その長女、憧れを以て零へと至らん   作:全智一皆

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第一話「二天一流、即ち天下無双」

 

■  ■

 宮本武蔵という剣士を、ご存知だろうか?

 恐らく、アニメや漫画、ゲームといった物で知ったという人間が大半だろう。勿論、かの剣聖を知らない人も当然居るだろうが、それを考慮したとしても、きっと日本の大体は彼の事を知っているだろう。

 剣聖―――もしくは、剣豪。そう呼ばれるに相応しい実力を、剣技を持った剣士の一人にして、二刀流の開祖と言える男である。

 新免武蔵守藤原玄信。宮本武蔵、もしくは新免武蔵の名で江戸時代初期に活躍し、多くの剣士達の憧れとなった大剣豪。

 太刀と脇差しの二振りを用いて戦うという、当時では考えられなかった剣技―――所謂、『二刀流』を以て百の敵を斬り捨てたとも言われている。

 戦国時代に剣豪として名を馳せたと同時に、兵法家でもあった新免無二を父に持ち、幼い時より幾多の修業を積んだ武蔵は、13歳の時に初めて新当流の有馬喜兵衛に勝利し、以来29歳になるまで60余りの勝負を仕掛け、その全てに勝利したともされている。

 だが、宮本武蔵という剣豪について詳しく知らない者達は、その伝説や逸話も知らない。

 しかし、そんな彼等であろうと、ある一つの『勝負』だけは知っている。

 それは、宮本武蔵という剣士が持つ話しの中で、最も広く知れ渡っていると言っても過言ではない話し――――――長刀の剣士との決闘の話しである。

 所謂、「巌流島の戦い」だ。

 慶長年間に豊前小倉藩領(現在は山口県下関市域)の舟島(巌流島)で、岩流なる兵法者と戦ったとされるものである。

 巌流佐々木小次郎と呼ばれる、二尺余りの長刀を持った無銘の剣士との対決が、最も有名である。

 

 

 が、しかし。だが、しかし。ここまで長々と、かの剣豪について書き記したものの。

 残念ながらと言うべきか、それともお待たせしたと言うべきか。黒鉄家の長女である黒鉄天華が憧れているのは、その宮本武蔵ではない。

 彼女が憧れ、そして追い求めているのは、確かに剣豪や剣聖と呼ばれる武蔵ではあるものの、しかしその実は全くの別人である。

 その世界曰く―――『剪定事象』によって断ち消えた次元にいた“女性として生まれた可能性の宮本武蔵”。

 黒鉄天華が憧れているのは、その宮本武蔵だ。彼女が憧れているのは、天下無双の男ではなく天元の花だ。

 彼女が目指すのは、その宮本武蔵。目指す頂とは即ち、宮本武蔵という女剣士に並び立つ事。

 その剣士曰く、

「一刀三拝、無限を破り零へ至る。」と。

 あらゆる非業を。あらゆる宿業を。あらゆる呪いを。あらゆる悲運を、一刀で以て両断する。

 究極にまで、これ以上ないというぐらいにその存在を削り落として、それでもなお残る“何か”。

 無二と言われる究極の一。そのさらに先にある0―――「」の境地。

 その座への到達を、天元の花は目指し続けていた。

 そして―――天元の花に憧れた彼女もまた、その座への到達を目標としているのだ。

 其処へ至る為に、彼女は剣を振るう。天元の花に並ぶ為に、彼女は前世を生きてきたのだ。

 故に―――彼女は今から、旅に出る。

「ん~―――っはぁ! 今日も良い天気、そして絶好の家出日和だこと! 仏様も私の家出を祝ってくれてるのかしらねぇ」

 黒鉄家、その玄関先。

 一本の大刀と一本の小刀、計二本の日本刀を―――否、この世界における『固有霊装』を腰に差して、黒鉄天華は大きく背を伸ばし闊歩し始める。

 宮本武蔵は、故郷に留まる事をしなかった。かの剣聖は、様々な場所に赴いて様々な兵法家や剣士達に戦いを挑んだ。

 彼女もまた、それをしようとしているのだ。旅に出て、数多くの伐刀者に勝負を挑もうとしているのだ。

 だが、しかし。この家には、それを許さぬ者が居る。

「天華!」

 打ち破る勢いで開かれる扉。同時に叫ばれる己が名。

 ん? と振り返ってみれば、其処には息を切らした王馬が立っていた。

「あれ、どうしたの、王馬? そんな息を切らして…あ、もしかして、お姉ちゃんの見送り?! 可愛い所あるなー、王馬も! いや、いつだって可愛かったけど!」

「茶化すな、そして惚けようとするな! 旅に出るとは、どういう事だ!」

 鬼気迫る勢いで、王馬は天華へと迫る。

 対して、天華は「あちゃー…バレちゃったか。となると父さんだなー? ほんっとに嫌な人なんだから…!」と、憎らしそうに、今から出る未練無き家の方を睨んでいた。

「答えろ!」

「んー、答えろと言われましても…文字通りなんだけどね。私、黒鉄天華は本日を以て、黒鉄本家を出て旅に出ます。その過程で、絶縁も言い渡されています。」

「なっ…」

 絶句する。前々から、あの父親が天華を嫌っていた事は知っていたが、まさか絶縁まで言い渡すとは。

 だが、勘違いしてはいけない。決して、黒鉄王馬は自身の姉が絶縁を言い渡された事に対して絶句したという訳ではない。

 彼が絶句しているのは、自分の父親の愚かさだ。

 生まれながらの弱者でありながら、されど己が剣技のみで強者へと君臨した生粋の剣士。

 剣の道を究める者としての立場を変えず、誰を相手にしようと本気で掛かる姿勢を持った戦う者。

 それを、自ら捨てるか。黒鉄家の信頼を何よりとしているにも関わらず、最高の剣を持った剣士を自ら見捨てるのか。

 何と、何と―――愚かな。

「私としても、この家に居続けても高みには至れないと思ってた所だからさ、丁度良かったのよ。」

「っ……それは、俺が弱いという事か……!」

 ぎりっ…と、奥歯を砕く勢いで歯を軋ませる。

 悔しさは、ずっと募っていた。彼女に敗けた、その時から打倒の情を煮え滾らせていた。

「いやいや、決して王馬が弱いから家出ます、って事じゃないよ?………え、私そんな酷い姉に見える!? ハグして確かめる!?」

「するか!」

 慌てふためきながらも、しっかりと手を大きく広げる天華。そして、それを拒絶する王馬。

 この姉、やはりブレない。ブラコンは変わらない様である。

 王馬はその両手を払い除け、自身の固有霊装である野太刀「龍爪」を顕現させ、自らの意思と覚悟を示す。

「俺と戦え。今日、貴様を倒す」

「……分かった。良いでしょう、その勝負、受けて立ちます。」

 此処最後の、姉弟勝負だ。

 

□  □

「二天一流、黒鉄天華。参ります」

 太刀と小太刀の固有霊装『無銘』を構え―――動かない。

 彼女と対峙している王馬もまた、野太刀を構えて一切動かない。

 剣士と剣士の闘いにおいて、先手は最も重要な武器であり、勝負を分かつ要因の一つである。

 最初の一撃が、最初の連撃が、自らを優勢へと連れて行く足となる事もあれば、それが罠であり敗因へと誘う地雷にもなる。

 故に、剣士同士の闘いにおいて先手を取るか取られるかの駆け引きは、非常に重要で、用心せねばならないのだ。

 見切り合い、見詰め合い、見定め合い。鋭い眼光が互いを突き刺して、交差を続ける。

 時間にして、数分。体感としては数秒程度の出来事に思える時間の経過は、達人同士の決闘によって引き出される意識の覚醒。

「――!」

 目を見開き、黒鉄天華が動き出す。

 一瞬にして王馬との彼我の距離を詰め、水平線に構えられた大刀を頸目掛けて突き刺す様に振り抜く。

 避けねば即死。流せなければ即死。されど、それは王馬のみにならず。

 彼女の大刀が王馬の頸を突き刺さんと振り抜かれた様に、彼の野太刀もまた天華の鼻孔を穿かんと振り抜かれていた。

 リーチの差は歴然。天華の大刀と王馬の野太刀とでは、その刀身の長さの差は圧倒的に天華の方が不利だ。

 そのまま何も起きなければ、もしもこの闘いを見ている者が居たとしたら王馬の一撃が天華を貫くと確信するだろう。

 ―――そのまま、彼女が何も行動しなければ、だが。

「まだ甘い。」

 ガキィッ! と、火花が散ると共に野太刀の軌道が逸らされ、僅かに狙いがブレる。

 最低限の動作で、最高の結果を生み出す構え。二刀の特性を最大限活かし、発揮させる構え――――――『第五勢』。

 剣が思うまま、戦いの流れに身を任せて戦う剣技こそ二天一流。けれど、強者と対した時、または運命と対した時にのみ、己を静め、剣心を零に落とし、構えを取る。

 故に、これは強さの証明だ。黒鉄王馬という一人の剣士が、黒鉄天華にとって強者である事の証明なのだ。

「そちらもな」

 ガキッ―――と。

 王馬の首を確実に捉え、斬り落とす筈だった大刀から鳴ったのは、肉を斬り落とす様な音などではなく、刃が石か何かに弾かれた音だった。

 ここで初めて、今日初めて、天華が驚いた。驚愕によって、目を見開いた。

 王馬の首を―――否、その全身を取り巻く様に身に纏われているのは、風の鎧。高密度に圧縮され、己が体に大きな傷を負わせ、枷とする代わりに如何なる攻撃もものともしない絶対の鎧。

 《天龍具足》―――黒鉄王馬が自らを鍛える為に開発した枷であり、絶対の防御技である。

「わっ、魔力も使ってくるの!? それだと私、手に負えないんですけど!」

「戯けた事を言うな、今まで幾度も俺の真空刃を斬り捨てた者がッ!」

 風圧を解き放ち、首を斬り落とそうと迫っていた大刀を弾き返し、《龍爪》を大きく振り上げ、身体を限界まで捻って構えを取る。

 ぐぐっ―――と、身体が限界へと達した瞬間に、

「フッ――!」

 構えていた《龍爪》を、彼女の胴体へと振り下ろす。

 

「っ―――!?」

 斬られた。呆気なく、その胴体に大きな傷が刻まれた。

 黒鉄家に代々伝わる護国の剣技「旭日一心流」、迅の極・天照。

 身体を限界まで捻り、骨や関節が元に戻ろうとする力までも利用して音速を超える速度で剣を振るう技。

 黒鉄天華は、それを見切れなかった。避ける事が出来なかった。受け流す事が出来なかった。

 これ即ち、黒鉄天華が未だ未熟である事の証明なり。

「今日を以て、ようやく一撃か…」

「旭日一心流の奥義かぁ…流石に、それを修めてる事は想定してなかったなぁ……」

 斬りつけられた胸元をなぞりながら―――嬉々とした表情で、天華は王馬を睨む。

 嬉しいのだ。嬉しくて仕方ないのだ。自分の弟が、自分の予想を上回ったのが。自分に傷を付けた事が。

 再び、二刀を構える。瞳を閉じ、静かに剣心を零へと削ぎ落とす。

 見据えろ―――己が斬るべき一点を。如何なる手段を以てしても、必ず斬るべき一点を、その眼で捉えろ。

「―――視えた」

 それは無数に有る未来を一つの結果に収束させる瞳。斬るべきものを捉え、如何なる手段を以てでもそれを叶える魔眼。

 

 黒鉄家長女・黒鉄天華。

 五月二九日、本日を以て――――――『天眼』開眼。

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