やはり俺の青春ラブコメはひねくれている。 作:ひきがやもとまち
「・・・・・・そうね。そうなのかもしれない・・・・・・」
俺の話が終わって、雪ノ下が組んでいた腕を力なく下ろしながら、そう震える声で語る言葉がか細く響いていた。
言葉の中で、そっと小さく息を吐く音が混じる。ため息の意味合いまでは知らない、分からない。
「でも・・・・・・じゃあ、あなたは正しいやり方を知っているの?」
「知らねぇよ。だが、今までのお前のやり方じゃないことだけは確実だろう。
って言うか、その程度はとっくに承知の上なんだろ? いちいち他人に聞いて反論封じるのに利用するなよ、らしくもない」
「・・・・・・」
再び沈黙して顔を伏せる雪ノ下。
実際問題、今までずっと雪ノ下のスタイルは一貫していた―――とまで言えるかは微妙なことも多々あるにはあったけれども、基本的には大筋から外れて矛盾するというレベルにまで至ったことは一度もない。はずだ、多分。俺の記憶が確かだったならば・・・・・・合ってたよね? 本当に・・・。
――コホン。ま、まぁ基本的にはの話として、雪ノ下は助けを求められても無闇矢鱈と救ったりはしなかったし、手助けこそすれ最後は本人の意思に委ねる方針を貫いてはきている。
押し売り同然でボランティア始めたこともあれば、こじつけ理論で他校の生徒間問題を部活動の一環ってことにしちまった経験もあるが、一応本人の最終意思確認だけはしてから動くようにはしてきていた。・・・・・・と思う。多分の要素が多めに混じりはするけれども。
ただ・・・・・・今回の一件では明らかに今までとは毛色が違う。
一から十まで雪ノ下が自主的にやってやり、本人自身はやらなくなるため貢献しているほどで、本末転倒の面すら見え隠れするほどだ。
致命的だったのは効率を理由に、相模から『権限の委任』を受けてしまったことだ。
アレで完全に『飢えた人間に魚の捕り方を教えるだけ』という、自身が語った奉仕部の方針から完全に逸脱することが確定してしまった。
魚を捕る仕事を自分が代理で引き受け、本人からは最低限の職務からさえ解放してしまう決断・・・・・・今までとは真逆の方針。完全にスポイルして甘やかすダメ人間製造部へと奉仕部が改名しちまった瞬間だった程に。
あるいは――と少しだけ俺は想像する。
雪ノ下にとって今回の依頼は、最初の時点から依頼者である相模は、どーでもいい存在として認識されていたのかも知れないと。
彼女にとって重要だったのは依頼内容の方で、依頼者の固有名詞や事情は気にするような事柄ではなく、誰でもいいし何だっていい部分だと割り切られちまった状態で始まってた依頼だったのかも知れない、と・・・。
今回の依頼で雪ノ下が見ていた相手は、“彼女”だけ。
過去の彼女と、同じ立場に立ち、同じ役割を自分が実行して成功に導くことが出来さえすれば―――彼女にとってナニカが得られるなり変われるなり願って、そういう個人的な目的で引き受けただけだった。
そういう可能性もないことはない状況。・・・・・・とは言え、それが口に出してはいけない類いの可能性であることぐらいは捻くれエリートの俺でも分かることでもあった訳だが。
そういう事情で雪ノ下の部屋に、何度目かの沈黙の帳が降りた後。
「あの・・・・・・あのね、ゆきのん」
由比ヶ浜が言いづらそうに口を開く声が小さく響いた。
俺たち二人からの視線を浴びながら、いったん呼吸を継いでから、ゆっくりと話し始める。
「・・・・・・少し、考えたんだけどさ。
ゆきのん、あたしとヒッキーを頼って」
その言葉を最後まで聞き終わるより先に、俺は心の中でこう思っていたんだ。
―――え? 俺も!?・・・と。
そして、コレも言えねぇよなぁ・・・・・・と。
捻くれエリートとして捻くれ者らしい思考と解釈と発言ではあると自信を持って断言できる俺だけれども、それでも言っちゃいけない場ぐらいは弁えてるので言えません。
たとえ自分が頼られた時に、なんか役立つのか?とかの疑問があったとしても言っちゃいけない時が人にはある。
「誰かとか、皆とかじゃなくて・・・あたしたちを頼って? あたしは、その・・・・・・何ができるってわけでもないんだけど、でも、ヒッキーは――」
「・・・・・・紅茶でいいかしら?」
そして雪ノ下は由比ヶ浜からの精一杯の言葉を最後まで聞くことなく背を向けて、キッチンの薄暗がりへ歩み去って行く姿に由比ヶ浜から続く言葉は遮られる。
言葉はいつも平行線で、この高い高いタワーマンションがバベルの塔だったみたいに、互いの言葉は届かない。
それでも尚、俺が雪ノ下に届けられる言葉として―――グッジョブな反応だったと、親指を心の中だけでも送っておくことにする。
なんか自分だけ場違いな状況に紛れ込んじまってる気がしなくもなくなってきてたけど、捻くれ者って基本そーいうもの。周りと違って、皆はダメで俺が良い。だからこそ皆の一員になれないしならない、それが選ばれし捻くれ者のエリートたる俺のポリシー。
――まっ、そんなこんなで色々あった末に。
「じゃ、用も済んだし、俺は帰るから」
「え、あ、あたしも・・・」
という展開になって席を立ち、玄関で靴履き替えて部屋を出て行こうとしてるところに、
「由比ヶ浜さん。その・・・今すぐは難しいけれど、きっといつか、あなたを頼るわ・・・だから・・・ありがとう」
「あ、はい!? ・・・ゆきのん・・・」
「でも、もう少し考えたいから・・・・・・だから・・・」
「うん・・・・・・大丈夫」
とかいう百合方面でのリア充イベント勃発しちまったみたいだったので、そっちルートの主人公っぽい由比ヶ浜に後任せて俺は部屋を先に出てくことにさせてもらった。
それにまぁ、『いつか“あなた”を頼る』って話だったし。由比ヶ浜を頼るだけなら別に俺いなくても大丈夫だろと思ったので、お邪魔虫はさっさと退散しておくことにする。
――なぜなら、俺は知っている。それが彼女たちの優しさなのだと言うことを。
捻くれ者は、優しい女の子が嫌いだ。俺に優しい人間は、他の人にはもっと優しくて、そのことを俺は知っている。訓練された捻くれエリートボッチは1度の間違いも希望を抱くことすらしない。
百戦連敗故の強者。最初から負けたことしかない事に関しては、俺こそ宇宙最強の帝王。
だからこそ、そんな俺だからこそ分かることがある。
『自分が変われば世界は変わる』というのは噓だと。極一部の超少数事例だけに当てはまり、他は全て当てにして信じたら失敗して痛い目に遭うことが確定している奇跡みたいな方法論を、あたかも全体に適応可能な理想論みたいに誑かして儲けたがっている道徳業者の陰謀でしかない現実を、捻くれ者のスーパーエリートである俺はすでに知っている。
世界は、周囲は、いつも自分を『自分たち』という枠組みの型に填め込ませるため詭弁を弄し、はみ出す部分があれば磨り潰してでも管理しやすい形に整え直さなければ気が済まない。
それを延々と続けて、考えることすら辞めて従順に変えさせていく、刑務所みたいな方法をとっているのを誤魔化すため、美談として強要する洗脳の道具として利用しているだけだ。
相手にとって都合のいい噓を押しつけられて、妥協させられたと思いたくないで『自分が変わって世界が変わった』と考えることでプライドを満たしているだけに過ぎない。要はプロパガンダでしかないのだ。
そんな感情論や根性論や精神論だけで、世界も、周囲も、集団も、変わることは決してない。
舞台と条件はすでに整った。
「せっかく減った参加人数だ。これ以上増えなくなった状況を利用してやる。
本当に世界を変えるということが、どういうものか――――教えてやろう」
そして階段近くの窓に歩み寄りながら、俺はジオンの偉いさんみたいなエリート気分で見下ろしながら僅かに浸った気分になる。
愚民共を見下ろせる立場ってのは・・・・・・気持ちの良いものだなと。ひがみ根性で悪口言いたがる下っ端主人公たちの気持ちがよく分かるぜ、フッフッフ。的な感じで。
まぁ、そんなこんなで色々あって、ユリユリっぽくなった雪ノ下のマンションで過ごした夜が明けてから数日後。
俺たち文化祭実行委員会のメンバーは、久々に全員が一同に集まって会議室での話し合いに望んでいた。
「それでは、委員会を始めます」
という雪ノ下委員長“代理”からの宣言によって、会議は始められた。
ちなみに今日の会議は定例ミーティングだったので、基本的にメンバー全員が集まることが多く、今回もまた例外ではない。お飾り委員長に自ら墜ちたがった相模もいる。
開始時間ギリギリまで友達とのおしゃべりに熱中して、先日のことを引きずってるのか熱が抜けきってないのか少しボーッとした状態だった雪ノ下に「・・・雪ノ下さん?」「え?あ――」とかキツそうな目付きで注意してるとこから始まってたが・・・・・・。
もう既に、代理から開始宣言してもらわないと会議はじめること出来なくなっちゃってんのか、この委員長・・・。
ダメだろ、この状況・・・人事の秩序が乱れすぎている・・・。
また、文化祭委員のメンバーではなく、そもそも学校の生徒ですらない卒業生のはずの陽乃さんや、クラス劇で主役やるはずの葉山までもが、最近よくいついてるっつーか、ぶっちゃけ大半の正規メンバーより出席率高くて仕事内容理解できてるからって理由でオブザーバーとして同席を許可されている。
・・・・・・人事の秩序が乱れすぎるにも程があるなオイ・・・。せめて葉山ぐらい帰してやれよ、けっこう忙しそうだったぞ? クラス内でのアイツって・・・。
「本日の議題ですが、城廻会長から連絡があったとおり、文化祭のスローガンについてです」
そう告げてる雪ノ下の背後で、生徒会メンバーの女子生徒が、問題視されたスローガンをホワイトボードに板書してくれる。人事の秩序は・・・もういいや。
『友情・努力・勝利の文化祭』
――これはアレですか? 平ナントカ先生が越権して採用させてたのがバレて駄目になったんですか? なにに勝つつもりなんだ、このスローガン掲げた文化祭実行委員会は・・・。
流石にコレは駄目だろっつーより違うだろってのは満場一致で賛成だったのか、参加者たちがそれぞれの案を書いた紙を匿名で出しあった奴から偉ぶってことで決定した。
んで、最初の一案がコレ↓
『面白い! 面白すぎる! ~潮風の音が聞こえます 総武高校文化祭~』
・・・いや、パクるなよ。他県の土産物セールスに乗っかろうとするなよ、せめて千葉名物のセールスで。それなら県知事とかから受けよさそうで、千葉テレビとか取材に来させてくれる可能性も微レ損ぐらいは――無理か。次。
『一意専心』
・・・・・・書きそうな奴っつーより、書きたがりそうな奴に心当たりがありすぎる。四文字熟語系のが好きそうな人同士だったら受けるかも知れない、多数派支持は得にくいマニアック道を地で行く雪ノ下アイデア。却下、次。
『ONE FOR ALL』
「お。ああいうの、ちょっといいな」
この案について何か思おうとするより先に、葉山の方が早く反応してお気に召したっぽい声を上げるのが聞こえた。
同じ学年で同じクラスの同じ男子生徒だからか、葉山の席は俺の隣で嬉しそうに理由を解説してくれる。
「一人は皆のために。俺は結構好きなんだ、ああいうの」
「ハッ――そんな理由でかよ。そんなことで良ければ簡単だろ?」
「・・・・・・え?」
訳が分からないという反応を返してきた葉山に対して、俺はやれやれと肩をすくめながら答えを教えてやる。いや、正確には“思い出させてやる”って方が正しくはあるが・・・。
「一人に傷を負わせて、そいつを排除する。一人は皆のために貴い犠牲となる。よくやってることだろう?
・・・・・・夏合宿のときの、ルミルミみたいに」
「うっ!? そ、それは・・・・・・その・・・」
俺が言った直後は、険しい表情を浮かべかけた葉山だったが、付け足された名前を聞かされた瞬間に狼狽えざまを晒して視線を泳がせた末に黙り込む。
視線どころか身体ごと、コッチから逸らしたがって後ろめたそうな姿勢で目を逸らす。葉山にしては珍しい体勢だったが・・・・・・当然といえば当然でもある反応と言える。
あのときの記憶と経験を完全に忘れたってほど時間たってる訳でもねぇし、あの時に問題解消のためコイツ自身が果たした役割を忘れていないんだったら、俺を相手にこの案を強硬に主張するのは難しい。
そして、あの時のイジメを高校生の認識と制度を使って範囲拡大しちまったのが、今この分実委員会がやっていることでもある。
ルミルミの役が雪ノ下へと代わって、イジメ犯たちの目的と理由がグループ維持から各々の立場維持のために変わっただけ。周囲の連中が巻き込まれて火の粉にまかれるの嫌がって見て見ぬフリしてるのも全部同じ。
一人は皆のために犠牲になるのは仕方がない・・・・・・そういう冷淡で残酷でクソみたいな自己保身を言い訳したいだけの屁理屈が、この分実全体を覆い尽くしている空気なのだから・・・・・・
ま、もっとも。
「ひ、比企谷・・・あのさ」
「・・・・・・」
少し気まずそうに小声で話しかけてくる葉山の言葉を聞こえないフリして無視しながら、それでも一応は礼儀を守って嫌そうな顔とかすることなしに、ただ聞こえてないってだけに周囲からは見えるよう演技しながらの無視って形に留めておくよう努力しておく。
いやだって、雪ノ下一人に色々押しつけちまってるの分実メンバーの問題だし。葉山って別にメンバーじゃないし。
本来は有志の申し込みしにきただけの奴だったのが、なんか居着いちまって仕事できるから役に立って、遂には委員会メンバーだけでやるはずの会議にまで参加してても当然扱いされちゃうようになっただけで、立場的に部外者だろ? コイツって本来は本当だったなら。
むしろ今回で一番ボランティアの定義に適ってるのって、雪ノ下よりコイツなんじゃねぇかなって思えるぐらいには、関係ないはずの他人事のために色々手伝ってくれてる人の葉山さん。
正直コイツがいるかいないかで作業の効率全然違うし、正規メンバーよりも出席率高くなってる奴多くなってる昨今だしな現状知ってる身としては、コイツを同類扱いするのは抵抗あるしマジでない。本気でない。
むしろも少し出席率と、仕事の数増やしてください葉山さん。俺の分が減って楽したいっス。
そんな俺の涙ぐましい『俺たち仲悪くないですよ~?アピール』の甲斐あってか、特に問題視した視線を向けてくるものもなく話題は進むんで、残りのアイデアは司会進行役を担ってた委員長の相模を始めとする数人だけとなり。
遂に―――俺にとっては本命となる、真のオペレーション会議ブレイクが発動される時が訪れる。
「じゃあ、最後。うちらの方から」
相模はそう言って、金魚の糞みたいな取り巻き友達2人とうなずき合ってから席を立ってホワイトボードにペンを走らせ始め、書き終わった彼女案のスローガンの中身はと言うと、
『☆絆~ともに助け合う文化祭~』
「う、うわぁ・・・・・・」
思わず、素で退いちまって声が出るアイデア出してきやがる相模だった・・・。
いやゴメン、わざとじゃないんだ。さすがにコレは予想してなかったってだけで、決して狙ってイヤそうな声を上げたわけではない。そこは本当だから誤解しないでもらえるとマジでありがたい本当に。っつーか、『☆』って。
「・・・・・・何かな? 何か変だった?」
「いや、別に。いーんじゃないッスか? 別にぃ――ハハっ」
文句ありげに言いかけて辞めた後、せせら笑うように付け足す。
分かりやすい挑発だったが、相模みたいなのには、この程度でも結構効くらしい。頬が「ぴくぴくっ」と動いて笑顔が引きつりを増す。
「そうかな? 何か言いたいことがあるように見えたんだけど、遠慮しなくたっていーんだよ?」
「いや、まぁ別に。委員長がいーんでしたら、まぁ別にいーんじゃないかなぁって。委員長的にはそれでいーと思えるんでしたら、それでさぁ」
「(ぴくぴくぴく・・・)ふーん、そう。そうなんだぁ。まぁ私はいいんだけどね別になんだって。でもまぁ、イヤなら別の案だしてね」
「はぁ、まぁ。委員長がそう言うんでしたら仕方ないっスし、それじゃあ――」
と前振りした上で―――俺は言ってやることにした。示してやったのだ。
この世の・・・・・・真実の姿というものを!!!
『青春とは悪であり、噓である文化祭』
『青春とは噓であり、悪である文化祭』
「って、またかぁぁぁぁぁぁぁぁっい!!!」
「うわっ!? ど、どうしたんですか平塚先生!
って言うか、なんで雪ノ下さんが爆笑無理して堪えてるみたいにお腹抱えてるの!?
え!なんで!?なんで!?どうして!?え!え?えッ!?」
そして言ったら何故か、同席していた平塚先生の方からと、後ついでに雪ノ下の方から微妙な反応が返ってくるという謎な展開が待っていてしまったオチ付きの状態に・・・・・・なぜだ?
これほど、この文化祭実行委員の真の姿を現している真実もないはずなのに・・・・・・やはり人は、よりよく捻くれエリート道へと導かれねばならず、指導する捻くれ絶対者が必要なのだという真理を俺は改めて痛感させられる。自前でMS自作できる才能までは目覚めてないからできんけど。
「ど、どうしたんですか、平塚先生? あの案に思い当たることでも何か? 確かに問題がありすぎる内容ですが、所詮はヒキタニが出してきたヒキタニらしい案ですし、大した問題もないでしょう」
「ぐ・・・あ、厚木先生・・・ですが、その、アイツが今言ったことは、私が今年初め頃に・・・・・・」
「プッ、あはははははは! バカだ! 真性のバカがいた! もう最っ高! ひ、ひぃ~、あーダメだ。お腹痛い。
・・・・・・それにしても文化祭スローガンでコレって・・・PTA会長の顔とか想像するだけで・・・うっくっく」
挙げ句、陽乃さんからは爆笑されて、PTA会長が訪れた場合の架空シチュ想像で更に笑われてしまう羽目になると。意外と想像力豊かな人だったのかもしれないなと少し感心させられながら。
あと唯一初見じゃない平塚先生が、顧問の体育教師の厚木にどう説明していいか困って睨まれてしまった。
明らかに視線だけで説明を求められちまってたが、立場的にも情報知らん奴らのためにも口に出して問う必要性がここではあり。
「比企谷・・・・・・、説明を・・・・・・」
「いやまぁ、説明って言っても、そのまんまの意味としか説明しようがない案なんスけどね。
誰がどー見て考えたって、噓で塗り固められて表面だけ取り繕うとしてるだけな、悪の文化祭でしょ? 今この状況って。
さっきまで出されてた案に、昨日までの文化祭実行委員を見てきた奴が、心から賛成できそうなのあったって言えそうな人、この中にいます?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
平塚先生から改めて問われた質問に、あえて白けた表情と声で答えた俺からの反問に、今度は他の委員たちが目を逸らす者が続出する。
その光景を眺めながら、別に返事が返ってくることを期待してたわけでもない俺は、普通に話の続きを進めるだけ。
「『皆で~』とか『力を合わせて~』とか言っちゃってましたけど、実際には毎日作業に参加してくれてる人って、この中に何人いる状況に今なってると思います?
俺これでも一応、皆勤賞ッスよ? 作業効率とかで役立ってるかまでは知りませんけどねぇ。
挙げ句こーいうこと言うと、『自分が楽したいだけなんだろ~』とか言い換えされるのが定番っちゃ定番で、しょーじき楽したいだけってのは否定できない事実だから言われるのは仕方ないとして・・・・・・俺より参加日数少ないヤツが言うのは許せない。むしろ入れ替わりたくて仕方がない」
『最低だ!? 僻みだッ!?』
そして被る、盛大なツッコミ。
意外と思ってたより、ノリ良かったんだなコイツらって・・・。
「『青春』って人が呼んでる物語って、よく見るとけっこうな数で、自分たちの周囲だけ肯定的に捉えて、自分たち以外をそのままで解釈するのが正しい~、みたいに書かれてるの多いじゃないっすか?
たとえば、仕事じゃない雑務以外の書類まで持ってくる時には、『皆でやる助け合い』と言いながら、休んでるヤツに電話しまくって来るよう催促しないのは『自主的な集まりで義務じゃないから~』とか答えたりとか。
自分たちが委員会に来れないのは、クラスの手伝いとか事情があるから仕方ないで済ますよう求めて、こういう言い方で苦情いったら『自分が楽したいだけだろ』とか陰口言われても仕方がない扱いされそうだったりとか。
・・・・・・そういう、如何にもな青春群像劇でありがちな、噓や欺瞞や秘密や罪科や失敗さえ『青春』の二文字で綺麗そうに見えるよう取り繕って客集めるのが『青春』って概念だと思うんですよねぇ。
だから、この文化祭に、文化祭実行委員会に相応しい言葉は『悪の文化祭』じゃないかと」
「ふん・・・・・・相変わらずな理屈を言う」
不快そうに唇を歪めながらも、一方で言うほど不愉快ではなかったのか、平塚先生は俺の発言内容そのものには否定も肯定も返さぬまま、代わって更に具体的な掘り下げのみを要求される。
「では貴様の言う犠牲――と、敢えて表現するが、貴様が“他者の青春のための犠牲”になっていると感じているものとは、具体的に何を差す?」
「俺とか超犠牲でしょう? アホみたいに仕事させられてるし、って言うか他人の仕事まで押しつけられてるし。
今日来てる人の中で、毎回参加して風紀委員長たちが帰る近くの時間まで仕事してから帰宅してる人って何人ぐらいいますかねー? ちなみに俺、一応コレでも皆勤賞に近いんスけど。
これで俺より参加日数少ないヤツから、『なにアレ』『結局は自分が楽したいだけだろぉ』とか陰口たたかれちまったら完全に犠牲確定されちゃって堪んないっスけどねぇ。
それとも、これが委員長いうところの『ともに助け合う』って事になるんですかねぇ。
もしそうだったなら、俺は“そーいう助け合い”はしたことないんで、よく分からないんスけど。
――あ、そーいえば委員長って、昨日きてましたっけ? 一昨日の時は? 一昨昨日は? なんか久しぶりに顔見た気がするんスけど間違ってたらゴメンなさい。俺の記憶違いです謝ります。スイマセンでしたっと」
「え、あ、いや・・・・・・ううぅ・・・・・・」
俺が一礼して頭を下げてから黙り込むと、全員の視線が一斉に相模の方へと向けられて狼狽えたような声と態度で、あからさまな狼狽ぶりで返されちまった。
まぁそーだろう。周囲の連中としては、生意気な口をきく俺をビシッと倒して悪人成敗してくれて、俺ザマーな感じに溜飲下がりそうな展開を期待しての注目だってのはアイツも分かってんだろうけど。・・・・・・久しぶりだからなぁ、委員長の相模が分実きたのって。
その場のノリでいい感覚的な話題ならともかく、出席日数とかの具体的な数字提出とかになると絶対に弱くなるしかないのが今のコイツだし。
雪ノ下に委任して、来る必要なくなってから結構たった後だったしな。
まっ、あとのことは俺は黙って、雪ノ下雪乃“委員長代理”で、権限委任されてる奴に任せるとしよう。
雪ノ下が1人でやるためだけに委員長から委任された権限使うなら意味はないし、雪ノ下を追い詰めて病欠させるぐらいの価値しかないが、全体に何かしらの強制権の発動という形で使うんだったら相模から押しつけられた代物にも利用価値は出てくるってもの。
あとは、全体からの嫌われ者がいりゃ良かろう。それで人の集団はまとまる。
それが常に、『力を合わせて倒す悪』を必要とする『青春ストーリー』ってもん。
『同類扱いされる悪役』という分かりやすい指標と、判定基準とカースト制度さえ出来てしまえば、あとは落ちたくない連中が必死に今の地位身分にすがり付こうと努力し始めるようになる。
今までの文化祭実行委員会で足りなかったのは、この二つだ。二つ共だ。
一致団結してなんとかするような、利害が一致する問題がなく。
全体を主導して、悪から守ってくれる方に導いてくれるリーダーも不在。
それが文化祭実行委員会を、一人一人の委員が寄せ集まった烏合の衆にさせ、何していいのか悪いのかもよく分からないまま今日までダラダラと日を送る形を維持させてきてしまう原因になってる部分だった。
委員長が1人だけで、鼻をつまんで傾きかけた家を支えようと大工仕事して、周囲の連中は、家が壊れたら別の場所へ行けばいい何とかなるさと楽観視して、たまに手伝ってくれるだけ以上のことをやらなくなっていた。
それが雪ノ下委員長代理が、今日までこなしてきた文化祭実行委員の運営方法。
あくまで委員長1人だけでやっていた。指揮官としてではなく、自分自身が兵士も兼ねて全部の仕事を肩代わりして、崩壊していく家の姿には目をつむって、まだ間に合う何とかできると言い聞かせながら。・・・・・・そんな悲喜劇の善人だけどダメな王様キャラクター。
雪ノ下が今日まで1人でもやって来てたことは無駄じゃなかったが、副委員長としては無駄だった。
自分一人でやるにしても、せめて『部下たち』を『駒』として扱って事を進める独裁者ぐらいにはなってもらわないと物の役には立ちゃしない。
それが雪ノ下には足りない部分だったが、彼女は彼女で口で言われたら逆側を生きたがる天邪鬼な捻くれ者なヤツでもある。
それなりに追い込まれて、吹っ切れるぐらいの儀式を済ませてからじゃないと、方針転換できるヤツでもなかっただろう。
案の定、雪ノ下は俺の投じた言葉の爆弾で醜態を晒している相模を見てるのが愉しかったのか、珍しく楽しそうな笑い声上げて噛み殺した後、『今日は解散。明日改めて再検討』を決定し、今後は遅れを取り戻すため委員たちの強制参加を委員長代理として義務づけることも宣言。
戸惑いはあるようだったが、皆はその決定と判断に従うことを受け入れて、教室から一人また一人と去って行き、明日までに考えてくるよう通達された新スローガンを何にするかで盛り上がりながら通り過ぎていく。
そのうち何人かが、俺の方を忌々しげな視線で睨み付けながらも、口に出しては何も言わないまま通り過ぎていく姿が視界に映った。
俺の言い分が気にくわないものを感じさせられたらしい連中の一人だが、一方でそれなりに前から顔合わせることが少なくなってた相手でもある。
嫌味は言いたいが、出席日数を確認できる今ここで言うのはマズい――そうとでも思ったと言うことなんだろう。
あるいは、明日からイヤガラセでどんな事してやろうかと、内心で暗い計算でもしてるのかもしれん。迷惑な話だったが・・・・・・今更言っても仕方ないからな。どーしようもない、受け入れよう。
そして続いて、城廻会長が背後を通り過ぎる際。
いつもの、ほんわかした笑顔を浮かべてる時には聞いたことない声と口調で、
「残念だな・・・・・・。真面目な子だと思ってたよ・・・・・・」
「・・・・・・」
悲しそうな呟きを残して去って行ったため、俺は言葉を失って何も言えずに呆然とし、やがて廊下に出て自分も家路につこうと歩み出した時
「・・・・・・いいの? 本当にアレで」
「あん?」
雪ノ下がドアの外側に、背中を預けるような姿勢で待っていて声をかけられる。
「アレって、何が?」
「誤解は解いたほうがいいと思うけれど」
「いや、誤解は解けないだろ。自分で解を出したら、あとは信じるか信じないか、信仰の問題だ。そして人間いざって時ほど、自分の出した答えを信じたがるもんだ」
誤解はなく、正解もない。
あったとしても確認の取りようがなく、真偽のほどは物証で判明できる類いのものしか物理的に不可能。
それがこーいう問題での人間関係における『誤解』って結論だ。
失敗は取り戻せることもあるが、そのことで押された烙印を消せるか否かは別問題。
一度出した自分の答えに、こだわり続けたいヤツは信じ続けるだろうし、コッチが何もせんでも変わる奴は勝手に変わる。全てが全て相手が決めることで、決定権は向こうにある。
誤解された側にあるのは、与えられた答えにどう対応するかであって、答えそのものは本人にしかどーにも出来るわけがない。
「・・・・・・どうでもいい時ばかり言い訳して、大事なときは言い訳しないのね。それってちょっと卑怯だと思うわ。それじゃあ相手も言い訳できないじゃない」
「別にいいんじゃないか? 言い訳なんざ、言いたきゃ言えばいい。意味があるかどうかまでは知らんけどな。
どーせ、言っても言わなくても、信じる信じないを決める自由と解釈権はアッチ側だ。
人間、大事なときほど勝手に判断した答えを信じ込みたがる。『コイツは犯人だ』と思ったヤツからの説明は、『犯人自身が言ってる事だから』で全く信じない。違うか?」
「・・・・・・・・・そうね。そうかもしれない。言い訳なんて、無意味だもの」
噛み締めるように語る雪ノ下の声音。
出た答えが引っくり返ることはあっても、覆水が盆に返ることは決してない。
どんな言説をもってしても、悪印象を拭うか拭わないかを決めるのは本人ではなく、相手が勝手に決めつけて勝手に信じ、勝手に出した答えの真偽のどちらを選ぶかだけで全てが決してしまうもの。
だから言い訳は無意味だ。
言い訳すること自体が、噓と信じる根拠となることもあれば、最初から完全に誤解に満たされていた信心というものも時にはある。
「なら―――もう一度問い直すしかないわね」
まっすぐで敵意すら抱いてるように、初対面の人間からは見られるかも知れない冴え冴えとした綺麗な瞳で見つめてきながら、雪ノ下は宣言した。
俺としては、その件について思うところもなければ気にすべき問題とも思っちゃいない。相手の好きにしていい、誤解されようがされまいが本当にどうでもいい問題。
――と、言うより。
「っつーか、俺って誰かに誤解されてたんだっけ・・・? 今さっき会長から誤解されてたことだけはハッキリ分かったんだが、それ以外のだとすぐには・・・・・・。
現状の文化祭実行委員で、あの人からの低評価を解いてもらったとして、なんかメリットあるもんなのか?
せいぜい押しつけられる仕事増やされる理由ぐらいしか、なれそーもねぇ人って気がするんだが・・・・・・」
「酷い言われようね・・・・・・まぁ、分からなくもないことではあるけれど。
と言うより、何故あなたのことを“真面目な後輩”だなんて、現実からかけ離れた妄想を信じ込んでしまってたのかしら? 城廻会長は。分からないわ・・・」
「だろう?」
二人揃って、謎の生徒会長コメントについて思いをはせ、相手の真意を計りかねて首をかしげる俺と雪ノ下。
人の心ってのは、つくづく難しい。そういうもんだと改めて気付かされた一日でもあった。
つづく