死んだ元バディが、如月の目の前に現れた。かと思えば、彼女に銃を突きつけられていた。
脳のキャパシティが限界を迎えている彼女にできることは、ただ茫然と立ち尽くすことだけだった。いつ命が体から無くなるか分からない状況。何をすればいいのかさえ思いつかない。
数十秒が過ぎたころだろうか、突然彼女は微笑みを崩して興ざめしたような表情を表した。
「今、10回は殺せたよ?リン」
耳に突き刺さる声がひどく冷たい。その冷たさに当てられてしまったのか、体がぶるぶると小刻みに震えだした。
これは恐怖だろうか、目の前に死が迫っていることの。いいやそんな小さな問題ではない。死をそう思えるほどに如月にとって今の一言は、衝撃的なものだった。
「ど、して」
声が上手く出せない。必死に絞り出した声で、喉が焼けそうになる。
「どーしてもこーしても」
銃声が響いた。
生存本能だろうか、いつも鍛えられている反射神経が、無意識のうちにそれを躱した。
如月は弾丸を放った元凶の方へと向く。致命傷を与える弾丸を避けられたことへの安堵など全くない。あるのは自分の知らない彼女への恐怖と失望や悲しみが混じったカオスな気持ちだけだ。
「依頼されたら断らない。それが私たちでしょ?」
「だれ、が。誰が!」
そんなくだらないことを。如月の口から出かけていた声は二度目の乾いた音でもう二度と形を成すことは無かった。
先ほどと同じように凶弾を身を捻って回避したのち、ホルスターの銃を素早い動作で抜き取る。こうなってしまっては、武力で彼女を抑えるしかない。話を聞くのは後だ。
射撃動作に入ると、脳みそが一気に黒色に染まるのが自分でもわかった。ほんの少し前の不安で消えてしまいそうだった少女は、理性を持つ怪物に変貌した。
殺意を向けながらも微塵も殺そうとは考えていない如月の狙う先は、細く美しい彼女の手だ。
ただそんな行動を見て彼女が易々とそれを撃たせる訳もなく、互いの手にある命を奪う道具が向き合った。
ほぼ同時。音は二つ。9mmの鉄が放たれる。が、そのどちらも狙った場所に当たることは無かった。
昔は背中を預けていた仲。この程度の攻撃では、倒しきることはできないと互いに承知していた。
思考を回しながら、次の一手を敵よりも先に打つために如月が駆けだす。次は外さない、仕留めてみせる。
「それ、私のマネでしょ。嬉しいねぇ」
命のやり取りをしているこの状況下で、満面の笑みを作って、彼女はそう呟いた。同時に空気が、時が止まる。
怪物がそこにはいた。如月が怪物ならば彼女はまさに異形であろうか。私との違い、殺意の量、質。それらを言葉では表現するのは困難だ。だが一つ言えることは、彼女は如月より強いということだ。
(動けな)
ここまでだ。全身の感覚がそう告げていた。それは恐らく変えることも変わることもないだろう。如月という矮小な存在はここで強者に喰われるという道しか残されていない。
彼女ならばどこを狙うだろう。心臓、頭部。それとも致命傷を外して拉致でもされるだろうか。どちらにせよその先が死であることに変わりはない。
「やーめた」
いつ来るか分からない衝撃に備えている如月とは対照的に、彼女はその言葉を発して、突如彼女は銃をホルダーへと閉まった。
「今日は帰らせてもらうね」
「え」
困惑する私を置いて、彼女は私に背を向けた。どうやら本当に撤退する気のようだ。
「おー。困ってる困ってる」
当たり前だろう。今、確実に彼女は私を殺せた。わざわざ私を生かす意味は絶対にない。それとも、私は殺す価値もないとでも言いたいのか。
「だって、今リンがそれを使えるなんて、私知らなかったもーん」
そんな私の思考を読んだかのように、ご機嫌な口調で彼女は答えた。
「もっとそれ、強くして、もう一度きてよ。そしたら――」
片足を軸にしてこっちへと向き直る。月の光を背中から浴びているせいで、表情はよく見えない。だが、そこに立っている彼女の美しさは、あの頃と何も変わっていない。
「私がぜえったい、殺してあげるからさ」
ただ、紡ぐ言葉だけが決定的に違った。
いつの間にか地面に情けなくへたり込んでいた如月に手を振って、彼女は夜の闇へと溶けて行ってしまった。