「そういえば最近のお前、外行ってないよな。人殺しに行かなくていいのか?」
「んー?」
久しぶりに溜まっていた仕事が全て片付き居間にてちゃんとした固形物を求め冷蔵庫を漁る。まさか効率化を求めて全ての飯を流動性のあるものにするとは思わなかった。まあ仕事は全くもって流動しないのだが。
ガチャガチャ冷蔵庫を荒らす俺の後ろではアイスクリームを頬張るこいしがいる。
別にこいつに会いに来た訳ではないがなんか居たので疑問に思っていたことを口にしたしだいだ。
こいしは俺が仕事をしている途中結構な頻度で何度も出入りし邪魔をしてきたので彼女が長期間に渡り外に出ていないということを俺は知っている。
そしてそれと同時にこいしは定期的に殺人をしてその存在を確かなものにしなければ消えてしまうということも俺はまた知っていた。
こいつは無意識を操る妖怪。だが無意識はこいしの存在を希薄なものへさせる要因でもある。無意識を操ることで気づかれない、だがそれと同時にこいしは無意識によって大衆に忘れられてしまうということだ。
その対策として飽和している人間を殺す事で噂のメリーさんと同化し存在証明している、はずなのだが…
「なんか最近はねー。みんな私の事をすごく意識してくれてるみたいでその必要があんまりなくなったんだよねー」
冷蔵庫に目ぼしいものはなかったが実家にいた頃から好きだった牛乳があったのでそれをコップに注ぎ飲み干す。
その様子を見ながら話をしていたこいしは食べかけのアイスを何故か俺の口元に近づけてきた。いやなんで?
「じゃあなに?お前、能力使っても常時バレる状態にあるってこと?」
「でもねーそれと同時に怖がられてるみたいでねー。最近私の能力が限界突破してるんだ!」
そう元気に言うや否やこいしの姿は持っていたアイスごと搔き消え俺の視界から消え失せた。
居間に木霊していた高い声が消え場には静寂が満ち始める。
確かこいしの能力は意識して見ようとすれば見れるはずなので目をよく凝らしてみる。がどこを見渡してとて見えやしない。
どこ行った、と口にしようと口を開いたその瞬間。
「スキありー!」
ぐちゃっとアイスを喉奥にまで突っ込まれる。
前を見れば何もいなかったはずのその空間に俺の背丈と同じくらいに浮かび上がったこいしがいた。
「ッ!」
「あはは!全く気が付いてないねー」
誤嚥しかけるが目の前にいるこいしの顔面に口に含んだアイスをぶっかけるわけにもいかず気合で飲み込む。未だにコーンの部分はこいしに持たれているので口から離そうとしたとて離すことができずにいた。
「お腹すいてたんでしょ?これあげる」
「…いや、いらねえよ」
コーンを細い指先でもって押し込まれる。
つん。と指先が唇にあてられるがアイスが冷たすぎて若干感覚がなくなっているのでなにも感じる事が出来ない。頭も痛くなり始めているのでさっさと飲み込みアイスでビシャビシャになっている口を開いた。
「つまり、もう人殺しする必要はなくなったってことか?」
「うーん。でもずっと殺人しなかったらみんなが勝手に解決したもんだと思っちゃわない?だからそろそろ依頼受けとこうかなって、思ってるんだよね。今でもメールに沢山依頼来てるし!」
発言だけを切り取るならこいしは傍から聞いたらかなり衝撃的な、残酷な発言をしている。だがその表情には陰りなど見えずいつも通りの朝日の様な笑みを浮かべていた。
「…そうか」
俺は声に出して言ったつもりだったが、その声はかすれて消えていく。これがアイスによる唇の震えなのか。それとも違う何かか。判断が付かない。
ティッシュを一枚取り、口元を拭う。
俺は心に何かが沈殿していくのを今、感じていた。
罪悪感。恐怖心。あとは…なんだ?
兎に角、沢山の負の感情が俺に伸し掛かり潰そうとしてくる。いや俺が勝手に潰れているだけか。現に目の前のこいつは気にした様子はない。道徳的に間違いなく悪の行動のはずだと言うのに。
「次の依頼結構長丁場になりそうだからさー、一緒にヤりにいこうよ!」
「…いや、いかねえよ。無茶しない程度に一人で励んでくれ」
だがそれを俺は受け入れる。何故なら俺は殺人鬼だから。免罪符にしようとかそういうのじゃない。すべての罪を受け入れしっかりとその罰を受ける。しっかりと悩み絶望する。
それが俺の贖罪だから。
それに、俺はこいつの、こいしの殺人行動を止める権利はない。
なぜなら‘これ’はこいしが生存するのに必要な行為で、そして人を殺す事、それ自体に俺は悪であると思っていないからだ。
自国を守るために戦う兵士。それが禁忌でないとするなら自らを守るために他人を殺す彼女の行為も肯定されるべきではないか?
………
……
…いや違うか。
俺はこいつに、こいしに情を持ってしまったんだ。
よくわからない意味わからない大言壮語や建前や大義名分をべらべらと並べ連ねたが、
元気に空をふらりふらりと漂い誰にも柵を作られることなく生きているこいし。
道徳に縛られず、ある意味純粋な少女。
そんなこいつに何故か魅了されてしまった…のかもしれない。
だからこいつの行く末を止める事はしない。それにしようとも思わない。誰も彼もがこいつの敵であろうとも俺はこいつの味方でいたいから。
「ならば貴方もついていけばいいでしょう?こいしに劣情を催しておきながら自分は傍観を決め込む、なんて非道いと思いませんか?」
…。
「あー!お姉ちゃん!」
「ダメよこいし。この男はすぐに逃げ出そうとするんだから。ちゃんと心を追いつめて心の臓を掴んでおかないと」
うーわ恥ずかし…。
今の内容全部こいつに聞かれてたってこと?キッツ。
何がキツいかって、誰かにも聞かれていない前提で思考していたこの内容をいざ誰かに、いやよりよって
「無責任だと思いませんか?味方でいたい、なんて言っているくせして自分は安全圏で大量の仕事片付けるだけだなんて」
クソこいつ、俺の思考の上げ足取りをめちゃくちゃしてきやがる。なまじ正論染みているから文句も言えねえ。というか"大量"の仕事なのは確定なのかよ。せめて24時間で終わる量にしてくれ。
「仕事は一部私が肩代わりするので、燿は楽しくこいしと逢瀬にでも行ってきてください」
「いや、逢瀬って」
んなもんじゃ、と反論しようとしたところで俺の唇に人差し指を添えられる。
「こいしが受けた依頼は私が厳選したものよ。前まではあんまりなかったからできるものは全部受けてたけれど、今や千を超える量の依頼が来てるからその依頼を達成することで現れる影響やリスクを考慮して選ぶことができるようになったの」
俺の耳元に淡いピンク色の唇を寄せ、ぽしょりと囁く。さらに言えば近づかれたからか甘い匂いがしているような気もする。思わず身震いしてしまったがさとりのその言葉はしっかりと聞いていた。
「その中でも屈指のクズさ、救われない性根の依頼者を選んだわ。だから気にしないで、とは言わないけれど」
「…わかったよ」
流石に耐え切れず俺の方から体を離す。自分の頬を隠すように顔を背けこいしの方へ振り向く。こいしはどこか拗ねたような表情をしていた。
「むぅ」
「わかったよ。俺も行きゃいいんだろ。なんだかんだ言って、たからの時の俺みたいにめちゃんこ耐えられるかもしれないしな。二人の方がもっと器用に動けるだろ。多分」
まあ、俺がいた方が逃げずらいっていうリスクも高くなるなるだろうけど。という言葉は飲み込む。どうせ言ったと無駄に心労が嵩むばかりだからな。
「…別に無理してついてこなくてもいいんだよ。こういう時の燿って、いつも辛そうにしてるし」
「いいんだよ。別に俺の意思関係なく否応なしに、ってわけでもないんだ」
それにたぶん、この感情は俺だけじゃなくこいしにもあるものだ。
『こんな人たちを生かす価値なんてあるの?』
「ナイフを貸してくれ。俺も手伝うよ」
一人で背負うことなく、俺たち二人でそれと戦う事に俺は、
きっとどこかうれしかったのだろう。