俺の中学生活は終わりを告げた。
三学期は受験勉強しか思い出がない。家に帰れば勉強。学校でも空いた時間に勉強。寝る前も勉強。
クソほどつまらない三学期だったがそのおかげかまあまあ良い所の高校に入学することができた。
だが当然良い所な高校は毎日の勉強もそれなりに必要だ。だから俺は図書館に毎日通うといった習慣ができた。友達も作る気になれず昼飯ボッチは当たり前。なんなら体育のペアもいないから知らんまた別のボッチと組んでいる。あんなに友人と行ったゲーセンはここ数か月いかず毎日が変わりのない日々。
だが、それがとても安心した。
変わらない日々。ただただ勉強をしていれば考えずに済んだ。
罪悪感というべきか。
あの日から俺に付き纏う苦悩。人を殺した俺はクズで、カスで、ゴミだ。
だが一番のゴミは自分が死にたくないからたからを殺したという判断。
あれのせいで俺の全てがゴミへと落ちた。要は俺は自分の事を性善だと思っていたがどうしょうもない悪だと完璧な形で立証されてしまった。
だがら言い訳もできず憐れむこともできずただの殺人鬼だと自分自身で罵る。
もっとうまいやり方があったんじゃないか。思いつく限りの全ての方法を試していなかったんじゃないか。
俺の頭は永遠に罪悪を巡る。
あの時の手の感触はまだ消えない。考えると死にたくなる。
なにも見たくない。聞きたくない。
だがそんな俺でも一つわかることがある。
あのとき、俺は死ぬべきだったんだ。
今日も今日とて図書館に向かいがしゃがしゃと自転車を回す。
イヤホンを耳につけお気に入りの音楽をようつべから出力するのだ。
音楽を聞いているときというのは俺の数少ないハッピータイムだ。
何も考えずとも楽しい気分にさせてくれる音楽というのは本当に素晴らしいものなんだなと再確認させられる。
警察に止められるかもしれないがそんなリスクにびくびくしながら暗い気分になるよりは全然マシだ。
駐輪場に自転車を止め荷物と共に図書館へと入場する。
備え付けられた椅子に座り勉強道具を広げる。
そこからはシャーペンをひたすらに動かす作業だ。これだけしていれば何も考えず時が進んでいく。考えてもそれは問題に対してであり他の事柄には関心を向けなくていい。
問題も解き始めて数十分間。隣に気配を感じる。
聴覚は音楽でかき消してるから周りの雑音は気にならないし視覚に関してもワークにしか目を向けていないから実質ノイズの元にならない。
触覚、というべきか迷うが隣からの気配に嫌でも気になる。それにやたらと距離が近い。少し身じろぎするだけで隣と服が擦れ合う。最近人に見られてるのではないかと疑心暗鬼に陥っているのも相まって集中力の低下を助長する。
はあ…と聞こえないようため息を吐き出し席を立つ。
他に誰も座っていない席があるというのになんで隣に座るのか。これがトナラーってやつなのか。それとも自意識過剰なだけか?俺が。
2つとなりのテーブルに移動し、また勉強道具を広げる。シャーペンを持ちさあやるぞと思ったところでまた隣に誰かが座る。
若干苛立ちを感じながら見ている事を悟られないよう目線だけ横に向けた。
(あ!やっとこっち見た!)
イヤホンのせいで何も聞こえないがおそらくそう言ったのだろう。いつかの少女が隣で俺を見つめてニコニコと笑っていた。
「は?」
(ちょっと背高くなった?人間の成長って早いね!)
何故か嬉しそうに笑う少女。抱きつかんばかりに近い距離を椅子をずらして遠ざけながら考える。何故またこいつが。また殺しに来たのか?いやそれなら勉強に集中してる俺の背中を一閃すれば終わる話だ。
イヤホンを取り外し、癪なのでワークに目線を落としあくまで勉強に集中してる風を装い言葉を投げる。
「今更何の用だよ。もう俺とお前の関係は終わったんじゃないのか」
「なんか元交際関係みたいな言い方になってるよ。まあそれもやぶさかでもなくもないんだけどねー」
けらけら笑いながらそう答える少女。ムカつくので無視して勉強に取り掛かる。しかし本当に何のようだ。もう俺とこいつとの間にはなんの関係もないはずだ。
「あのさー、ちょっと恨まれすぎじゃない?困るんだよねーそういうの!依頼遂行に悪影響しかでないからさ!」
「あ?どういう…」
「今日で3件目だよ?貴方を殺してって依頼」
…そりゃびっくりだ。高校生の身で知らん誰かから殺されそうになるの人類初じゃね?
なんで知らん誰かからだとわかるかって?
俺高校に3人も知り合いいねえから。
俺の今の状態を纏めると一にも二にもボッチである事が挙げられる。
3人に殺害の依頼を受けたと言われてもたからの時と違い心当たりも全く無い。中学生の時とは状況がまるで違うのだ。
高校では静かにおとなしく誰とも関わらずなんの気苦労もなく過ごすと誓った故に。
勉強に集中しているスタンスも忘れ完全に少女の方に体を向け話を聞く。
「誰だその3人って」
「んーとねー。海堂樹君と斎藤光希君と渡辺隼人君、かな」
「…あいつらか」
海堂と斎藤。こいつらはクラスメイトだ。そして数少ない俺が認知している人間。
組織に関わる機会が少ないなら自然とその組織の人間に関わる機会も減る。なのになぜそれでも俺がこの二人を知っているかはこの二人のクラスの立ち位置が関係している。一人はとても目立ち、もう一人は俺だからこそ目立つ。
海堂はクラスの中心にいるような男だ。いつも昼休みになると仲間を5〜6人連れて学食に行っているのを見かける。所為ウェイ系。陽キャ。ピラミッドの頂点。クラスの王。
クラスを纏め、もしくは独裁し自分に有利な方向に引っ張っていく典型的な指導者だ。
あと何故か無駄に俺に絡んでくる。なんでかは知らん。知らんが「うぃ〜西辻〜。今日も暗えーなあお前はよ〜」とネチネチくるおっさんみたいな絡み方をしてきて正直うっとおしいことこの上ない。というか俺に嫌がらせ、もしくは晒し目的で来たのだろう。
ここでポイントなのは何故わざわざクラスの王たる海堂自身が俺にちょっかいをかけてくるのかというところ。
同格以外は皆奴隷。わざわざ自分で動かずとも奴隷を働かせば済む話。俺なんかの為に自分で動いた事と今回の殺害予告。そこに動機がありそうだ。
斎藤は俺と同じボッチだ。というより陰キャ、もしくはコミュ障と言うべきか。
俺は中学の経験があるから話しかけられれば上手いこと会話は回すし気まずくなるような事もしない。だいたい事務的な会話しかしてないから気まずいもクソもないが彼はそれすらも怪しい会話下手さがある。体育でのペアはだいたいこいつになるが、
「んじゃやるか」
「…うん」
「先ずはストレッチだな。俺背中押すから痛いなら言ってくれ」
「…うん」
「次はお前が押してくれ」
「…うん」
こいつと会話しようとすると火星人との異文化交流をしているかのような気分になる。逆に相槌しか打たないから楽まである。下手に会話作ろうとするやつよりかは全然マシだ。
だからこいつが俺を殺そうとする動機が全くわからない。同じ陰キャなんだから仲間内で殺し合っても陰キャは陰キャだ。地位を上げようとするならむしろ海堂を殺してくれよ。今だったらむしろ諸手を上げて手伝うぞ。
渡辺隼人に関しては誰?ってレベル。小学生の時は交流範囲も広かったから俺が知らんやつが俺に話しかけてくる事は割とザラだったんだがそれは遥か昔の話。自慢じゃないが高校に入って事務的な会話を除いて声をかけられた回数は脅威のゼロ。自慢というかただの恥晒し。
「で、そいつらの命を受けて俺をまた殺しに来たのか」
「まあいつもだったらそのつもりだったんだけどね。でもまさか依頼先が貴方だとは思わなかったよ」
「?」
「貴方私と契約したじゃん。だからヤりたくてもヤっちゃえないんだよねー」
「…あの時のやつまだ継続していたのか」
少女が俺を殺さないかわりに俺はこの少女を手伝う。
俺は間接的に一つの命につき俺の命一個を等価交換した。
俺の脳みその中で暴れまわる罪悪の根源。その契約。
だがそれをここで終わらせられる機会が、今。
「浮かない顔をしてるね。どうしたの?」
「…黙れ。わかって言ってるだろ」
ガキみたいにキャ〜と言いながら椅子を離れて逃げ出す少女。それに目もくれず考える。
何故少女が俺の前に現れたのか。
海堂樹、斎藤光希、渡辺隼人。この三人を俺に殺させるためだ。
ここで俺が取れる、あの時は取れなかった選択肢は2つ。
協力するか、しないか。
違う。
己の罪を死をもって償うか、醜く生き続けるか。
俺の罪は死なない限り一生俺を蝕み苦痛のどん底に落とす。
生きるのが辛い。
そんな辛いだけの人生を生きるなら…
「…一番早かった奴は?」
「?」
「どいつが一番早く俺を殺すよう依頼したんだ?」
「渡辺隼人君だね」
「さっさと家に案内しろ。ブランドが心配なんだろ」
「そうこなくっちゃね!」
嬉しそうに席を立つ少女。そして俺はまたしても選択できなかった。結局の所死ぬのが怖かった。命が惜しかった。辛いだけの人生より目の前の死を遠ざけたかった浅い思考。
座っている俺から見た彼女と視線が合いにこりと笑いかけられる。
憎く、うざったかったが、見惚れる程に綺麗で無邪気な笑顔だった。
「ここか」
「ここだよ!」
ふわふわと俺の周りをうっとおしく回りながら指を指す。
その先には二階建ての一軒家があった。俺の家より少しデカく鍵穴も2つありなかなかにガードが硬そうだ。
またなんかしらの少女の力が働いているのか、それとも夜なのが作用しているのか俺が立ち止まり人の家をじっと見ていても往来する人は目もくれない。
さてどう入るか。窓は全て施錠されているらしく音が出ないよう擦る様に開けようとするが案の定動かない。
こいつの能力使って家族が出た瞬間入れ違いで入るしかないか。
ガチャッ
「はい。入っていいよー」
「…お前ずるいだろそれ」
俺の思考虚しく壁を貫通した少女によって内から開けられたドアを通り抜け玄関から屋内に忍び込む。
深夜だからか居間や寝室等で活動している人はいなさそうだ。
適当に部屋を覗くとそこには渡辺の両親と思われる二人の男女が眠っていた。
「お前渡辺の両親外に誘導してないのかよ」
「だって隼人君が寝てたことは知ってたし後ろからザクーって音も出さずにヤっちゃえばいいでしょ」
あそう…
扉を閉める直前ふと思う。この人たちは俺の如何によって息子を亡くすのか。
すたすたとなんの枷もなさそうに階段を一つ飛ばしして登っていく少女。俺はその背中を見つめつつ、引きずるように足を前に出す。
怖い。俺にその責任も取れないしもし俺が両親の立場なら殺した奴を永遠に許さない。そして一生を絶望と共に生きていくのだろう。自分の息子が殺された悲劇を抱えながら。
「クソ…」
本当に、なんでこうなっちまったんだ。
「ここが隼人君の部屋だね」
警戒もせずガラリと開ける。そこには畳の上に布団を敷きすやすやと眠る渡辺の姿があった。
「なにも怖がってなさそうだな」
「お守り程度の気持ちで私に頼んだんだろうね」
「…その程度の気持ちでしか依頼してないのに本当に殺すのか?」
ちらりと隣を見て表情を伺う。心は痛まないのか。良心に訴えかけられないのか。
俺は痛い。さっきから心が揺れて気持ちが悪い。なにもしていないのに襲う理不尽を俺が創る。ただの可哀そうな被害者をこれから創造するんだ。
最低。
「?なにを躊躇してるの?」
「お前がなにを考えているかわからない
なんでそんなことができるんだ。お前は自分ひとりじゃ背負いきれない罪を背負って一生を生きていくんだぞ
…んなの、耐えられないだろ」
俺が見た少女の顔は、ひとえになにもかわらない無邪気さ。
そしてそこからうかがえる精神力の高さ。
「なに言ってるのかそれこそわからないよ。
人の心なんて汚いだけで見たくもない。そこから泉のように湧き出る欲望。
貴方にはオブラートに伝えたけど、隼人君が電話越しに伝えた欲望を知りたい?
『俺のモノが奪われたんだ!あのクソ陰キャ野郎に!アイツさえいなけりゃ今頃完全に俺のモノだったのによお!あのカスなんざ死んじまえばいいんだ!西辻を殺せ!!!』
だってさ。隼人君いわく彼のモノらしい女の子は彼を軽蔑してた
こんな人たちを生かす価値なんてあるの?私の存在を維持するための糧とするためにヤっちゃう。私はこんな人のために自分が消えちゃうリスクは負わないよ」
たんたんと表情が抜け落ちた顔で俺の言葉を否定する。視線の先は布団の中でスヤスヤと眠る渡辺。
表情は無いが初めて少女の心がわかる。
これはゴミ掃除だ。
ゴミを掃除することでお金をもらう。それとなんら変わりない。ただゴミにも意識はあって焼却場に見送る時少し可哀そうに思うだけで。
だが彼らはゴミだ。結局嫌悪感が勝つ。
少女が見ている渡辺はそんな目だった。
「…そうか」
そしてそのゴミに一切の同情を感じない非情ともいえる強さ。
俺になくて少女にあるモノ。
俺に足りなかったのはそれだった。
ようやくわかった。俺が恐れていたのはのしかかる罪でも警察に捕まるリスクでも自問自答の末の自殺でもない。
なんの覚悟もない俺が殺人鬼として生きる事だ。
「…下にいる親を遠ざけてくれ」
「いいけど、何するつもり?」
「覚悟を決める儀式みたいなやつ」
ふうん?と疑問に思っていながらも素直に能力を行使してくれたのか下で足音と玄関のドアが開く音がし、消える。
これは俺の自己満。結果だけ見るとしてもしなくてもなにもかわりない。
「おい。起きろ」
掛け布団をひっぺがし横腹に蹴りを入れる。
呻きながらも目を開ける渡辺。薄目で眠そうな瞳は驚いたように開き、睨みつける。
「お前は…!西辻!」
「元気そうだな」
「なんで俺の家に…?そうか。これは夢か。ははは!まさかこんな機会が来るとはな!」
寝起きのくせに俊敏に立ち上がり拳を握る。どうも口論だけでは済まなさそうな雰囲気だ。元より俺にその気はないが。
「てめえにはいつもいつもいつもムカムカしてたんだよ!せめて夢の中でぐちゃぐちゃにぶっ殺してやる!」
「お前俺にやけに殺意高いよな。なんでだ?」
ブチブチにブちぎれている渡辺を前に俺は努めて冷静に話を聞こうと試みる。なぜなら俺は見極めなければならないからだ。
少女の発言が正しいのなら、俺は。
「俺の夢の癖に勝手にしゃべんじゃねえ!だがまあ教えてやる。てめえは俺の愛海を奪った!俺のモノだったのに!あいつの体も心も俺に服従していたのに!!てめえが余計なことするからアイツは侵されちまったんだよ!!お前みたいなゴミにな!!」
横を見ると少女が汚物を見たかのような顔をし顔を引きつらせる。初めて見た顔だ。あの無邪気な様相をしていた少女がこんな顔をするものなのだなと一人考える。そしてそれはこの少女に似合っていない。似合うべきではない。
なるほどな。俺が必死に命を賭して守ろうとした奴ってのはこんな連中だったのか。
「もうしゃべんな」
こいつらを生かして俺が不幸になるのだったら、俺はこいつらを殺そう。
こいつらを生かして恐ろしく綺麗で気を抜いたら惚れてしまいそうな少女の顔が曇るなら、俺はこいつらを殺そう。
「あえ…?」
少女からひったくったナイフを腹に刺す。そのまま蹴りをくらわせ馬乗りになる。
あとはぐさぐさ内臓多めな所に刺しまくるだけ。
ジーンズが血で汚れ始めるがそれでもかまわず俺は刺し続けた。
俺はもう、構いはしない。
「え、あれ、痛い。痛い痛い痛い!」
後は刃が悪くならないよう適当な紙で血糊を落とし少女に返す。
「おい。これ証拠隠滅とかどうすんの。俺の髪とかおちてんじゃない?」
「うーん。私ひとりだったら浮いてるからそんな心配もなかったけど、そうだね~」
「歩いたとこ箒とかで掃くか」
「そうだね。そうしよっか」
壁には手え触れてないし指紋はないな。適当に掃除して帰るか。まだあと二人殺さないといけないし。
「おい…おい!なんだよこれ!説明しろよ!おい!!」
「もーちゃんと殺しておかないとダイイングメッセージとか書かれちゃうよ」
「ダウン放置しとかないで確殺入れとかなきゃか」
もう一度、貸してもらったナイフを手にわめき続ける渡辺に近づく。
「お前!なにしたかわかってんのか!絶対殺してやる!!明日学校で覚えてろよ!!」
「まだ現実逃避してんのか。俺はもう逃げない。お前がいくら脅そうが犯した罪が背筋を伝おうが俺はもう逃げない。俺は殺人鬼だ」
勢いよく振り下ろしたナイフは頭に刺さり、わめいた口は突如ビクリと痙攣し、動かなくなった。
「お前服とかどうしてんの。返り血すごい事になっちゃったんだが」
「ナイフ投げればいいじゃん。江戸時代じゃないんだから時代は遠距離武器だよ!」
「そんな簡単に的に当たんねえよ」
殺人を犯した後だというのに俺は何故か心が透き通っていた。疚しい事は何もない。今なら神様の前にも出ていける。
わざわざこいつを起こさなくても殺せていただろう。しかしきっとその時の俺とは大分違っていたはずだ。
心も痛まず良心も痛まない。俺は地獄に落ちるだろうがもうそれで構わない。
俺は殺人鬼。もう人を殺すのに躊躇しない、強い人間だ。