仕事を一段落させた後の焼肉最高だった…。焼き肉が久し振りで食べ過ぎて、昨日投稿する予定が今日にずれてしまった…。
とりあえず、地獄の月末を乗り越えた達成感と一緒に投稿します。
「分かってると思うけど、アクアとルビーは私の子供という設定なのを忘れないでね。貴女がどーしても行きたいって言うから連れていくけど…、少しでも騒ぎになったらすぐに帰りますからね」
「りょーかい、分かってるって。いやぁ~、総司が秀知院通ってるって聞いてから、ずっと来てみたかったんだよねぇ~」
解放された入り口から自分達を含めた、多くの一般客が
「ここの文化祭!」
彼女達─────星野アイと斉藤ミヤコ、そして二人に抱かれるアクアとルビーは、秀知院学園が誇る広大な校舎の中へと足を踏み入れる。
そんな彼女達の頭上には、
「すみません。これはどうやって使うんでしょうか?」
「えっと…。輪ゴムをこの凹んでる所に引っ掛けて、それでこの割り箸が飛び出てる所に巻いて、こうやって引っ掛けて…。この状態で引き金を引けば撃てますよ」
「おぉ…、ありがとうございます」
縁日なんてベタベタな出し物を聞いた時はどうなるかと思ったが、想像よりもかなり好評だ。
開場してからまだ一時間と経っていないが、この時間帯にシフトを任された俺を含めた数人の生徒は、忙しく教室を歩き回っていた。
この状況を見れば大体、予想はつくだろう。
本日、秀知院学園では文化祭─────通称奉心祭が開かれている。
白銀の奮闘で、二日間開催を勝ち取った奉心祭は、近年稀に見る盛り上がりを見せている。
今年の生徒会の、文化祭に対する力の入れようは凄まじく、噂では去年の倍以上の予算を使っているとか何とか。どこ情報かはさっぱり分からないが。
「(…こうして、参加するつもりはなかったんだがな)」
そんな盛大に盛り上がる今年の奉心祭だが、俺は休むつもりだった。というより、奉心祭が行われる前に秀知院を退学するつもりだった。
兄弟全員が俺を支持し、本当の意味で家督を継ぐのが俺だと決定したあの日に宣言した通り、俺は学園を辞めるつもりだ。
さっきも言ったが、すぐにでも学園を辞めて、家の仕事に専念するつもりでいた。
『辞めるってんなら俺も何らかの手続きをしなきゃならねぇだろ。すぐには無理だ。せめて、今年度が終わるまでは学園に通え。その間は俺が何とかする』
学園を辞めてすぐにでも家督を継ぐつもりだと親父に伝えて、返って来た答えがこれだった。
更に、親父は続いて─────
『お前ぇも、あそこで出来た繋がりがあんだろ。そいつらとキッチリ話付けてこい』
と、言われてしまった。
ここで出来た繋がり─────白銀、藤原、石上。生徒会メンバーとは仲良くして貰っていたし、それに話を付けるという意味では彼ら以外にもう一人いる。
親父に言われて、確かに彼らに黙ったまま退学というのは筋違いだと気付かされた。というより、彼らなら、突然俺が学園を辞めたとなれば、何かあったのかと首を突っ込んで来そうで怖い。
何かあったのかと聞かれればあったのだが、それでも、これを選んだのは俺の意志で、この道を進んで足を踏み入れるのだから、彼らが抱くであろう心配は無用なものだと教えてあげなくてはならない。
「(どうせならこの盛り上がりに隠れて、こっそり伝えておきたいんだが…)」
恐らく、初日が終われば彼らは生徒会室に集まり、二日目の予定について話し合うだろう。
その場を借りて色々と説明するのが一番楽だし、手っ取り早い。
文化祭期間中は生徒会室に近付く生徒は皆無だろうし、誰かに聞かれる心配もない。
「総司」
「っ!!?うぉっ!?」
そんな風に考え事をしていたからか、傍にまで接近されている事に全く気付かなかった。
突然耳元で名前を呼ばれた俺は大きく驚き、飛び上がる。
「な、な、なんだかぐやか…。…その格好はどうした?」
「私で悪かったわね。この格好はクラスの出し物で着てる衣装よ。似合うかしら?」
「あぁ、そうだな。馬子にも衣裳って感じだ」
かぐやの視線が鋭くなったのを無視してソッポを向く。
ブラウスの上に着物、下には袴を帯で巻き、サンダルを履いている。
今のかぐやの格好は正に、大正娘といった所だろう。
何をコスプレしているのかと思っていたが、そういえばかぐやのクラスの出し物はコスプレ喫茶だった。
なるほど、かぐやは大正娘のコスプレをする事に決まったのか。
「因みに、早坂はメイドのコスプレをしているわ」
「それはコスプレなのか?」
聞いてもいないのにかぐやは早坂が何のコスプレをしているのかを説明した。
いや、その…。早坂がメイド服を着たら、それはコスプレではないのではなかろうか?
「って、違う。こんな世間話をしに来た訳じゃないのよ。…総司、貴方にお客様よ」
「客?客って─────」
瞬間、嫌な悪寒が背筋を奔った。同時に、この感覚に覚えがあった。
かぐやにこれ以上、言わせてはいけない。そんな警鐘が、俺の頭で鳴り響く。
これは何なんだ─────?
何故、俺はこの感覚にデジャブを感じているんだ─────?
そんな戸惑いを抱いている内に時間は過ぎ、致命的な時は訪れていた。
「あそこを見て」
「─────」
かぐやが教室の入り口の方を指差す。その指を差した先に居た人物達を見て、俺は絶句した。
「やっほー」
鍔付きキャップにサングラス、黒のロングコートを身に着けたその装いは変装のつもりだろうか。
しかし、それでも抑え切れない美貌とオーラに吸い寄せられるように、周囲を歩く生徒達から視線を受けている事にこいつは気付いているのだろうか。
ただでさえ、隣に居る女性と一緒に赤ん坊を抱っこしている事で注目を集めているというのに、呑気に俺に手を振るそいつは、嬉しそうに破顔した。
時間は数十分程遡る。
奉心祭が始まり、ゲートが開かれてすぐでなお、かぐやが所属するクラスの教室は一瞬にして満杯となった。
かぐやのクラスが行う出し物は、コスプレ喫茶。その中で、かぐやは大正娘をモデルとしたコスプレを披露し、男女問わずその美貌で視線を独占していた。
ここまで繁盛している理由の一つは、間違いなくかぐやだろう。
かぐやは接客ではなく、教室の外で客引きを行っているのだが、男性客を中心に大勢の客が押し寄せる事となった。
「(なんだか慌ただしくなってきたわね)」
かぐやのクラスで出している喫茶店は、スペースの問題上、お客の前でコーヒーや紅茶を入れるシステムを採用している。
注文を取って下げるだけでなく、お客と接する時間が多い─────つまり、店内でかぐやと白銀が接する時間が出来るという事になる。
だが、そのシステムが仇となった。
人目を引く美貌の純血大和撫子女学生が看板娘であり、スペース確保の為の苦肉の策が長い接客時間を生む。
その結果が、現在の状況である。店内は満員、教室の外では長蛇の列、まだ奉心祭が始まったばかりだというのに、十分待ちという惨状だ。
「(これじゃあ、会長が来ても…)」
かぐやはこの文化祭に賭けていた。
白銀に告白させる為の策は悉く失敗を喫し、挙句、自身が恋に落ちるという失態。
『好きなら素直に告白するべきですよ』
早坂に言われた言葉が脳裏を過る。
その通りだと、理屈では分かっていた。以前までならばともかく、今のかぐやは白銀に惚れたという自覚がある。
好きであるのなら、素直に告白するべきだ。
─────怖い。
四宮かぐやは、勇気が持てなかった。
告白したい。だけど、断られたら?白銀が自身を嫌っているとは思わない。しかし、恋愛感情を抱いているのかと考えた時、そこに自信を持てなかった。
故に、改めて決意を固め、基本に立ち戻る。
白銀御行に告白させる。自身の魅力を思い知らせ、何としても─────
「あっ、かぐやちゃん!久しぶりー!」
「えぇ、久しぶりですね。アイさ─────ん?」
聞き覚えがある声がした。
視界に黒く艶やかな黒髪が揺れた。
瞳には一番星の輝きが宿り、眩しさすら覚える輝きは真っ直ぐかぐやに向けられる。
目の前にいる人物が誰なのか、そして、その人物が抱いている赤ん坊と、後方にいる女性が抱いている赤ん坊を認識した途端、かぐやの思考は停止した。
「…な、何故貴女がここに?」
「えへへっ!社長に無理言って来ちゃった!」
「そ、総司は…、知っているんですか…?」
「言ってないよ?黙って来た!」
「─────」
某ゆるふわ巨乳を思い出させる、あまりに突拍子の無い行動を目の当たりにしたかぐやの思考がショートする。
しかし、微かに生き残った理性が方針を定めたのだった。
─────総司に丸投げしよう。
「かぐやちゃん、ごめーん!お店の方が忙しくなってきたから、接客を…この、人は…?」
最悪な事は立て続けに起こる。
とりあえずこの場を抜けて、現在教室に居るであろう総司にアイの事を任せようと決めた直後、教室の中から早坂が姿を見せた。
学校生活の中で扮装しているギャル風の口調で話し掛けて来た早坂は、かぐやの正面にアイが居る事に気付き、驚愕のあまり仮面が剥がれていく。
まずい─────。
「早坂、申し訳ないのだけれど、少し外すわ。アイさん、そこの貴女もこちらに」
形振り構っていられなかった。
戸惑う早坂を他所に、周囲からの注目を集める事も厭わず、かぐやはアイの手を取り、総司がいる教室へと急ぐのだった。
「経緯は分かった」
かぐやから、アイ達と一緒に俺のクラスまで来た経緯を、生徒会室にて聞かされた俺は呆れを隠す事なく大きく溜息を吐いてから、それぞれルビーとアクアを抱っこするアイとミヤコさんを一瞥する。
俺からの視線を受けて、アイは浮かべた笑顔を一切濁さずそのままで、ミヤコさんは心地悪そうに目線を逸らした。
一切悪びれる様子の無いアイと、少なからず罪悪感は抱いていると思われるミヤコさんと、対称的な反応となった。
「…そうだ、かぐや。こうして直接会うのは初めてだし、紹介しておこう。アクアとルビーだ」
そういえば、俺が撮った写真を見て顔は知っているが、かぐやが直接アクア、ルビーと顔を合わせるのはこれが初めてだ。
という事で、腕を広げてアイとミヤコさんが抱くアクアとルビーを示しながら、我が子達を紹介する。
すると、かぐやは数秒キョトンとしてから我に返り、一礼をしてから自己紹介を始める。
「え?は、はい?あ、えっと、初めまして。総司の妹の四宮かぐや─────じゃ、ないでしょう!?どうしてアイさんが、それもこども…まで連れて、ここに来ているんですか!?」
アイがとんでもない事をしでかすのに
耐性がついた俺は諦めて流す事が出来ても、かぐやはツッコまざるを得なかった。
「秀知院の文化祭来てみたかったんだー。凄いって噂聞いてたし、旦那が参加してるしさ」
「さり気なく惚気ないでください!?」
まだ正式に結婚してないにも関わず、さらっと俺を旦那呼ばわりした事にかぐやが更にツッコむ。
かと思えば、ぐりんっと首を回して今度は矛先を俺へと向けて来た。
「総司も総司です!ただでさえアイさんは有名なのに、こども…まで一緒に来てるんですよ!?少しは慌てたらどうですか!」
「いや、もうアイがこんななのは分かり切ってるし。今更慌てたって無駄だろ」
「夫婦同士分かり合ってるのは結構ですが、ここはもう少し慌ててください!」
まだ夫婦じゃないぞ、という俺のささやかなツッコミは、頭を抱えて蹲るかぐやには届かない。
「アイさんは有名人なんですよ!?この学園にも、アイさんのファンだという方は居るんです!」
「え?秀知院学園に私のファンが居るの!?ミサコさん、ゲリラ的にここでサイン会開いちゃおうよ!」
「出来る筈ないでしょう、そんな事!それと、私はミヤコです!」
かぐやの台詞から、かぐやが汲み取ってほしい所とはややずれた部分を汲み取ったアイが発した台詞に、今度はミヤコさんがツッコミを入れる。
最後に、自身の名前を訂正する事も忘れずに。もう、無駄だと本人は分かっていたとしても、訂正せずにはいられないのだろう。
アイの所為でやり取りがコメディ臭く見えてくるが、かぐやの指摘はご尤もではある。
かぐやの言う通り、アイは有名人だし、例えファンでなくてもテレビ番組でアイを見て知っているという生徒、職員、或いは来場者は多く居るだろう。
そんな中で変装しているとはいえ、アイが練り歩くというのはかなり危険だ。それも、赤ん坊連れで。
ただ、アクアとルビーに関してはアイの子供だと直結させる者は居ないだろうが。傍にはミヤコさんが居るし、まず間違いなくミヤコさんの子だと思われる。
それならば─────そこまで問題はないと思っている俺は、楽観的なのだろうか?
「別にいいだろ。来ちまったんだし、どうせなら見て回ってけばいい」
「総司!?」
目を見開きながら、かぐやが勢いよく俺の方へと振り返る。
言葉には出さずとも、その表情が俺に正気なのかと問い掛けてきた。
勿論、至って正気である。
「ミヤコさんも当然一緒に、だがな。ただし、誰か一人でもお前の正体がバレそう、或いはバレたらすぐに帰れ。それが条件─────「総司は?」─────」
腰に手を当て、アイへ文化祭を回っても良い事。そしてその条件を提示する途中で、アイが口を挟んだ。
ゆっくりと首を回し、アイがいる方へと視線を向けて、真っ直ぐこちらに向けられる星の瞳と俺の視線が重なる。
「総司は一緒に回らないの?」
「いや、俺は流石に回れないだろ」
「どうして?私の正体がバレさえしなきゃ、総司が一緒に居たって別に構わないんじゃない?」
「…」
アイの言う通りではある。
アイの正体がバレなければ、俺が文化祭を謎の集団と一緒に回っていたと校内で噂が立つ程度で済むだろう。
本当にこの程度で済むのであれば、別に俺も一緒に回って構いはしない。
「あのな、さっきもかぐやが言ってたが、お前は有名人なんだぞ。正体がバレない保証はないし、もしバレた時に俺が一緒に居るのを見られたらまずい」
「私の正体がバレたら、でしょう?…私、総司と文化祭を回るの楽しみにしてたんだけどな」
「…」
アイの表情が曇り、俯く。
分かっている。この仕草はアイの演技だって事くらい、分かっているんだ。
だが、仕草そのものは演技でも、その内心に抱く感情は別の話だ。
アイの言葉に嘘はない。文化祭で俺と一緒に過ごす事を楽しみにしていたというその言葉に、嘘はなかった。
ならば、俺から断られた事に多少なりとも悲哀の感情を抱くのは自然な流れだ。
「…やっぱりダメ、だよね。ごめんね、ワガママ言って」
「──────」
駄目だった。悲しそうな表情が、今にも涙を溢しそうに潤むその目が、演技だと分かっていても、その心の中に少しでも、その顔に浮かぶ表情と同じ感情があるのだと気付いてしまえば、俺にはもう耐えられなかった。
これは、惚れた弱みというやつだ。
かつての四宮総司が今の俺を見れば、きっと盛大に笑い散らかす事だろう。
「あああああぁぁ!!分かったよ、クソっ!!!」
それでも、これがアイの思惑通りだと、掌の上だと分かっていても、俺はこうするしかないのである─────。