天才と星の子   作:もう何も辛くない

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感想欄にて質問があったのでこの場を借りて答えます。
この作品内でのアイは現在、十五歳です。総司も十五歳です。ちなみに、カミキは十四歳です。

それと、このお話はカミキの年齢を踏まえた上でお読みください。


天才と思春期の男の子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しいですね、ここのお寿司は」

 

「だろう?自信を持って誰にでも勧められる数少ない店だ」

 

 厳選されたネタ、厳選された米、厳選された調味料。全てが噛み合い、最高の味を生み出すこの店の寿司は、俺のお気に入りだ。

 しかも、個室があるのがまた良い。静かに自分だけの時間を味わう事が出来る。

 

「アイとは、ここにも?」

 

「何故あいつの名前が出てくる?…ここには連れて来ていない」

 

「なるほど。…ふふ、アイに教えたらどんな反応をするかな?」

 

「止めろ。連れてけって騒がれたら敵わん」

 

 人のいい笑顔を浮かべながら、割とえげつない事を口にしやがる。

 本当に止めて欲しい。この店まであいつに浸食されたら、俺だけの至福の一時を味わえる場所がいよいよ無くなる。以前、星野を連れて行った焼き肉屋だってお気に入りだったのに。

 

 いや、まあこいつをここに連れてくるのもかなり悩んだがな。断腸の思いで連れてくる事に決めたのは、言うまでもないだろう。

 

「あぁ、総司さん。そのホッキ、くれませんか?」

 

「いいぞ。代わりにそのホタテを頂くぞ」

 

 やはり寿司は良い。寿司を食べると心が安らぐ。

 これから一世一代…は完全に言い過ぎだが、割と重めの交渉に臨むというのに、こんなにも安らかな気持ちで居ていいのだろうか。

 

 しかも相手は完全に俺をロックオンしている、バイ疑惑のある相手。

 

 あぁでも、やっぱここの寿司は美味い。

 

「総司さん。お寿司を味わうのも一旦ここまでにして、そろそろ本題に入りませんか?」

 

 だが、やはり現実に引き戻されるまでにそう時間は掛からなかった。

 

 外面だけは人の好い笑顔で、しかしその瞳の奥には隠しきれない闇を渦巻かせながら、カミキが尋ねてきた。

 

「まさか、僕をただ食事に誘った訳ではないでしょう?」

 

「当然だ。用がなきゃ、誰がお前みたいな人間失格を誘うものか」

 

「ひどいなー」

 

 冗談のつもりで言ってると思ってるのか、それとも心の底から俺が言ってると分かった上で笑っているのか。

 …後者だろうな。自分でも自覚がある癖、それを直そうとはしない。こういう所を見ると、俺の選択は本当に正しいのか、一縷の不安が過る。

 

「単刀直入に言うぞ。お前を苺プロダクションにスカウトしに来た」

 

「─────は?」

 

 過った不安は外へと流れ消え、俺はカミキへ今日こいつを誘った本当の目的を語る。

 するとカミキの表情が笑顔のまま固まり、瞳の奥に渦巻いていた闇が、困惑の色に追い出されていく。

 

「えっと…。もう一度言ってくれませんか?」

 

「お前を苺プロダクションにスカウトしに来た」

 

「あぁそうか。僕の聞き間違いじゃなかったのか」

 

 こいつが驚くのも無理はない。

 何しろ、あんな脅迫染みた台詞を受けた相手からスカウトを受けているのだから。思いもしていなかったんだろう。

 

「まず一つ聞かせてください。スカウトの件については理解しましたが、それで何故貴方が出張ってくるんです?」

 

「俺が苺プロダクションのCEOになったからだ。正式な手続きはまだだが、もう四宮と会社との合意は済んでいる」

 

「…なるほど。苺プロは、四宮の傘下に入る訳だ。しかし、良いんですか?そんな大切な情報を、僕に教えてしまって」

 

「今日からお前は苺プロの一員になるんだ。情報共有はしとかないとな」

 

 部外者に内部の情報を教えるなんて、本来は御法度ではあるが、どのみちこいつは苺プロの一員となる。それに、どうせ近い内に正式に発表される情報だ。

 この情報を外部に漏らされようが何のダメージにもならない。あんな弱小企業を吸収するのに、妨害しようなんていう暇な奴もいないだろうしな。

 

「まるで、僕が貴方のお誘いを受けると決まってるような口振りですね」

 

「望んだものを外した事はないんでね」

 

「傲慢だなぁ。…だからこそ、貴方には価値がある」

 

 湯呑みを持ち、お茶を一口飲んでからカミキは再び口を開いた。

 

「お断りします。貴方と味方でいるのも面白そうですが、僕の望みを叶えるためには、貴方とは敵同士でいなければならない」

 

「…」

 

 まあ、そう来るよな。分かっていたさ、すんなりと了承を得られるなんて。

 先日あれだけ殺気をぶつけてきたんだ。こいつが望んでいる事だって、とっくに知っている。

 

 …ただ一つ、こいつは思い上がりをしている。

 

「なあ、カミキ」

 

「はい」

 

「お前、俺と話したあの日から今日まで、どうして()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「─────」

 

 俺とカミキの視線が交わる。

 瞳の奥が微かに揺れ、息を呑んだのか、喉が揺れたのも見て取れた。

 

「お前は優秀だ。才能に優れてもいるし、多分十年もすればそこらの一般人とは画する権力を、自分の力だけでも手に入れられるだろうな」

 

 カミキの力は優れている。話した印象のみで語るが、頭脳だって冴えているだろうし、こういう奴は案外勘も働くんだよな。

 あと十年もすればもっと成長して、もし敵対する事になれば、四宮の権力を活用してもそう簡単には潰せない厄介な存在になる()()()だってある。

 

「だがな、今は違う。お前はただの劇団に所属している、ちょっと演技が出来る餓鬼だ」

 

 しかし、それは()()()()()()()()()の話だ。更に付け加えれば、例えこいつが成長していったとしても、厄介な存在にはなり得るかもしれないが、()()()()()()()()()()()()()

 

 こいつが、例えば四条の庇護下に入れば話は変わってくるが、こいつの性格上それはない。

 …逆に、()()()が俺と同じようにターゲットにされるだろうし、まずその可能性はあり得ない。

 

「断言する。お前の望みは永遠に叶わない」

 

「何を、言って─────」

 

「分からないか?…俺は、お前を()()()()()()()()()()()

 

 カミキと言葉を交わしたあの日、星野に飯を奢らされて帰った後、俺は傍付きの一人にカミキの処遇について尋ねられた。主人が脅迫されたのだから、当然の質問だ。

 

『どうでもいい。後になって考える』

 

 バイ疑惑に動揺はしたが、かといって俺の身を揺るがすそんな危険は一切感じなかったというのが、偽りない本音だった。

 どうでもいい。後になって、あいつが頭角を現して来たら、その時になって考える。

 

 あの日、カミキと話してあいつの人となりを知って、俺はそれくらいで充分だと判断した。

 

「俺が一声、お前を処理するって指示を出していたら、どうなってたと思う?」

 

「…」

 

 ここで体を震わすのを見る限り、俺のこいつに対する評価は間違っていなかったと実感する。

 俺に言われた事を、その優秀な頭で考え、吟味し、光景を思い浮かべて恐怖する。

 これで無反応だった場合は、カミキに対する評価と方針を改めなくてはならなかったが、その必要はないらしい。

 

「馬鹿な真似は止めておけ。自分の身を滅ぼすだけだぞ」

 

 目の前の皿から鮪寿司を箸で一貫摘み、醬油をつけてから口へ運ぶ。

 

 美味い。最高。

 もう格付けは済んだだろうし、俺が命じればこいつはこの店の事を口外はしない筈だ。

 これであいつに─────星野にこの店の存在がバレる事はない。俺の至福の一時は、守られるんだ。

 

「それでも、僕は…」

 

 もう一貫いこうと箸を向けた時、カミキの擦れた声が耳に届いた。

 

「僕は─────僕の生きる意味を、証明しなくちゃ…」

 

「…」

 

 カミキヒカル。

 この交渉に臨むにあたって、俺はこいつの過去を徹底的に調べ上げた。

 そしたらまあ、闇の深い出来事が出てくる出てくる。

 

 両親は芸能人で、それなりに売れていたらしい。が、その人気にかこつけて父親が浮気、そして蒸発。

 その現実に耐え兼ねた母親は荒れに荒れ、やがて仕事も減っていき、更に精神を擦り減らした挙句、こちらもまたカミキを置いて蒸発。

 

 両親二人に捨てられたカミキは施設へ預けられ、やがて十歳になると劇団ララライに所属して、十一歳の時には─────これは今の話には関係ないからここまでにしておこう。

 

 これでも色々と端折ったが、とにかくこいつは幼少期に結構壮絶な時間を過ごしている。

 この歪んだ性格と趣味嗜好はその過去によって形成されているんだろう。

 

 価値ある命を奪い、自身の生を実感する。

 誰にも必要とされなかった十四年間が、こいつをここまで歪ませた。

 

「カミキ。俺には今、お前が必要だ」

 

「っ…、必要?…僕が?」

 

「そうだ。俺にとって、苺プロダクションにとって、お前が必要だ」

 

 今のこいつの立場上、劇団ララライの人達にとっても必要とされているんだろうが、交渉をこちらに優位に進めるためにそこは省く。

 

「…冗談を言う。苺プロの事だって、貴方に掛かれば僕なんて─────」

 

「俺一人で全てを熟せる筈がないだろう。まさか俺が芸能デビューなんてする訳にもいかない」

 

 どうやら、先程の言葉は俺が思っていたよりも、()()()()()()には効果的だったらしい。

 

 それならば、何度も同じ言葉を繰り返すのは嫌いだが、もう一度だけ。

 

「三度は言わないぞ、カミキ。俺には、お前が必要だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうしてアンタなんか産んじゃったかな』

 

 僕にとって最も新しい、母の言葉がこれだ。

 この言葉を最後に、僕は母と言葉を交わす事なく─────というより、この言葉を僕に言い放ってから母は家を出て、そのまま戻ってこなかった。

 

 父は母みたいに直接的に言っては来なかったけれど、あっさり他の女性と一緒になって出ていったし、母と同じなんだと思う。

 僕は両親にとって必要とはされなかった。僕の命は、()()()()()()()()()

 

 それ以降、僕は僕自身の命に価値を感じる事が出来なくなった。

 

 施設に入って、職員さんは僕に優しくしてくれた。何か良い事をすれば、褒めてもくれた。

 それでも僕は、何も感情が湧かなかった。

 

 劇団ララライに入ってから、たくさん演技の稽古をした。監督も先輩方も厳しくて、でも稽古が終わればとても優しくしてくれた。稽古の成果が演技に出た時は、たくさん褒めてくれた。

 それでも僕は、何も感情が湧かなかった。

 

 母が出て行ってから初めて、僕の中で衝動が湧いたのは十一歳の時だ。

 演劇繋がりでとある女優と出会った。後に朝ドラにも出る事になる、当時から人気があった女優だった。

 その女優に、僕は犯された。その人には、まあそういう()()があったらしい。

 

 行為の最中、僕は殆どの時間ただただ恐怖に震えていたけれど、ある一瞬の間だけ。

 その人の中で果て、僕の存在が中で流れ出ていくその瞬間、僕の中で歓喜の衝動が奔った。

 

 僕の存在が、他人に刻まれていく。そう考えると、僕は自分の命の価値を、重さを、ほんの少しだけ実感する事が出来た。

 

 ─────欲しい。あの時の感覚が欲しい。

 

 あれから何度か、その女優とシた。

 他のタレントともシた事がある。

 その度に中に出して、僕は僕の命を実感し続けた。

 

 ─────もっと、もっと欲しい。

 

 いつからだったろうか。その感覚に満足がいかなくなったのは。

 何をしてもダメだった。女性とシても、満足出来なくなった。

 

 ─────足りない。もっと実感したい。生きてるという、重みが欲しい。

 

 どうすればいい。何をすればいい。

 僕はもう、何をしても充足する事は出来ないのか─────

 

 ─────そうか。命の重みを感じられないのなら、命を奪って自分のものにすればいいんだ。

 

 そんな恐ろしい考えが過ったのは、劇団ララライのワークショップに参加しに来たアイと会って、少ししてからだった。

 

 アイは天賦の才を持っていた。容姿は勿論、歌、ダンス、そして演技と、選ばれし者に相応しい才能の持ち主だった。

 そして何より、アイは僕と似た境遇の持ち主だった。

 

 ─────欲しい。

 

 僕がそう思うまで、時間は掛からなかった。

 だけど、アイとシても僕はきっと満たされない。

 

 そう辟易していた時に、先程の考えが過った。

 アイを殺す。その光景を想像して、僕はゾクゾクした。

 アイの命を奪い、僕のものにする。その時の感覚を想像するだけで、喜悦に震えた。

 

 だけど同時に、恐ろしくもあった。

 もし本当に、それを行動に移したら─────僕は二度と戻れなくなる。そんな確信があったからだ。

 

 迷って、迷って、迷って、迷い続けて─────僕は総司さんと出会った。

 

 一目見ただけで、確信した。この人には、誰も敵わないと。

 僕が今まで出会って来た誰よりも、そしてこの先僕が出会うであろう多くの人達よりも、この人は価値に満ち溢れている。

 

 ─────この人の命は、どんな味なんだろう。

 

 欲望に飲み込まれ、一切の迷いが消えた瞬間だった。

 

 僕は、この人を殺す。殺して、実感してみせる。

 どんな感覚なのだろう。その時を楽しみに、待ちわびて、そして、今日この日。僕は総司さんと早めの再会を果たした。

 

『馬鹿な真似は止めておけ。自分の身を滅ぼすだけだぞ』

 

 総司さんは僕を何の感情が浮かばない、色のない瞳で眺めながら、淡々と言った。

 僕が何者よりも価値があると焦がれた人は、僕に対して何の興味も抱いていなかった。

 

 ─────おかあ、さん…?

 

 僕を見るその色のない瞳が、今でもハッキリと覚えている、最後の会話を交わした時の母の目と重なって見えた。

 この人に逆らえばどうなるのか、という恐怖が強烈に伝わって来た。母と一緒にいたどの瞬間よりも、今の方がずっと恐ろしかった。

 それでも、何よりその何も浮かばない空虚な瞳が、母が僕を見る目と重なって嫌だった。

 

『カミキ。俺には今、お前が必要だ』

 

 訳が分からなかった。さっきまで…いや、今でもその空虚な目は変わっていない。

 なのにいきなり、僕が必要だなんて言われても、まるで信じられなかった。

 

『三度は言わないぞ、カミキ。俺には、お前が必要だ』

 

 ただ、その瞳を前にして、僕は分かってしまう。

 

 この人は今確かに、僕を必要としている。だけど、ここで僕が断っても、この人は大してダメージなんて受けないんだ。

 この人の頭の中には僕だけじゃなく、他にも色々な可能性を巡らせ、候補がたくさん居て、そのたくさんの候補の中で僕が選ばれたのは、それがこの人にとっては都合が良かったからなんだ。

 

 ─────ふざけるな。

 

 恐怖が、絶望が、怒りへと変わっていく。

 

 ─────……してやる。

 

 怒りが湧き、燃え、心を塗り潰していく。

 

 ─────見返してやる。

 

 だけどそれは、ここ数年で感じた黒い衝動とは全く違う、形容し難い何かスッキリとしたものだった。

 

「…いいですよ」

 

 総司さんの要望に答えながら、その感情の正体が総司さんへの対抗心だと悟る。

 

「ですが、大丈夫なんですか?苺プロに僕を受け入れる資金力は─────ありますね。貴方がCEOになるんですから」

 

「当然だ。…さて、話が固まった所で、食え食え。言っとくが、もう二度とお前をここに連れてくるつもりはないからな。今の内に食えるだけ食っとけ」

 

 僕と話しながら総司さんは視線を僕からお寿司へと移した。

 

 …そうですか。貴方にとって、僕はこのお寿司以下ですか。なるほど、なるほど…。

 

「総司さん」

 

「ん?ふぉうひは?」

 

「口に物を入れながら喋らないでください。…いつか、貴方に吠え面をかかせてやりますから」

 

「???」

 

 疑問顔で首を傾げる総司さんから視線を外して、僕も改めてここのお寿司を堪能させて頂く事にする。

 

 とりあえず、目標は十年以内。それまでに、総司さんにとって欠かせないと言われるまでのポジションへ登り詰める。 

 そうすれば、少しは僕を見るあの目が変わる事になるだろう。そのためにも、今は力を溜めなくては。

 

 …とにかく今は、この総司さんがこのお店に連れて来てくれた事をアイに報告しよう。

 このくらいの意趣返しはしておかないと、僕の気が済まないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ではこれからどういう設定が出てくるか分かりませんが、この作品ではまだカミキは殺人を犯していません。
なので、総司に会うまでは殺人への迷いがあった、という設定にしました。

原作ラスボスでも、やっぱり十四歳なら子供やん?
勢いで人を殺すとか言っちゃう年頃だし、後になって自分が言った事に怖くなったりしちゃうやん?
そんで、大人に怒られたら怖くなっちゃうやん?つまりそういうこと(どういうこと?)。
え?総司も十五歳の餓鬼だろ?
ほら、そこは四宮だし。四宮の教育に揉まれて、兄貴達の妨害工作にも揉まれて、四条の嫌がらせにも揉まれてる十五歳は、勢いで人を殺すとか言わないし(多分)、自分が言った事に責任を持てるし(多分)、大人に怒られても怖くならないでしょ(これはガチ)。

それと、分かるとは思いますが、カミキの過去については完全に創作です。
原作とは全く関係ないのでご注意ください。
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