マッチョじゃない女神がマッチョを押し付けてくる。   作:ウサギとくま

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勇者ウチに帰る

 

――目を開くと最初に入ってきたのは、冷蔵庫だった。

 

「……冷蔵庫だ」

 

 思わず抱きしめてしまう。とてもひんやりしている。でも、俺は知っている。この扉を開けると、もっとひんやりしているんだ。ふしぎ!

 

「……」

 

 元の世界に戻ってきた最初に目の入った上にそれが10年目にしてなかった文明の利器だったので、なんか変になってしまった。

 多分、ひな鳥の刷り込みとかもこういう感じでなるんだと思う。

 

「戻って……来たのか」

 

 すぅぅと鼻から息を吸う。あっちの世界にはなかった匂いだ。懐かしいにおい。実家の匂い。俺が17年過ごしてきた………家の匂い。

 冷蔵庫から視線を外す。台所……そう、ここは台所。で、あっちはリビング。リビングから出て廊下にトイレがある。

 

「そうだ。こっちにはトイレがあるんだった。トイレ! トイレだ! トイレ!? トイレェ!」

 

 一応狂ってない。

 トイレがあるという事実に驚いたのだ。向こうの世界のトイレはほら……アレだし。村とかにあるのは昔のアレなアレだし、野宿中はそこらへんでしてたし。ちなににフィルターがかかってた頃は村のトイレも現代風のトイレに見えたし、野宿中も催したらいきなり草むらの中に水洗トイレが現れたけど……あれ、そう見えてただけなんだよな。こわ。

 

「まずはトイレだ」

 

 異世界から戻ってきて最初にやるのが排泄って生物としてどうなんって思われるかもしれないが、敵に襲われる危険のない場所で好きなだけ排泄出来る――そんな文化的活動が頭に浮かんだ瞬間にすでに行動に移してしまっていた。

 

「……はぁ、トイレだ」

 

 俺、昔は言うほどトイレって匂うし狭いしであんまり好きじゃなかったけど……いいな、トイレ。安らぐ。向こうでは早く出して周りを警戒しないといけなかったから……近くに仲間もいるし。本来トイレはこうやって、隔てた空間で1人でするものなんだ。それを思い出した。うん、これからはもっとトイレを大切にしようと思う。

 

 トイレから出る。

 

「……どうしよう」

 

 10年ぶりに元の世界にもどってきたけど、いざ戻ってみるとどうすればいいか分からない。

 というかあまり実感がない。帰ってきたからって、ゴールテープ持って待ち受ける家族もいなかったし。いたら怖いけど。

 

「家族か」

 

 なんだか心がドキリとした。会える。会えてしまう。

 10年も会えなかった家族に。会いたくて会いたくて、会えなかった家族に。

 決して仲がいいとは言えなかった。いや……俺が一方的に距離を置いていただけだ。10年前の俺はいろいろ拗らせていたから。

 でも今なら素直になれるはずだ。あの旅を経た俺は家族がどれだけ大切なものか知っている。急にいなくなってしまう恐怖も。

 だからこれからは家族を大切にしようと思う。

 

「……うーん」

 

 さっきから何だか心がふわふわしている。

 もっとこう、俺はドッシリしていたはずだ。いろいろな経験を経て、かなり落ち着いた人間になったはず。

 あれか? 体が若返ったせいで、心が引っ張られてるのか?

 まあ、そのうち慣れるだろう。

 

 しかし、いざ家族と会うとなると……なんか緊張するな。なんていえばいいだろう。『ただいま』か? いや、家族から見れば俺はどこにも行ってないわけだし。

 そもそもなんで誰もいないんだろ。夏休みの初日だよな。あの日は……覚えてない。10年前とか覚えてないわ。

 多分、どっか出かけてるだけだろうし。

 

「うーん……ちょ、ちょっと久しぶりだし、体キレイにしとこうかな」

 

 臭いって思われたくないし。

 

■■■

 

 

「風呂ヤッベ」

 

 風呂すごい。めっちゃ暖かいし、シャンプーあるし、石鹸もある、突起についた頭に使うよくわかんないアレもあるし、あひるさんもいる。

 

「住めるなこれ……」

 

 水飲み放題だし、食べ物は……窓の隙間に罠とかしかけて鳥とか猫いける。

 あとテレビもついてる。ちっさいけど。テレビ向こうになかったから、久しぶりに見たせいで何かわからなかった。触ってたら電源は言ってびっくりした。ちょっと漏らしたけど大丈夫。

 調子に乗って1時間くらい入ってしまった。

 

 浴室から出る。

 

「そういえば……ちゃんと自分の体見るの久しぶりだな」

 

 あっちの世界に鏡はあったけど、裏の方にはなかったからな。水は基本濁ってたから水面に映すこともできなかったし。

 

「俺、どんな顔だったっけ」

 

 自分の顔を鏡に映す。――うん、俺だ。久しく見てなかったけど、さすがに自分の顔はわかった。そりゃそうだわな。10年前の俺の顔だ。

 この右目の傷とか、忘れてるわけないし。

 

「右身に傷があるッ! なんでだ!?」

 

 いや、あったけど! 目を縦断する縦傷があったけども! 残っとるやんけ!

 

「マジかこれ……」

 

 触ってみる。傷っぽいタトゥーの可能性もワンチャンあるかと思ったけど……しっかり傷だ。

 幸い目は見える。裏あっちの世界で出来たときは完全に視力失ったし。そこは安心。

 

「傷フェチ女神めぇ……まあ、片手ちゃんと戻ってるし、最悪ヨシとしよう」

 

 そして風呂上がりの体を見下ろす。体中にあった傷は無くなっていた。代わりにムキムキになっていた。

 

「女神コラァ!」

 

 元に戻すって言ってたのにぃ……まあいい。うん大丈夫大丈夫。流石に27歳の時に爆裂筋肉じゃないし、ひと夏の冒険を終えたくらいの細マッチョだしセーフセーフ。

 服着てたらわからんレベルだし。

 

「でもやっぱり傷はヤバイな。これなんて説明するばいいんだ?」

 

 眼帯でも……するか? そういえばクラスメイトに眼帯付けて片手に包帯巻いたヤツがいたような……あれがいるし、眼帯くらいだったら大丈夫か。

 クラスメイトで思い出したけど、俺……学生なんだよな。学校かぁ……懐かしすぎてなんも覚えてないわ。

 

「――あのさぁ、さっきからうっさいんだけど」

 

 背後から扉があく音。いかん、油断してた。この距離まで近づかれて気づかないなんて……いくら敵意を感じないからって、戦場だったら死んでるレベル。

 慌てて振り返る。次いでそのまま相手の視線を切るように身を屈め――

 

「え――」

 

 体が硬直する。戦場だったらまず殺される隙が生まれた。

 だがこればっかりは仕方がない。

 だってそこにいたのは。

 

「つーか帰ってたの? ウザいからさっさと退いてくんない? 手洗ってうがいしたいんだけど。――やっ、そもそもなんで服着てないの!? キモッ!」

 

 そこにいたのは、俺の家族で、10年ぶりに会う、妹――

 

「まゆこ……」

 

「なんでママの名前? 母親を呼び捨てにすんなよキモすぎるだろ」

 

「……けいじ、ろう……?」

 

「パパの名前がなに?」

 

「……」

 

「……え、なに? なんなの?」

 

 母親がまゆみ、父親がけいじろう、ペットの蛇が……スネチャマ、思い出した。

 ということは――

 

「まゆじろうチャマ?」

 

「もしかしてさっきからあたしの名前呼ぼうとしてる? いやキモいキモい。呼ばれる行為自体キモいのに、名前思い出せなくてもしかしたら親同士の名前を半分ずつもらった系の名前だったかもとか推測してるのもキモイ! あと蛇混ぜんな!」

 

 やばい、思い出せない。誰だっけこの妹。

 妹ってことはわかるけど、マジで名前が思い出せん。なんでだろ。

 

 とりあえず。

 

「人がいるってわかってるんだったらさ、ノックしろよ。ノックを。マナーでしょうが」

 

「え、あ、うん。ご、ごめん。……え、なんで全裸の人に説教されてるのあたし」

 

 説教している間に思い出そう。頑張れ俺。

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