その長女、憧れを以て零へと至らん   作:全智一皆

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第四話「少年は剣を目指す/剣士は最強に挑む」

 

 

■  ■

「―――起きろ、我が憧憬(さいきょう)

 

 二刀を持つ女剣士。その幻影、少年の記憶より想像された想いの具現。

 当然、ソレは其処には居ない。実際に、事実として現実に存在している訳ではない。

 だが、ソレは眼前に居る。黒鉄一輝という少年の目には、自らの憧れそのものたる二刀流の剣士が立っている。

 

「―――来い、《陰鉄》」

 

 喚び起こす(おの)が魂。己が魂を武器として、現世に顕現する伐刀者のみが用いる技法。

 《固有霊装》。自らの魂が武器として形を成すそれは、使用者の精神そのもの。固有霊装を見れば、それだけで使用者の魂がどの様なものなのか分かる。

 少年の魂が武器として象ったのは―――刀。奇しくも、()()()()()()である。

 打刀である一刀、長脇差しとある二刀。

 ()()()()()()()だった筈の少年の心は、確実に、そして完全に変化していた。

 

「我は、五輪を越えんとする者也」

 

 互いに、寸分の狂いなく駆け出す。

 抜くは一刀。相手は二刀。差こそ歴然、なれど少年とてそれは承知の上。承知しているからこそ、越えるべき壁に一刀のみで立ち向かう。

 

「っ!」

「―――」

 

 間合いを詰め、二刀を構えもしない剣士へと刃を落とす。

 だが、躱される。足を軸に、体を僅かに左に逸して勢いのままに少年の腹へと大刀を振るう。

 殺気もなく、殺意もなく。ただ自然のままに、ただ気の流れるままに振るうその太刀こそ、二天一流。

 少年は冷静に、己が刀の柄を用いて、寸でのところで何とか大刀を受け止めた。

 だが―――受け止めたその瞬間に、少年の両腕に衝撃が伝播する。

 

「くっ…!」

「―――」

 

 まるで、巨石を削った剣斧を受け止めたかの様な、重く鋭い衝撃。

 耐える足が後退る。耐える腕が僅かに退く。

 嗚呼、この一撃こそなんたるや。ただの一撃が、それ程までの力を有している。

 何より―――それだけでは治まらない。

 

「―――」

 

 左手の小刀が、少年の顔面へと放たれる。

 少年は顔を逸し、紙一重でそれを躱す。そして、大刀を受け切る柄に全力を込め、真上に弾く様に押し返す。

 距離が開く。影で顔など無い筈の剣士は、しかし何故かニヤリと笑っている様な気がした。

 

 呼吸を整え、再び剣を振るう。

 弾かれ、流され、一閃が舞う。

 幾度も幾度も振るう太刀筋を、しかし剣士は平然と見切って容易く少年に傷を刻んでいく。

 だが、それでも少年は止まらない。

 傷は刻まれていく。攻撃は見切られるばかり。しかし、それは少しずつ、本当に少しずつではあるが、変わっていた。

 少年が、剣士に並び始めていた。

 百回振るって一回。百回振るって三回。百回振るって五回。

 振るえば振るう程に剣は弾かれ、流される。だが、少年はそれと同じ様に、少しずつ剣士の太刀筋を見極めてかけていた。

 

「我は、剣の全てを修めんと兄に誓った者也」

 

 一刀が、二刀を弾く。

 流れが変わる。自分の方に傾いていた筈の流れが、僅かに少年の方へと傾いた。

 好機。そう言わんばかりに、少年は剣士の間合いへと入り込む。

 体を屈め、剣を落とし、踏み出した左脚に込められる力の全てを込めて、腹下から真上へと斬り上げる。

 風が切れる。影の体に、ようやく一閃が刻まれる。

 

「極限たる(けん)をこそ求め、己が全霊を以て、天に奉る」

 

 髪が浮き立つ。身体にある全ての枷が外され、内ある力の全てが解き放たれる。

 《一刀修羅》。一分間という短い時間の間で、自らの力全てを使い尽くすという、諸刃の剣を体現したかの如き絶技。

 才能無き自分には、ただ己が限界を絞り出すしかない。そんな少年の考えから生み出されたこの技は、少年の強さへの決意そのもの。

 人の身で引き出せぬ力であるならば、修羅(おに)になってしまえば良いのだ―――と。

 

「御免」

「―――」

 

 隙を突いたその刹那の一閃は、確かに剣士を斬り捨てた。

 言葉はない。だが、少年には。

 

『お見事!』

 

 そんな姉の言葉が、聞こえた様な気がした。

 

「…………ありがとう、姉さん。けど、まだダメだ。僕はまだ、姉さんに褒められる程じゃない」

 

 この剣で、越えなければならない高み(けん)には。

 この技で、越えなければならない(けん)には。

 まだまだ、遠く及ばない。

 

 時は流れた。

 年月にして、十数年。かつての若き幼子は、今や立派な少年となっていた。

 その顔立ちも、その肉体も、昔で謂うところの可愛らしい、子供の様なものではなくなっていた。

 剣を振るい、技を用い、戦う者。伐刀者としての成長は決して出来てはいないが、しかし剣者としては、黒鉄一輝はその(よわい)ではもう十分な程に成長していた。

 未だ学生の身。中学生という身分にこそあるが、しかし黒鉄一輝は確実に剣士として強くなっていた。

 まさしく剣豪である、そう断言しても良いだろう。

 そんな時間の中で。幼き弟が一人の男として成長している中で。少年が憧れ、今尚も焦れている剣士――――――黒鉄天華は、現在(いま)

 

 イギリスの山頂で、この世界における最強と死合を始めかけていた。

 

「ハロー! アイムムサシミヤモト、イェーイ!」

「は、ハロー。えっと…日本語は話せますから、大丈夫ですよ」

「あ、本当? 良かったー、私ってば旅に出たのは良いけど、英語あんまり学んでなかったんだよねー」

「はぁ…」

「それにしても助かったわ、ありがとうね! えっと、エーデちゃんで良い? エーデルワイスだと長いし!」

「え、エーデちゃん…」

 

 奔放な天華に、エーデルワイスは珍しく困惑していた。

 エーデルベルク山頂、その付近に建てられた家で、黒鉄天華はエーデルワイスと邂逅を果たしていた。

 エーデルワイス。その異名を《比翼》、《世界最強の剣士》。

 伐刀者としての頂に立つ存在であり、同時に剣士としての頂にも立っているというまさしく最強の存在たる妙齢の女性。

 髪色から肌の色まで全てが綺麗な白色で統一され、武人らしく体の中心に向かって収束された様なしなやかな肉付きをした肢体を持ちながら確かな山岳を持つ絶世の美人。

 黒鉄天華は言う。私が男だったら絶対に惚れていた、と。

 

「いやぁ、本当に助かったわ。日本の山と全然違うんだもの、流石は外国ね」

「そんな装備で登ろうとするのですから、そうもなりますよ。というか、殆ど無装備も良いところです」

「あっはっは! まぁ、私サムライですから! 剣とお金以外は持ってないのです!」

「そんな誇らしげに言う事じゃありませんよ…」

 

 おかしな人だと思いながらも、しかしエーデルワイスは小さく笑った。

 だって、こんなにまで―――こんなにまで強いにも関わらず、彼女は自然体で眼の前で笑っているのだから。

  

 エーデルワイスとて一人の剣士。剣士としての高みに立ったその目的こそ意外そのものだが、確かに彼女は一人の剣士剣客であり、戦士でもある。

 故に分かる。故にこそ分かってしまう。

 眼の前の少女が。黒鉄天華という、腰に二刀の固有霊装を差した少女が、紛れもない()()()()()であるという事が。

 五輪の果てに空へ至り、果てたる無限の空を破りて零へと至らんとする者。

 にも関わらず―――眼の前の少女は、まるでソレを感じさせない。戦いへの意欲こそあるが、そこには欲望がなく。興奮がなく。ただただ、その笑みは自然だった。

 剣士であるのに、まるで少女の様で。少女の筈なのに、剣士の様で。

 そこに、興味を惹かれたのかもしれない。エーデルワイスは、そう感じた。

 

「さて…じゃあ、改めまして。私は黒鉄天華。《比翼》のエーデルワイスを探して此処まで来た、一人の剣士です。貴方が《比翼》のエーデルワイスその人で、間違いはないかしら?」

 

「えぇ―――私が、エーデルワイスです。して、貴方は何を望む?」

「果たし合い。我が二天(みじゅく)で以て、比翼(さいきょう)を知る為に」




黒鉄一輝(剣鬼に近い少年)
まだ中学生の少年。しかし、その剣の腕は剣豪の域に達している。
一刀だった陰鉄は、天華と王馬への憧れと剣への渇きから二刀へと変化している。

黒鉄天華(久々の登場)
相変わらずの二刀と日本円のみで海外に旅出った放浪者。長い長い旅の果てに、エーデルワイスが住む山へと辿り着いた。

エーデルワイス(最強)
言わずとしれた最強の戦乙女。比翼のエーデルワイス。
実は天華を見た時からいつでも戦闘態勢に入れる程に警戒していた。天華の実力を見抜ける数少ない人物。
剣士として十分な領域に立っているのに、自らを未熟と断じる一人の剣者としての姿を素直に尊敬した。
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