サブタイの形式を今回限定で変えました。
今回に限っては、これがぴったりだなと思って。
四宮の家督なんて、いらなかった。四宮の当主になんて、なりたくなかった。
しかし、俺に期待している人が、俺に賭けている人が少なからず居る。その人達を守らなければという使命感だけが、次期後継者としてのモチベーションを保たせ、四宮に俺を縛り付けていた。
─────だが、今は違う。今の俺には、当主にならなければならない理由が、なりたいとすら思える
もし、アイと出会う前の俺だったなら、アイと出会わず時を過ごした俺だったなら、出した結論は違っていたかもしれない。
ここで俺は、黄光に一時的にでも─────もしかしたら、そのまま家督を明け渡していたかもしれない。かぐやを守るだけならば、家督などなくとも出来るから。
今の俺には、守るべき人が増えた。かぐやだけしか守りたい人が居なかった俺の腕に、たくさんの守りたい人が今は居る。
彼らを守るためにも─────俺には家督が必要で、例え一時的にも、黄光に家督を譲る訳にはいかないのだ。
「総司。何を意地張ってるのかは知らんが、兄貴に家督を渡した方が良いと俺は思うぞ」
「…兄上、貴方は言いましたね。高校、大学に通いながら当主の仕事をするのは不可能だ、と」
青龍の戯言を聞き流し、奴に見向きもしないまま俺は黄光を真っ直ぐ見据えて口を開く。
「あぁ。だから、お前ぇが大学を卒業するまでは、俺が代わりに─────」
「なら、学校を辞めればその問題は解決しますね。兄上が代わりに当主を継ぐ必要もなくなる」
「「なっ──────」」
実際、黄光の言う通りではあるのだ。
流石に、学校に通いながら当主の仕事を熟すのは、体力的にも時間的にも無理がある。俺自身、その自覚はあった。
だから、俺が卒業をするまでの間、黄光が代わりに当主の仕事を引き継ぐというのは理に叶ってはいるのだ。
それは、俺が学校に通う選択をすればの話だが。
「総司…、貴様…っ!」
「正式に次期後継者として指名された、四宮総司が宣言する。親父の後を継ぐのは俺だ。一時的だろうが何だろうが、この盟約に反する事は断じて許さん」
歳の差があるせいで周囲の人間は忘れがちだが、親父から正式に次期後継者として指名されている以上、この場に居る兄達よりも、俺は立場が上なのだ。
故に、親父が発言を出来ない現状で、最も発言力があり、この男達を強制できるのは俺が唯一なのである。
俺が継ぐべき家督を、誰にも譲らないと言えば、例え兄弟の中で最も大きな派閥を持つ黄光が何を言おうとも無駄なのだ。
「…総司。最近、随分入れ込んでる女がいるそうじゃねぇか」
だからといって、ここで素直に引き下がるような男であれば、俺は苦労なんてしない。
この男の往生際と意地の悪さは、良く知っている。
─────アイとの関係が知られる覚悟もしていたさ。
「そうそう。俺がこの場に来たのは、その話をするためでもある」
「なに────?」
俺に対して恐らく、動揺を狙っていたであろう言動をあっさりと流された黄光は、逆に動揺する羽目になる。
その様子を無感動で眺めながら、黄光から青龍へと視線を移す。
「アイにあまりちょっかいを掛けないで欲しいんだがな」
「…何を言っているのか分からないな」
「惚けるな。アンタが一般人を唆して、アイの主治医だった雨宮吾郎を手にかけた事は知っている」
青龍の顔色が青く、そして黄光と雲鷹の目が驚愕に見開かれる。
「なん、だと…!青龍、貴様っ─────!」
「ま、待てよ兄貴。そんな事をする筈がないだろう?腐ってる自覚はあるが、人を殺すなんて、そんな─────」
「アンタが殺人なんて大それた事が出来る程、度胸が備わった人間とは思ってない。ただ、アンタに
四宮青龍─────四宮家の次男としての立場を使い、好き放題に娯楽を堪能し続ける男。
雲鷹曰く、黄光の腰巾着。俺から言わせれば、人間とすら見たくもない、畜生にも劣る四宮家の歴史に残る害悪、癌細胞だ。
「大方、黄光から通してアイの事を知ったんだろう?それで、アンタはアイが
「─────」
恐らく、青龍はアイを手に入れようと何らかの策を講じた。何かしらアイと関係のある─────例えば、
だが、さっきも言ったがこの青龍という男、人を使う才能が皆無だ。人を使う事に限らず、様々な才能に嫌われているのだが─────今回も、自分の思うように事が運ばなかったと思われる。そうでなければ、雨宮吾郎を殺すなんて愚行を犯す筈がないのだから。
「何を根拠に、そんな事を─────」
「スパイを使うのは、アンタらだけじゃないって事だ」
青龍を、そして黄光にも横目で視線を向けてやる。
青龍は更に顔色を青白くさせ、黄光は忌々し気に目尻を歪ませながら俺を睨め付ける。
「総司…っ!てめぇ、まさか…!?」
「アンタが俺にスパイを潜り込ませてた事なんて、とっくの昔に気付いてたよ。ただ、まあ…俺も悪い癖だとは思ってるんだがな。
大方、アイの情報も
本来、情報が洩れる事は絶対にあってはならない禁則事項であるが─────
「…この話は置いておこうか。さて、俺が言いたいのは青龍。俺の大切な人に手を出そうとしたアンタに、どう落とし前をつけて貰おうか決めたいって事だ」
「ま、待てよ総司。今はそれどころじゃあ…」
どうにかしてこの場を切り抜けようと足掻く青龍。
見苦しい。今この場で、こいつの首を切り落としてやりたい衝動に駆られるが、何とか押し留めて口を開く。
「家督の事か。なら、こうしよう。三人とも、俺が次に家督を継ぐ事を認めないなら、俺は
「「「!!!?」」」
黄光、青龍、雲鷹の三人が一様に驚愕に目を見開く。
「総司てめぇ、何を言い出しやがる!んな事をすりゃぁ…!」
「四条が総出を挙げて四宮の乗っ取りに掛かるだろうな。それはノリノリで。アンタらはどうなるか知らんが、俺とかぐやはまあ、情報を流した報奨として見逃してもらえるよう立ち回るつもりだ」
もし四条に情報を流せば、その情報を手段として、四宮を潰しに掛かるのは間違いない。暗い手口に手を染め続けたこの三人には容赦なく、鉄槌が降されるだろう。
暗い手口に手を染めているのは俺もかぐやも同じだが─────情報を流してやるのを条件に、見逃してもらうよう立ち回ればいい。帝もいるし、十二分に勝算はある。
というか、俺が手っ取り早く安寧を手に入れるにはこうするのが一番いい。
この流れで四条が四宮を潰してくれれば俺とかぐやは解放され、俺はアイ、アクア、ルビーの三人と一緒に静かに暮らせるだろうし、かぐやも少なくともこれまでの生活よりはマシな暮らしが送れる筈だ。
それをしないのは、俺自身よく分からない。
四条の手を取れば、多くの人を犠牲にする事になる。そんな重荷をアイ達に背負わせたくなかったからか。
─────或いは、俺が思っているよりも、四宮という家に思い入れを持っているからなのか。
「…企業数は四千超。総社員数は九十万近く。四宮家が傾けば、数え切れねぇ従業員が自ら首を吊るんだ」
「どの道、このままいけば近い将来家は傾く。現に今、
ハッキリ言ってしまえば、親父にはあった圧倒的カリスマは、この黄光にはない。黄光の希望通りにこの男が家督を継いでも、今の四宮を立て直すなんて到底出来やしないだろう。
それでも親父の跡を継ぐという意気込みを持ち続けているのは…ある意味この男も、俺と一緒だからだ。
この男に期待を掛ける人達が、この男に賭けた人達が多く居たから。
思い描いた夢も、思いを通わせた人も、何もかもを投げ打って追い掛けたものを、今更捨てるなんて出来る筈がないから。
「何故だ」
「ん?」
「お前ぇ、四宮を継ぐつもりではいても、継ぎたいとは思ってなかった筈だ。なのに何故、今のお前ぇはそこまで家督に固執する」
「…」
理由。
そんなもの、決まっている。
「兄上。…二人も聞いて欲しい。俺さ…、子供が出来たんだ。双子」
「…は?今、何つった?」
「双子の子供が出来た。もう半年になる」
「子供…、親…?お前ぇが?」
自分でも特大の爆弾を投下した自覚はある。
しかし、こう呆然としている兄達を見ると、込み上げてくる笑いが止められない。
多分俺は今、産まれて初めて、兄達の前で笑っている。
「家督を継げば今よりも人を使いやすくなるし、そうなれば家族を守りやすくなる。だから今の俺は家督が欲しい。それと─────」
ずっと、心の底を押し隠してきた。それが例え、身内が相手でも、隠さなければならなかった。
だが、今は違う。今は、
「父親としては、子供には大きい背中を見せたいだろ」
「…」
企業数四千超、従業員数九十万、そんな大規模グループのトップの背中なんて、子供からすればそれは大きく映る事だろう。
俺だって、親父の背中は恐ろしくもありながら、とても大きく見えたものだ。
アクアとルビーに恐れられたい訳じゃない。
しかしどうせなら、父親として、尊敬される人物でありたい。
男として、それくらいの意地を持ったって良いだろう?
「お、お前…。そんな下らない物の為に、兄貴から家督を奪おうとしてるってのか…?」
「アンタの価値観を俺に押し付けるな。それと、思ってもいない思い遣りを兄上に向けるな。不快だ」
青龍が口を挟むが、それを一蹴する。
ただ一つだけ、黄光も青龍と同じく、俺のこの気持ちを下らないと思う性質の人間だ。
「─────ぁ」
俯き、表情が見えない黄光から微かに声がした。
何を言われるか、予測を立てながら俺は身構える。
「っはははははははっ!!あっはははははははっはっはっ!!!」
黄光の口から出て来たのは、俺が予測していたどの言葉にも当て嵌まらなかった。
掌を額に当て、天を仰ぎ、その目尻から涙を零しながら、黄光は盛大に笑う。
「あ、兄貴…?」
「くくくくっ…!何だそりゃ…!前代未聞だぞ、そんな理由で四宮を継ぎたいなんて!!」
青龍が、雲鷹が、俺も例に漏れず、笑いが止まらない黄光を呆然と眺める。
やがて、少しずつ笑いが収まっていく黄光は、激しく笑った事で乱れた呼吸を整えながら、ふと遠い目をしながら呟いた。
「…俺もお前ぇみたいに図々しくなれたら、少しは人生変わったのかね」
その瞳に強く映るのは、羨望。その羨む先に居るのは誰なのかは、言うまでもなく、俺なのだろう。
「今からでも遅くないだろ。好きにやればいい」
「…何だと?」
「まだアンタの体は動く。…アンタが子供の頃に抱いた夢を追うには遅いかもしれないけど、新しく夢を持つにはまだまだ遅くないんじゃないか」
黄光が目を丸くしながら俺を見る。
「あぁ、これみたいになるのは勘弁してくれよ。俺も身内に直接手を下すのは胸が痛む」
「…くくっ。そうだなぁ…、親父みてぇにぶっ倒れた訳でもねぇ。お前ぇが俺の代わりに家を継いでくれるってんなら、隠居して好きにやるのも悪かねぇかもな」
憑き物が取れたというのが、今の黄光にぴったりな言葉かもしれない。
黄光と顔を合わせる時、いつもその顔には、打算に塗れた真っ黒な笑顔を貼り付けていた。
だが今、黄光が浮かべた笑顔は打算などない、心の底から浮かべた素直なものだった。
そんな笑顔を、俺達弟は、初めて見た。
「総司、雲鷹。これから、お前ぇ達が四宮の中心になっていく。だが、それを良く思わねぇ輩は少なくねぇぞ」
「面倒事は全部、総司に任して置けば大丈夫だろ。俺は好きにやる」
「ふざけんな。俺が当主になった時、アンタには秘書をやらせるつもりだからな」
「は…?秘書?俺が?ふざけるなよ総司。誰がそんなこと─────」
「アンタの手腕は俺も認めてるし、アンタとの契約は信用出来るからな。受けてくれないなら、過去に四宮家であったとある主従関係にあった男女の悲しい恋物語について、かぐやに話そうと思うんだが「てめぇっ!」─────おっっと、暴力反対」
雲鷹の拳を掌で受け止める。
そこでふと思い出し、俺は雲鷹と力比べをしながら青龍へと視線を向けた。
「アンタの事は忘れてないからな。兄上、こいつの処遇は俺の好きにしていいな」
「あぁ。俺も、こいつにはほとほと愛想が尽きた」
「そ、そんな…。兄貴…」
黄光にも見捨てられ、いよいよ逃げ場をなくした青龍が、表情に絶望の影を落とす。
一先ず、これで四宮家のちょっとした
これからがまた大変になるだろうが、不安はない。
母親も違ければ、年齢も、育った場所もバラバラで、あるのはこの家でどういうポジションに着くかという競争と、俺達の背中を押す周囲の期待に満ちた視線だけだった。
そんな俺達が、ほんの少しだけ、気持ちを重ねる事が出来た。それがどうしようもなく心強く思えるのだから、自分の甘さに笑えて来る。
まあ一人だけ、その例から外れる奴が居るのだが。
青龍は俺の方で処理をした。アイに関する奴が持っていた情報を絞れるだけ絞ってから、地方の四宮傘下の企業にポイ捨てた。
これはある意味、俺からあいつに与えた最後のチャンスだ。
これで心を入れ替える様子が見られれば、四宮の敷居を跨ぐ事くらいは許そう。
しかしそうでなければ─────まあ、それはまた後で考えようか。
これが、奴に宮崎へと送り込まれた二人の名前だった。
加賀亮介の行方はすぐに見つかり、今は刑務所の中で過ごしている事だろう。
しかし、星野桐子の行方は未だ分からず、捜索は難航している。
といっても、捜索はまだ始まったばかりで、難航も何もないのだが──────。
「
この一致は偶然か、それとも。
一つの騒動が一段落して、僅かに休まっていた心を、冷たいそよ風が撫でていった。
盛大にはならなかった兄弟喧嘩は終わり。
次回から最終章に入ります。