家以外で親父に抱っこされるのは初めてだな─────なんて事を頭の片隅で考えながら、親父の腕の中で周囲を見回す。
やぁ、画面の前の君達。僕だ。雨宮吾郎─────改め、四宮愛久愛海だ。
僕は今、アイとルビー、世話役として同行してくれたミヤコさんと一緒に親父が通っている秀知院学園にて行われている、奉心祭へやって来ている。
秀知院学園。名前だけならば、知らない人の方が少ないであろう超が付くマンモス校。そんな学校で行われる文化祭なのだから、当然と言えば当然なのだが、かなり盛り上がっている。
かつて僕が通っていた高校とは比べ物にならない、月とスッポンの差とはこの事を言うのだろう。
参加する生徒の数も、学校へやって来る来客の数も、行事の規模も、全てが他の学校とは一線を画している。
今も、僕の高校と比べて明らかに広い廊下は歩く人達と出し物の客寄せをする生徒達で一杯で、かなり騒がしい。
「皆様、ご覧になって!総司様よ!」
「…隣に居る女性は誰なのかしら?」
「そ、総司様が抱いている赤ちゃんは一体…?」
そして、僕を抱いて歩く親父はメチャクチャ注目を集めていた。何となく想像はしていたが、やはりというか、親父は学園内では相当な有名人らしい。
まあ、アイ曰く、成績は常にトップ。学内のテストでは一度、現生徒会長に負けた以外は一位。全国模試でも常に一位を争い、必ず二位以内はとるという鬼才っぷり。
その上運動も出来て、更にはあの四宮家ともなれば、注目を浴びるのも当然というものだ。
だが、注目を集めているのは何も、親父だけじゃない。
親父の隣を笑顔で歩くアイは勿論、親父とアイに抱っこされている僕とルビーもまた、注目を浴びていた。
「親戚のお子様かしら?」
「お隣の方がお母様?」
「私達と歳がそう変わらなく見えますが…」
微かに耳に届いた、傍を通り過ぎていったJK達の会話にヒヤリとした僕は、思わず親父の顔を見上げた。
「で?どこか行きたい所はあるのか?パンフレットは貰ってるんだろ?」
「んー…。見たけど、出し物たくさんあって、もう全部見たいくらいなんだよねー」
「今日中には無理だな。とりあえず、どれか一つ選んでくれ。そこに行ってから、適当にぶらつきながら探そう」
親父にもさっきの会話は聞こえていた筈だ。勿論、アイにも。
だけど二人は素知らぬ顔で、呑気にどこから回ろうかの相談をしていた。
…このバカ夫婦は、と思い掛けるが、よくよく考えれば、二人はこうした状況に慣れているのだろうと思い直す。
親父は学園では一番注目を集めている生徒だし、アイも人気アイドルとして追い掛けられている身だし、こんな周囲の注目に一々気を配ってられないのだろう。そんな事してたら疲れるだろうし。
「あっ、総司!あそこ行ってみたい!」
「ん?…バルーンアート?」
「ここがいいのか?」
「うん。犬とかウサギとか、作ったやつを配ってるみたいだし、アクアとルビーに何かあげたいなーって」
「「─────」」
僕とルビーの目線が重なった。見れば、ルビーは目に涙を溜めて今にも号泣しそうだった。
そして多分、僕も同じなんだろう。アイからの愛が嬉しくて、二人して泣き出しそうになってしまった。
「なら入るか。俺もここ気になってたし」
親父の口から聞こえて来た言葉に、珍しいと思ってしまった。
親父はこういった催しにあまり興味を示さないタイプだと思っていたのだが、案外そうではなく、楽しんでたりするんだろうか?
「あら?総司叔父様じゃないですか」
僕達が教室へ入ろうとしたその時、背後から声を掛けられた。
足を止めて、親父とアイが振り返った先には、亜麻色の髪をビッグテールにした女の子が立っていた。
親父の知り合いだろうか?歳はそう変わらないように見えるのだが、この子、親父を叔父様って呼んだよな?
どういう関係なんだろう?
「眞紀さん、丁度よかった。白銀はこの時間、中にいるか?」
「御行?御行ならそこに居るけど、あいつに用事?」
お、親父が女子を下の名前で呼んだ…?
あっ、あっ、アイの顔が…、わ、笑ってるけど、アイの目が笑ってないっ!
「ちょっと冷やかしに来た。あと、こいつがここに入りたいっていうから」
「あら、叔父様が女連れで来るなんて…。まさか、彼女かしら?いえ、二人で赤ちゃん抱いてるし、まさか夫婦ですか?」
あぁぁぁぁ!さ、殺気がっ!?眞紀って子が親父の耳元に口を寄せた途端、アイから殺気がっ!!
あ、アイさん!違うんですっ!この人ただ、アイとの関係を聞いてるだけなんです!耳元に口を寄せてるのは、多分親父の為に周囲に気を配ってるだけなんです!
る、ルビー!何とかして…だ、ダメだ。あいつ、目の端に涙を溜めて震えてる…。あれは使い物にならない。
「なーんてね、冗談ですよ。でも叔父様?今、私が言ったような勘違いをされないとも限りませんので、どうか気を付けてくださいね?」
「いや?勘違いじゃないぞ。近くとも遠からず、だな」
「…へ?」
悪戯っ気が混じった視線を送っていた眞紀さんの目が、親父からの返答を聞いた直後に見開かれ、丸くなる。
ていうか、え?良いの?言って大丈夫なのか?
いやでも、何か親父の兄弟─────叔父達には報せたとか言ってたし、親族には報せる事にしたのか?
そんな心情をこの場で口に出す事など出来る筈もなく、僕の心配を他所に親父は歩き始める。
「え?えぇ!?お、叔父様!?」
「詳しくは帝に聞いてくれ。俺は行く」
「ちょ、ちょっと!」
軽く手を挙げてから、親父はアイを伴って教室の中へと入っていく。
眞紀さんの呼び声に見向きもしないまま、親父は教室の中を見回すと、お目当ての人物を見つけたのか、窓際の席で接客をしている金髪の男子生徒を見つけると、そちらの方へと歩き出した。
「ありがとうございました」
僕達が近付いた頃、丁度タイミング良く接客を終えたその男子生徒は、去っていく女性のお客さんを見送ってから、親父の方を見上げた。
「総司、来たのか」
「繁盛してるみたいだな、白銀。忙しそうで何よりだ」
「そっちは暇みたいだな。まさか、お前が女連れで文化祭を回る所を見る…なん、て…?」
互いに笑みを向け合い軽口を叩き合うその様子は、傍から見ている僕達にも、二人が気の置けない関係なのだと伝わってくる。
の、だが、白銀と呼ばれた男子生徒が僕とルビーの姿を目にした途端、様子が変わる。
「そ、総司…。その赤ちゃんは、一体…?」
「あー、白銀。その件を含めて色々話したい事があるんだ。かぐやと藤原と石上の三人を、今日のスケジュールが終わったら生徒会室に集めておいてくれないか?」
親父のその台詞を聞いて、僕は─────親父の隣にいるアイもまた、目を見開いて親父を見つめる。
僕達には、親父が言う
本当に、話してしまって良いのか、大丈夫なのか、という意を込めて思わず視線を向けてしまう。
「それは良いが──────いや、分かった。話はその時に、だな」
「あぁ。今の俺は客だぞ。態度を改めろ、俺達を持て成せ」
「意外だな、お前がバルーンアートに興味あったとは」
「いや、興味あるのはこっち。何か作ってやってくれ」
「お前は客じゃなかったのか?」
僕達の心配を他所に、親父は再び友人と軽口を叩き合い始める。
僕はその様子を見ながら未だ、心配を拭えないでいたのだが、アイはどうやら違ったらしい。
さっきまでの驚いた様子はどこへやら、いつもの笑顔を浮かべて─────はいなかった。まだ、さっきの目だけが笑っていない笑顔を浮かべ続けていた。
「…おい、総司。お前は一体何をしたんだ…。怒ってるみたいだぞ…?」
「さっぱり心当たりがないな」
お、親父…。アイの空気が更に黒くなったんだが…。
質が悪いのは、親父はその事に気付いているにも関わらず、自分が原因とはこれっぽっちも思っていない事だ。
鈍感にも程がある。
「…まあ、総司が鈍いのは今に始まった事じゃないし。さっきの子も、総司の親戚の子だったりするんでしょ?」
「?確かに眞紀さんは親戚だが、それがどうかしたのか?」
首を傾げながら問い掛ける親父に、「べっつにー」と少々不貞腐れた口調で返してから、アイは机に載った価格表に目を通し始める。
僕もメニュー表へと視線を落とした。
風船を一つ使うものは百円で、二つ以上使うものは総じて三百円。
なるほど、しっかりお金は取るらしい。これが高いのか安いのか、僕には判断しかねるが。
「ねぇねぇ。
不意に、価格表の一番下に書かれた文を見たアイが、そう口にした。
僕もそこは気になっていた。
他の物はお金を取るのに、何故ハート型の物限定で謎の条件が指定されているんだろう?
条件も意味が分からないし─────。
「あぁ、よく居るんですよ。女子からハートを貰いたがる男子がね。そういう輩を牽制する為の文章なんですよ」
「?よく分からないけど、ハートが欲しいなら、私からも何かハートの物を貴方に出せばいい、って事かな?」
「まあ、そうですが…。え、ハートにするんですか?」
「それでお願い!三つね!」
三つ…?何故、三つ?
僕も親父も、意味が分からず首を傾げる。
因みにルビーはというと、そんな男組を見ながら、呆れたように溜め息を履いていた。
な、何故だ?
「えっと…。それは構わないんですが、ハートの物はあるんですか?」
「今から探す!君は作ってて!」
「は、はぁ…」
アイがルビーを親父に預け、ポーチの中やポケットの中を探し始める。
一方、アイに依頼された白銀さんはというと、数秒程困った様子でアイを眺めてから、風船を膨らませ始めた。
膨らませた風船を捻じり、曲げ、綺麗にハート型が模られていく。
やがて、アイがポーチの中を一生懸命探している内に、白銀さんはアイの依頼通りに三つのハートを作り上げていた。
「あの…、出来ましたよ?」
「おぉーっ!ありがとう、黒鉄君!」
「あの、俺、白銀です」
白銀さんから三つのハートを受け取ったアイは、嬉しそうに破顔してから、まずは僕とルビーにその笑顔を向けると─────
「はい!アクア、ルビー!プレゼントだよ!」
二つのハートを、僕とルビーへと差し出した。
そして、僕とルビーがそのハートを受け取ると、今度は親父へと─────
「はい、総司。いつもお疲れ様。ありがとね」
「「「「「────────っ!!!?」」」」」
教室中の視線が一気に集まる。
その中心は言うまでもなく、ハートを渡すアイと、受け取る親父だ。
「…あぁ。お前も、いつもありがとう」
「「「「「────────っっっっっ!!!!!!!?」」」」」
アイからハートを受け取りながら、微笑んだ親父がアイにお礼を返す。
その様子を固唾を飲んで見守っていた周りの生徒達が、一瞬ざわついた。
さっきから、何だというのか。確かに親父はこの学園では有名な生徒で、アイも周囲の視線を独り占めする美貌の持ち主ではあるが、
「総司…、お前は…」
「ん?どうした、白銀」
「…いや、話は後、だからな。その時にしっかり聞かせて貰うとしよう」
「…よく分からんが、アイ。早く代金のハートを出したらどうだ」
何かを言い掛けた白銀さんが言葉を止め、それに反応した親父がどうしたのかと尋ねる。
しかし、白銀さんは頭を振って話題を後に回した。
親父はこれ以上追及するつもりはないのか、アイにハートの代価を払うよう声を掛ける。
品物を受け取った以上、ルールに従った代価を。つまり、ハートの何かをアイと親父は払わなければならない。
アイは一生懸命ポーチの中を探すも、未だハートの何かを見つけられていない。一方の親父は、最早身の周りを探そうともしない。
まあ、親父がハートの何かを持っていたら、ある意味驚きだが。
「あぁ、それだが…。お代は構わん。良いものを見せて貰ったからな。お代はそれで良しとしてやる」
「「???」」
アイが代価となるものを探している途中、白銀さんがそんな事を言った。
親父と手を止めたアイが、目を丸くしながら白銀さんを見る。
「俺達は助かるが、良いのか?」
「良いものを見せて貰ったと言ったろう?それは俺にとっては勿論、俺以外の奴らにも当て嵌まるからな」
親父が問い掛けると、白銀さんは頷きながら答える。
…周りを見れば、教室にほぼ全員がこのやり取りを見ていた。
思いっきりガン見している人、見ている事が知られないよう時折横目で見遣る人と様々だが、白銀さんが言っている意味が、僕には何となく分かった。
親父とアイにはさっぱりの様だけど。
それなら、と親父は白銀さんの好意に甘えてその場から立ち去る事にしたらしい。
席から立ち、そのまま出口へと歩き出す。
「あぁ、総司。一つだけいいか?」
前に、慌てた様子で白銀さんが席から立ち上がり、親父の方へと駆け寄っていった。
「なんだよ」
白銀さんの呼び掛けに立ち止まり、振り返った親父の耳元で、小さく白銀さんが囁いた。
「お前と一緒に居る人…。アイに似てる様に見えるんだが、まさか─────違うよな…?」
僕の心臓がドキリと飛び跳ねる。
まさか、この人…アイのファンか!?
アイも変装はしているが、流石にファンは騙せないのか…。
いやだが、まだ疑いの段階だし、親父の答え方によっては充分誤魔化せる。
そう思い、親父を見上げると、親父は何やら虚空を見上げ、考え込む所作を見せてからニヤリと笑みを浮かべると─────
「さぁな。とりあえず、今日の日程が終わったらまた会おうぜ」
そんな思わせぶりな返答をしてしまった。
親父の返答を聞いた白銀さんはびしりと凍り付き、その場に固まってしまった。
「行こう、
「うん、総司」
「──────」
白銀さんの目の前でアイに呼び掛け、二人で並んで教室を去っていく。
僕の位置からは白銀さんの顔は見えなかったけど、何となく想像がつく。
きっと、魂が抜けた様な顔をしているんだろう。僕が白銀さんの立場なら、同じくそんな顔になるだろうから。
「それで、次どこ行く?」
「んー…。それじゃあ、さっきは行けなかったから──────」
そんな、純情なアイドルファンの一人を犠牲にしつつ、未来の夫婦の文化祭デートはまだまだ続く。
「かぐやちゃんのクラスに行きたい!」
「あの二人、私も居る事をすっかり忘れてるわね…」
続くったら続く。
次回はルビー視点の予定。