癖だ。厨二病もだけど。
偶然も運命も宿命も、俺は信じない。「信じられるのは社命だけだ!」・・・とか言ってくる上司に至っては、嘘100パーセント果汁抜きだと断言できるまである。
そんなものはリア充たちの詭弁だ。
彼らは自らの失敗や悪に特別性を見いだしたがるし、青春の二文字で一般的な解釈もねじ曲げてみせる固有スキルがあるからな。
朝の挨拶をしてくるのは単に常識だからだが、リア充はそこに自分への好意を見いだす。
ハンカチを目の前で落とすのは単なるうっかりで、バイト先の後輩がメルアド交換してくれたのはシフトを代わってもらうためでしか無いのに、彼らはそれを認めず、勘違いだったと分かった時には誤魔化すだろう。
全ては彼らのご都合主義でしか無いのだ。
リア充が、世の中のリア充が、周囲のリア充が間違っていることだって沢山あるのが現実だ。
「自分は変えられる」なんてのは、そのゴミみたいで冷淡で残酷な世界に順応するため負けを認めて、隷属することで半端なリア充になりたがる連中がやる行為だ。綺麗な言葉で飾って自分すら騙している欺瞞でしか無い。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾されるべきものだ。
彼らは悪だ。リア充は悪なのだ。悪を真似てはいけない。真の正義を愛する心を忘れてはいけないと、孤高のヒーローたちはいつも言っている。だからエリートボッチこそ絶対正義。
という訳で、俺は勘違いしないし、過剰反応もしないよう念のため距離も取っておく。
アレルギーの人は、知らずに発作起きちゃった時とか大変だからな。他人に迷惑かけないよう事前に予防して距離取っておく俺マジガンジー。ノーベル平和賞はようはよう。
「ね、ね、何から食べる? リンゴ飴? リンゴ飴かな?」
「いやそれ、頼まれた土産物リストにねぇだろ。自分が食べたいだけじゃねぇか・・・・・・まぁ、自腹で買い食いしたいだけの分は、俺カンケーないから別にいいけどな」
「やたーっ♪ じゃあ、あたしはリンゴ飴買うとして、小町ちゃんに頼まれた分はどれからにする?」
「まずは常温でも問題ないものから考えると、わたあめからが妥当だろう」
という訳で、わたあめ屋の屋台へ向かう俺とリンゴ飴片手に持った由比ヶ浜。
わたあめの屋台では、旧式の機械をブンブン言わせながら甘い香りを周囲に漂わせることで客の胃袋を鼻から刺激し、フワフワした白い糸をからめ取っては纏め上げていく見栄えの良さで子供のハートをがっつりキャッチして、親の財布に強請らせるという入れ食い状態の商法が昔ながらに使われ続けていた。
そうやって出来た品物が袋に詰められ、アニメキャラクターやヒーローがプリントされた、投影にお金が入って“いる様に見える”感じで軒先に吊されている。
「わぁ、なんかこういうの懐かしいかも!」
「そうだな。俺が小さい頃もこんな感じだったと思うわ。ファインティング・“ネ”モとか、仮面“リャ”イダーだとか。そんな感じのキャラがプリントされた袋に入って売られてたもんだ」
「そーそー♪・・・・・・って、え? ネモ・・・? え、あの・・・リャイバーって・・・」
「ネモだ。ライダーでもなく、リャイダーだ」
同い年で純粋そうな子供時代を過ごしてるっぽいイメージの由比ヶ浜が、ノスタルジックな気分に浸ってるのか、わたあめ入りの袋を眺めながら言ってきたところに、俺は現実の日本の伝統芸能パチモン祭り商品の事実を伝えて硬直した姿をしばし眺める。
最近ではニュースとかで中国だかにお株奪われがちって聞かされること多くなったけど、元々この手の微妙に似てるが微妙に違うから版権元に金入らないパチモン商法は、日本の祭りの伝統的なお家芸等だった。
俺も子供の頃はこう言うのが好きで、よく祭り来ては買ってたもんだ・・・・・・金なかったからな、子供だったから。
本物は高い、パチモンだったら安く済む。似てるんだったら別にいいじゃねーかと割り切ってた子供時代の自分が懐かしい。
「まぁ、入れ物がなんだろうと中身はどれも同じなんだから別にいいだろ。っつー訳なんで、これお願いします」
「・・・・・・ネモ・・・リャイダー・・・・・・」
なんか微妙に納得いってないっぽい由比ヶ浜を脇目にしながら、女子中学生の小町と違って女児向けアニメに興味ない俺は、ジュエルペッなんとかやらプリティーリズなんとかの見分けつかない程度しか知らんけど、女の子である小町向けとしてプリキュなんとかがプリントされてる奴を買ってから店を離れる。
「・・・・・・リャイダー・・・・・・」
「あ、ゆいちゃんだー。お~い♪」
「え? あ、さがみーん!」
そうしようとした瞬間の出来事だった。
背後から由比ヶ浜の名を呼ぶ女の声がして、くるりと振り返った由比ヶ浜が相手の顔を見て喜びながら駆けだしていって、片手を上げてハイタッチしながら合流。
「おお、ぐうぜん~」
「さがみんも来てたんだ~、ごぶさただねー」
「ね~♪」
「・・・・・・すいませーん。同じの、もう一個くださーい」
そして俺は、存在感を薄めるため背景に徹して見物客Aになりきるんだ。小学校の劇でやってた木の役を思い出せ! ガラスの仮面をつけるんだ、って主役じゃねーか。目立つわ。
・・・・・・しかし今思うと、木の役ってホントなんで必要だったんだろうな・・・。
小道具で十分すぎる役をやらされるから、全員参加させるための頭数で仕方なく与えられた感満載過ぎてて、逆に虐めの原因にしかなりそうにない気しかしなかったんだけど・・・・・・。
「で、今日は誰かと来てるの?」
「ああ、うん。そうそう、同じクラスの比企谷くん」
・・・そして、そこで何故『背景の通行人A』の名を呼ぶんだ由比ヶ浜・・・
これで本当に背景の『木』だったなら、「木に話しかけてる変な主人公」になって俺の方には実害ないけど、あくまで『木の役』だと人間やってるから。通行人Aの役を与えられた脇役に主人公が固有名詞呼んじゃダメだから。
ホントこいつは、人の『顔色は読みまくる』のに『空気は読めない』からな本当に・・・・・・。
とは言え、呼ばれちまったからには仕方が無い。
聞かれたからには答えてやるのが世の情けだと、世界的な犯罪者集団の人たちも言ってたぐらいだし、呼ばれて無視は流石にマズい。聞こえなかったフリも由比ヶ浜相手だとどーなるか分からんし・・・クソッ、対応ミスった。俺の方が配慮が足りてなかった。
まぁとりあえず、由比ヶ浜の顔だけでも立てるため、挨拶ぐらいはしてやるのは仕方ないとして。
で・・・・・・コイツ誰?
由比ヶ浜の知り合いの人なの?
どっかで見た覚えがある気がしなくもないんだけどなぁー。
「で、こちら、同じクラスの相模南ちゃん」
「・・・・・・うす」
由比ヶ浜の言葉に、思わずピクリと反応してしまいそうになった自分自身の肉体を、鋼の精神力で制御して表に動揺を表さないことに成功する俺。
・・・やっべー・・・どっかで見た顔だと思ってたら、同じクラスの女生徒だったパターンだったわ・・・由比ヶ浜のときも、なんか似たようなこと思っちまった記憶がスゴくあるパターンの人だわ、この状況。
同じクラスの人が自分のことを全く覚えていなかった悲しみは俺が誰よりも知っている。
あまりにも知りすぎていて、遠い昔に実際あった恐ろしい悲劇の言い伝えレベルで教訓話になってるまである程である。
ここは彼女――えっと・・・さ、さがみナントカさんに、当時の俺と同じ悲しい思いをさせないためテキトーに誤魔化しておくべき場面だったろう。
相手に悲しい思いをさせまいとする善意で動き過ぎちまったせいで、返事が少し素っ気なくなっちまった気がしなくもなかったが・・・・・・俺が相手のことを覚えてなかった事実を知られて傷つけないよう配慮した努力と誠意だけでも伝わってくれてるとありがたい。
そう思い、相手の顔色をうかがうようにさが、さが・・・えっと、さがミナントカさんに軽く会釈を返しながら、チラッと相手の顔へと視線を向けて――目が合った。
その瞬間、
「――ふっ」
と一瞬だけ、相模の表情に笑みが浮かぶのを見た。
それを見た瞬間、俺はさがナントカの心理と、状況の悪さについてようやく悟る。理解させられる。
「あ、そうなんだー! 一緒に来てるんだねー。あたしなんて女だらけの花火大会だよー。いいなー、青春したいなー」
「・・・・・・あはは! 何その水泳大会みたいな言い方! こっちだって全然そういうんじゃないよ~」
相手が僅かに浮かべた表情を由比ヶ浜も見ていたのか、少しだけ言葉に詰まってから調子を合わせるように笑い出し、相手の方も似たような行動を取ってミラーリングのような対応を返してくるのが見えた。
だが俺には、とても相模が笑っているようには見えなかった。
先刻の相模が浮かべていた笑みには見覚えがあったからだ。
より正確には、笑顔を浮かべて“見せつけた”相模の表情には、見覚えがあった。
イヤな感じに唇と目尻を歪めたあの笑顔は、微笑でもなければ爆笑でもない。
厳然たる嘲笑。要するに、単なる見下しの侮蔑だ。
「えー、いいじゃんいいじゃん。やっぱ夏だし、そういうのいいよねー」
口元に微笑を浮かべているフリを崩すことなく、視線だけで相模が俺の方を値踏みするように眺めやってきて、背後についてきてる取り巻きたちと笑い合っている姿が視界に写る。
それだけで、さっきまでの気遣いやら優しさやらの温かい感情は消え失せて、凍てついた心のように冷徹な計算と分析だけで成り立っている捻くれエリートの人物鑑定眼がフル稼働はじめるのを実感させられる。
もともと俺と相模ナントカとの間に、直接的な関わり合いはない。お互いよく知らない相手だ。
俺なんか、同じクラスだったことさえ忘れていたほど、薄っぺらい繋がりしかない。
そして、よく知らない相手を理解するのに手っ取り早いものは何か。
より正確に言えば、“理解できたと思うため”に手っ取り早いもの――それは、レッテル。
彼女が俺という人間を把握する材料は、「俺の属してるカースト」だ。
人は個人を知る前に、まずその人物の所属する組織で、場所で、階級で、肩書きで、ある程度の当たりをつける。学校や会社といったもので人間性を判断されることは普通に暮らしてても多々ある。
由比ヶ浜は越境的な人間で、顔色は読んでも空気は読めない割にコミュニケーションスキルが高いから忘れられがちだが、本来的にはクラスどころか学内でも最上位のカーストに属する人間で、かたや俺はリア充基準だと最底辺のカーストに属してるタイプの人間だろう。
言ってみれば今の状況は、淑女たちの社交場のようなもので、身につけているバッグなどのブランド品で人間の価値が測られるが如く、連れている男子というものが一つのステイタスとして捉えられてるかもしれないのだ。
そんな場所で相模は、“由比ヶ浜の連れている男”を見て、確かな嘲笑を浮かべたのである。
『最上位カースト葉山グループに属する由比ヶ浜』が連れている最底辺カーストの男と比較して。
『葉山グループに入れてもらってない下位カーストの自分』より遙か格下であるのを見つけ。
『コイツより私が上だ。葉山くんグループに入れてない私の方が優っている!』と勝利の嘲笑を浮かべていたのだ!
そう! ちょうど林間学校で昨晩に泣かされたばかりの三浦が、『雪ノ下のバストサイズを見下ろして浮かべた笑み』と同じように!!
・・・そう考えると、ちょっとショボかったんだな。コイツがさっき浮かべた嘲笑って・・・。
「――なんか話弾んでるみたいだし、焼きそば、並んでるみたいだから俺先に行っていいか? なんか色々と急に疲れちまったみたいで・・・」
「え? あ、うん。じゃあ私もすぐ行くけど・・・・・・大丈夫なの?
なんか目がいつも以上に腐ってるって言うか、いや普段から腐って見えてるんだけど、なんか今日はいつも以上って言うか」
「大丈夫だ。大丈夫だから急がなくていいんで、ゆっくり来てくれていい。・・・流石の俺でも哀れになって来ちまったから・・・」
「う、うん。――え? アワレ? あれ・・・?」
心なしか申し訳なさそうな笑顔を浮かべて答えた後、しばらくして違和感に気付いたのか頭上に?マーク浮かべだした由比ヶ浜を残し、俺は足早に相模たちに背を向けて場を立ち去っていく。
最初は、由比ヶ浜が蔑まれそうな要因を少しでも早く排除してやった方がいいという理由で動き出す予定でいたのだが、今となっては由比ヶ浜と会話し続けてる相模たちを蔑む気持ちで一杯になって来ちまって、こんな悲しい事実を相手に教えてやるのは流石にどうかと考えて距離置く手段に変化しちまっていた程だった。
「ごめん・・・・・・なんか追い出したみたいになっちゃって・・・」
やがて焼きそば買ってるところに、由比ヶ浜が追いついてきて少しばつの悪そうな顔で言われたが、客観的に考えて彼女が謝るべきことなど何一つないだろう。
なにしろ――さっきの場所で唯一の最上位カーストに属する人間で、連れてる男より優れてるのをダシに使って、最上位以下のカーストに属する奴から僻んでるだけの嫌味みたいなもんを言われて、結局それでカーストも順位もなんも変わらず、相模のプライド満たせた気分になってただけという、一時的な現実逃避の道具に使われちまってただけだったし・・・・・・
本気でなんも謝るべき理由が由比ヶ浜にはないことで謝罪されても、逆に困るぞオイ。俺はなんて返事すりゃいいんだよ。
いーよいーよ気にしないで、アレは相模さんなりの「リア充爆発しろ!」だから大丈夫だよ☆・・・なんて言えるほど、俺はコミュニケーションスキル高くなければ、言って許されるほどクラス内カーストも高くねぇんだって。むしろ低すぎるくらいまである程だし。
「・・・・・・リンゴ飴」
「へ?」
「買うんだろ? コッチは買うもの全部終わったから、付き合ってやる」
「あ・・・! うん! 買う買う! ヒッキーにも半分あげるね!」
「いらんわ。菓子を半分こしてどうする、二個買え二個。それなら食うから」
「えー・・・・・・それだと値段が・・・って、あ!? いや違っ!? そういう食べ方しようって言ったんじゃなくて! 二個だよ二個! 二個買って半分の一個食べてってこと! 当たり前じゃん! 勘違いしないでよヒッキーマジきもーい!!」
「・・・・・・さいですか」
ぼそっとした俺の返事を聞きながら、由比ヶ浜が念を押すように赤くなった顔色で何度も同じ言葉を叫び続けている。
ふぅ、まぁこれでリストにあったものは全部買い終わったはずで、小町に頼まれたからという花火大会にきた目的は達成された訳ではあるのだが。
それでもまぁ、とりあえずの話として・・・・・・
「しかし、あいつ自身が言ってた事ではあるんだが・・・・・・あいつらホントに、夏休みの夜に女だけで花火大会の見物にきてたんだな・・・。
駅からここまで来る途中でも、同じ学校のカップル多く見かけたのに・・・・・・」
「ヒッキー・・・・・・それ絶対、さがみんたちに言わない方がいいと思うよ・・・。
私でさえ、ちょっと悲しくなってくるぐらいの話題なんだから・・・」
―――花火大会は、もうまもなく始まる時間を迎えようとしていた。
両腕が塞がってるから見れない腕時計を目にしなくても、人々のざわめきがそれを俺たちに教えてくれている。
・・・・・・甚平や浴衣姿した、校内で見覚えのある高校生たちが混じった人々の黄色いざわめきによって。
カーストの高さとリア充度が、必ずしもイコールではないっぽい可能性を示されながら・・・・・・
つづく