天才と星の子   作:もう何も辛くない

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サブタイトルに()()とつかない三話目のお話


一番星と怪物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人と会って初めて、怪物っていう印象を抱いた。

 体から感じる刺すような威圧感と、私を見る虚無の目。

 私に何の価値も見出していない、人を人と見ていない、何の色も映さない零の視線。

 

 ただ、怯えているだけだった。

 総司のお父さんがお部屋に入って来てから、総司が話すだけで、私はずっと黙って震えているだけだった。

 

 このままじゃダメだって分かってるのに。

 総司と一緒に頑張るんだって決めていたのに、総司のお父さんの目が時折私を見る度に、動かそうとした口が止まる。絞り出そうとした声が奥へと引っ込んでいく。

 

「そこの女も、愛人にするなり捨てるなり自由にしろ」

 

 それなのに─────総司のお父さんが怖くて仕方なかった筈なのに、その言葉を耳にした途端、私の中で気力が満ち回った。

 

 愛人、捨てる、自由。

 改めて、総司のお父さんが私に何の価値も見出していないのだと─────()()()()()()()()()()()()と言外に言われたその瞬間、纏わりつく恐怖が、私の中から生まれ湧いた別の感情によって振り払われる。

 

 怒り、とは違う。いや、確かに怒ってはいるんだけど─────私は今、こんなにも、この人に認めさせてやると意気込んでいる─────!

 

「お父さん」

 

 その後も総司と()()()()()が何か話していたけど、私の耳には届いていなかった。

 私の中で、何に於いても、何としても、お義父さんに伝えたい言葉があった。

 

 だから、総司が何か言おうとしたのを遮って、私は口を開いた。

 

「総司を私にください」

 

「…は?」

 

 その言葉を言い放った瞬間、お義父さんの顔が変わった。

 今まで振り撒いていた威圧感は一瞬の間に霧散し、大きく目を丸くしながら私を見ていたその姿は先ほどまでの怪物のそれではなく、ただの人間そのものだった。

 

 その目は、さっきまでの人を人として見ていないような目ではなく、お義父さんがこの部屋に来てから初めて、私を一人の()として認めた、敵意の色が籠もった目へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星野がその言葉を言った瞬間、まずい、と直感した。

 その直感は当たり、親父は初めて星野アイを()として認め、睨みつけていた。

 

 一瞬、霧散し消えていた威圧感は殺意へと変わり、ただ一人の敵として星野へと向けられ、突き刺さる。

 

「…今、自分(てめぇ)で言った言葉の意味、分かってんだろうな?」

 

「はい。総司を私にください。私を総司のお嫁さんにしてください」

 

 常人が向けられれば失禁しかねない殺気を向けられながら、星野は全く引く様子はなく、親父の低い声に堂々と言い返していた。

 先程まで、直接向けられた訳でもない威圧感に震えていた星野が─────こいつの中で、一体何があったというのか。

 

「こいつには既に、相応しい相手の候補を何人か選んである。四宮の名前に見劣りしない家の─────四宮家に産まれた者の義務を果たすに相応しい相手だ」

 

 四宮家に産まれた者の義務─────簡単な話だ。四宮の為に生き、四宮の為に死ぬ。

 個人の幸せなど二の次だ。四宮本家への下剋上を目論む元分家の四条家や他の国内外の大財閥といった外敵に脅かされぬように家を大きくし、それが出来なければ何の価値はない。四宮に害を及ぼす者ならば、生きてる価値すらない。

 

 産まれ出でたその時から、俺に染み込んだ四宮の教育。その根幹とも言っていい教えだ。

 

「総司が欲しいなら、俺に見せてみろ。てめぇの価値を。俺に考えを覆させる程の何かを」

 

 親父は星野を試している。本来ならばそれだけでも、星野は奮闘した方だ。

 何しろ星野は、親父に()()()()()()という考えを抱かせたのだから。

 自分の考えを曲げず、決めた事は常にやり遂げ、部下の意見に耳を傾けるなど殆どしない筋金入りの頑固親父に、()()()()()()()()()()()()()()()と言わせてみせたのだから。

 

 だが問題はその先だ。

 そこまで言わせてみせたのは見事だが、結局親父を認めさせなければ結果は何も変わらない。

 

「私にどんな価値があるのかなんて、知らない」

 

 それなのに、星野の口から出て来たのはそんな言葉だった。

 

 ただの開き直り、そんなものは親父には通用しない。星野には分かっている筈だ。星野は頭こそ悪いが、決して馬鹿ではない。

 

 親父の表情が微かに苛立ちに染まり、険しくなる。

 試してみようと思わされ、時間を割き、結果その時間は全くの無駄に終わる。

 その事実に、親父は苛立っていた。

 

 しかし、星野の言葉には続きがあった。

 

「そんなもの知らない。私の価値が何かなんて、知らなくていい。お義父さんに分かって貰わなくたっていい」

 

 そう言ってから、星野は俺の方を見て微笑んだ。

 

「総司にだけ分かってくれれば、どうでもいいから」

 

 そう言った星野の瞳に宿る星の輝きが強くなる。

 その輝きに魅せられた俺から視線を外し、再び星野は真っ直ぐに親父を見据えた。

 

「私は総司が欲しい」

 

 気のせいだろうか。星野の瞳の輝きが、更に強くなっていくように見える。

 

「お義父さんがどうしても認めてくれないなら、総司を連れて逃げるから」

 

「…お前ぇは何故、そこまで総司に拘る」

 

 親父からすれば、不思議で堪らなかっただろう。

 あれだけ自分に怯え、震えていた相手が突然奮い立ち、こうして自分の前で堂々と振舞っているのだから。

 そこまでする理由は何なのか、何故、星野アイは四宮総司に拘るのか。

 

 堪らず、親父は星野に尋ねていた。

 

 親父の問い掛けに、星野はきょとんと呆けた顔を浮かべてから、すぐに真顔に戻り居直す。

 

 強い強い星の輝きを親父に向けながら、口を開いた。

 

「どうして、好きだって思った人の事を諦めないといけないの?」

 

「─────」

 

 親父の目が見開かれる。

 それはさっきのような、驚きや意外といった気持ちからではなく、心の底から湧き出す未知の感情、戸惑い。

 

 今この瞬間、確かに親父は、一番星(星野アイ)に魅了されていた。

 

「─────俺とした事が。気付かねぇ間に衰えてたってか」

 

「?」

 

 魅了されたのはほんの一瞬、すぐに我を取り戻した親父は星野から視線を外し、苦笑いを浮かべながら呟いた。

 

 星野は何が何だか分からない様子で首を傾げて─────そして俺は、そんな二人の様子を信じられないという気持ちを胸に満たしながら眺めていた。

 

 この様子を俺ではなく、かぐやや他の兄貴達が見ていたらどうなっていただろう。

 かぐやや黄光の兄貴は驚き叫んでいたかもしれない。雲鷹の兄貴だったら、夢を疑って自分を痛めつけていたかも。残るあの戯けは…知らん。考えるリソースが勿体ない。

 

 とにかく、俺は、初めて()()()()()()()()()瞬間を目にしたのだ。

 

「言っとくが、認めるつもりはねぇぞ」

 

「むっ。それなら総司を連れてにげ─────」

 

「だが、てめぇの言う通り、総司に逃げられちゃぁ面倒だ。こいつに本気で雲隠れされたら、俺でも見つけんのは苦労するだろうからな」

 

 実際の所分からないが、いずれ見つかる運命こそ変わらないだろうが、例え相手が親父でも年単位で忍び隠れられる自信はある。

 それが長いのか短いのかは捉える人によって違うだろうが、親父にとっては前者らしい。

 

「とはいえ、このままてめぇを追い返しちゃぁ俺の気が済まん。勝者が何の報奨も得られねぇのは俺の美学に反する」

 

「?勝者?報奨?…総司、お義父さんが何を言ってるのか分からないんだけど?」

 

 親父の言っている事の意味が分からず、俺の方を振り向いてその意味について尋ねて来た。

 

 その質問に答えたい所だったのだが、今、俺は先程の光景の衝撃が未だ抜け切れておらず、呆けたまま星野の問い掛けをスルーしてしまった。

 

「一瞬でも俺を魅了してみせた褒美として猶予をやる。星野アイ、てめぇは確か、アイドルだったな」

 

「そうだけど…、あれ?お義父さんに私がアイドルだって言ってたっけ?」

 

「四宮を舐めるんじゃねぇ。てめぇが四か月前に東京の別邸に泊まったっつう話は聞いている。その時に調べさせてもらったぞ。苺プロダクション所属、B小町センター星野アイ」

 

「─────」

 

 自分が知らない所で、自分の素性を調べ上げられていた事が衝撃だったのか、星野は言葉を失って─────何故か、笑っていた。

 

「…何を笑っていやがる」

 

 流石の親父も予想外だったのか、怪訝な顔をしながら問い掛ける。

 

「だって、凄く嬉しいんだもん!お義父さんが私の事を知ってくれてたなんて!」

 

「…おい総司。お前ぇ、本当にこんな女が好きなのか?俺にはトチ狂ってるようにしか見えねぇんだが」

 

「星野は愛に飢えていますので」

 

「意味が分からねぇな。…あと何気にお義父さんと呼ぶんじゃねぇ!繰り返すが、てめぇを見極める猶予はやるが、まだ認めた訳じゃねぇからな!」

 

 何だろう、今の親父は怒ってるには怒ってるのだが、見ていて少しも怖くない。

 というか、怒ってるというよりはムキになっている…?何にムキになってるのかは知らんが、結構話は良い方向に転がっている気がする。

 

「父様、猶予とは一体、どんな?」

 

 何だか放って置いたら地団太を踏みそうな雰囲気の親父を落ち着かせるという意味も込めつつ、親父が言う猶予とは何の事なのかを問い掛ける。

 

 親父は俺の質問を耳にすると我に返り、一度大きく息を吐いてから気を落ち着かせてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「四年だ」

 

 親父は何の脈絡もなく、四本の指を立てながらそう言った。

 

「正確には四年と二か月。総司が二十歳になる日をタイムリミットと定める。それまでに─────芸能界のトップに立ってみせろ」

 

 芸能界のトップ。

 それはあまりに難しく、そしてあまりに抽象的な言葉で─────それなのに、星野は笑みを浮かべた。

 

 自信に満ちた、まるでそんな事で良いのかとでも聞きたげな、そんな顔。

 

「俺は何の関与もせん。だが、総司の力を借りるのは許してやる。俺が定めたリミットまでに、俺が認める大物になれ。そうすれば、総司と結婚でも何でもすればいい」

 

「言ったね?もうその言葉は取り消せないよ?」

 

「あぁ。契約は守る。…俺は、四宮だからな」

 

 親父はそう言うと、ゆっくりと立ち上がって俺達に背を向けた。

 

「わざわざ京都までご苦労だった。帰っていいぞ」

 

 障子の取っ手に手を掛けて、最後にそう言い残して親父は部屋を去っていった。

 

 障子の向こう側から聞こえてくる足音が遠ざかっていく。

 その音を呆然と聞きながら、俺と星野はゆっくりと振り向き、顔を合わせた。

 

「…認めて貰えたね」

 

 目が合った星野は微笑みながら言う。

 

「いや、認めて貰ってはいないだろ」

 

 俺もまた笑いながら、返事をした。

 

「そっか。…でも、私と総司なら大丈夫だと思うよ」

 

 何をもってそう思うのか、星野はそう言った。

 

 多分、根拠なんてない。それでも星野はそう思ったのだろう。

 …俺も、同じだった。

 

「そうだな。…これから忙しくなるぞ。デートの回数も減らさなきゃな」

 

 何故かは分からない。親父が求める芸能界のトップが、何を示しているのかすら分かっていない。

 

 それでも、星野と一緒なら大丈夫だという根拠のない自信があった。

 

 ─────こいつとなら、きっと大丈夫だ。

 そういう風に思える相手と一緒に居られる事が、俺にとっての幸せだ。

 

「え…。デートの回数減らすのはやだ」

 

「おい」

 

 最後の最後で少し締まらない感じになったが、親父との会談は、最高に近い形で終わる事となる。

 

 やらなければならない事は山積みだが、俺は一人じゃない。俺の隣には、星野(愛する人)が居る。

 

「帰るか。…()()

 

「─────」

 

 星野─────()()が、親父に対してあそこまで啖呵を切ったのだ。俺だって、覚悟を決めなくてはならない。

 

 この女性と一緒に()()()ではなく、一緒に()()

 その覚悟を固めた第一歩として口にした一言に、星野の顔に微笑みの花が咲き誇る。

 

「うんっ!帰ろう、総司!」

 

 赤木に親父との話が終わった事とこれから帰る事を載せたメールを送った後、アイと一緒に俺達もまた部屋を出る。

 

 その際に腕に抱き着いてきたアイに驚きながらも拒否はせずに受け入れて、長い長い廊下を歩く。

 ここへ来た時は暗い闇に誘われる感覚すらした恐怖の廊下は、今では光が行く先に見える希望の道となった。

 

 迷いなんてない。

 俺はこの先の未来を、他の誰でもない、アイと一緒に歩くのだと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




御当主があと二十年くらい若かった場合、アイの魅了は効かなかったと思います。(知らないけど)

それと今回の話を読んで、御当主の台詞に違和感を覚えた方。
多分それ、正解です。ネタバレになると思うので、感想欄には書かない様に。
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